姉妹喧嘩1
「さて、僕らも進もうか」
九重を見送り人数が減った俺たちだが、止まるわけにはいかない、止まれない。
オウルが言うように俺たちもまた、先を見据えて進まなければならない状態だ。
「ああ、そうだな」
「私たちが次に行くのは...…大規模実験室?」
俺たちは今はこの塔の入口にいる、マップを見ればそれは確実だ。
だが、このマップのおかげで余計な遠回りをしないで済む。
ゆえに見るべきはこのフロアの地図ではなく、次のフロアだった。
しかし、そこにはワンフロアどころか上のに3フロア分ほどぶち抜きの大きな部屋が表示されている。
そこに書かれているのが『大規模実験室』だった。
「オウル、ここはどういう部屋なんですか?」
「...…ああ、ここは文字通り大がかりな準備が必要な実験を行う場所だよ」
「大がかりな準備?」
「そう、実験における一番面倒な準備と言えば...…実験に適した場所の確保だろう?ここは、そういう広いスペースを必要とする実験のために創られたフロアだ」
なるほど、確かに能力の実験とかなら、広いスペースを使う必要があったりする場合もあるんだろうな。
相賀の『拡張』とかも、狭い場所よりは広い場所の方が効果が分かりやすいだろうし…
というより、大規模な実験をしても大丈夫な広いスペースで、絶対にここを通らなきゃいけないということは...…
「待ち伏せに最適という感じですね...…」
「うん、そうだね。早速というわけだ」
先ほど六鹿の言っていた、天使が待ち受ける可能性が非常に高い、俺たちが通り抜けなければならない部屋という事だ。
それはつまり、次のフロアが決戦の舞台となる可能性が非常に高いということ。
「これ、九重行かせたの失敗だったんじゃね?」
相賀がそんなことをぼそりと言うが、俺もそう思う。
天使と戦うなら、多少のデメリットには目を瞑ってでも一緒に戦った方がよかった。
なんで決戦がもうすぐそこってなっているのに、二手に分かれたのか...…
「いや、彼の判断は非常に冷静で合理的だったよ」
「そうか?九重の能力は盾としては一級品だろう?」
そう、天使の襲撃の中でも九重の能力だけは一度も破られていない。
天使の能力ですら、九重の前には無力となってきたのだ。
その力は俺たちの身を守る者としてはこれ以上ないほどの切り札として稼働する。
「そうだね、盾。としてね...…逆に彼はそれしかできない。しかも、彼は別に超スピードだとかを持っている訳じゃない。身体能力的にはただの人間だ。六鹿ちゃんのほうが強く速いぐらいにね...…つまりは彼はちょうどいい場所に居なきゃ効果的な働きが出来ないんだよ」
「...…いや、だとしても」
「彼をギミックとして使うことは可能だろうけど、彼を残して僕らが全員やられたらどうする?彼だけでは負けないだけで勝てない。しかも、入口で天使にいっぱい食わされているだろう?」
「...…」
そういえばそうだった。
九重も無機物相手は難しいって、その無機物を操る天使がいるのだ。
オウルの時もそうだったが、メタを張られてしまえば何もできない。
だからこその別行動か。
「それに九重くんの能力の危険性は向こうも把握している。ならば、メタを張れる『生命』の子は、九重くんを追って地下に行くかもしれない。」
「え、それってマズイんじゃ?」
「いや、彼も自分で言っていたけど、生存だけを考えるなら問題ないでしょ。相性が悪い『生命』の子だとしても、負けはしない。それに九重くんの勝利条件は動力の停止。動力に一度触れてしまえば勝ちなのだから、上手くやってくれるでしょ」
オウルはそういうが、流石に最初よりもずっと難易度が上がっている状態でなら安心だな!とはいかない。
やっぱり今からでも追いかけて、連れ戻したほうがいいのでは...…
「はぁ、晴くん。君ってばそんなに九重くんと仲良かったっけ?」
「いや...…でも、これはそういう事じゃないだろう?」
「いいかい?九重くんは馬鹿じゃない。ただ一人、動力室に向かう判断ができる頭を持っている。なら彼はそうなることを込みで一人で行動することを選んだんだと思うよ。自分一人で天使を一人ひきつけられるなら安いってね」
確かに、九重は俺よりも頭がいい。
何より、敵について詳しく、何やら目的をもってここに来た感じがする。
「晴...…お前は希空を助けに来た違う?」
「天使...…」
「私は、ここにつけるべき因縁に決着を着けに来た。九重の行動は、ありだと思っているし、そうでなくても私の目的のために先に進むつもり、晴は?」
迷っている俺に天使がそう言葉を投げかける。
その言葉は迷いを切り捨てろと厳しい言葉のようで、目的も見失うなと揺れる心を支えてくれる言葉のように聞こえた。
は、まさか天使にそんな風に言われるとは思わなかった。
「ああ、俺も希空を助けに来た。それは迷わない」
「うん、九重も死んでも助けろって言ってからな、先に行こう」
そうだったな、九重はそう言って俺たちと別行動をしたんだ。
なら、それには答えないとな。
「すまん、時間を取った。行こう」
俺たちは決戦の舞台へと足を運ぶ。
そこで何が待ち受けているかを、予想しながら。
階段を慎重に登ると、見えてくるのは何の変哲もない扉。
本当に変哲もなさすぎて、逆に怪しく見えてしまうほどだ。
「いいな?」
俺が小さく確認を取ると、全員がしっかりと頷く。
ちなみに、俺が先頭なのはここまでの道のりで決まったことだ。
この中で一番頑丈で、壊れても勝手に治る。
即死以外なら問題のない、九重の次に肉盾性能が高い俺が先頭ということになったのだ。
慎重に扉を開き、半開きの状態で部屋の中を伺う。
そこは一面真っ白な部屋。
事前にマップで把握していたが、実際に見て見ればその広さがよくわかる。
ちょっとした運動場ほどもある広さの部屋に二つの影があった。
「いるな...…」
「...…行こう」
部屋にゆっくりと入る。
警戒を怠ることはなく、ゆっくりと。
すでにアナザーを全員が起動しており、いつでも戦闘状態に入れる形だ。
天使たちはそれに反応することなく微動だにしない。
そして、全員が部屋に入ったところで部屋のどこかにあるのだろうスピーカーから、やけに若い声が響き渡る。
「―ようこそ、オウルと被験体の諸君」
「あん?」
「この声...…」
「私がこの塔の責任者をしているものだ」
「...…博士ってやつか」
責任者、博士と俺らが呼んでいる男の声だ。
オウルの話を聞く限り、かなり昔からこんな事をやっていると聞いていたからもっとしわがれた爺さんのようなイメージをしていたが、その声には若々しさがあった。
「ああ、オウルからその呼び方を聞いたのかな?まぁ好きに呼んでくれたまへ...…さて、この度はご足労いただいたところ悪いんだが、これでも私は忙しいのだ。というわけで、私の自慢もできない失敗作たちと遊んでくれたまへ」
「まて!」
「ん?ああ、零号か...…私としてはきみにもう興味はないのだが、まぁ生み出した親の責任か…話ぐらいは聞いておこう。なんだ?」
「はっ、まさかお前が自分を親だと思っているとはな!!まぁいい、聞きたいのは一つ。おまえ、その天使を創るのに一体いくつの命をつかった!」
「ん?そんなことが聞きたいのか?ここを逃げ出した君には関係ないだろう?」
天使は慟哭する。
コレだけは聞かなければならないと。
それが、どういった感情からくるものなのか俺には分からない。
だが、その必死さが痛ましく見えてしまう。
「そうだ!逃げ出した!!その後に天使が創られたというなら、そこに犠牲があるのなら...…それは!!」
「ああ、そういうことか...…ふむ、随分と感情豊かになったものだな?しかし、その意識はやはり邪魔だな...…神は罪を背負わない」
「なにを馬鹿な事を!」
「いや、いい。私にとってはどうでもいいからな、教えておくよ...…その天使を創るのに使った命は0だ。よかったな?」
ブツッという音が響く。
恐らく通信を切ったのだろう。
その音の後にはもうなにも聞こえなかった。
「...…0だと?アレを創るのに?私の時ですら何十人と」
「ああ、それについては知っている。博士は命をオリジナルにしか宿らないと考えているのさ」
「オリジナル?」
「そう、だからコピーを命として計算しない。いわゆるクローンはね?」
なる、ほど...…それは、想像するといやな図になるな...…
明らかに天使に似た天使。
天使の要素をふまえて創られたとは聞いていたが、そこに至るために使いつぶしたのは命ではないと、ただのクローンだっていうことか。
「フフフ、ああ、なんとなく気が付いていた。そうだとも、そうだと分かっていたさ。つまりアレは...…あそこにいる天使は私なのだな」
「まぁ、そう言えなくもないね。君とは少し違う様に作られているけどね?」
「はは、なら血縁というところか?」
「そうだね、そういうことかな?」
天使はどこか危うい雰囲気のまま笑う。
それは今にも壊れそうな。
「頼みがある」
そんな声音でそう言った。
その言葉に断る理由なんて何もなく。
「ああ」
「何でも言ってくれ」
「ありがとう」
天使はまっすぐに天使たちを見据えて、その望みを言う。
「あの子たちとは私一人で戦わせてくれ」




