第11話 ウソだろ——”あの人”の正体
光に包まれる感覚の中、俺たちはダンジョンポータルを通過した。
その瞬間、足元の感触が変わる。先ほどまでのコンクリートの床とは違う、滑らかで硬質な石の感触。
——いや、それだけじゃない。
広がる景色に、俺は思わず息を呑んだ。
そこは、まるでファンタジーRPGの世界だった。
目の前には巨大な神殿。白い柱が立ち並び、まるで中空に浮かぶ舞台のようだ。
床には複雑な文様が刻まれた純白の大理石が敷かれており、薄く光を放っている。
見上げると、天井は存在せず、漆黒の虚空が広がっていた。
にもかかわらず、場内にはまるで昼間のような明るさがある。
光の発生源が見当たらないのに、視界は驚くほどクリアだ。
「これは……」
俺は唖然としながら呟いた。
さらに、上空には奇妙な生物が飛び交っている。
——いや、"飛び交っている"というよりも、"旋回している"という表現が正しいか。
それらはまるでこの神殿の守護者のように、一定の軌道を描いて飛び続けている。
一見すると鳥のようだが、翼の形状は猛禽類とは異なり、爬虫類のそれに近い。
鋭い鉤爪を持ち、嘴の形状は肉食獣そのもの。まるで複数の生物を組み合わせたような異形の存在だった。
「……なんだあれ」
「おそらく"合成獣"……だね」
隣で白石が冷静に呟く。
「俺たちの知る生物学ではあり得ないが、ダンジョンなら別だ。そもそも物理法則から切り離された領域なんだから」
「そ、相対性理論の範囲外って……ことで合ってるか?」
「そうとも言えるし違うとも……わかりやすく言うと、量子力学では物質の最小単位が"情報"の集合体という説がある、そこでは”観測と認識"によって事実が決定する……物質的な存在も含めてね」
「……なんだか難しい話になってきたな」
つまり、ぜんぜんわかりやすくないんだが。
「もっと簡単に言えば、"誰かがそうだと認識すれば、それが事実となる世界"ということさ」
白石の理論を完全には理解できなかったが、この光景が現実の地球と異なることだけは明らかだった。
とにかくここは……俺の知る常識の世界とは違う。
——そして、それが 最高にワクワクする。
(やべえ……これはヤバい……!)
胸が高鳴る。
子供のころ憧れた"異世界"が”ダンジョン”が、目の前に広がっている。
しかも、ただの夢や妄想ではない。俺は確かに、ここに"いる"のだ。
「おい、立ち止まるな」
ガイの声にハッとし、俺たちは神殿の奥へと足を踏み入れた。
神殿の内部は、より荘厳な雰囲気を放っていた。
白く光る大理石の床、無数の柱、そして奥にそびえ立つ巨大な鉄製の扉。
扉には無数の模様が刻まれ、まるで何かを封印しているかのような神秘的な雰囲気を漂わせていた。
そして——
扉の中央には、"顔"があった。
まるで生きているかのように目を動かし、こちらを見据えている。
いや、正確には"顔のようなもの"が浮かび上がっている、と言うべきか。
その"顔"が、低く唸るような声を発した。
「……合言葉を述べよ」
ガイが一歩前に進み、堂々と答える。
「——"夜明けはまだ遠い"」
すると、鉄製の扉が軋みながら開いていく。
ゆっくりと、重々しく——
そして、その先には螺旋階段が続いていた。
俺たちは再び歩き出す。
——そして、最奥部。
そこには、広大なドーム状の広間が広がっていた。
天井は高く、中央にはシャンデリアのような光源が浮かんでいる。
壁には謎の文字が刻まれており、異世界の神殿に相応しい神秘的な雰囲気を漂わせていた。
そして——
その中央に、"彼女"はいた。
冷たい蒼色の瞳
長い黒髪、黒いドレス、透き通るほどに白い肌。
見た瞬間、息をのむほどの美しさだった。
だが——その"青い瞳"には、"まるで感情の揺らぎ"がない。
俺は思わずアマデルの姿を思い出した。
彼女の持つ冷静さと、感情の乏しさにどこか似たものを感じる。
(そういえば……アマデル、あれから一度も現れていないな)
俺の妄想から生まれた存在だから、いまは脳内に潜んでいる?
でも、どうやれば再び呼び出せるのか分からない——
黒髪の彼女を見つめたままそんなことを考えていると、ガイが口を開いた。
「……あの子の美貌に見惚れるのはいいが、手を出すなよ」
「え?」
「"あの人"の妹さんだからな」
「妹?!」
「ああ、それだけじゃない。彼女は"あの人"の部屋の番人でもある。見た目に反して恐ろしく強いぞ」
ガイが肩をすくめながら続ける。
「怒らせたら命の保証はないと思え」
そんな物騒な話をしていると——
黒髪の少女が、静かに俺たちを見つめた。
「あなたが……"選ばれし者"かしら?」
静かだが、凛とした声。
まるで全てを見透かすかのような目つきで、俺をじっと見つめてくる。
「なんで仮面をつけてるの?」
俺は一瞬、言葉に詰まるが——
ここで"妄想英雄"らしく、堂々と振る舞わなければならない!
「フッ……これは冥界の焔が鍛え上げし黒翼の仮面——俺の魂と契約を交わした証であり俺の一部なんだ」
——と、決めた瞬間。
少女の瞳が鋭く光った。
「……礼儀がなってない、って言わないと分からないのかしら?」
次の瞬間——
俺の体が"見えない何か"に縛り付けられた。
強烈な圧迫感。まるで見えない鎖が全身を締め上げるような感覚。
「……ッ!?」
驚き、抵抗しようとするが、全く動けない。
そして——
彼女はゆっくりと俺の方へ歩み寄ると、首元に手をかけ、軽々と俺の体を持ち上げた。
(……う、嘘だろ……!?)
この細い体のどこに、こんなパワーがあるってんだ!?
「顔を見せないってことは……何か隠したいことでもあるの?」
「ふ、フッ……これが、冥府の女王が使う超硬糸か……いいだろう、俺を止められるか試してみろ……!」
ぐはぁ、締め付けが強くなった……虚勢をはってみたものの、これはヤバい、オチる。
その時——
後方から、静かな声が響いた。
「だめだよ、メイ。ボクが彼を招いたんだから」
その声が響いた瞬間、俺を縛り付けていた"力"がスッと解けた。
同時に、俺の体を持ち上げていた少女——メイは、僅かに眉をひそめると、そっと手を離した。
「カ…、兄さんがそう言うなら」
俺の体が重力に従って落下する——が、間一髪で膝を曲げて着地する。
肺に一気に空気が戻り、俺は荒い息をついた。
(……まじで死ぬかと思った……!)
俺は首元をさすりながら、声の主を見た。
そこには——
一人の男が立っていた。
年齢は……見た目では20代前半くらいだろうか?
黒髪に黒い瞳、細身で端整な顔立ちだが、どこか柔らかい雰囲気を纏っている。
黒のロングコートを纏い、武器のようなものは持っていない。
「はじめまして、"選ばれし者"」
彼は穏やかに微笑むと、ゆっくりと俺に歩み寄った。
「ボクは、……このダンジョン、ナイトフォールを創った者だよ」
「俺は……その」
この場合は、やっぱ名乗ったほうが良さそうな気がする。なんだかこの人は、すべてお見通しな気がするから。
「あ、ごめん、招いた側が先に名乗らないと失礼だよね」
その物腰はどこまでも柔らかく、まったく威圧感はない。
ただ、俺の直感が、彼に秘められた強力な何かを察知している。
「ボクは佐藤カイだ、カイって呼んでほしい」
「——!!」
その名を聞いた瞬間、俺の脳内で電撃のような衝撃が走った。
(……佐藤カイ!?)
俺は一瞬、自分の耳を疑った。
なぜなら——この名前は、俺が知っている"ある存在"と同じだったからだ。
(いや、そんなはずない……まさか……)
思考が混乱している間に、カイは続ける。
「君が混乱するのは仕方がない。でもこれは事実なんだ……神崎シン」
その時、白石が口を開く。
「私は白石アキラです。妄想英雄のサポートをしています」
するとカイは白石を見つめて微笑んだ。
「キミのことは、ガイから聞いているよ。『超思考科学』……とても面白い持論を持っているってね」
その言葉に、白石はニコリと頷くとカイに軽く会釈をした。
俺はこの状況を僅かに警戒しながらも、なんとか平静を装う。
「……それで、俺をここに呼んだ理由は?」
「もちろん、君に知ってもらうためさ。この世界で今何が起きているのか、"ナイトフォール"が何を目的にしているのか——」
カイは一歩前に進み、俺の肩に軽く手を置いた。
「——そして、"キミ自身の秘密"についても、ね」
「……俺の……秘密?」
心臓がドクンと高鳴る。
俺は、自分が"妄想を現実にする力"を持っていることは理解していた。
だが、その原理がどうなっているのか、未だに分かっていない。
カイは、まるで俺の思考を見透かしたかのように微笑む。
「キミの力は、"偶然"手に入れたものじゃない」
「——どういうことだ?」
「それを知るためには……"このダンジョンの深部"へ行く必要がある」
カイは両手を軽く開くと、空中に"古代文字"のような記述が浮かび上がった。
「ダンジョンには意識がある。そしてそれらの深淵は、多次元でつながっているんだよ」
「多次元でつながってる……?」
すると白石がボソリと呟く。
「つまりマルチバース……ですか?」
「そう。支配者は”ダンジョンの意識”を封印しようとした——だが、完全ではなかった」
カイはゆっくりと視線を上げ、俺をまっすぐに見据えた。
「ボクが気づいてしまったからね」
俺は、彼の、佐藤カイの物語を知っている。なぜなら——
「つまりキミが選ばれたのは……"偶然"じゃない。"必然"だったんだよ、シン」
俺は息を呑んだ。
この世界の謎、俺の力の正体——
それらが今、ゆっくりと繋がり始めようとしていた。
「さあ——"深淵"へ行こう」
カイはそう言うと、ドームの奥にある巨大な扉を指し示した。
俺は、一度深く息を吸い込み——
そして、決意を込めて歩き出した。
(——この先に、新たな"真実"がある)