重圧4
事件現場周辺を調べることになったのはいいのだが、一つ大事なことを忘れていた。
「俺、事件現場がどこか知らねぇや」
俺のその言葉に何言ってんだコイツとでも言いたげな表情をする六鹿。
いや、仕方ないだろう。最近はいろんな意味で気を張っていてニュースなんか見てないし...普段から見てないが、クラスメイトとは距離があって話を聞けるような関係じゃないし...大体は俺のせいだが、ようやく話を聞けたのも羽衣が浮いてはいるものの俺とは違って最低限の交友を残していたからだし。
つまりは、どうしようもなかったのだ。
「で、どこで事件起きたんだ?」
「...街の外れにある倉庫街だそうですよ」
「ああ、あの人間なんて一人もいない...」
この街は情報技術が先の時代に行っている。
実験段階のため街の全てを機械化、自動化することはしないらしいが、こと運搬については一線を画すほどの革命が起きた結果、倉庫街という元々人なんぞ寄り付かなさそうな場所をさらに人が必要のない場所に進化させていた。
だからこそ、
「事件起こすにはうってつけってことか」
「...そうですね、問題はそれを街もわかっていて監視装置はしっかり設置してあるということなんですけど」
「その監視装置をかいくぐれる違法ティリスねぇ」
元々、話の大きさは分かっていたつもりだった。
だが覚悟していたものほどの劇的な変化がなかったため実感が湧かなかった。
そこにきて、この事件。皆無と言っても差し支えなかった危機感がせき止められていた水のように押し寄せてきた。
こうして、明確に犯罪として報道されているのを見て、聞いて、それにかかわりがあるかもしれないと自覚して、危うさに気づかされる。
恐らく六鹿は最初からこの恐怖を感じていたのだろう。
俺には想像できていなかった危機感をちゃんと感じ取っていたのだろう。
だから、慎重に動こうとしていた。だから、俺が半端な態度を取った時に怒ったのだ。
「そういえば、カメラとかってどうなってんだ?倉庫街とは言え、あるだろ?っていうか倉庫街だからこそあるだろ」
こうして噂になって、六鹿も何も言わない時点で大した成果がなかったことは分かるが、聞いてなかった可能性について尋ねてみる。
「ああ、監視カメラの類やセンサー類も含めて何も異常がなかったらしいですよ...」
「何も?」
「そうです。何も。被害者すらどのカメラ、どのセンサー、どの監視装置にも補足されていなかったそうです」
「ええ...なに?その、ホラーとかサスペンス的なの?」
「だから余計に噂が広まっているんですよ。いろいろ言いたい放題のネット上の反応なんて当てになりませんけど」
「そりゃそうだ」
監視カメラやセンサーの類で被害者すら映らない。
それはつまり違法ティリスにの使用を疑われるというよりそもそも―
「それハッキングじゃないのか?」
「と、言われていますけど公式に警察からは違法ティリスの使用が疑われるとしか出ていないらしいんですよ」
「なんか、俺たちとは関係のないデカい事件って可能性が浮上してきて萎えてきたが...」
「関係ないかもしれないですけど、関係あるかもしれないです。そもそも私たちのアナザーには何も入っていなかっただけで、他の参加者には何か道具が配られていたかもしれません。こんなものを作れる相手です。ハッキング装置ぐらい作れるのでは?」
「あー、それは確かにあり得る話だ」
確かにあの梟面の男は愉快犯といった感じだった。俺たち二人は何の役に立つかもわからないアナザーだったけど、他の参加者にはちゃんと何かを配るぐらいの不公平はありそうだ。
「そういうわけで、私たちはこれから倉庫街に向かうわけですが...準備とか大丈夫ですか?」
「準備って何か必要か?」
「いえ、そんなものなかったですね」
俺たちはこれから何が起こるかわからない場所に行く。
何が起こるかわからないのだから何が必要かもわからない。そんななかで放課後の俺たちに一体どれだけの準備ができるというのだろうか。
元々行き当たりばったりなのだから気にするだけ無駄だ。
これはこの街に限った話でもなんでもなく、どの町でも共通した現象だとは思う。
やはり、住宅街として景色が変わり映えしないとしても街の中心。駅や大きな道路などから遠ざかるほどに喧騒は小さくなる。
家の建つ密度は変わらない。
だけど、人間の密度だけはどんどん少なくなる。
「あんまり意識したことなかったけど、倉庫街につく前からこんなに人気がなかったか?」
「...私はあまりこのあたりに来たことはないですけど、駅や学園周辺なんかの人が集まりやすい場所に比べたらどこもこんな感じじゃないですか」
「それにしても随分と閑散としていないか?この先で結構な事件があったなら、正直俺たち以外にも野次馬がいるもんだと思ってたんだけど」
「普通の人は野次馬になんか来ませんよ。それは暇で常識のない迷惑な人のすることです。常識があって基本的にはいつもやる事に追われている一般人にはそんなことを気にする暇がありませんから無視、無関心が基本じゃないですか?」
「確かに、俺も自分に関係がある可能性がなければこんなとこには来なかったな...」
普通の人間は自分から危険がある場所、危険があった場所には近づかないというのは、すでに消え去って久しい人間の動物的本能の名残なのかもしれない。
だからこそ、それが正常に機能していない人を迷惑、厄介と感じるのかも。
もうすこしで倉庫街に差し掛かるといったところで俺と六鹿は歩みを止めて、怪しまれない程度に急いで路地へと逃げ込む。
そして建物の影から、のぞき込むようにして先ほどまで向かおうとしていた倉庫街へ向かう道を見る。
「これは、無理ですね」
「ああ、封鎖されているとは思っていたけどまさか倉庫街全体を封鎖してんのか」
「この位置に警備がいて、この先の出入りを制限しているなら範囲は倉庫街全体っぽいですね...物理的に封鎖されているわけではないですから何とか侵入ぐらいはできると思いますけど...」
「リスク高すぎるな。現状、俺らは捕まっても好奇心を抑えきれなかった馬鹿な学生ということで怒られはするだろうがそれだけで済むと思う。だけど侵入したらそれはもうだめだろうな」
ただの補導だって俺たちは十分に不味い。
なんせ持ってるだけでアウトの違法ティリスを持っているのだから。いや、まだ拾っただけという言い訳が使えないことはないだろうがそれでもリスクが高すぎる。
こうなってくると倉庫街に入るのは諦めたほうが良さそうだ。
「やめておこう。ここでリスクを取る必要はない。犯人の手がかりは気になるけど、元々ないようなものを探しに来ていたんだから割り切る方が絶対にいいはずだ」
「そうですね。私もここは引いた方がいいと思います」
俺と六鹿は互いにうなずき合い、路地を通ってこの場から離れる。
元の道をそのまま引き返すのは、万が一警備か周りの人に見られたら怪しさしかない。
もちろん路地をコソコソ移動するのも怪しいのだが、これは気持ちの問題だ。同じ道を引き返すより別の道を通るほうが怪しまれないと思い込んでいるのだ。
「おや~?そこにいるのは六鹿さんじゃないか?」
そう思っていた。ところに声が響く。俺と六鹿のからだ硬直して動かなくなる。
人間、予想外の危機には体が動かなくなるらしい。
入り組んだ路地。
俺たちが進もうとしていた道と交わる横にそれたそこから響く声。
その声の方をゆっくりと見るとそこには七曜学園の制服に身を包んだ上から目線の男。全身からこちらを下に見るような雰囲気が出ていて、この男が誰なのかは知らないが典型的なエリート意識の高い七曜の生徒なのだということが分かった。
「奇遇ですねぇ、こんなところで何をしていたのかな?」
「え...と、確か七種さん...でしたか」
「覚えていてくれたんですね!やはり、そういうことなのかな?」
その男はどうやら六鹿の知り合いらしいが、六鹿にしては珍しく名前を思い出すのに時間がかかっていたようだ。
ほとんど交流のない俺や羽衣のことも知っていたのにああやって話しかけてくる相手の名前を思い出せないなんて珍しい。
「六鹿、知り合いなのか?」
「おい、お前誰だよ。私は今、六鹿さんと話しているんだよ」
先ほどまでの気色の悪い、上から目線のままなのに友好的に振舞おうとしている態度から一転。
俺が言葉を発しただけで取り繕うこともない刺々しい反応が返ってきた。
「一応は知っている相手です。三船くんは、アレを拾って届けたときのこと覚えてますよね」
「...え、ああ。覚えてる」
「あの時、私に絡んでいた人がこの人です」
ああ、思い出した。
そうだ、あの時は六鹿が誰かと言い争いになっていて、その声を聞いてあそこに行ったんだ。
その後にあったことが衝撃すぎて今まで忘れていた。
それならば、六鹿が思い出すのに時間がかかっても仕方ない。というより良く思い出せたと言えるだろう。いや、当事者なのだから傍観者の俺よりも印象は深かったのかもしれない。
「おい、おい、お前。六鹿さんに話しかけるな。お前のようなモブが話しかけていい相手じゃないぞ」
だいぶ、イカれたことを言っているがこいつは大丈夫なんだろうか?
「え、六鹿ってこんなのに絡まれたの?」
「いえ、あの時はもうちょっと猫を被っていたような気がします...あの時で結構マシだったんですね」
六鹿もかなり引いているみたいだ。
なんというか、ここまで関りになることを遠慮したいと思わせる言動も珍しいというのか...
「ふざけるなよ?私がせっかく丁寧に忠告してやったのに、なぜまだ六鹿さんに話しかけている」
「...え?忠告なんてしてたか?」
「ッ!これだから理解力のない馬鹿はキライなんだ!!六鹿さんが可哀想だと思わないのか」
「まぁ、同情はするよ。この状況に」
いや、本当にこれにあの時付きまとわれていたならやっぱり助けに入るべきだったかもしれないと思う。
後悔先に立たずというが、これは予想外だろう。
「ふん、罪の意識はあるなら私直々に罰を与えてチャラにしてやろう」
何やら自分の中で何かの結論が出たようで、満足そうな顔を浮かべながら男―七種と言ったか?はポケットからそれを取り出した。
鈍く光る銀色のティリス
「「!?」」
俺と六鹿は再びの衝撃に体を硬直させる。と同時に様々な考えが頭をよぎる。
銀色のティリス!なんでアイツが!もしかしてこの事件て!何を取り出す気だ!コイツプレイヤーだったのか!かなり距離は開いている!事件の致命傷は焼き貫かれた傷!何をする気だ!逃げるべきだ!
思考の洪水に支配され、何一つが動きとして還元されない中。七種の手と口だけがやけにゆっくり見えた。
ゆっくりとまるで何かを真似るかのように、何か手本をなぞるかのように指をゆっくりと俺に向ける。
「魔弾!!」
その言葉を聞いた瞬間全身に強い衝撃が襲い掛かり、俺は吹き飛ばされていた。