表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

第1話 きっかけは「#王宮ティーパーティーなう」でした

「まぁ、エマリア様ったら!今日のドレス、まるで春の妖精さんのようね!」

「本当ですわ、その繊細なレース!どこのメゾンでお仕立てになったの?」


 きらびやかなシャンデリアが輝く王宮のサロン。

 ふんわりとしたパステルイエローのドレスに身を包んだあたし――エマリア・フォン・ヴィルトは、侯爵令嬢として完璧な微笑みを浮かべていた。


「うふふ、ありがとう存じます。こちらは母が懇意にしているデザイナーに、特別に作っていただいたものでしてよ」


 内心(きたきた社交辞令!ドレス褒めとけば間違いないって思ってるでしょ、このお嬢様方!ていうか、このレース、実はマギフォン隠しポケット付きなのよね、ふふんっ)なんて毒づいているのは、ここだけのヒミツ。


 そう、あたしは王都一の“おしとやか令嬢”……なんて言われているけど、本当の姿は、常にマギフォンの通知が気になるSNS中毒ガール!

 この瞬間も、スカートのポケットに忍ばせた愛しのマギフォンが、ブルブルッと控えめに震えた気がして、お行儀悪いとは思いつつも、そわそわしちゃう。


(あーん、気になる!トレンドワード、何が上がってるかな?昨日の「#子猫様しか勝たん」はどこまで伸びたかなぁ?)


 表面上は優雅に紅茶を一口。

「……このダージリン、とても芳醇な香りですわね」

 内心(早くお茶会終わんないかなー!裏アカで今日の“お嬢様あるある”ネタ、投下したいんだけどっ!)


 あたしのマギフォン――魔力通信端末は、ただの連絡ツールじゃない。

 魔法技術がギュギュッと詰まった、あたしの分身みたいなもの。

 指先ひとつで、王都中の情報はもちろん、遠い異国のトレンドだってチェックできるし、何より、あたしの「本音」を吐き出せる唯一の場所、「裏アカ」があるのだ!


『麗しのエマリア様(仮)』っていう公式っぽいアカウントでは、お花やお菓子、当たり障りのない読書感想なんかをアップしてるけど。

 裏アカ『毒舌令嬢マリィ@王都の闇を憂う』では、日々のうっぷんや貴族たちの滑稽な生態を、バッッサリ斬り捨ててる。フォロワー数は少ないけど、コアなファン(主に皮肉好きの平民か、同じく息苦しさを感じてる一部の若手貴族)がいて、彼らとのコメントのやり取りが、あたしのストレス解消法なんだよね。


「エマリアお姉様!」


 パタパタと軽い足音と共に、可愛らしい声がサロンに響いた。

 現れたのは、この国のアイドル、リリアン王女殿下。ふわふわのピンクブロンドの髪を揺らして、あたしの隣にちょこんと座った。


「リリアン王女殿下、ごきげんよう」

「もう、お姉様ったら堅苦しいわ!リリって呼んでっていつも言ってるじゃないですか!」


 ぷくーっと頬を膨らませるリリは、あたしの数少ない、気兼ねなく話せる相手。王女様らしからぬ気さくさで、あたしの裏アカの存在も……もちろん知らないけど、なんとなくあたしの「表と裏」を感じ取って、面白がってくれてるみたい。


「ねぇ、エマリアお姉様。今日のお茶会、とっても素敵だから、王室の公式アカウントで紹介してほしいの!」

「えっ、あたしがですか?」


 王室公式アカウントって言ったら、フォロワー数もケタ違いだし、何より王家の威信がかかってる超重要アカウント。普段は広報担当の魔法士さんが、厳重な魔法認証の元で管理してるはず。


「そうなの!今日、担当の人が急な魔力切れで倒れちゃって。お兄様も『エマリアならセンスもいいし任せられる』って言ってたし!」

「お、お兄様……ハインリヒ王太子殿下が?」


 思わぬ王太子殿下の名前登場に、ちょっとドキッとする。

 ハインリヒ殿下は、優しくて天然で、ちょっと頼りないところもあるけど、民からの人気は絶大な、キラキラ王子様。あたしみたいな裏表のある女とは、住む世界が違うって感じの人。


「はいっ!これ、一時的に使える認証コードです!」

 リリはウィンクしながら、小さなメモをあたしに手渡した。そこには、複雑な魔法陣のような文字列が。


(えええ、いいの!?あたしなんかが、あの公式アカウントを……!?)


 頭の中では警報が鳴り響いてる。でも、同時に湧き上がる好奇心と、ちょっぴりの優越感。

 だって、あの王室公式アカウントで、あたしのセンスが光る投稿ができるなんて、考えただけでワクワクしちゃうじゃない!


「……わ、分かりましたわ。わたくしでよろしければ」

「やったー!ありがとう、エマリアお姉様!」


 リリににっこり微笑み返し、あたしは早速マギフォンを取り出した。周りのお嬢様方が「あら、エマリア様がマギフォンを?」みたいな顔をしてるけど、気にしない!


 公式アカウントにログインして……よし、OK。

 サロンの様子、綺麗にデコレーションされたテーブル、色とりどりのマカロンやケーキ。どれもこれも「映え」の塊だ。


(うーん、どの角度がいいかな?やっぱり、今日の主役のリリアン王女殿下を中心に……あ、向こうの窓際の席、ハインリヒ王太子殿下もいらっしゃるわ。自然な感じで、サロン全体の楽しそうな雰囲気を切り取ろうっと!)


 カシャッ。


 マギフォンが軽いシャッター音を立てる。うん、いい感じの写真が撮れた!

 フィルターは……公式だから、あんまり加工しすぎない方がいいわね。ナチュラルだけど、ちょっとだけ明るさアップ、と。


 そして、キャプション。

『本日の王宮サロンでは、春の陽光のように華やかなティーパーティーが開かれておりますわ。リリアン王女殿下も、可愛らしい笑顔でゲストの皆様をおもてなしです♪ #王宮ティーパーティーなう #ロイヤルスイーツ #春の訪れ』


 よし、完璧!送信っと!


 投稿完了の表示を見て、あたしは満足げに息をついた。

(ふふん、なかなかいい仕事したんじゃない?これで公式アカウントのフォロワーも、うっとりしちゃうこと間違いなしよ!)


 最初の反応は、予想通り。

「素敵です!」「リリアン王女殿下、可愛すぎます!」「スイーツ美味しそう!」

 いいねの数も、ぐんぐん伸びていく。さすが公式アカウント。


(あーあ、あたしの裏アカも、これくらい“いいね”がついたらなぁ……)


 なんて、ちょっと羨ましく思った、その時だった。


 ピコンッ。


 一件の新しいコメント通知。

 それは、古風な貴族の紋章をアイコンにした、いかにもカタブツそうなおじ様アカウントからだった。


『王太子殿下の左奥、花瓶の影にいらっしゃるのは……どなたかな?見慣れぬ女性のようだが……』


「え?」


 あたしは思わず声を漏らした。

 慌てて、自分が投稿した写真を拡大する。

 確かに、ハインリヒ王太子殿下の背後、大きな薔薇の生けられた花瓶の影に……誰かいる。

 髪型と服装からして、若い女性。貴族の令嬢ではなさそうな、シンプルなワンピース姿。


(だ、誰……?まさか、王太子殿下の……隠し……?)


 次の瞬間。


 ドドドドドドドドッ!!!!


 あたしのマギフォンが、かつてないほどの勢いで震えだした。

 通知、通知、通知、通知の嵐!

 画面には、滝のようにコメントとリプライが流れ込んでくる。


『え、マジ?王太子に彼女!?』

『あの位置関係、絶対親密じゃん!』

『おいおい、エマリア嬢、とんでもないスクープぶっこんできたな!』

『#王太子熱愛発覚』

『#まさかの匂わせ投稿』

『#エマリア様GJ』

『#公式アカウントでやらかした令嬢』


 トレンドワードが、リアルタイムで更新されていく。

 さっきまで「#王宮ティーパーティーなう」が一番上だったのに、あっという間に「#王太子熱愛発覚」がトップに躍り出た。


「う、うそ……でしょ……?」


 マギフォンを持つ手が、ブルブル震える。

 サロンの優雅な喧騒が、急に遠のいていく。

 頭が真っ白になって、心臓がバクバクうるさい。


(やだ、やだやだやだ!あたし、何かしちゃったの!?)

(ていうか、この炎上……規模がケタ違いすぎない!?)


 顔面蒼白のあたしの目の前で、マギフォンの画面は、無慈悲に新しいハッシュタグを生み出し続けていた。


『#炎上令嬢エマリア爆誕』


 ――その瞬間、あたしは悟った。

 おしとやか令嬢エマリア・フォン・ヴィルトの平和な日常は、今日、この瞬間をもって、完全に終わりを告げたのだと。

 そして、心のどこかで、ほんのちょっぴり。

 このとんでもない大炎上が、退屈な日常をぶち壊してくれるんじゃないかって、不謹慎な期待が芽生え始めていたことも……今はまだ、ヒミツだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ