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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
最終章-新たな世界への旅路-
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小さく蠢くもの

「晴くん!!」

「ああ、六鹿の君は正直じゃまだな、君にはもっとやってもらいたい事があるんだ、今は退場願おうか」


 その言葉と共にあの博士と自身を自称し、他称される男。

 私たちの学友、そしていまいちその本質を掴めないオウルーー一ノ瀬羽衣と瓜二つの男が何かを操作することで、私の足元の地面は消失した。


 余りに一瞬の事でまともに反応することも出来ない。

 身構えていたならきっと、私のアナザーによって生まれた能力の一つ。

 浮遊する力を使って、落ちる事を躱すことが出来たはずだった。

 しかし、そんなことを思う暇もなかった。


「え?」


 そうして訪れるのは浮遊感。

 落とされた穴は灯りがなく、ただどこまでも続く落ちる感覚だけが続いていた。


 急激な周囲の変化に、思考が追い付かない。

 しかし、それで混乱したままでは私は簡単に死んでしまう。

 そういった、二つの思考が脳を支配する。

 それでも私の本能が、思考を超越した本能が生きることを選択していた。


(リブラ)


 私を襲う浮遊感が一気に和らぐ。

 このまま、上に向かっても頂上には上がれないだろう。

 仕方なく落ちる速度を制御してゆっくりと下降していく。


 この縦穴は相変わらず真っ暗で、私が起動したアナザーの輝きでかろうじて周囲の様子をうかがえる状況だった。


 何も変わらない、どこまで続いているかも分からない暗い穴は、まるで何か化け物の体の中にいるかのようで、平坦な無機質な壁があるだけなのに何かが蠢いているように思えてくる。


「...............どこまで」


 どこまで続いているのか、塔の最上階から落とされたのだ。

 仮に、九重さんの向かった地下まで落下するのならそれは、一体何メートルの落下になるのだろうか。


 私にはその時間が永遠にも感じられ、しかし底が見えない穴を降りるのに速度を出す勇気もなく、ただこの暗闇をその恐怖に飲まれない様にと耐えながらゆっくりと降下していくしかない。


 落ちていく中で、私の耳に入るのはすこしの風切り音。

 恐らく、この穴の中でもどこかで空気が通じるような場所があるのだろう。


 そんなことを考えていると、段々と冷静になってきた。

 現状を整理して、そう悪い状況ではないと思ったからだ。


 少なくとも風が通る程度には、どこかに通じているような穴という事で、行き止まりという事は無いと思える事。

 この穴そのものは恐らく私に何か危害を加えるようなものではないという事。


 私を落とす前に博士は言った。

「君には君にはもっとやってもらいたい事がある」と。

 博士にとっては私もきっと実験の対象で、やりたい実験でもあるのだろう。

 実験対象に危害を加えない.........なんて希望的なことは思わないけれど、逆に私の能力をよく知っているならこんな落とし穴はあまり効果がない事を理解しているはず。

 ならば、もし私に危害を加えるならこの穴ではなくて、穴の先に私の能力に対策をしているような仕掛けが容易されていると考えるべきだ。


 だから、私は今は落ち着いていた。

 こうしてこの穴にいる間は考える時間が出来たと理解したから。


「この先に何が待ち受けているか.........それ次第ですね」


 私は考える。

 私に有効になりそうな存在を考え続ける。

 この穴の先に待ち受けるものが何であれ、すぐさま対応できるように。

 先ほどのように不意を突かれて穴に落とされるなんて事の無いように。

 そして、すぐにでも頂上へ戻って晴くんの助けをするために。


 そうして、どれほど時間が経過しただろうか。

 ただ落ちていたらとっくに地面の染みになっているだろう時間は経過していたが、今は能力でゆっくりとした下降のため、どれぐらいの速度か自分でもよく分かっていない。

 景色も変わらないというより、見えていないためどれほどの高さに自分がいるのかもよく分かっていない。

 もう地下まで落ちたのだろうか、それともまだ地上のどこか辺りなのだろうか。

 それすらも分からない。


 ただ、少しだけ変化があった。


「..................?」


 何かが聞こえるような気がするのだ。


「何?............誰?」


 それは言葉の様であり、しかしあまりにも小さくそして多いその言葉を聞き取ることができない。

 もはやそれは波の音のような雑音となってしまっていた。

 耳に絶え間なく入る風の音と合わせて、その意味を汲み取ることが困難だった。


「■■■■」「■■■」「■■■■■■■」「■■」


 聞こえない。その微かな声が聞き取れない。

 なのに、脳みそに直接響くようなその声が、うるさく感じる。

 先ほどまで感じていた落下の恐怖よりもなお、その得体の知れない煩さが私の恐怖を煽る。


「一体、なんなの?」


 それが相手に通じているかは分からない。

 この言葉がそもそもどこから聞こえているかも分からない。

 そんな状況でも、声を出さずにはいられなかった。

 この風と謎の声ばかりが聞こえる中で、自分の声という意味のある言葉を聞いてい正気を確認したくなったのだ。


 そうして、すぐに時間はやって来る。

 この穴の終着点。

 アナザーの光がわずかに反射しているのが見える。

 その反射光は細かく形を変えていた。


「............え、嘘でしょ!」


 つまりそれは液体。

 水のたまった水槽のような空間だった。


 慌てて、能力の出力を変えて、緩やかな落下から完全な浮遊へと切り替える。

 気が付くのが遅れたため、少しだけ水に足が触れてしまうものの浮遊の力が働いてそのまま浮き上がる。


「ここは............どういう場所なんだろう」


 水槽を、というより水で満たされた場所というのが、先ほど見た大量の水槽の中に入れられた希空ちゃんを想起させる。


「やっぱり博士は私を実験の材料に?」


 落下中に考えていた事の信憑性が上がって、警戒心が上がる。

 この液体がどういう物かは分からないけれど、希空ちゃんのようにされると言うのは気持ち的にも嫌だし、希空ちゃんを助けに来て逆に捕まるなんて迷惑はかけたくない。


 何処かに脱出できるような場所は無いかと、水に触れない位置で浮遊したままこの空間を調べるが、何も見つけられない。

 いくつかの空気孔が見つかったが、人が通れるような大きさではなく、水に触れないように移動できる範囲には本当に何もなかったのだ。


「.........どうしよう」


 そんな軽く手詰まりのような状況で、どうしようか考えると足に触れる謎の感触。


「え?」


 見ると、水が触手のように私の足を捕らえていた。


「......まずッ!!」


 そしてそのまま引きずり込まれる。

 急なことで酸素を吸えず、代わりに水を幾分か飲み込んでしまう。

 ここで慌ててしまうと、余計に空気が体から抜けると思って、手で口をふさいで冷静を取り戻そうとする。


 そして、あの声が聞こえた。


「やった」「きた、きた」「ぼくのてんびん」「やっとできた」「かんせいした」「てんびん」「ぼくの」「わたしの」「せかいの」「たねだ」「てんびん」「たましいのてんびん」


 頭が割れそうになる。

 さっきよりもハッキリと、さらに多く声が頭の中に叩きこまれる。

 痛みに耐えきれず、私は残り僅かな空気すらも吐き出し、苦しみの中に意識が遠のく。


 あなたたちは.........だれ?

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