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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
第1章-星と魔弾-
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魔弾

 イライラする。

 この世界のどんなものにもイライラする。

 なんで、思い通りにならない。

 なんで、都合よくいかない。

 なんで、俺だけがこんな気持ちにならなきゃいけない。


 イライラする。

 俺は優秀だ。

 誰かに笑われることなく、常に笑う側にいたはずだった。

 だけど、いつからか何もかもが上手くいかない。

 気付けば俺は笑われていた。


 ふざけるな!

 俺は優秀だ!

 たった一度や二度の失敗でなんで笑われる!


 そういった思いが常に心の内で暴れ狂う。


 だから、取り返さなきゃいけない。


 矜持を、誇りを、プライドを

 この手にそれらを取り戻して、俺をあざ笑ったやつらを嗤うんだ。


 そのためには誰にでも自慢できる何かが必要だ。

 勉強は、優秀なのに笑われているのだ。奴らに頭の良さなど理解できないだろう。

 家柄は、すでに七曜学園に入れている俺に不足などない。

 金も、家にたんまりとある。

 運動も、人並み以上にはなんでもできている。今更なにをやっても達成感などないだろう。


 改めて考えるとやはりなぜ俺がこんな目にあっているのかがわからない。

 誰かが、意図的に俺を貶めようとしているのだろう。

 嫉妬に狂ったやつの行動原理は俺には分らんな。


 もう、俺に足りないものなどない。

 俺自身に不足などありはしないのだ。

 だとすれば、俺に必要なのは装飾品ということになる。

 誰が見てもわかりやすい、俺が優れていると証明する装飾品。

 そうだ、俺には俺の隣を歩く良い女がいない。

 それだけが足りてなかったのだ。


 そうと分かれば話は早い。

 元々優秀なのだ。興味がなかったがゆえに女と話したことなどなかったが、俺が声をかければ尻尾を振るだろう。

 せっかくだ。俺の優秀さをアピールできる俺ほどとは言わなくても優秀な女がいい。


 もちろん、あたりはついている。

 六鹿 恵麻

 あの底辺学園である六鹿学園の理事長の娘。

 底辺でも学園理事長の娘だ。家柄も金も保証されている。

 頭に関しては、六鹿にそのまま通っているくらいだから大してよくもないのだろうが、俺の女として横に立つには十分な容姿と家柄だ。

 それに、同格のやつらは自分を優秀と勘違いしていて傲慢だが、少し劣るあの女ならば簡単に言うことを聞くだろう。


 そう思い、すぐにでも行動に移す。

 俺は常に正しい。正しいから行動に迷いがない。

 それが俺の最大の強みだ。


 それはすぐに証明される。

 七曜学園男子寮のすぐ外におあつらえ向きのように六鹿がいた。

 大方、すぐ近くにある女子寮にでも変な期待を持って乞食しに来たのだろうが、俺にとっては好都合だった。

 やはり、俺は間違っていない。常に正しい道を歩んでいる。

 望めばこうやって向こうからやってくるのだから。


 俺はその哀れで利用価値の高い女に話しかける。

 もちろん、俺は紳士で品性も高い。

 家の家格に見合うだけのマナーで着飾ることも造作でもない。


「やぁ。キミは六鹿 恵麻だな?」

「?え...と、どなたですか?」


 六鹿は心底不思議そうに首を傾げる。

 こいつ、俺を知らないだと?

 この六鹿なんて底辺にいるコイツが七曜にいる俺を知らないとは、少しばかりコイツを俺のそばに置いておくことに不安を覚える。

 知っていて当たり前のことを知らないやつとは会話にならない。

 だが、仮にも由緒ある家の出だ。これから教えていけば問題はないだろう。


「私は七種(さえぐさ) (いわお)だ。私のことを知らないとは流石は底辺の生徒」

「...」


 心優しい俺の丁寧な自己紹介。

 六鹿はそれを聞いて、表情を真剣なものへと変えた。

 ようやく自分がどれほど愚かなのか気が付いたらしい。

 まぁ、気が付いて改めるだけマシというものだ。学園の嫉妬に狂った阿呆どもはどんなに俺が優秀な成績を収めようともそれを嗤いやがる。


「だが、キミは幸運だ。ちょうど私は、私と共に上を目指せる女性を探していてね...時に六鹿さん?キミの進路はどうなっているのかな?」

「あなたには関係ありません」

「大ありだろう?この私がこう言っているのだ。気が付いてはいるだろう?それとも恥ずかしくて気が付かないふりをしているのか」

「何の話ですか」


 どうやらこいつも俺に劣るくせにくだらないプライドだけは必死に守りたいらしい。

 七曜にも三葉にも入れなかった落ちこぼれが、生意気にもこの俺から言葉を言わせたいらしい。


「何のって、それはもちろん私のパートナーになるのにどんな経歴になると診断されているのか気にするのは当然だろう?私たちほどになれば、お互いの経歴に傷なんてあってはならない。キミの場合はすでに六鹿という傷があるのだから、これからそれをどうやって補うのかと聞いているのだよ」

「意味が解かりません。そもそも私は六鹿という私の尊敬するお父さんの経営する学園が好きで入学してますし、今のところ結婚も考えてませんしシステムにも普通に六鹿の大学進学を進められています」

「はぁ?」


 なんだコイツは。

 俺に反抗的な態度をとりやがった。しかも、六鹿が好き?そんな身内可愛さな理由でキャリアを選ぶなんてどうかしてる。

 六鹿の現当主も可哀そうに、こんな私的な理由でキャリアを選ばれては営業のセンスも皆無だろう。

 それに、大学で挽回を狙わずにそのまま六鹿の大学とは...このままでは本当にコイツは底辺のままだ。

 ここまで来ると、心の底から可哀そうに思えてくる。

 慈悲深い俺が救ってやらねば...


「...六鹿さん、悪いことは言わないから私と一緒になれ。システムにそんな風に診断されてはもうキミの未来に光はない。私が救ってやるからシステムでの診断結果については誰にも言わないでくれ」

「...本当に意味が解かりません。あなたの申し出は遠慮させていただきます」


 流石にイライラしてきた。

 俺がここまで下手に優しくしてやることなど滅多にない。

 ひとえにコイツの可哀そうな未来への同情と、一人娘がうまく活用できなさそうな六鹿という名がもつ力の利用価値による慈悲だ。

 それを無下にするとはコイツは何様なんだ。


「どうしてだ!!」

「そう言われても興味がありませんし……」

「キミのためだぞ!!いつまでも、家のためにと学園で無駄な時間を過ごして!卒業後はそのまま大学だと!?キミは自分の価値をまるで分ってない!!」

「あなたよりは自覚しているつもりですけど…」

「っ!!大体何だ!その態度は!!私はお前のために行っているんだぞ!」

「ですから余計なお世話だと言ってるんです」


 埒が明かない。

 コイツの頑なな態度のせいで少しばかり注目を浴びていた。

 そのことも不快だ。


「クソッ!」


 こんな不快な気持ちになってまでコイツを手に入れたいなどと強い執着を俺は持ち合わせていない。

 だが、不快にした分の代償は必ず払ってもらう。

 コイツは分かっていない。自分の価値も、俺との差も全く。

 それをわからせてやらねばならないだろう。


 俺はイラつく心のままに寮へ戻る。




「クソックソッ!!」


 その夜は屈辱だった。

 どこから漏れ広がったのか、すでに寮の阿呆どもが先ほどあった愚かな女が愚かな選択したことを口々に噂していた。

 それは俺を馬鹿にした内容になっていた。

 明らかに聞こえるように話す噂。嘲笑と見下した目を際限なく向けられる。


 イライラする。

 どうしてうまくいかないのか、どうして俺よりも出来が悪い奴らに笑われているのか。

 最低限の良識とプライドが、怒りのままに物へ当たることも許さない。

 そんなジレンマに脳が焼かれていく。


 クソ...


 苛立ちを繕うことも、我慢することもできそうにない俺は静かに寮を出る。

 もちろん門限はとっくに過ぎているが、この寮の門限は形だけの物。

 実際は多くの生徒が門限をすぎても外出しているし、バレても成績がいいと学園からは特に何も言われないことが多い。

 格式高い学園という面目さえ保たれれば、たいていのことが許されているのだ。

 なので制服ではなく私服で外に出れば何も文句は言われまい。


 夜の街。

 この街で産まれ、この街で育ち、他の街を見ずに育った俺はこの街以外を良く知らない。

 だが、この街はかなり治安がいいらしい。

 というのもあまりに遊び過ぎるとシステムの診断が低いものになりうるからだ。

 そのためこの街は、街そのものが眠りにつくのが早かった。

 すでに街で一番の通り以外は店じまいしており街灯だけが照らす寂しい街並みだった。


 そんな街を当てもなく彷徨う。


 駅とは反対方向。大通りからもかなり離れた場所。

 そこには倉庫街があった。工事用の機材、いろんなものを運んで一時保管するためのコンテナ。

 そういったものが集まる場所。

 そこに差し掛かった時にそれは聞こえた。


 ドゴォン!!


 それは日常では工事現場のような場所でしか聞かないような音。

 小規模の爆発でもあったのではと錯覚するその音にビックリして反射的に周りを見渡す。


 特に何も見えない。


 そう思えたのは一瞬だけだった。

 街と比べれば明らかに少ない街灯。それにより薄暗い倉庫街であって、異常な光が一瞬目を灼いた。


「...なんなんだ」


 それは明らかな異常。

 普段なら絶対にこの場からさっさと退散しているだろう。

 無駄なリスクは冒せない。

 どんなに重症の人間がいたって、俺は見捨てる。

 それが俺の将来に傷となる可能性が少しでもあるなら絶対に助けない。

 当たり前だ。誰だって自分が可愛いんだから。


 だけど、今の俺はまともじゃなかった。

 失敗を、ただの一度だけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それで、俺は学園中から笑われた。

 いつも満点なんて取れないような奴に笑われた。

 親の金に任せて横暴に振る舞い、皮を被ろうともしない奴に笑われた。

 だから、取り返したかった。見返したかった。

 そして、それも失敗した。


 なるほど二回の失敗。

 俺でもそんな奴は見限るだろう。

 どんなに俺が心優しくても二回連続は許されない。

 だが、一度も成功したことない奴に笑われるのだけは勘弁だった。


 俺はまともじゃなかった。

 なんでもいいから、見返すチャンスが欲しかった。

 だから、普段なら冒さないリスクを背負う選択をしてしまった。


 足が無意識に光へと吸い寄せられたのだ。

 そして、目にするのは明らかな非日常。

 この世ならざる光景だった。


 光輝く翼を背に宙に浮く天使としか表現できない少女と胸元に光り輝く銀色のティリスを浮かせている血で汚れたスーツの男。


 その尋常ではない光景に思わず全身が硬直する。


 スーツの男がまるで子供がごっこ遊びをするように手で銃の形を作ってその人差し指(銃口)を天使に向ける。

 天使は何かから身を守る様に翼で自身の体を覆い隠す。

 そして、まるで何かが発射されてそれを防いだかのように天使の翼から羽が舞う。


 当たり前だが、人の指から何かが発射されているわけではない。

 ただ、羽が舞うたびに空気が震えて風が起こる。

 それはある程度離れている俺の元まで届いており、その圧が見えずあり得ない弾を幻視するに足りていた。


 動けない。

 その異常な光景と感じてしまった真実味によって、自分という存在を必死に隠すことに全力だった。

 この場面でどれだけ周りに笑われようと、どんなに惨めになろうとも捨てなかったプライドが役に立つと思えなかった。

 これは恐怖だ。

 もし、あの指先がこちらを向いていたら死ぬ。

 そんな恐怖が頭から離れない。


 俺は自然と息をひそめて天使のほうに注視していた。

 それは本能的に分かってしまったからかもしれない。

 あのスーツの男よりも天使のほうがはるかに危険だ、と。


 天使は宙で男の銃撃を全て防いでいたが、やがて翼が震える。

 舞っていた羽が強力な光を放った。


「......ッ!!!」


 その光に目が眩み視界を失う。

 そのことに声も身じろぎもしなかった自分をほめたい。

 そして目が回復するよりも早く届くのは音と熱。


 高温の熱が風に運ばれて肌を焼き。

 先ほども耳にした小規模の爆発のような音が何度も聞こえる。

 目の見えない中、それらによっていつ自分の命が消えるかわからない中で自分を保つのに必死になる。


 ようやく目が慣れたころ、先ほどの見えない銃撃など児戯に思える闘い。

 そう、そこで繰り広げられているのは物語のような異能の闘いだった。


 光り輝く翼を広げ宙を飛びながら無数のレーザーを放つ天使。

 それらを躱しながら不可視の銃撃を行う男。


 そんな異常が通常のように交わされる異常。

 しかしそれもすぐに終わりを告げる。


 天使の放ったレーザーが男の胸に突き刺さる。

 それは今までの激しさが嘘のようにあっけない終わり。

 輝いていたティリスは光を失い足元に落ち、男は崩れて倒れる。

 天使はそれを見下すように、緩やかに地上へ降りてくる。


 まるで死者を導くがごとく。


 が、瞬間男が跳ね起き天使に指を向ける。


魔弾(デュクソビット)


 男がそう告げると落ちていた銀色のティリスは今まで一番の輝きを放ち、天使の体に三つ穴が開いた。

 同時に放たれたレーザーに頭を打ち抜かれた男は今度こそ完全に倒れ伏した。


 天使は体に空いた穴から血を滲ませる。

 二、三歩よろめきながら意外そうな表情で自分の体を見ていた。


 俺はその決着の光景に気が緩んでいたんだろう。

 それとも緊張の限界だったのか...

 膝から力が抜け、体勢を崩してしまう。

 その時、手を身を隠していたコンテナに打ち付けてしまう。

 コンテナは大きい。軽くぶつけた程度ではそこまで大きな音は出ない。

 だが、小さくとも音は出てしまう。


 その音に天使は反応する。

 その感情を感じない瞳をスーツの男ではなく今度は俺に向ける。

 無感動、無感情に俺を見つめ続ける。


(死ぬ!殺されてしまうッ!!)


 そう感じてしまう彼我の差。

 しかし、天使は俺に何もせずに羽ばたきどこかへ飛び去って行った。


 俺は命を繋いだことに実感が湧かなかった。

 ただ、呆然と現実を確かめるように倒れた男の元まで来た。

 死。

 それを生で感じている。

 もしかしたら自分もこうなっていたかもしれないという恐怖が湧いて出る。

 男の頭からは血と脳髄が漏れ出て、レーザーによって焼かれた肉の臭いと血の生臭さで吐き気を催す。


 そんな最後まで異常な光景は足元に落ちている銀色のティリスを拾うまで異常で、これからは俺の日常となる。


 まるで物語の導入。

 まるで主人公のような事件への巻き込まれ方。

 優秀なのに評価されない俺の物語が始まる予感と不快なこの現状に顔を歪めた。

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