第26話 潜入ライブ配信!甘い香りと危険な蝶の罠
「よろしいですのね、殿下。今回の作戦コードは『オペレーション・パンケーキ』!合言葉は『クリーム増し増しで』ですわ!」
「う、うん……!分かったよ、エマリア嬢!クリーム増し増し、だね!」
私の執務室は、今や王都の平和を守る(かもしれない)秘密の作戦司令室と化していた。
ハインリヒ王太子殿下を筆頭に、オンラインで参加するソフィア様、そして壁際の隅で腕を組み、全てを監督するリヒト様。私のマギフォンからは、天才ハッカー・ミロの軽快な声が聞こえてくる。
『準備OKだぜ、マリィ様!最新型の超小型魔法カメラ、あんたのブローチに仕込んどいた。音声もクリアだ。これで殿下との甘い会話もバッチリ全世界に……』
「ミロ!ふざけてないで、真面目にお願いしますわよ!」
私たちのミッション、それは王太子殿下のSNSチャンネル初配信にして、謎の会員制サークル「黒蝶の騎士団」への潜入ライブ捜査!
作戦はこうだ。
まず、私と王太子殿下が、流行に敏感な若いカップル(!)を装い、「黒蝶の騎士団」の溜まり場と噂される城下町のカフェ『月光のテラス』に潜入する。そこでライブ配信をしながら、サークルの実態を探り、あわよくば幹部と接触するのが目的。
タイトルは『#王都おしゃれカフェ巡り~秘密の裏メニューを求めて~』。完璧なカモフラージュじゃない?
「殿下、こちらがお忍び用のお衣装ですわ」
私が用意したのは、今、城下町で人気のブランドの、ちょっとカジュアルなジャケットとパンツスタイル。王太子殿下は、戸惑いながらも袖を通し、鏡の前に立つと、そこにはいつもの王子様とは違う、爽やかで親しみやすい青年の姿があった。
「わあ……!すごく、新鮮だ……!」
「とってもお似合いですわ、殿下!」
思わず見とれていると、リヒト様が「時間がない。感傷に浸っている暇はないぞ」と、冷たく咳払い。……分かってますってば!
カフェに到着すると、そこはアンティーク調の家具と、ドライフラワーで飾られた、いかにもSNS映えしそうな空間だった。そして、客のほとんどが、あの不気味な蝶の紋章のアクセサリーを身につけている。
「……すごいわね。本当に、みんなこのサークルのメンバーなのね」
「うん……でも、なんだろう。みんな楽しそうだけど、どこか瞳が……虚ろな気がする」
王太子殿下が、小声で呟く。その鋭い洞察力に、私は驚いた。
私はブローチに仕込んだカメラを起動し、ライブ配信をスタートさせた。
「皆さーん!エマリアです!今日は、スペシャルゲストのハイン君(という設定よ!)と一緒に、城下町で話題のカフェ『月光のテラス』に来てまーす!見て、このパンケーキ!ふわっふわよ!」
私は、いつもの調子で配信を始める。コメント欄は「ハイン君って誰!?」「彼氏!?」「リア充爆発しろ!」と大騒ぎ!作戦は順調よ!
しばらくすると、物腰の柔らかいカフェの店員さんが、私たちのテーブルにやってきた。
「お客様方も、もしかして……“光”をお求めに?」
その胸元には、一際大きな黒蝶のブローチが。こいつが幹部ね!
「ええ!私たちも、ずっと気になってたんです!『黒蝶の騎士団』に入れば、毎日がもっとキラキラするって!」
私がとびっきりの笑顔でそう言うと、店員さんは満足げに頷いた。
その時、イヤホンからミロの声が!
『マリィ様、そいつの言ってること、全部マニュアル通りだぜ!今、そいつのSNSの裏アカに侵入成功!勧誘マニュアルのデータ、見つけた!』
すごいわミロ!私はミロから送られてくる情報を元に、完璧に話を合わせていく。
「私たちも、特別な存在になりたいんです!」
「ふふふ、お二人には素質がありそうです。よろしければ、特別なメンバーだけが参加できる、もっと素晴らしい“集会”にご招待しましょう」
よし、食いついてきた!
そう思った瞬間、王太子殿下が、純粋な瞳で店員さんに尋ねた。
「でも、一つだけ教えてください。どうして、特別な存在になるために、そんなに高価なアクセサリーを買わなくてはいけないのですか?本当の価値は、物ではなく、その人の心の中にあるのではないでしょうか?」
……で、殿下ァァァ!それは正論!正論だけど、今それを言っちゃダメなやつーーーっ!
店員さんの柔和な笑顔が、ピシリと固まったのが分かった。
「……お客様は、少々……探究心が旺盛でいらっしゃるようだ」
まずい、怪しまれた!
さらに、隣のテーブルにいた令嬢が、私たちの顔をじっと見て、ヒソヒソと話し始めた。
「ねぇ、あの方、どこかで……もしかして、ヴィルト侯爵家の……?」
「隣の男性も、なんだか……まさか、王太子殿下……?」
や、やばい!身バレ寸前!?
絶体絶命のピンチ!
その時、イヤホンからミロの叫び声が!
『やべっ!こうなったら奥の手だ!』
次の瞬間、カフェ中のマギフォンから、けたたましいアラーム音が鳴り響いた!『緊急速報!王宮の秘蔵子猫“プリンセス・ニャンコ”様が脱走!現在、城下町を散策中との情報!見つけた方には金一封!』
もちろん、そんな猫は存在しない。ミロが流した、完璧なデマ情報だ!
店内の客も店員も、全員が「子猫様!?」と色めき立ち、外へ飛び出していく。その混乱に乗じて、私たちはなんとかカフェを脱出した。
「はぁ……はぁ……し、心臓が止まるかと思いましたわ……」
「す、すまない、エマリア嬢。私としたことが、つい……」
王太子殿下が、しょんぼりと肩を落とす。
そんな私たちを待っていたのは、腕を組んだリヒト様だった。
「……危機管理能力ゼロだな、君たちは」
でも、その叱責の後、彼は一枚のカードを私たちに差し出した。それは、さっきの幹部が、混乱の中でテーブルに置き忘れていったものだった。
そこには、こう書かれていた。
『選ばれし者よ、今宵、真なる“月光”の元へ――黒蝶の夜会にご招待します』
それは、罠かもしれない。でも、行くしかない。
「黒蝶の夜会」……。そこで、このサークルの、そして、その背後にあるもっと大きな闇の、本当の姿を見ることができるはず!
私たちの初めての共同ミッションは、ハラハラドキドキの連続だったけど、なんだか、すごく楽しかった。
隣で息を切らす王太子殿下の顔を見て、私は、改めて決意を固めた。
この人の隣で、共に戦えるなら、どんな危険な罠だって、飛び込んでみせるんだから!