クーゲルシュライバー
初投稿です。
俺が剣と魔法とモンスターの世界に転生してウン年。
楽しかったのは最初だけ。
飯は美味くない。品種改良と化学調味料の偉大さを感じる。もしくは大量の香辛料。
この地域で香辛料は高価だ。
水は滑車式の井戸で汲まなければならない。
魔法は便利らしいが、戦闘に特化していることが多い。ついでに諸々の理由で上手く扱える人は少ない。
転生ボーナスで俺は……使えない。
要するにとても不便だ。
そして何よりも娯楽が少ない。
おかしい。
ボードゲームが存在しない。
賭け事もない。
ボールもないから運動といえば走り込みや素振りといった鍛錬のみ。
おかしい。おかしすぎる。
そんなわけでQoLを上げるため、飯から考えることにした。
とりあえずこういう時はご近所さん(右隣の家)のユーリだ。
「美味い野菜同士を掛け合わせてって、美味い野菜だけを作れるようにならないかな。ほら、やけに美味い野菜ってたまにあるじゃん?」
「つまりトマトが苦手ということだな」
「違うもん!子どもの苦手な野菜ランキングTOP3のトマトの立場をなんとかしたいだけだもん!」
ちなみに前世(日本)では子どもの好きな野菜ランキング一位にトマトが入っている。品種改良さまさまである。
「まあいいだろう」
ユーリは魔法を使えるし、かなりの腕だ。
そして何より頭が良い。
これくらいお茶の子さいさいだろう。
「よろしくな!」
さて、次だ。
「化学調味料、いや、出汁か」
化学調味料というよりもうま味が重要である。
出汁ってなんだ?昆布、カツオ、煮干し。昆布はどこでとれるんだ?カツオは加工してあるよな。着手できるのは煮干しくらいか。
「母上。ご相談があります」
「あらやだ。そんなに腰が低いだなんて、今度は何をやらかしたの?誰に迷惑かけたの?早く謝りに行きなさい。お母さんがついていってあげるから」
「何もやらかしてない!」
俺は何もやらかしたことはないし、今後やらかすこともない。
「ちっこい魚を干したやつってあるよね」
「斜向かいのお家の猫ちゃんに迷惑かけたの!?」
「違う。話を聞いてくれ。ちょっと貰う。あと台所借りる。よろしく」
「片付けはちゃんとするのよ」
「はーい」
なんでこんな言われなきゃならないんだ。
ともかく煮干しを水で、いや、お湯から?出汁はどうやってとるんだ。前世は顆粒出汁派だった。
「鍋を二つ使って水からとお湯から両方やってみればいいか……」
結果的に水からだったが、次からは腑を出して頭を落とすべきだろう。
「母さん、これで汁物作って」
その後、我が家の料理は時々なんとなく和風な味になる。
品種改良は一朝一夕で終わるものではない。
例え賢くて魔法も使いこなし新しもの好きで研究熱心なユーリでもなかなか
「それっぽいのができた」
「はっや」
品種改良の話をして一週間のことである。
「栄養剤と成長促進魔法と……おかげでいつも忘れる飯を……まだ種類は……」
「よくわかんないけどわかった」
ともかくできたらしい。
「まだ改善の余地はあるけど、とりあえず」
ほいっと渡されたのはトマトである。
ちなみにこの世界のトマトは味が薄くて酸っぱくて青臭い。
「弟にあげてくるね!」
「お前が食うんだよ」
圧を感じ、恐る恐る食べる。
「あれ?美味くね?なんだこのトマト。俺の知ってるトマトじゃない。マジで子どもの苦手な野菜ランキングTOP3から外れるぞ」
前世ほどではないがかなり美味い。
「そうだろ」
次は美味しい人参を食べたい。
香辛料を安く手に入れる。これは貿易だかなんだかが関係してくるので無理。
あ、でも近所(左隣の家)のキャシーは香辛料がたくさんありそうな国の血が入ってたな。インド的な。
「キャシー、いるー?」
「いるよー」
「香辛料ってある?ここら辺で手に入らなさそうなやつ」
「香辛料?あるよ。うちのお父さんがあっち出身だけど男はご飯を作らないとかで結局使い方が分からないから放置してある」
「買わせてくださいお願いします」
「お金なんていらないよ。あげる。大量にあって邪魔なんだよね。あの香辛料たちで一部屋潰れててさ」
「そんなにあるのか……」
手伝いを申し出られたが、香辛料を運ぶのなんて簡単。ここは男としての力を見せつけようではないか!
翌日は筋肉痛で目が覚めた。
しかし、貰ったところで料理はできない。
「ははうえ、ははうえー」
「また何かやったのか?」
お呼びではない父さんがやってきた。そして何もやっていない。
「母さんは?」
「買い物」
そういえば父は器用で凝り性だ。
男性は自作カレーにハマると聞く。
「かっこいいちちうえー、可愛い息子からのおねだりなんだけど」
「棒読みで言われてもなあ。可愛いって年齢じゃないし」
「この香辛料さ、使えれば飯がめちゃくちゃ美味くなるんだよ。で、最近ちょっと飯が美味くなったじゃん、あれは俺のおかげでさ。つまり可愛い息子の言う通りにすれば飯が美味くなる!」
父を巻き込んだ。
母は台所の惨状に激怒した。
粉末はまずかったか。
着実にQoLが上がっていっている。
水を汲みやすい井戸か。
「腰が痛くて……」と皆が言っていたので恩を売っておきたい。
「これはもうポンプ式しかない!が、どういう構造なんだ?」
ユーリに丸投げしたい。だがユーリは品種改良を頼んでいる。
「愛しの弟よ、我が頼みを聞いてくれぬか」
「また変なこと兄ちゃんが言ってるよ。母さーん、父さーん。あれ、いないのか」
「ふっふっふ。ちゃんと親の予定の確認はすべきだぞ」
邪魔されないよう、事前に下調べをしておいたのだ。
「しょーもないコトに関しては知恵が働くよな」
「さて。ここら一帯では天才と称され、頭脳はあのユーリを越し、若干九歳にしてすっげー論文書いたりした我が弟ノアよ。君にミッションを与える!」
「ごくり」
こう見えて弟はノリがいいのだ。
「じゃじゃーん!その名も『こう……もうちょい水汲み楽になんねえかな……』大作戦!」
「ダサすぎ」
「うおっほん。こうさ、井戸につけてさ、ぐって上から下に押すと水がぶわーって出る感じの作れない?楽になると思うんだよね」
二週間後、井戸は手押しポンプ式になり、弟は近所から賞賛を浴びていた。
「いやあ、弟が褒められるのは嬉しいな」
まあそんなわけでQoLがかなり上がってきたのだが、そうなるとやはり娯楽である。
弟の改造した井戸で汲んだ水、母がとった煮干しの出汁、キャシーから貰い父が上手くブレンドさせた香辛料、ユーリの品種改良した野菜という、この世界で一番美味い飯を食べながら考える。
「カードゲーム、すごろく、あと何?やる相手もいないよお」
トレーディングカードゲームはたくさんあるけど詳しくないし、トランプだとババ抜きはわかるがポーカーはかっけえ名前のロイヤルストレートフラッシュしか知らない。
それにカードだったら裏から見えないように、形状が違うとどのカードかわかってしまうから制作時は精密さが重要だし、さいころならどの面も等しい確率で出るように、すごろくは飽きないバランスでメリットやデメリットのマスを配置しなければならない。
つまり俺にはできない。
こういう時は猫がいない方の斜向かいの友人に丸投げするのが正しい。
「そこの器用なお姉さん、ちょいと俺の話を聞かないかい?」
下手なウインクをする。
「けーれ」
「面白い話があるんだ。カネになるぞ」
ここだけ聞くと完全にやばいやつだ。
「お金?まあお前の言うことなら話だけは聞いてやろう」
斜向かいの器用なお姉さん、もといルーシーは金に弱い。
あと手土産に母の飯を持ってきている。
「美味しいな。これは……お前の家で作ったのか?器が私の作ったものだ」
「そう。ユーリとキャシーと母と父と弟のおかげでめちゃくちゃ美味い飯が食えるようになった」
「お金というのはこれのこと、じゃないよな。なんだ?」
かくかくしかじか
「っつーことでルーシーお姉さんに作ってもらいたい。俺が不器用でセンスが全くないことは知ってるだろ?ついでにルールつけて売りゃあカネになる」
「むむ。まあいいが……。お前は誰かとやったことがあるのか?洗練されているし」
「まあそれはうんそうだねはい」
「お前、私たち以外に友だちがいたんだな」
「そうだよ!百人いるよ!」
俺の交友範囲はユーリの家、キャシーの家、ルーシー、斜向かいの猫、井戸端会議のお姉さま方及び家族のみである。
このうちの誰かと何かをやると、他の人全員に広まる。
プライバシーってなんだろう。
「まあいい。トランプから作ってみる。これくらい今日中に出来上がる」
ルーシーも仕事が早いなあ。
「賭けはさすがにまずいしわからないからやめておこう。そのうちルーシーは気づくだろうし。そうなるとスポーツか……」
こう見えて中高と野球部だった。
万年ベンチである。
加えて野球以外のルールを知らない。
「こう……球を……」
そして俺は閃いた。
「斜向かいの猫やーい」
名前は知らない。
「えいっ」
そこらへんのものをギュッとして球状にしたものを投げる。
美しい足取りで猫はボールに向かい、咥えると俺の方に持ってきた。
「よしよしいい子だね〜」
猫パンチをしてくるので、中に入れた煮干しを取り出しあげた。
そう、中に煮干しを入れていたのだ。そしてそれをわかっている猫、しかし猫の手では中身を取り出せない。そのため、俺の方まで持ってきたのだ。
あれ?これスポーツじゃなくね?と気付いたのは翌朝であった。
ルーシーからトランプを受け取り、ルーシーとキャシーとユーリと弟ノアと俺で異世界初トランプである。
まずはババ抜き。
何ゲームかやり、最終的な順位は一位ルーシー、二位ノア、三位ユーリ、四位キャシー、最下位が俺である。
ルーシーの勝因は前日にルールを知っていたこと。ノアは賢いし、ユーリーもその次に賢いから理解が早かったのだろう。
キャシーは途中からポーカーフェイスを覚えていたので今後が楽しみだ。
「なんで企画者の俺が最下位なんだよ」
「お前が最下位なのは当然だろ」
「うんうん。この中で一番馬鹿なのは兄ちゃんだもん」
「ぐう」
そういうことでQoLはとても上がっている。
しかし、そんなに娯楽が広まってなかったのは人との繋がりが深いからなのかな、と少し思ったりもした。
人と一緒に喋って何かをして食べるだけで楽しい。
だが、より良い人生を求めるのは悪くないだろう。
「そういえば最近クーゲルシュライバーに遊ばれてたよね」
「なんて?」
「猫」