光通信、ただし手動
俺たちは今戦場にいる。
それを強く意識する。
意識せざるを得ない。
何故なら、俺はいま無数の銃口から発射される音をすぐそばで聞いているからだ。
ひゅん、と音を立てて何かが顔の近くを通り過ぎていくのを感じて、むしろそれが自分の命を脅かすものだと言う事に実感を得られずにただ少しだけ不快だと思った。
「あーもう、行くぞ!」
「うん、頑張ってね」
そんな中で、普段と変わらない。
いや、普段よりも楽しそうにテンションを上げているオウルが、まるでちょっとそこまでおつかいをお願いするかのような気軽さで俺たちにあの中へ飛び込めと言ってくる。
本気で言っているとしたら、ちょっと頭がおかしいんじゃないか?
元々か…
だから、仕方がない。
正直、銃弾程度でどうにかなるほど軟ではない。
そうだと、確信できる程度には自分の力を認識している。
それに、慣れない相手というわけで動揺はしたが、この先はこんなのよりも余程恐ろしい相手との戦いが待っている。
それは避けられないのだから、こんなところで足踏みしていられない。
「増幅!!」
俺の唯一の武器を起動して、廊下の角か飛び出る。
体はすでに俺の想像できる限界まで硬くしてある。
その瞬間、曲がり角の壁を削るだけだった、機械兵の銃口が一斉に俺へと照準を変えた。
この時初めて見た機械兵の姿は、なるほどオウルの言っていた通りの姿をしている。
最低限の装甲、十分な銃火器。
そして機動力を確保するその車輪。
確かにそれは、人間サイズに小さくなった戦車だった。
放たれる銃弾。
能力によって引き延ばされた動体視力が、先ほどとは違って、その一つ一つを視認させてくれる。
そして最初の一発が、正確に俺の額を捉えてぶつかる。
ガンッ
と、重い衝撃に襲われる。
しかし、それは少しだけ頭を揺らすことにはなったが、踏ん張り対抗することが容易にできる程度でしかなかった。
俺はその場で踏ん張ると、銃弾の嵐は俺の全身を襲いかかる。
そのどれもが俺に確かな衝撃を与えつつも傷一つつけることはかなわなかった。
「無力」
「翼」
そして、俺に続いて壁から出てきたのは九重と天使だった。
二人もまた、銃弾程度ならばどうにでも出来てしまう能力が備わっている。
九重は見た目にはただ無防備に出てきただけに見えてしまうが、その全身にめぐる全てを0にする能力によって体を守っていた。
銃弾は九重の体に触れると、途端にその運動エネルギーを失って地面に落ちる。
いいな、あれ。衝撃も受けていないだろうから楽そうだ。
天使はその身体を能力によって生み出した翼で覆い隠して防御している。
あの翼。
見た目以上に頑丈だと言うのは知っていたが、こうして柔らかそうな羽毛で銃弾を弾く姿を見るとなるほどこれは恐ろしい能力だと感じた。
正直、天使の能力はあの光が強くて便利すぎるせいであちらを使っている印象しか残っていないが、ちゃんとあの翼も強いな。
こうして、通路を塞ぐほどに集まっている機械兵に対して、俺たち三人が壁を造り銃撃を防ぐ形になった。
もし機械兵がこれしかできないのなら、時間はかかるがこのまま前進して近接に持ち込めば蹂躙できる。
だが、そうも簡単にはいかないようだった。
機械兵の内の一体が銃撃しつつ、明らかに銃弾を撃つには大きすぎる筒を構えた。
「やっべ!」
それは俺に狙いを定めているようで、すぐさま想像できる凶悪な砲撃を放った。
銃弾すら視認する俺の目には、まっすぐ俺に向かってくる弾頭が捉えられていた。
拘束回転しながら飛んで来るそれに、俺は筋力も強化する。
今までは硬さと踏ん張りだけでも防げていたが、あそこまでの大きさになると流石に気合を込めて受け止めないと、ダメージは少なくとも吹き飛ばされるぐらいはするかもしれないと直感した。
そうしたことを思った刹那。砲弾は俺の腹に直撃した。
ダメージはそれほどでもない。しかし、やはり直感は正しかった。
その衝撃は受け止めきれるものではなく、俺の体ごと吹き飛ばそうとしてくる。
それを力を込めて弾を腕で抑え込み、キャッチの姿勢を取って膝のクッションで踏ん張る。
「おっおっおおお!!」
そのまま少しだけ押されながらも、砲弾を受け止めきった。
「あっぶねぇな!九重狙えよ!!」
「...…え?酷ない?」
思わず漏れた愚痴に九重が反応するが、無視する。
だって、あいつなら問答無用で運動エネルギーをゼロにするんだから銃弾か砲弾かなんて大した違いじゃないだろう。
冷汗すらかかずに無効化されるのが目に見えてるぞ。
そして、そうやって俺たちが壁として機械兵の攻撃を受けているその後ろで、狙いを定めた相賀が技を放とうとしていた。
「拡張……虚剣、抜刀!!」
下から上へ切り上げるように振りぬかれたそれは、俺たちすら超えて機械兵の足元。
そこから突如出現した、破壊力の暴力。
見えない手刀が下から掬い上げるような形で機械兵を襲った。
機械兵の内数機は、天井までかち上げられ大破する。
直撃をしなかった機械兵も下からの衝撃が伝わったのか、その隊列に乱れが生じる。
その一瞬を逃すほど、素人でもなくなった俺たちは一転攻勢にでる。
「光」
翼でのガードを外した天使によるレーザーが機械兵たちを襲う。
それでさらに数が減る。
銃撃ももはや疎らで、それは銃弾を見る事が出来る俺にとっては容易に躱すことが出来る程度になっていた。
速さを増幅。
一瞬で距離を詰める。
オウルはコレが必要と言っていたし、あまり壊さない方がいいのかもしれない。
そう思い、近づいた俺は機械兵の銃などの武器だったり、その機動力を支える車輪などを中心に破壊していく。
数十はいた機械兵も、物の数分で片が付く。
見たことがない形の兵器とはいえ、使っている武器が初見でもよくわかる物だからか…少しだけ自分が強くなったかのように錯覚する。
「いや~すごいねぇ。まぁ、あの程度でどうかなるなんて微塵も思っていなかったけど、こうもあっさりだと嬉しくなるね!」
そう言いながら角から出てくるオウルと六鹿。
正直、オウルなら一人でもどうにか出来た気がしないでもないが、今ここでやる気がないのなら仕方がない。
「で、あんまり壊し過ぎないように壊したけど...…これでよかったか?」
「うん?ああ、なんか妙な壊し方するなと思っていたけど、そういうの気にしてくれたんだ?ありがとう。でもさ、晴くん。僕は無機物なら何でも直せるアナザーを持っているんだよ?そんな気にしなくてよかったのに」
「...…あっ!」
「忘れてたんだねぇ」
そう言えばそうだった。
こいつは六鹿の家が盛大に壊れた時に直していたじゃないか。
すっかり忘れていた。
そんな事ならこんな回りくどいことしないでぶっ壊せばよかった。
「それで、オウル。これが必要になる秘策って何ですか?」
「うん?ああ、そうだね。ちょっと天使ちゃん手伝ってくれる?」
「?私の手伝いが必要なのか?」
「うん、むしろ君がいなきゃこの秘策は上手くいくものも上手くいかなくなっちゃうからね」
オウルはそう言いながら、あたりに散らばる機械兵を吟味しながら話す。
「時にこの機械兵たち、所詮は機械である程度のプログラムが施されているわけだけど、これらはどうやってこの施設を移動しているのかな?」
「...…?そりゃ、その車輪で車見てぇに移動してんじゃねぇのか?」
「そうだね、ならその順路、道順、つまりはこの塔のマップはどうやって把握しているんだろうね?もちろん天使が遠隔操作しているかもしれないけれど、ただの移動で天使のリソースを果たして使うかな?プログラムしておけば勝手に移動してくれるのに?」
オウルは一体の機械兵を選ぶと、その機械兵のパーツをバラし始める。
段々とそぎ落とされていくパーツ、機械兵は徐々にその中の重要そうな機械を剥き出しにしていく。
「つまり、この機械兵のプログラムにはマップデータが入っている可能性が高い」
「いや、オウル。それはわかるんやけど、そこに入っていても俺らじゃ、見れんやん。だれもハッキング見たいな真似できんぞ?」
九重が出来んよな?と確認するようにこちらに視線を向けてくる。
これには当然だけど全員が頷く結果になる。
「あはは、そんなの分かっているよ。だから、天使ちゃんの力が必要なんじゃないか」
「?」
「まぁまぁ、この世にはさ、光通信というものがあるよね?あれって文字通り信号を光に変換して、まさしく光の速度で通信するっていう技術なわけだけど…」
「!!私に能力で機械と光通信しろっていうのか?」
「その通り!」
ああ、なんか聞いたことがあるけど、詳しくは知らないや。
光回線って、そういう理屈で早かったのか…
「待ってください。それは光を信号に変えて、信号を光に変える機械があってこそ成り立つ話では?零さんは確かに人間離れしてますけど、人間のはずです。そんな機械の変わりが出来るなんて事出来るはずが...…」
「うん、そういうしっかりとしたやり方じゃ無理だろうね...…だけど、彼女の能力は光。光に関することなら何でもできる。ただ集めてレーザーにするのだって、はたまた透明化だって、それを機械でやろうとすればどれだけの演算が必要だと思う?いや、たとえ演算したとしても綻びが生まれるほどに繊細な調整が必要だろうね。それを成し遂げたのは、それが出来るというイメージを持ったから、光でそれが可能だと強くイメージしたからなんだよ」
なるほど、普通は出来ない。
理屈を知れば、理論を知ればできなくなってしまうことも、イメージで覆せる。それが能力。
オウルが度々言葉にするイメージというのはそう言った壁すらも乗り越える便利な言葉だったらしい。
「さ、天使ちゃん。お願いしてもいいかな?」
「...…はぁ、失敗しても文句を言うなよ」
そして、天使はオウルが持っていた機械を手に取り集中する。
「光」
その呟くと頭上に現れる天使の輪。
それは輝きつつも、何かと交信するかのように明滅を繰り返す。
光が強くなり、弱くなり、そうして数分もの時間そのままだった。
そうして、ようやく天使が目を開けると、手に持っていた機械を落とす。
ゆっくりと手を頭上に掲げて、小さく呟く
「ライトマップ!!」
瞬間光が溢れて、周囲を照らす。
元々、十分な光源がある施設の中で過剰なほどの光が塗りつぶし、一瞬目が眩む。
その光もすぐに晴れて、目が見えるようになった時には、俺たちの頭上に巨大なホログラムのマップがあった。
「どうだ!褒めろ!!」
やり切った表情をする天使だが、それは見た目からしてもう凄い事をやったというのが伝わって来て何も言えなかった。




