第1話 きっかけは「#王宮ティーパーティーなう」でした
「まぁ、エマリア様ったら!今日のドレス、まるで春の妖精さんのようね!」
「本当ですわ、その繊細なレース!どこのメゾンでお仕立てになったの?」
きらびやかなシャンデリアが輝く王宮のサロン。
ふんわりとしたパステルイエローのドレスに身を包んだあたし――エマリア・フォン・ヴィルトは、侯爵令嬢として完璧な微笑みを浮かべていた。
「うふふ、ありがとう存じます。こちらは母が懇意にしているデザイナーに、特別に作っていただいたものでしてよ」
内心(きたきた社交辞令!ドレス褒めとけば間違いないって思ってるでしょ、このお嬢様方!ていうか、このレース、実はマギフォン隠しポケット付きなのよね、ふふんっ)なんて毒づいているのは、ここだけのヒミツ。
そう、あたしは王都一の“おしとやか令嬢”……なんて言われているけど、本当の姿は、常にマギフォンの通知が気になるSNS中毒ガール!
この瞬間も、スカートのポケットに忍ばせた愛しのマギフォンが、ブルブルッと控えめに震えた気がして、お行儀悪いとは思いつつも、そわそわしちゃう。
(あーん、気になる!トレンドワード、何が上がってるかな?昨日の「#子猫様しか勝たん」はどこまで伸びたかなぁ?)
表面上は優雅に紅茶を一口。
「……このダージリン、とても芳醇な香りですわね」
内心(早くお茶会終わんないかなー!裏アカで今日の“お嬢様あるある”ネタ、投下したいんだけどっ!)
あたしのマギフォン――魔力通信端末は、ただの連絡ツールじゃない。
魔法技術がギュギュッと詰まった、あたしの分身みたいなもの。
指先ひとつで、王都中の情報はもちろん、遠い異国のトレンドだってチェックできるし、何より、あたしの「本音」を吐き出せる唯一の場所、「裏アカ」があるのだ!
『麗しのエマリア様(仮)』っていう公式っぽいアカウントでは、お花やお菓子、当たり障りのない読書感想なんかをアップしてるけど。
裏アカ『毒舌令嬢マリィ@王都の闇を憂う』では、日々のうっぷんや貴族たちの滑稽な生態を、バッッサリ斬り捨ててる。フォロワー数は少ないけど、コアなファン(主に皮肉好きの平民か、同じく息苦しさを感じてる一部の若手貴族)がいて、彼らとのコメントのやり取りが、あたしのストレス解消法なんだよね。
「エマリアお姉様!」
パタパタと軽い足音と共に、可愛らしい声がサロンに響いた。
現れたのは、この国のアイドル、リリアン王女殿下。ふわふわのピンクブロンドの髪を揺らして、あたしの隣にちょこんと座った。
「リリアン王女殿下、ごきげんよう」
「もう、お姉様ったら堅苦しいわ!リリって呼んでっていつも言ってるじゃないですか!」
ぷくーっと頬を膨らませるリリは、あたしの数少ない、気兼ねなく話せる相手。王女様らしからぬ気さくさで、あたしの裏アカの存在も……もちろん知らないけど、なんとなくあたしの「表と裏」を感じ取って、面白がってくれてるみたい。
「ねぇ、エマリアお姉様。今日のお茶会、とっても素敵だから、王室の公式アカウントで紹介してほしいの!」
「えっ、あたしがですか?」
王室公式アカウントって言ったら、フォロワー数もケタ違いだし、何より王家の威信がかかってる超重要アカウント。普段は広報担当の魔法士さんが、厳重な魔法認証の元で管理してるはず。
「そうなの!今日、担当の人が急な魔力切れで倒れちゃって。お兄様も『エマリアならセンスもいいし任せられる』って言ってたし!」
「お、お兄様……ハインリヒ王太子殿下が?」
思わぬ王太子殿下の名前登場に、ちょっとドキッとする。
ハインリヒ殿下は、優しくて天然で、ちょっと頼りないところもあるけど、民からの人気は絶大な、キラキラ王子様。あたしみたいな裏表のある女とは、住む世界が違うって感じの人。
「はいっ!これ、一時的に使える認証コードです!」
リリはウィンクしながら、小さなメモをあたしに手渡した。そこには、複雑な魔法陣のような文字列が。
(えええ、いいの!?あたしなんかが、あの公式アカウントを……!?)
頭の中では警報が鳴り響いてる。でも、同時に湧き上がる好奇心と、ちょっぴりの優越感。
だって、あの王室公式アカウントで、あたしのセンスが光る投稿ができるなんて、考えただけでワクワクしちゃうじゃない!
「……わ、分かりましたわ。わたくしでよろしければ」
「やったー!ありがとう、エマリアお姉様!」
リリににっこり微笑み返し、あたしは早速マギフォンを取り出した。周りのお嬢様方が「あら、エマリア様がマギフォンを?」みたいな顔をしてるけど、気にしない!
公式アカウントにログインして……よし、OK。
サロンの様子、綺麗にデコレーションされたテーブル、色とりどりのマカロンやケーキ。どれもこれも「映え」の塊だ。
(うーん、どの角度がいいかな?やっぱり、今日の主役のリリアン王女殿下を中心に……あ、向こうの窓際の席、ハインリヒ王太子殿下もいらっしゃるわ。自然な感じで、サロン全体の楽しそうな雰囲気を切り取ろうっと!)
カシャッ。
マギフォンが軽いシャッター音を立てる。うん、いい感じの写真が撮れた!
フィルターは……公式だから、あんまり加工しすぎない方がいいわね。ナチュラルだけど、ちょっとだけ明るさアップ、と。
そして、キャプション。
『本日の王宮サロンでは、春の陽光のように華やかなティーパーティーが開かれておりますわ。リリアン王女殿下も、可愛らしい笑顔でゲストの皆様をおもてなしです♪ #王宮ティーパーティーなう #ロイヤルスイーツ #春の訪れ』
よし、完璧!送信っと!
投稿完了の表示を見て、あたしは満足げに息をついた。
(ふふん、なかなかいい仕事したんじゃない?これで公式アカウントのフォロワーも、うっとりしちゃうこと間違いなしよ!)
最初の反応は、予想通り。
「素敵です!」「リリアン王女殿下、可愛すぎます!」「スイーツ美味しそう!」
いいねの数も、ぐんぐん伸びていく。さすが公式アカウント。
(あーあ、あたしの裏アカも、これくらい“いいね”がついたらなぁ……)
なんて、ちょっと羨ましく思った、その時だった。
ピコンッ。
一件の新しいコメント通知。
それは、古風な貴族の紋章をアイコンにした、いかにもカタブツそうなおじ様アカウントからだった。
『王太子殿下の左奥、花瓶の影にいらっしゃるのは……どなたかな?見慣れぬ女性のようだが……』
「え?」
あたしは思わず声を漏らした。
慌てて、自分が投稿した写真を拡大する。
確かに、ハインリヒ王太子殿下の背後、大きな薔薇の生けられた花瓶の影に……誰かいる。
髪型と服装からして、若い女性。貴族の令嬢ではなさそうな、シンプルなワンピース姿。
(だ、誰……?まさか、王太子殿下の……隠し……?)
次の瞬間。
ドドドドドドドドッ!!!!
あたしのマギフォンが、かつてないほどの勢いで震えだした。
通知、通知、通知、通知の嵐!
画面には、滝のようにコメントとリプライが流れ込んでくる。
『え、マジ?王太子に彼女!?』
『あの位置関係、絶対親密じゃん!』
『おいおい、エマリア嬢、とんでもないスクープぶっこんできたな!』
『#王太子熱愛発覚』
『#まさかの匂わせ投稿』
『#エマリア様GJ』
『#公式アカウントでやらかした令嬢』
トレンドワードが、リアルタイムで更新されていく。
さっきまで「#王宮ティーパーティーなう」が一番上だったのに、あっという間に「#王太子熱愛発覚」がトップに躍り出た。
「う、うそ……でしょ……?」
マギフォンを持つ手が、ブルブル震える。
サロンの優雅な喧騒が、急に遠のいていく。
頭が真っ白になって、心臓がバクバクうるさい。
(やだ、やだやだやだ!あたし、何かしちゃったの!?)
(ていうか、この炎上……規模がケタ違いすぎない!?)
顔面蒼白のあたしの目の前で、マギフォンの画面は、無慈悲に新しいハッシュタグを生み出し続けていた。
『#炎上令嬢エマリア爆誕』
――その瞬間、あたしは悟った。
おしとやか令嬢エマリア・フォン・ヴィルトの平和な日常は、今日、この瞬間をもって、完全に終わりを告げたのだと。
そして、心のどこかで、ほんのちょっぴり。
このとんでもない大炎上が、退屈な日常をぶち壊してくれるんじゃないかって、不謹慎な期待が芽生え始めていたことも……今はまだ、ヒミツだ。