第24話 祝杯はミルクティーと、未来への約束
あの嵐のような王室臨時議会の翌日。
私の新しい執務室――「王室デジタルコミュニケーション室・準備室」は、ミルクティーと焼きたてのスコーンの甘い香りに包まれていた。
「いやー、しかし、俺様の天才的なハッキングが炸裂した瞬間、議会場の空気が変わったよな!まさに神の一手!」
「なんですって、ミロ?そもそも、わたくしの古文書鑑定眼がなければ、敵の物的証拠の矛盾を突くこともできませんでしたのよ?」
「まあ、君たちのその暴走しがちな才能を、冷静にコントロールし、勝利へと導いた私の功績が一番大きいことに異論はないだろうがな」
ミロ、ソフィア様、そしてリヒト様が、それぞれ自分の手柄を主張し合っている。その光景がなんだか可笑しくて、私は思わず噴き出してしまった。
「もう、皆さん!誰か一人でも欠けていたら、あんな奇跡は起こせませんでしたわ!これは、チーム・エマリアの勝利ですのよ!」
私がミルクティーのカップを高く掲げると、三人も照れくさそうに、でも誇らしげにカップを合わせた。カチン、と軽やかな音が響く。そうだ、これが私たちの祝杯よ。
落ち着いた後、ソフィア様がニヤニヤしながら私をつついた。
「それで?エマリア様。議会の最後、殿下と見つめ合っていらっしゃいましたけれど……その後、何か進展はございましたの?王都中の令嬢が、ハンカチを噛み締めて続報を待っておりますわよ」
「そ、そそそ、そんな!まだ何も……!」
顔がカッと熱くなるのが分かる。あの時の、王太子殿下の真剣な眼差しを思い出すだけで、心臓が跳ね上がってしまう。
私は、恋バナならお任せ!とばかりにキラキラした瞳を向けてくるソフィア様に、これまでの経緯と、王太子殿下への想い、そして身分違いへの不安を、ぽつりぽつりと打ち明けた。
「……あなたらしくもありませんわね」
ソフィア様は、呆れたように、でもとても優しい声で言った。
「あれほどの炎上も、国家を揺るがす陰謀も、真正面から突破してきたあなたが、恋という見えない壁くらいで怖気付くなんて。でも……その気持ち、少しだけ分かる気もしますわ。完璧を求められ、常に誰かの期待に応えなければならない……その重圧は、時に自分の本当の心を見えなくさせますから」
そう言って微笑む彼女の表情は、いつものクールビューティーな女神様とは違う、一人の女の子の、素直な顔をしていた。私たちは、ライバルで、戦友で、そして、恋に悩む親友になれたんだ。
リヒト様は、そんな私たちのガールズトークには加わらず、少し離れた場所で報告書に目を通していたけれど、ふと、私を呼び止めた。
「エマリア嬢。君はもう、私が手取り足取り教えるような見習いではない。一人のプロフェッショナルとして、自分の足で立てるようになった」
その言葉に、嬉しいような、少しだけ寂しいような、複雑な気持ちになる。
「だが、最後に一つだけ、アドバイスだ」
リヒト様は、私の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「君の最大の武器は、SNSの技術や知識ではない。人の心を動かし、信じることを諦めない、その心そのものだ。……それだけは、これから先、どんな立場になろうとも、決して忘れるな」
そして、彼は去り際に、小さな声で付け加えた。
「何かあれば、いつでも相談に乗る。……公私問わず、だ」
……今の、聞きました!?公私問わずって!リヒト様のいじわる!私の心臓が、また一つ、大きな音を立てた。
その日の夕暮れ。
王太子殿下から、「話したいことがある」と、王宮の庭園の一角にある、思い出のガゼボに呼び出された。議会での一件以来、初めて二人きりで会う時間。
夕日に照らされた殿下の横顔は、いつもよりずっと大人びて見えた。
「エマリア嬢。今回の件、君がいなければ、私は真実も、王太子としての誇りも、全てを失っていただろう。心から、感謝する」
「いいえ、殿下。わたくしこそ、殿下を信じる心を、最後まで貫くことができて……本当によかったですわ」
「君は、私が最も苦しい時に、光の中に導いてくれた。これからは、私が君の光になりたい。エマリア嬢、私は、君と共に、この国の未来を歩みたいんだ」
殿下は、私の手を優しく、しかし力強く取った。その真摯な瞳から、もう目を逸らすことはできなかった。
「わたくしも……殿下とご一緒なら、どんな炎上も、どんな困難も、乗り越えていける気がしますわ!」
私たちは、まだ乗り越えなければならない壁がたくさんあることを知りながらも、固く、固く手を握り合った。ガゼボを包む薔薇の甘い香りが、まるで私たちの未来を祝福してくれているかのようだった。
数日後、「王室デジタルコミュニケーション室」の初代室長(まだ仮だけど!)に任命された私は、早速、王太子殿下の新しい公式チャンネルの企画を練っていた。
『#王太子、城下町へ行く!~アポなしグルメレポート編~』なんて、どうかしら!?絶対にバズるわよ!
ミロからは『マリィ様、例の闇ギルド、どうやら王都に新しい支部を作ろうとしてるって噂だぜ。今度はどんな手で来るか、楽しみだな!』なんて、不穏だけどどこか楽しそうなメッセージが。
ソフィア様とは『探偵令嬢コンビ、次の事件はまだかしら?わたくしの推理力が鈍ってしまいますわ』なんて、お互いを高め合う(?)メッセージを送り合っている。
リヒト様は、少し離れた執務室から、私の活躍と、私の隣で楽しそうに企画会議に参加する王太子殿下の姿を、複雑だけど、どこか温かい眼差しで見守っている……らしい。
新しい執務室の窓から、活気に満ちた王都を見下ろす。
最新型マギフォンを手に、私は不敵に微笑んだ。
「さあ、次のバズは、甘い恋の予感?それとも、新たな事件の香り?どっちもまとめて、かかってきなさい!」
炎上令嬢改め、ときめきアドバイザー・エマリアの、嵐のように輝く毎日は、まだまだ、まだまだ!終わらないのだから!




