僕は両目で小さな穴を覗いている。
穴の先はラメを散りばめた銀色に塗り潰されている。その銀色の世界に、大きさがまばらな歪な十字の形をした白い模様が点々と見える。
…何の音なのかグオングオンと騒がしい。
不快だ。
視えるもの、聴こえるもの全てが不快な世界だ。
この穴を観るのをやめよう。
…不規則な振動が僕の体に伝わってくる。
閉眼して更にグオングオンという音が大きくなっている。
グオングオンの中に微かだが人らしき音も混じっている。
これは…男か?
遠くで女らしき音も聞こえる。
音がうるさい…この音の正体を探そう。
僕が目を開けると、まだキラキラとした銀色の世界だった。靄がかかっている男性らしき人が目の前にいた。
「分かるか?大丈夫か?」
貴方が誰かは知らない。だが声からして男。
僕は頷いた。
男性は4本指を見せてきた。右から2番目の指には何か付けていたのが見えた。
「これは幾つか分かるか?」
「4…。」
4本に決まっている。僕は何をされ……。
あ…
あぁ…
今…試合中だ。
小さな穴は破壊され、視野が広がる。同時に銀色の世界がザァーっと晴れていく。
全ての物に色が塗られていく。
十字の正体は天井のライトの光。
そしてこの男性は主審だ。
左耳から首にかけての鈍痛がグオングオンと騒がしい音となっていた。どうやら僕は仰向けに倒れているらしい。
「ここがどこか分かるか?」
主審は大きく、そしてゆっくりとした口調で僕に尋ねてきた。
「体育館…空手の試合中ですよね?」
フーッと鼻で大きくため息をし、うんうんと頷いていた。
「立てるか?」
地球の重力がおかしくなったのではないかと疑う程、体が重い。
ゴロンとうつ伏せになり、四つん這いになりながらグググッとゆっくり立ち上がった。
後頭部と左耳、右半身が痛い。左耳と後頭部は上段蹴りを受けた際の痛み。そこで意識が飛んでしまって受け身も取らずに倒れたせいで右半身が痛いのだろう。
世界が元通りになったお陰でよく視えるし、よく聴こえる。
同時に痛覚も戻って痛みがしんどいが…。
「全部わざとらしいんだよな。」
「大袈裟だろ。」
隣のコートで自分達の試合を待っている他校の選手がこちらを見ながら笑って僕を貶している。
馬鹿にされる程、派手に倒れたのかと初めて知った。
「どうする?試合やれるか?」
大袈裟と馬鹿にしている奴らの顔を覚えておこう。
「おい!どこ見てる!」
ハッと声の先に顔を向けると怒っているのか心配しているのかどっちつかずの表情の主審がいた。
「やれるのか?」
「あ、はい!大丈夫です!すみません!」
「よそ見しないように!」
「すみません…。」
意識取り戻して早々、僕は大人に怒られた。
周りからの嘲笑が聴こえる。
僕をKOした対戦相手を見ると、試合待ちをしている知り合いと笑顔で喋っている。なんとも余裕が伺える。僕を馬鹿にするこの空間の全てが嫌になってきた。
両手に装着している青い拳サポーターのマジックテープ部分をギュッと締め直し、倒れた時に外されたであろう、自分のメンホーを装着すると身体の痛みは不思議と消えた。正確に言えば消えてなどいない。僕に恥をかかせた相手に対しての怒りで痛みを意識しなくなった。