表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

第12話 深淵の“奈落”とダンジョンの意思

 ——俺は、"佐藤カイ"という名前を知っている。


 それは、小説の中で読んだ物語の主人公の名前だった。


 ……いや、本当に"小説"だったのか?


 幼い頃、俺は"ある物語"を知っていた。

 それは、一人の少年が"神託ダンジョン"と呼ばれる異世界の迷宮で12000年間修行し、成長し仲間を得て、やがて世界の真理にたどり着く——そんな壮大な物語だった。

 


 その記憶は、まるで誰かが俺に語って聞かせたかのように鮮明だった。

 登場人物の名前も、物語の展開も、すべてが詳細に思い出せる。

 そういえば、このメイという美女も、あの物語に出てきた主要人物だ。


 ——けれど、その物語をもう一度読もうとしても、見つけることができなかった。


 ネットで検索しても、書店を探し回っても、どこにも"そんな本"は存在しなかった。

 有名なラノベかと思ったが、どんなに調べてもそれらしい作品はない。


 じゃあ、この記憶はいったい何なのか?

 俺は本当に、小説として"読んだ"のか?まさか、夢で見た、ただの妄想だったのか——?

 そんなはずはない、まるで見てきたかのように鮮明に記憶しているのはおかしい。


 そんな疑問を抱えたまま、時は流れた。やがて俺はこの"妄想英雄イマジナリー・ヒーロー"としての力を得た。


 ……そして今、目の前にいる男が、その"佐藤カイ"を名乗った。

 まるで、俺の記憶の中から現実に飛び出してきたかのように——

 一瞬、自分の中の世界が、ぐらりと揺れた気がした。


 彼こそは、俺を”妄想ぼっち”に仕上げた主因……一体何者なんだ?


(いま答えを聞くべきか……いや、もう少し様子を見てからにしよう)


 俺はカイの顔を見つめながら、内心の混乱を抑えることができなかった。


 ——けれど、この違和感の正体を知るのは、まだ先の話になる。



 考えがまとまらないまま、俺たちがダンジョンの深淵へと向かおうとしたその時だった。


「深淵へ向かうのは——シン、君だけだよ」


 カイの静かな声が、広間に響いた。


「は?」


 思わず俺は聞き返した。


「いやいや待てよ、白石だけ置いていくわけにはいかないだろ」


「シン。これは"君自身の力"に関わる問題だからね」


 カイは落ち着いた口調で続ける。


「深淵はただのダンジョンの最深部じゃない。そこには、この世界の存在にも関わる"真理"が眠っている」


「……世界の真理?」


「そう。でも、同行者の意識が混乱した場合……ダンジョンの意識に”干渉”が発生する可能性があるんだ」


「意識が……干渉するだって?」


「わかりやすく言えば、"余計なノイズ"みたいなものさ。理解の許容範囲を超えた時、人は”混乱”するものだからね」


「それって……つまり、白石には理解出来ないかもってことか?」


「可能性の話だよ。リスクは少ない方が良いからね」


 カイは微笑むが、表情はどこか"試している"ようにも見えた。


 その時——


「待ってくれ」


 白石が一歩前に出た。


「私も、どうしても行きたい」


 その言葉に、カイが目を細める。


「……なぜ?」


「私は人類の知識を、一歩先へ進ませたい」


 白石は、微かな真剣な表情を浮かべながら言った。

 

「私は"知りたい"んだ。支配者オーバー・マインドが何者なのか。シンの力の正体が何なのか。そして……"この世界"の真の姿を」


「世界の真の姿、ね……」


 カイは軽く肩をすくめると、何か考えるように目を閉じた。


 数秒の沈黙の後——彼は再び白石を見つめ、問いかける。


「じゃあ、質問に答えてほしい」


「もちろん」


 白石は自信満々に頷く。


「君は、この世界……いや、この宇宙を創造したのは誰だと思う?」


 俺は思わず「うわ、また哲学かよ」と心の中でツッコミを入れる。

 白石がこんな問いにどう答えるのか、少し興味が湧いた。


 白石は、ゆっくりと目を閉じ、数秒間、思考を巡らせる。


 やがて——


「誰かが創造したのではなく、私たちがそう意識しているんだと思う」


「……どういうこと?」


 俺が反射的に聞き返すと、白石は淡々と説明を続けた。


「私たちの知る宇宙、世界は私たちが"ある"と観測・認識するから"ある"。

 時間が"流れている"と観測してるから、時間と意識している。

 つまり世界は、観測する側の意識によって形作られる——」


「——なるほど」


 カイは微かに微笑みながら、興味深そうに白石を見つめる。


「君も一緒に来ていいよ」


 白石は満足げに頷く。

 一方の俺は、"白石がカイの問いに正解した"というよりも、"カイの望む意識に達している"と判断したのではないかと感じていた。


(……白石、やっぱすげえな)


 こうして、俺と白石は、カイに導かれ"深淵"へと向かうことになった——


 導かれた場所は、地下迷宮という雰囲気ではなかった。


 暗闇の向こうに、一筋の光が揺らめいている。

 それは扉のようにも、裂け目のようにも見えた。

 ——いや、"境界"そのものなのかもしれない。


 カイは何の躊躇もなく、その光の裂け目へと足を踏み入れた。

 俺たちも後に続く。


 ——その瞬間。


「……っ!」


 世界が"反転"した。


 重力が消え、身体の輪郭が溶けるような感覚に襲われる。

 視界が暗転し、意識が弾かれる。

 脳が環境の変化についていけず、思考が一瞬、途切れそうになる。


 ——そして。


「……ここは……!?」


 俺は息を呑んだ。


 眼前に広がっていたのは、"闇"そのものだった。


 どこまでも続く漆黒と静寂。でも無音ではない。意識の奥底で、何かが囁いているような……不思議な感覚がある。

 それでいて、空間には無数の光の粒が漂い、星々のようにきらめいている。


 だが、違和感がある。

 それらの光は、まるで意思を持つかのように動いていた。

 俺が視線を向けるたび、光の粒はゆっくりと軌道を変える。

 まるで、俺の"意識"に応じて配置が変わるかのように——


「……無重力?宇宙に移動したのか?」


 ぼそりと呟くと、すかさず白石が指摘した。


 

「シン、宇宙ステーションのことを言ってるんだろうけど、それは無重力じゃなくて"落下"だよ」


「落下?」


「そう。宇宙飛行士が浮いて見えるのは、重力がないからじゃない。"地球の重力と均衡する、ものすごい速度で落ち続けている"からなんだ」


 俺は一瞬、思考が追いつかなくなる。


 (……落ちてるのに浮いてるって、どういうことだ?)


 すると、カイが微笑みながら口を開いた。


「観測点によって、状態が違って見える——感じるってことだね」


「……つまり?」


「ここは"奈落"とも呼ばれる、ダンジョンの最深部であると同時に、始点でもあるんだ」


 カイがふわりと宙に浮かびながら語る。


「つまり深淵は、この世界の"底"ではないんだよ……むしろ中心とも言える」


 その言葉の意味を理解する間もなく、俺は足元を確認しようとした。


 しかし——"足元"が存在しない。


(これは……感覚が狂うな)


「ここには”上”も”下”もない。“方向”という概念すら存在しないんだ」


カイが静かに呟いた。


俺は思わず、自分の足元を確認しようとした——が、そもそも”足元”という概念すら曖昧になっていることに気づく。


「……本当に、ここがどこなのかも分からねえ……生きてるのか、死んでるのかすら……」


思わず零れた言葉に、白石が自分の手を握ったり開いたりしながら呟いた。


「……寒くも暑くもない。肌に感じる温度すら、意識次第で変わるような……不思議な感覚だな」


 それはまるで、“現実”という枠組みから解放された空間——この深淵が、意識そのものを試しているかのような錯覚だった。


「そう感じるのは当然さ」


 カイが手を伸ばすと、周囲に漂っていた光の粒が彼の周囲に集まってくる。

 まるで、彼の手のひらに引き寄せられるかのように。


「この"光"は、すべての"世界"の情報だよ」


「世界の……情報。つまり科学の世界でいう”素粒子”?」


 白石が興味深げに問い返す。


「うん、並行世界……"多次元の世界"は、この深淵を通じて、すべて繋がっているんだ」


 俺は驚いた表情を浮かべる。


「じゃあ、ダンジョンって……別世界への通路なの?」


「そう、ダンジョンとは"並行世界の意識”を繋ぐ回路と言えるね」


「……!!」


 思わず息を呑んだ。


(ダンジョンが並行世界と繋がっている……? じゃあ、こことは違う世界が無数にあるってことか?)


 カイは静かに微笑んだ。


「さらに言えば——"並行世界の意識"が干渉することで生まれるのがダンジョン”なんだ」


「じゃあダンジョンの中に異世界があるんじゃなくて、回路を通じて違う世界と意識で交流してるってこと?」


 戸惑いながら問い返すと、カイは落ち着いた声で続ける。


「そう、世界にも"意識"があるんだよ。記憶があり、感情があり、時には"夢"を見ることもある。それを”ダンジョンの意思”って呼ぶ人もいる」


 すると、白石が持論を展開する。

 

「つまり、支配者オーバー・マインドは、異星人ではなく、ダンジョンを通ってやってきた異世界人ってことか……」


「君、ものすごく思考が柔軟だね」


 カイは目を細める。


(白石……お前、いったいどこまで理解してるんだ?)


 俺がその支配者オーバー・マインドに関する疑問を口にしようとしたその時——


「さあ——そろそろ見せようか。彼らが何者で、何をしようとしているのか……その答えを」


 カイが深淵の闇の中で、ゆっくりと両手を広げる。


 その瞬間——


 無数の光の粒が弾けるように散り、狂ったように軌道を変えながら集まり始めた。

 まるで意思を持っているかのように、ひとつの"形"を作ろうとしている。


「……これは……!?」


 俺は思わず息を呑む。


 光が絡まり、捻れ、交差し——やがて、それは"像"を結び始めた。


 空中に浮かび上がる、無数の"影"。

 それは人型にも見えたが、どこか異様で——何か……"人ならざるもの"のようにも思えた。


 カイはその光景を見つめながら、静かに呟く。


「……これは"記録"だ。深淵が見てきたもの」


 光の映像が、さらに明瞭に形を変えていく。

 何かが始まる——そう確信した。


 ここから——俺の進むべき未来が、動き出した。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ