姉妹喧嘩6
例えば、誰かに常に命令されて、それに従っている状態を「不自由」と感じるのだろうか。
例えば、やりたくもない事を、やらなければならない事を「不自由」と感じるのだろうか。
不自由とは何だろうか。
それを私は知らない。
私にとってそれは、もはやこの世界そのものと言っていいい。
記憶のある限り、自由を知らない籠の鳥として生きて、気まぐれに梟助けられ、自由を知って.........それすらもまがい物だと教えられて。
私にとって自由とは、私と大切な人間が笑って、明日を迎えられることだから。
だとしたら、この戦いの中で何度も、何度も、自分は不自由だと主張していた彼女を縛る楔とは何だろうか。
それは戦う相手である私が行った拘束だろうか。
それとも彼女の平穏を脅かす敵そのものだろうか。
それとも、彼女を生み出し、しかし縛り付けるこの街のシステムそのものだろうか。
「そうだ!『私は不自由だ』!!」
目の前でまたしても自身の不自由を高らかに謳う彼女が、その口にしたことと逆の現象を巻き起こすその慈悲ノ天使で打ち壊したのは、どんな楔だったのだろうか。
そして、その楔を解いた彼女は何を思い、何を感じて、何をするのだろう。
私はそれを知らない。
「ああ、本当に............本当に不自由でした」
その光景は私にとって衝撃的で、目を離すことなんてできず思わず体の動きを止めて見入ってしまっていた。
今、この場が戦場であるという事を忘れて。
「『こごえるほのお』」
「!!?」
その一撃は今までの私を狙った物とは違い、全てを巻き込むような.........この部屋の全てを埋め尽くすような銀色の炎だった。
咄嗟に翼をはためかせ上空に逃げて、それでも襲い来る炎を光の放出で散らして対処する。
そこでようやく、私は自身の近くにもう一人いたことを思いだした。
今までだったらなんてことないだろうに、先ほどの様子からもしかしたらと思ってしまったから。
そしてその予想は的中する。
「ぐああっ!!!!」
その叫びは先ほど私がいた場所から、半身をあの銀色の炎に焼かれ凍り付いた慈悲の子からだった。
「凍る!『私が凍っちゃう』!!」
それはきっと無意識だったのだろう。
恐らく、生み出されてその能力が有能であると、残す価値があると判断された時から彼女に自由はなかったはずだ。
考えることも、思うことも許されず、ただ命令に従う様に創られて扱われてきたはずだ。
そんな彼女が初めて力を自由にできるようになった。
その力を完全に自分の意思で使えるようになった。
そうなったらどうなるだろうか。
きっと私と一緒だ。
無意識にその力を振るう。
考えるまでもなく、呼吸するように、当たり前に今を何とかするために力を使うだろう。
そして、彼女の”権能”は無意識に振るうにはあまりにも危険だった。
「あああああ!!!!!!」
彼女は無意識の、凍り付く体を何とかするために力を使った。
それが更なる苦痛へと彼女を誘う事となった。
彼女の半身は彼女の言葉のままにとの『凍る』という現象を反転させた。
つまり、炎上を始めたのだった。
「熱い!熱い!!痛い、痛い!!死んじゃう!!『私、死んじゃう』!!!!」
「ッ!!それはダメだ!!」
私はその言葉の恐ろしさに寒気がした。
彼女が無意識に逃れようと言葉にしているそれは、あまりにも残酷な呪いの言葉だ。
それを止めるのに、すでに遅すぎる。
しかし、それでも私はそれを止めたかった。
彼女の元へと行こうとするが.........
「『もえさかるこおり』」
「チィッ!」
私の行方を遮る様に生える灼熱の氷。
自分の相方が、片割れが、ずっと同じ境遇でいたはずの姉妹を自身の手で氷漬けにして、今まさに苦しみの声を上げているのに表情一つ変えない熱の子。
「もう、君の相手をしてあげられるような状況じゃないんだけど!!」
「『こごえるほのお』」
淡々と攻撃を仕掛けてくる。
慈悲の子は未だに声を上げ続ける。
それは、例え能力の覚醒で人ならざる頑強さを手に入れた私たちであってもあり得ないと断言できる体を焼かれる苦しみ。
それに耐えて今もなお生きて叫び声をあげているのは、やはりあの言葉のせいなのだろう。
確かに私は、私たちは彼女たちと敵対した。
特に熱の子は幾度となく戦った。
しかし、それでもなお私にとっては本当の敵は博士であってこの子達じゃない。
決して苦しめたい相手というわけじゃないのだ。
「でも、そうだね。結果としては最初に狙っていた通りだ」
考えを切り替える。
きっと私が慈悲の子をどうにかしようとすれば、その隙を攻撃される。
これ以上慈悲の子を巻き込めない以上、範囲攻撃が怖くて下手に近づけない。
だけど、結果として慈悲の子は戦闘から離脱。熱の子と一対一だ。
それに、苦痛の原因でもあるけれど、慈悲の子はあの呪いで死ぬことはきっとない。
だったら今最優先すべきは、熱の子。
この目の前の天使を早く無力化して、慈悲の子を助けなきゃ。
「光!」
光を収束する。
私が考えていた天使に対する、切り札。
この技にはタメがいる。
流石の私も集中してイメージを構築しなきゃいけない。
それを実行するのに慈悲の子が邪魔だったけど、今なら出来る。
「『こごえるほのお』」
「翼+『権能剥奪――私はあらゆるものを打ち消す』」
慈悲の子があまりにも脅威だったのスピードが速くて私自身を強化して、対処しないと捌ききれないから。
熱の子の場合、その”権能”の性質からして遠中距離の技が多く、本体の性能が高いというわけでもない。
それは奇しくも私と同じスタイルということ。
私の過剰に情報を注ぎ込んだ光で割と簡単に炎をかき消せる当たり、物質としての破壊能力はそんなに高くない。
それが脅威なのはその全容が見えていなかったり、その足りない破壊力を補ってくれる相方がいる場合だ。
なら、今の私にそれは脅威じゃない。
先ほどは光に込めた、0にする能力模倣。
それを今度は翼に込めて、羽をバラまく。
それだけで炎は空中に舞う羽にかき消されていく。
「『もえさかるこおり』」
「翼」
灼熱の氷だって関係ない。
0にする力が付与された翼で自信を守りながら、光を練り続ける。
それは光を手に新たな物を生み出す加工。
私の”権能”と能力の事をよく考えて、そうして生み出せるだろうと信じていたもの。
イメージは力。
私は欲しい物を生み出し要らないものを消す............そんな子供じみた”権能”を光に強く強く込めていく。
ただ光を収束しただけだったはずの、それに形がついていく。
それは私の力と共に、思い描いたイメージが反映されている証。
私はきっと仲間の内でも強い方だ。
オウルなんかを除けば最強だという自負もある。
晴や恵麻も強く、何より天敵であると認識はしているが、それでも奴らには決してできない物量を私は扱える。
そして、その一撃一撃も原初ノ天使を発動中であれば一撃必殺級になる。
しかし同時に、それでも晴なんかには結局は負けるのだろうなという気持ちもある。
それはきっと必殺技。
これさえ当たれば勝てると、強く思えるそれがないのだ。
私のは結局なんだかんだ、強いが最強というイメージを私自身が出来ていない。
逆に晴のただの身体強化パンチは、最後にはすべてを打ち砕くのだと思わせる意思が、イメージがある。
だから、私はそれを必死にイメージする。
私に足りないそれを補う様に。
光は私のイメージによって姿を変える。
私には足りない、全てを貫くという意思が。
この光が何物もを貫いて、私の意思を貫くというイメージが。
光は穂先を生む。
徐々にその姿を表す。
私がもつレーザーに起因する貫くと言うイメージを補強して、『槍』となる。
「そうだな、名前は.........『遍く偏るもの』だ」
槍は光と共に、それ自体が光であることを忘れずに、熱の子へと飛んでいく。
「『もえさかるこおり』!!!!」
「無駄だ!」
かつては私のレーザーをもってしても、貫くことはできずに防がれたその灼熱の氷。
攻撃に応じて発火するその氷が、光をあえて透過し、しかし屈折させて収束を解く。
だが、今私が放ったのは貫くとイメージし、”権能”のよって構成されなおした、実体を持つ光。
そもそもが、氷を透過せずに純粋な破壊力をもって氷を砕き貫いた。
そして勢いは一切衰えることなく、熱の子の体を貫いたのだった。
「カハッ!?」
貫かれる瞬間、熱の子は短く小さく声をあげてそのまま地面に縫い留められる。
しかし、流石天使。
それも支配から抜け出し動揺していた慈悲の子と違い、いまだに博士の支配を受ける熱の子はそれでも冷静に動き出そうとしていた。
恐らくその槍を引き抜くか、壊そうとしてるのだろう。
だが、
「言ったよね、無駄だよ。それの槍には光として貫く力を与えているほかに、私の原初ノ天使の本来の性質に近い物を込めている。その槍はいま、自信を否定する行動を全てキャンセルする状態だ。それを抜くことも壊すことも、槍の力で0にされる」
その言葉が届いたのか、それとも彼女の中のプログラムが無駄な行動をよしとしなかったのか、熱の子は抵抗らしき行動を止める。
これで、二人目も行動を停止出来た。
目標は達成。
あとは、早く治療をしないと。
私の”権能”ならそれが出来る。
そう思った時だった。
「ダメだよ。ちゃんと殺してあげないと可哀そうだろう?」
意地の悪い、人を馬鹿にしたような声が響いたのは。
それと同時にまず、熱の子が消滅した。
「は?」
一瞬何が起きたのか分からなかった。
しかし、相手はそんな一瞬すらも待ってくれなかった。
次の瞬間には慈悲の子が消えた。
二人がいた場所にはそれぞれ一枚のティリス・アナザーが落ちていた。
「まったく、変なところで甘いんだから.........それが逆に彼女たちを苦しめるって分からないのかな?」
「なんの.........何のつもりだオウル!!彼女たちは私の、私の妹だ!!なぜ!」
ふわりと一人の男が部屋の真ん中に降り立つ。
それは怪しい梟の面をした男、ここでは味方として一緒に行動していたオウルだった。
「なぜ?そりゃ、彼女たちを苦しませないためさ」




