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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
最終章-新たな世界への旅路-
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奪われ、消えたモノ

 喫茶店「Luna」

 すっかり、俺たちの馴染みのたまり場になったこの場所には、独特の緊張感が漂っていた。

 理由ははっきりしている。

 そこに集まる人数に欠けがあったからだ。

 いつもより少ない人数。

 一人とはいえ、基本的に明るく空気の読める子だったからこそ、存在感は大きかったのだと思う。

 そんな俺たちの仲間が、俺の妹が、希空が今はいない。


「それじゃ、話してもらいますよ。オウル」


 そして、代わりにもならない増えた一人がここにいた。

 それは決していい意味ではなく、むしろ冷たく重い意味を孕んでいた。

 すなわち、


「この期に及んで、はぐらかしや面白くないから話さないはなしだ。なぜ、希空が狙われた?なぜ、私じゃなかった?お前なら分かるんじゃないか?」


 この場においてもっとも真実に近い位置にいるこの男に、俺たちは尋問を行おうとしていたのだった。


「...…」


 オウルはいつもなら飄々とした、軽いと表現しても違いないほどの態度を全身で表していた。少なくとも俺たちの前では。

 それが今は黙り込んで何やら真面目な顔で考え込んでいる。

 いや、表情は仮面のせいで分からないのだが、そのような雰囲気を感じているのだ。


「オウル、あなたはあの時、そろそろ来ると言っていましたね。相手は自分のことをよく知っているからこそ、今来るだろうと...…それは、逆に言えばあなたも相手の、敵のことをよく知っているからこその予測ではないのですか?ならば、話を聞かせてもらいます」


 六鹿はその言葉になにやら圧を感じさせるような強い口調でそう言った。

 普段の六鹿はその性格も相まってか、基本的には理知的に穏やかに、相手に足して圧を感じさせない喋り方をする。

 それは基本的には誰であっても同じで、敵だとしても一定の慈悲を与えようとするのが六鹿だ。

 しかし、その六鹿からは考えられないほどの圧がその言葉には込められていた。

 有無を言わさぬ、拒否することを認めぬ、絶対に従わせるという意思があった。


「そう...…だね、まずは謝らせてほしい…三船くん。僕にとってもコレはイレギュラーだったというのは言い訳になるんだけど、まさか僕に対するメタを張った能力者を完成させているとは思わなかったんだ…」

「...…いや、それは今はいい」


 オウルのまともな謝罪は、頭を下げて体で表現するものではなかった。

 しかし、逸らさずにまっすぐと伝えたオウルのその目が、あまりにも澄んでいたから…そこに他の意味などないと、許して欲しいわけでもないと、ただ()()()()()()()というのが嫌と言うほど伝ってしまって、俺はそれを躱すようにするので精一杯だった。


「ああ、そうだね。とりあえず、前提を先に話そう」


 オウルはゆっくりと話し始める。


「とりあえず、三船ちゃん...希空ちゃんは無事だと思うよ」

「なんでそう言い切れる?」


 オウルはまずは心配するなと言いたげだ。

 だが、天使(あまつか)の事を思うと全く信じられる内容ではなかった。


「博士が天使(あまつか)ちゃんを取り戻したがっていた理由は、天使としての完成度が天使(あまつか)ちゃんが一番だから。神を作る実験で、天使(あまつか)ちゃんのレプリカのようなものを沢山創っていても、天使(あまつか)ちゃんよりも完成度の高いものが創れなかったからだろうね、それを踏まえた上で、希空ちゃんを狙った理由は恐らくあの子の能力だ」


 希空の能力。

 分裂(ダヴシオン)。一つを二つにする...


「あの子の能力で一番ヤバいのは人間を増やせることだ」

「人?でも、希空ちゃんの能力で増やせるのは自分だけじゃ…?」

「関係ないよ、自分だけとは言っても人間一つを生み出せる能力だよ?何もないところから、唐突に、自分の意思で、人間を生み出せるんだ。しかもそれは、複製とは言っても、思考をして自律行動をして、食べて話せるんだよ?そんな生命を冒涜するようなことを平然と行える能力なんだ」


 ああ、なんとなくだけどオウルの言いたいことが分かってきた。

 能力として受け入れていたからそれがどんなに凄い事なのかをいまいち理解していなかったが、そりゃそうだ。

 神話の始まりは、そのほとんどが神様が人間を創る話じゃないか。

 ならば、自分の複製に限った話とは言え、それを行えてしまう希空の能力というのは。


「それはまさに神様の能力だと、博士は思ったんだろうね...だけど、逆に言えばそんな大切な能力とそれを生み出した張本人だ。それ自体がどれほど貴重かなんて博士も分かっている。だから、そう簡単に酷い事はできないハズさ」


 そう言われたて、ようやく少しだけ納得がいった。

 確かに、あいては犯罪者...ではあるとは思うが、殺人鬼とか強盗とか、そういうのじゃない。

 目的があって、その目的のために必要だから攫ったというなら...少なくともその価値が変わらない限りは無事な可能性が高いだろう。


「そもそも、博士はなんで神様を創ろうとしているんですか?」

「それは、前にこいつが言ってただろ?人に都合のいい神様を創るんだ~ってやつ」

「ええ、でも人に都合がいいとは何をもってそう言うんですか?ただ力を利用して、後は黙ってみていてくれればいいみたいな状態だったら、こうやってアナザーを利用できている時点で十分なんじゃ?」


 確かに、力の利用というなら今だって十分やっている。

 神様じゃなきゃ出来ない事が、もしあるなら分からなくもないが、そんなたいそうな事なんて人間に必要かどうかがまず分からない。


「そうだね。利用という意味なら確かにすでにこれ以上ないくらい利用しているけど、博士は力を利用するために神を創ろうとしているわけじゃないから」

「…?なら、なぜそんなことを?」

「う~ん、僕は言ったね…この世界には神様がいるんだと、神と表現するにふさわしい力を持った存在がいると。しかし、ね?そんな存在がいて、一体どこで何をしているんだと思う?」

「そりゃ…神様なんだから…神様って何やってるんだ?」

「それは誰にも分からないんじゃないか?神様と表現するぐらいだ、それを知ることなんてできないんじゃないか?」


 オウルに言われて思う。

 神様ってやつは普段何をしているのかと、確かにイメージがない。漠然と世界を眺めているんだろうと思うけれど、それ以上のイメージがわかないのだ。


「まぁ、概ねその通りなんだけどね。極端に言えば、何もしていないが正解だ。神にとって世界は試しに創った実験場でしかなくて、その結果が出るまでただ眺めているだけ。たまに興味を惹かれればちょっかいをだす。性質の悪い子供となんら変わらないよ」


 呆れたように言う。しかし、それはそうなんだろうな、という特に思うところもなく受け入れる。

 なぜなら神に対してそこまでの思い入れがないからだ。

 実際、ここまで生きてきてあまり神様を身近に感じたことがない。

 他の面々もほとんどがそのような受け取り方をしただろう。


「さて、じゃあそのちょっかいという奴がどれほど人間にとって害悪か分かるかい?たとえば、『この人間は面白いし、長く観察したいから不老不死にしよう』なんて適当な理由で不老不死にされたらどう思う?『なんとなく気に入ったから、適当に力でもやろう』って人とは違う能力を与えられたらどう思う?神様はそれが出来るだけの力をもって、それを実際にやっていしまう害しかない存在だよ?控えめに言って邪神だね」


 オウルは唾棄すべき、汚いものを見るかのような嫌悪を滲ませながらそんなことを言う。

 だが、ちょっとだけ分かる。確かに望んでもいない力は困惑するだけだろう...

 アナザーを与えられたばかりの六鹿がそうだったように、希空がおびえたように。


「それ、まんまオウルがやっていた事ですよね?」

「あはは、神様の真似事をして神様をおちょくってやろうって気持ちがなかったわけじゃないけれど、そもそも僕もどちらかと言えば神様よりの存在だから...運がわるかったと諦めてね」


 六鹿も思っていたらしいが、それはオウルがティリス・アナザーを配るのと同じようなことだと思った。

 それをオウルは悪びれもせず、軽く流して話を続ける。


「さて、そんな邪神にかつて人を任せておけないと、人を導けるのは人だけだと、そう志した科学者いた。彼はすっごく頑張ったのさ、神から人を決別させて、導くことに必死だったのさ...ま、彼も所詮人間。まともな人間に神を出し抜くことなどできなかったんだけれどね...それが博士の目的、その最初の一歩さ」


 つまりは、博士は人間にとって都合のいい神を創ると言うよりは、


「余計なことをしない、都合の悪い事をしない神様を創ろうってわけか」

「そのとおり」

3章7話-ep41 男たちの密会 より


分裂(ダヴシオン)

一つを二つにする能力。物質を増やすという改変率が大変高い能力。

強力だが、他のほとんど無条件に発動する能力に比べればいくらかの制限が存在する。

一つ、増やす手に触れている物か自分自身のみ。

二つ、無生物であること。

三つ、能力で増やしたものをさらに増やすことはできない。


以上の制約により、無制限になんでも増やすなんて無法はできない。

また、能力で増やしたものは同じものをコピーするのではなく同じステータスを持ったオリジナルの情報量の半分程度となった別物を作ることになる。

この能力の神髄は増やしたものがこの世界に物質として存在するという事。

能力を解除すれば何もなかったことになるが、能力によって影響を受けたものまでは元に戻らない。

炎の能力で出した炎は解除すれば消えるが、それで燃やしたものは元に戻らない。

ならば、自分自身を増やせるこの能力によって増えた自分がこの世界に残した現象は残り続けることになる。

だからこの能力は、博士の目に留まったのだ。

この能力さえあれば、物質的なリソースを無限に手に入れられるという事にほかならず、

増えた人間に何をさせるかによっては、この能力こそが神にたどり着くための一手となるかもしれない。

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