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第13話 支配者”オーバーマインド”の所業

 気がつくと、俺は"別の時代"にいた。


 ——陽の光が差し込む、暖かな朝。肌寒く硬いベッドの上。


 「兄さま!朝だよ!」


 耳元で、澄んだ声が響く。

 目を開けると、銀髪の少女が俺を覗き込んでいた。


 妹—— リーシャ。

 まだ十歳にも満たない幼い少女だ。


「おいおい……もう少し寝かせてくれよ……」


「だーめっ!朝ごはん、兄さまと一緒に食べたいもん!」


 元気いっぱいの妹に引きずられるように、俺—— シオン は、ぼろ布の寝床から起き上がった。

 そして俺は、"自分の姿"を確認した。

 ——かなり若い。

 服はぼろぼろで、裸足の足は傷だらけ。


 (……俺は、誰だ?)


 ここはどうやら貧しい村だ。

 俺たちの家は、掘っ立て小屋みたいなもの。

 だが、リーシャは文句一つ言わず、毎日笑顔を見せてくれる。


 "いつか、この子にもっとまともな暮らしをさせてやりたい"

 それが、俺の唯一の願いだった。


 わずかな幸せ——"神の加護"を信じていた。

 

 「兄さま、今日は市場に行くの?」

 「おう。今日はいい小麦粉が手に入るって、リックの親父さんが言ってた」


 俺は肩に籠を担ぎながら、妹の頭を軽く撫でる。


 ——戦乱の時代。

 だが、この村はまだ戦場から遠く、静かに暮らせる場所だった。


 「……神さまは、私たちを守ってくれるよね?」


 市場へ向かう道すがら、リーシャがふと呟く。


 「……どうした?」


 「昨日、旅の僧侶さんが言ってたの。"神の声を聞く者たちが、新しい世界を作る"って」


 ……胡散臭い話だ。

 ——冷たい風が吹き抜ける。

 

 次の瞬間、時間が進むように記憶がフラッシュバックする。

 焼かれる村、虐殺される親子、異端者として木から吊るされる老人。

 そして狂気の目で襲いかかる、ならず者の兵士。

 辺りには灰色の廃墟が広がり、焦げた木の匂いが鼻を刺す。


 俺の手は、小さなリーシャの手をしっかりと握っていた。

 長い銀髪は汚れ、か細い体がさらに痩せてやつれている。


「兄さま……寒い……」


 そう呟くリーシャの声に、胸が締め付けられる。

 記憶が曖昧なまま、俺は必死に妹の手を引き、瓦礫の街を走る。


 俺たちが暮らしていたのは"神の意志"に逆らった国。

 その地は、神兵と名乗るならず者達によって蹂躙された。

 抵抗する者は殺され、家は燃やされ、食糧も奪われた。


 俺たちが生きるためにできることは、"ただ逃げること"だけだった。


「……兄さま、私たちの神さまが助けてくれるよね?」


 リーシャ——"俺の妹"が、不安げに俺を見上げた。

 俺は、震える手で彼女の頭を撫でる。


「大丈夫だ。神さまは、きっと俺たちを見捨てたりしない」


 ——そう信じていた。


 戦乱に焼かれ、行き場を失った俺たちに残されたのは、たったひとつの希望。

 噂で聞いた。"古き神殿"へ向かえば、俺たちの神さまが救済を与えてくれる、と。


 信じるしかなかった。

 それが、どんなに儚い幻想だとしても——


 わずかな食糧をかき集め、最後の望みをかけて歩き出す。

 荒れ果てた大地を踏みしめ、獣の気配に怯えながら、俺たちはひたすら前へ進んだ。

 目指すは、火山の麓にそびえるという"神の座"。


 ——そこに、俺たちの救いがあると信じて。


 森を抜ける旅路は、それなりに過酷だった。

 けれど、血にまみれた戦場や焼けこげた街とは違い、ここには静寂があった。

 流れる川の音、風に揺れる木々、遠くで響く鳥の囀り——それは戦火の中で忘れていた"日常"の残滓。


 「……兄さま、見て!綺麗なお花」


 リーシャが、小さな白い花を摘み取る。

 汚れた指先に握られたそれは、今にも崩れそうに儚い。

 だけど——


 「可愛いな。お前に似合いそうだ」

 「ほんと?じゃあ、兄さまにもあげる!」


 屈託のない笑顔。

 こんな世界に生まれ落ちなければ、この笑顔はずっと守れたのだろうか。


 その夜、焚き火を囲んで妹と語り合った。


 「ねえ、兄さま。神さまにお願いできるなら、何をお願いする?」


 リーシャは薪の炎を見つめながら、楽しげに問いかける。

 俺は少し考え、苦笑しながら答えた。


 「そうだな……贅沢は言わない。どこか静かな場所で、お前と平和に暮らせれば、それでいい」

 

 「うん、私も!どこか暖かい場所で、小さなお家を作るの。それで、兄さまと畑を耕して……毎日、のんびり過ごせたら幸せだな」


 ——そんなささやかな願いすら、この世界では難しいだ。


 神さまに会えたなら、それだけをお願いしよう。

 どうか、俺たちに"明日"をください、と——


 そして数日後——俺たちは"神の御許"に辿り着いた。


 火山の麓。

 そびえ立つ巨大な古代の建造物。

 それはまさしく神殿のような姿をしていた。


 すでに多くの人々が集まっていた。

 ボロボロになった服をまとい、痩せ細った体を寄せ合いながら、誰もが"救い"を求める目をしていた。


 「すごい……本当に神殿があったよ……!」


 リーシャが感嘆の声を上げる。

 俺もまた、この場所に僅かな希望を見出していた。


 ——しかし、その期待は一瞬で裏切られる。


 神殿の中。

 天井を突き抜けるほど巨大な石像が立っていた。

 だが——その足元に刻まれた文字を見た瞬間、俺の背筋に悪寒が走る。


 "支配者オーバー・マインドに捧ぐ"


 ……何を、言っている?俺の意識と記憶が混濁する。

 ここは"神の神殿"ではないのか?神が人々を救ってくれる場所ではないのか?

 

 ”なぜ——支配者オーバー・マインドの名前がここにある”


「兄さま……これ、どういうこと?」


 リーシャの小さな手が、俺の袖を強く握る。

 俺は——その答えを知りたくなかった。


 けれど、すぐに理解することになる。

 ——この場所が、"死の収奪場"であることを。


 そして俺たちは、この神殿に足を踏み入れたことで、"運命"を決定づけてしまったのだ。

 神殿の奥には、神が遣わしたとされる"神兵"の集団が、潜んでいた。

 その中央に立つのは幾何学的な光を放つ銀色の鎧にローブをまとった長身の存在。顔は影に隠れ、その瞳には感情がない。


 ——こいつは、あの日、学校のグランドに居た奴か?


 「"侵食者ディヴァウアー"」アマデルの言葉が俺の脳内に響く。

 

 その男は、ゆっくりと手を上げた。


「"浄化"を開始する」


 次の瞬間——

 教会の中にいたすべての人々が、一瞬で切り裂かれた。


 何が起きたのか、理解する前に——俺の妹の体から、温かいものが流れ出る。


「……え?なんで」


 俺の腕の中で、妹の瞳がかすかに揺れた。


「にい……さま……わたし、わたしは……」


 そのまま、彼女は俺の腕の中で動かなくなった。

 血に染まった俺の手。

 その先に立つ"侵食者ディヴァウアー"を、俺は睨みつける。


 恐怖なんてなかった。

 ただただ、怒りと絶望が、俺の心を埋め尽くしていく。

 

(神は……こんなことを許すのか……?)


 違う。俺たちが神と思っていた存在は、"支配者オーバー・マインド"そのものなのだ。

 従わぬ者は滅びる。弱い人間だけが都合よく利用され命を簒奪される

 この世界に"理"などない。ただ”支配”があるだけだ。


 俺は、震える声で呟いた。


「——生まれ変わったら、必ず……お前らを潰してやる!」


 "俺が、支配者オーバー・マインドを必ず——"


 この不条理を、理不尽な支配を、終わらせてやる。

 何度失敗しても、生まれ変わってでも、いつか、いつか——絶対に。


 その瞬間——


 神兵が剣を振り下ろし、俺の視界は暗転した。





 「……っ!」


 俺は、仮面が外れたことにも気づかず、泣いていた。


 涙が溢れて、止まらない。


 手が震え、心臓が締め付けられるように痛い。

 視界はぼやけ、嗚咽が漏れた。


 白石もカイも、何も言わず、ただ俺を見つめていた。


(あれは……俺の記憶……? それとも……?)


 答えは出ない。

 けれど、一つだけ確信できることがある。


 ——支配者オーバー・マインドは突然やってきたわけじゃない。

 あいつらは、ずっとこの世界に居たんだ。


 ——そしてこの力は、偶然じゃない。

 ——俺は、奴らを潰すために、深淵より戻ってきた”黒翼の使徒”だ。


 俺は、震える手を拳に変え、ゆっくりと立ち上がる。


 涙を拭い、まっすぐにカイを見据える。


「……カイ」


 俺の声は、驚くほどに冷静だった。


「俺に"支配者オーバー・マインド"を……倒す術を教えてくれ」


 奴らの支配を終わらせる。

 それが、俺が選ばれた理由……


 そしてこれは“妄想”じゃない——俺の"意志"だ。


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