頂上3
「正直驚いているんだ」
塔。
この街の、暗黒部分を一手に担う、悪意の象徴。
しかし、それはこの街で何も知らずに過ごす一般人がこの塔がやっていることを知ってしまった時の話。
実際のところ、ほとんどの人間はこの塔を最新の研究施設にして、ティリスという技術革新をもたらした、英雄とすら評価できる場所である。
そんな頂上にて、ようやく対面することになったこの塔の、この街を実験施設に変えた元凶。
親友と同じ顔と、名前を持つ男。
一ノ瀬博士は、明らかに落胆したような雰囲気を隠すこともなく話す。
「君は、君たち兄妹は私が想定していた能力の中では最上位に位置するような力を秘めていた。私が生み出した天使たちの”権能”も、例外もあるが目的として同じものだった。そんな私にとっては悲願と言ってもいい能力をまさか、市井の普通の兄妹に発現したと聞いたときは驚愕したものだ」
博士は淡々と語り聞かせるように話す。
出会った時から思うに、この男は話し好きなのだろう。
科学者というものが皆そうなのだとは思わないが、自分の成果を世に出す人というのは少なからずそういう側面があるものなのだろうな。なんて、場違いに考える。
「まぁ、よくよく素性を調べれば発現したのは必然と言えば必然と言った感じで、それもまた良しと思っていた。こうして、一般的な感性で私のように大儀を見る事が出来ない普通の人間は私のような人間を恨むのは知っていた。だからこそ私は君たちが私に抗う事を知っても何も思わなかったし、せっかくならとデータ収集としての側面を多分に含んだ戦闘を繰り返した」
語るのはどうして天使を通して、情報を収集していたはずの博士が今まで、本気で俺たちを潰しにかかってこなかったかという理由だった。
それは、要するに俺たちのしてきたこと、俺たちがしてきた抗いが博士にとっては実験の一部でしかなかったということ。
「そうして、私としては結構期待をしていたんだ。君たちの能力はどちらかと言えば上澄みで、珍しいものがそろっていたからね、結構やってくれると思っていた。実際、『始まりの天使の権能』に『進化をする人間を意図的に創るティリス・アナザーを否定するシステム』、それに君自身.........『無限』を手にする可能性。正直、どれもこれも一から研究し直したいぐらいには珍しいんだよ」
聞きなれない言葉の羅列。
それがどういう意図で使われた表現なのかは分からないけれど、いったい誰の事を指した言葉なのかはなんとなくわかった。
「そんな君たちだからさ、ひょっとしたひょっとするかもしれないとまで思ったんだ。だけど、さ」
ここまで饒舌に語っていた博士の言葉が止まる。
まるで、この言葉に意味なんかないと気が付いたかのように、語り掛ける相手が何も話を聞いていないことに気が付いたみたいに。
実際、俺はその話を半分ほどしか聞いていない。
それどころじゃないからだ。
「この程度か」
吐き捨てるような博士の言葉。
悔しい、それ以上に許せない。
希空にしたこと、街でしていたこと。
それを思うと怒りがこみ上げる。
自然と体に力入る............だが、上手く動けない。
「君自身に興味はなかったけれど、それは路肩の石に意識を向けないのと一緒だ。君の能力その可能性、それを見たかったのだが、そうやって這いつくばることしかできないのかい?」
そう、俺はいま地面に転がり倒れていた。
立たなきゃいけないのに、体に力が上手く入らない。
口も上手く動かないから、声すら出すことができない。
「まぁ、アレだけ麻痺を受けたのだから、肉体のしびれが取れなくなっても不思議じゃないけれど、君の無限のエネルギーならそんなものさっさと治せると思っていたんだけど......想定外だよ」
んなことは出来るならやってるんだよ。
そう悪態を付きたくても付けない。
それもまた俺にとっては、悔しく感じてしまう。
こんだけ馬鹿にされて、動けない自分が許せない。
博士が長話をしてくれたおかげで、少しずつ回復をしているとはいえただの怪我と麻痺とじゃ感覚が全然違う。
最悪、痛覚さえ許容すれば動ける怪我と違って、そもそも動かないというのが煩わしい。
「さて、お喋りもここまでかな。私としては、もうちょっと話を聞いてもらってもいいけれど、君以外のとくにあの考えが読めない梟が来る前に、事を進めておきたいし」
そうしてゆっくりと近づいてくる。
だが、俺も学んだのだ。
というよりここに来るまでに色々いい聞かされていたと言うべきか。
相手は博士。
どう考えても一筋縄ではいかない。
その上、相手はどんなアナザーを持っているかもわからない。
ならば、ここに誰が到達したとしても、恐らく対策を取られているだろう、と。
実際この麻痺は俺対策というのが多分に含まれているのだろう。
俺は多少の怪我は許容できる程度に回復力が高く、怪我で鈍ったとしても十分なスピードとパワーを出すことができる能力だ。
怪我で止まらないなら、体がそもそも動かないようにする。
これは非常に合理的な手段と言える。
俺も実際に喰らって分かる。
これは例え油断なく、周りのサポートがあったって初見じゃどうしようもない。
独りならなおさら。
だからこうして地面に転がっているわけだ。
だが、俺は正面から破ることを考えていたけれど、俺の仲間たちはそうではない。
ちゃんとその対策についても考えていた。
そうして言われた俺の博士に有効になりえる技。それは。
「じゃ、これは貰っていくよ」
博士が俺のアナザーに手を伸ばした、その瞬間。
俺は体を跳ね上げる。
上手く力は入らないが、それは繊細な動きが出来ないだけだ。
立つというのは、意外と繊細な重心操作が必要で、麻痺の残るこの体ではできなかったけど、跳ね起きるだけなら、バランスを考えないのなら力を入れるだけで出来る。
大雑把でも出来る体の動きで体を跳ね上げ、そのまま博士にアッパーをくらわせる。
全身をバネとして、かち上げるように放った拳は博士の下あごを捕らえて、博士自身を吹き飛ばす。
「はっははははは!みはか!はかが!!」
まだ、舌が痺れてて上手く喋れないがそれでも声をあげずにはいられない。
さっきまで上から目線でご高説を垂れてたやつの顔面に一発入れたのだから、嬉しくないはずがない。
もちろん、俺の体もまた後ろに倒れる。
一瞬気合を入れて動くことはできても、それを維持できないからだ。
「グっ!」
跳ね上げられた博士は地に倒れて苦悶の声をあげる。
今まで油断を誘うために、いっさい動かなかったから体の調子が自分でも分かりずらかったが、思ったより麻痺は治りつつあって、何とか上半身を起こすぐらいは出来た。
その状態で博士を嘲笑の目で見る。
いわゆる、「ねぇ、今どんな気持ち?」ってやつだ。
一矢報いることに成功して、あいつがそんな顔をしているかを確認したい。
「くそ、油断したな。いや、本当に。私は基本的に自信家である自覚がある。だから、自分の生み出したものに対し期待するし、信用している。だから、君がおもったよりもあっけなく倒れた時は、自分の作り出したものが思ったよりも構成能であったとしか思わなかったよ。いや、悪い癖だとは思っているがね」
顎を打ち抜いたときに口の中を切ったのか、口の端から少量の血を流しそれを拭う博士。
その言葉には先ほどと同じ上から目線の気は含まれていつつも、明らかな怒気も含まれていた。
「しかし、こうもイラつく物なんだな。やはり、肉体の影響か.........もともとそんなに怒りやすい性格でもないんだが、無償に君を嬲りたくなってくる」
博士の目は先ほどまでの、つまらないものをみるような目ではなかった。明らかな、意思を。
敵意を孕んだ目線に、流石に唾を飲み込む。
「は、やへうもんはら、やっへみろ」




