姉妹喧嘩4
とにもかくにも、この傷は私にとって大きすぎる。
この半身を焼かれたこの状態では、動きもそうだが、痛みで思考が鈍る。
こんな痛みの中で、正常な判断力を残せるのはよほどの馬鹿だけだろう。
「『権能付与――』」
だから、この一瞬の時間で治してしまおう。
今の私ならそれが可能だから。
イメージするのは逆再生をしているかと疑うほどの再生力、痛みに耐えるその精神。
「『私は治る』」
イメージした通りに、傷口から煙を立てながら、そして肉が、皮が、骨が、傷を治すために激しく動く。
その自分の意思に縁らない、まるで体を改造されているかのような現象に、私の体は最大限の警告を鳴らし始める。
「...…ッ」
ただの表面。
重度の火傷とはいえ、肉の奥深くまで焼かれたわけではない。
治すのは比較的表面であることに違いはないのに、この痛み。
どうせ生きてさえいれば治るから、と無茶をするあの男。
アレは、やはりどこかがおかしいのだろう。
こうしてアイツの能力を再現し、体の表面部分をちょっと治しただけで、耐えがたい苦痛が奔る。
「やっぱりこの痛みは慣れないね...…アレのせいで何度か気絶しそうだったし」
実際、晴に怪我を治してもらう時は、かなり覚悟をしないと気絶しそうなほどの苦痛を味わう。
それを死ななきゃ治せるで、私たちにも多少の無茶は平気と勘違いしている節がある。
当然、そんな痛みを味わいたくはないので、私たち、晴以外の仲間は無茶をするときは相応の覚悟をもって、それでも怪我は少ないように立ち回っている。
覚悟を決めたから怪我とかは度外視で突っ込むことができるのはアイツだけなのだ。
そうして回復に勤しんでいると、流石にそれを黙って見ていてくれるわけもなく。
天使たちが動き始めた。
「『こごえるほのお』」
「ッち!!」
しかも、とりあえず中距離広範囲技で。
今の私に宿る権能は、晴の力を模したものだ。
治すことを意識して、使ってはいるが、元々は身体強化系の能力。
だから、きっと身体強化とは共存できるかと思っていたが、どれほど体が強くなっても意味がない攻撃で私の再生を防いできた。
これはちょっと相手の行動が上手すぎる。
私は体に付与された権能を変えることなく、私の素の能力である翼をはためかせて空に逃げる。
ここが、範囲を制限されることのない外であれば、もうちょっと戦いやすいのだが、広いとはいえ限界のある白い実験室の中では、あの炎は本当に厄介だ。
だからこそ、逃げ回るだけではいけない。
権能による疑似的な能力再現は、体が回復するまでは出来ない。
私が持つ手札だけで、治す時間を稼がなくてはいけない。
「光『光の槍』」
「慈悲ノ天使『私は弱い』」
炎は私の逃げ場を無くすように大きく広がる。
広がっていくそれを貫くように光を収束して放つが、それをあっさりと受け止めて防ぐ慈悲の子。
カバーが早いし、適格過ぎる。
というか、当然のように光の速度に間に合わないで欲しい。
もちろん私の光の攻撃は本当の意味での光の速度ではないが、それでも人間...…生物が追い付ける速度はしていないハズなのに。
「晴といい、君といい、なんで脳筋能力者はこう理不尽なんだ!光!翼!『光の羽』!!」
単発じゃ、慈悲の子に防がれる。
ただバラまくだけじゃ炎にかき消される。
だから、適当にバラまくのじゃなくて、さっきから熱の子がやっているように私も戦う範囲を限定するための範囲攻撃をする。
光を蓄えた光の羽。
かつて、あの場所で、私が恵麻と対峙したときに使用した技。
あの時は、自分の意思でいつでも発射可能な一発限りの弾丸のようにしていたが、今回は少しばかり違う使い方をする。
まき散らされた羽は、重力に従いゆっくりと落ちていく。
しかし、不自然でないていどに不自然な上昇をして、落ちているように見えて空中にとどまり続けるように動いていた。
そんな中、羽を警戒して動きを止めた慈悲の子に向かって、一手仕掛ける。
「光」
技名はない。
創る必要がない。
それほどに当たり前のように使い続けて、それほどイメージも鮮明にできる私の技。
ただの光を収束したレーザー。
貫通力を特別付与したわけでも、拡散させるように放ったわけでもない。
本当にただのレーザーを慈悲の子に放つ。
速さを重視して放ったそれは、今の私の膨大な情報量で強化されており、慈悲の子が理不尽なまでの肉体強度を持っていようと、まともに喰らえば多少のダメージを与えられるだろう。
しかし、それも当たればだ。
「...…...…」
あの速度を持つ慈悲の子は普通に躱す。
しかし、それはまっすぐに飛ぶレーザーだからだ。
むしろ速く動けば動くほど、空気の揺らぎに不規則に流される羽を全て避けるのは難しくなる。
「流石に当たらないか、でもまき散らされた羽はどうだい?」
「...…...…『もえさかるこおり』!」
そんな私の空中にバラまいた罠に囲まれた慈悲の子を助けるように、熱の子が灼熱の氷で私の羽を閉じ込める。
氷の中に囚われた羽はもう自由に空中を漂う事はない。
それどころか、光の羽であるはずの羽が氷の温度で徐々に焼けこげて行っている。
うかつに触って燃えた時から思っていたが、あの氷もまた天使の理外の力。
何らかの法則を上書きしているのだろう。
「だけど、十分時間は稼げた!」
そう、そもそも今私がやっていたのは回復のための時間稼ぎ。
私の羽を警戒し、あの氷で封じるのは良いが、それで困るのは私ではなく自由に飛べなくなった慈悲の子の方だ。
おかげで治癒が間に合った。
これで治癒のために回していたリソースをまた、戦いに割けるようになる。
「『権能付与――私は、星の代弁者』!!」
とりあえず、立て直しと反撃に私の知る中で最も強力な拘束力をもつ技をイメージして放つ。
とたんに部屋全体を襲うのは、普段の数倍にも達する重力の檻。
光すら囚われる影響力をもつ、星の持つ力を再現した天使の力を除けば、もっとも法則側に近い能力。
「「...…...…...…ッッ!!!」」
もちろん、それで倒せるほどの威力はなく、一時的にその自由を奪う程度のものだが...…
天使を相手に数秒でも完全に無防備にさせられるこの技は便利なものだった。
「...…慈悲ノ天使『私は不自由』!」
「また、それか」
しかし、やはり天使。
数秒しか稼げない事は身をもって知っていたが、それでも驚く程度には早い対応をして見せる。
慈悲の子の特性も段々分かってきた。
恐らくアレは反転の能力だろう。
あの言葉。
アレが私たちと同じ理屈で言葉にしているのなら、イメージしているのは自分の状態のはず。
『私は弱い』『私は不自由』どちらも自分に不利益がある、もしくは弱体を促すような言葉。
しかし、実際はそれを強化や脱出に使っている。
つまりはイメージした現象と逆の事が起きているのだろう。
熱の子が、凍結する炎と炎上する氷を使っている事を考えると、私の後継機たちは反転やあべこべのような能力を開発されていたのかな?
まぁ、能力の詳細や開発された経緯はどうでもいいか。
問題は、
「どうやってアレを倒すか...…...…だね」
実際、あの能力は今判明している条件だけだとあまりにも汎用性が高い。
イメージとは逆の結果を得るならば、もっと簡単に事が進むようにイメージを構築すればいい。
それをしないという事は何か出来ない事情があるか...…あまりにも強力すぎて博士に禁止されているかだろう。
ならば、そこが付け入る隙だ。
正直、あの二人は互いにフォローをし合っているせいで私にとってチャンスである瞬間を、妨害してくる。
それによって拮抗状態を作りだして、また新たに仕掛けてくる。
それを繰り返している。
一人ずつなら今の私に負けはない。
「もうちょっと頑張らないとだね...…」
・慈悲ノ天使
天使の後継として生み出された零号計画の成功体
あらゆる状況に干渉し、結果を捻じ曲げる
状況というのは主観的なものだ。誰から見て、結果どうなる現象なのか、それによって大きく変わる。
それを主観から見た全てを反転させる能力。
最初は無限エネルギーの創造に利用できないか実験されたが結果は失敗。
この能力では主観から見たものがすべてであるため、すでに使われた=ないものを観測することが出来ず、能力が発動しなかった。
その他にも見えないもの、慈悲の子が認識していないものにも能力は適応されず、自身の体を中心とした範囲でしか能力を発動できない。
一般的な能力と比べれば天使級、”権能”であることは明白だが、神には程遠い力であった。




