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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
第4章‐不安は日常の中にこそ-
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対梟作戦4

「じゃ、いくぞー」


 そんな気の抜けるような声でボールを頭上へ投げる晴くん。

 私にはそれがちゃんとしたフォームなのかどうか分からない。

 というより、普通のバレーのルールは分かってもビーチバレーのルールは実は知らない。

 それでも、審判を買って出たのは何となくそれが私の役目だと思ったからだ。


 ここで、私が審判をやらなければきっと誰もそれを制御する人がいなくなるとも思ったからだ。

 実際、希空ちゃんや零さんだと悪ノリで煽るだろうし、男組が自ら自制してくれるのも考えずらい。

 いくらここが私の家ー六鹿の持ち物で他に人がいないとは言え、今のあの人達が全力でバレーをしてしまえば周りへの被害が考えられるからだ。


 そう全力。

 正直、私たちは能力の全開というのをよく分かっていない。

 もちろん戦闘という、通常なら全く持って関わることのなかったはずの物をいくらか経験している。

 その中で能力を扱う事への慣れも見えてきた。

 それでも、やはり私たちが実際に意識的に出す全力というものがどれほどの物かは分からない。


 戦闘中に出す全力はそれは一種の火事場の力だ。

 生死を分ける状況での必死さがにじみ出ている。

 ならば、フラットな状態の私たちというのはいったいどれほどなのか…

 それは私にとってはオウルの素顔と同じぐらいには興味深い事柄だ。


 と言うのも、私個人としてはオウルの素顔をそこまで興味をそそられていない。

 そんな、ふとした時に自然と思い付き、思考の波に流されていくような小さな興味と同じ程度にしかオウルの素顔に興味をそそられていない。


 そんな、皆よりも興味と言う意味で一歩引いている私が冷静なストッパーになるのが役目だと思ったのだ。


 晴くんが投げたボールが落ちてくる。

 晴くんは軽くジャンプしてタイミングを合わせる。

 そして、手を大きく頭上へ構えてボールを打つそのタイミングで小さく呟く。


増幅(アンファクション)!!」


 途端に晴くん自身が纏う空気が一段濃くなる。

 能力によって強化されているからなのか、能力という普通の人間にはない要素が増えた分なのか、気配が濃くなるのだ。

 その状態で打ち出されるボールはまさしく砲弾と化して、激しい轟音と爆風を周囲にまき散らしながらも、ボール自体が破裂しない様に微調整された威力となって相手コートへ矢のごとし鋭さとなって突き刺さる。


 しかし、それを受けるのも全くもって普通ではない二人。

 オウルは晴くんがボールを投げた時点で構えていた力を使う。


移動(フォルト)!」


 その力によって、その超威力のボールの着弾点へ移動させられる九重さん。

 なんだか字面だけ見ると利敵のように感じられるが、それはオウル・九重さんチームにとっては最適の結果ではあった。


無力(ゼロ)


 九重さんの能力によって、先ほどまでは人なんて簡単に吹き飛ばせそうな威力を秘めたそのボールから、あらゆる運動エネルギーが消失した。

 ボールは完全に九重さんによって受け止められ、そのボールを腕の力だけで上空に打ち上げる。


「オウル!」

「任せてよ!」


 打ち上げられたボールはいつの間にか、空中にいたオウルへのパスとなっていた。

 オウルは明らかにボールよりも高い位置にいたが、体を空中でひねり無理やりボールを手で打つ。

 そんな不安定な状態で打ち出しても大した威力にならなそうだが、そこは数多くの能力を持つオウル。

 この場にふさわしいだけの威力を打ち出していた。


爆発(デイナクション)!」


 オウルが手でボールを打ち出す瞬間にボールが爆発した。

 正確にはきっとボールの後ろで爆発させて爆風を勢いに乗せているのだろう。でなければ、爆発でボールが割れていても不思議じゃない。

 いや、それでも実際の爆弾なんかの爆発ならそんな至近距離の時点で割れていなければおかしいが、オウルの爆発は能力による物だからこその融通が、法則があるのだろう。


 ともかくとして、爆発によって打ち出されたボールは、晴くんのように綺麗に打ち出されたものとは違って風の抵抗を真に受け止めて不規則な軌道を描いて飛んでいく。

 しかも、爆発の煙と光でボールが打ち出される瞬間が見えなかったのも合わさって実に凶悪な一撃となっていた。


「甘いな!俺がそれに反応できないハズがないだろう!!」


 そんな速さも巧さも合わさった一撃に対して、いち早く動いたのは晴くんだった。

 彼は能力によって強化されているのは身体能力だけではなく、視力や反応速度なんかも引き上げている。

 それによって、予測が難しい一撃に対して、それを予測するのではなく見てから反応するという本来なら絶対に間に合わない方法でも間に合わせてしまう。


 一瞬でトップスピードに加速する晴くんは一瞬消えたかと錯覚する挙動で、ボールが地面に着く前に追いつきそれを受けて打ち上げる。


 風が遅れて、晴くんを追いかけるため時間が止まったかのような一瞬が過ぎてから晴くんの周りの砂が巻き上がる。


「いったぞ!!相賀!」

「おう!」


 それを打ち出すのは、今度は十六夜さんの役目。

 彼は、晴くんやオウルのように空中にジャンプすることはなく、地面にしっかりと両足を着いた状態で腕を高らかに頭上に掲げた。

 腰を落とし、構えるその姿は彼の例の技を彷彿とさせる。


拡張(エクファシオン)!!!」


 その言葉と共に振り下ろされる腕。

 それはもちろん、身体能力が強化されている晴くんが打ち上げたボールとは全く持ってタイミングが合っていない。

 以前、ボールは空高くにあった。

 しかし、彼はその差を埋める能力を持っている。


 とたん。ボールが見えない巨人に叩き落されたかのように鋭角な軌道で打ち出される。

 その威力は晴くんとオウルの二名と遜色のないそれで、これもまた砲弾だった。


移動(フォルト)!」


 しかし、それは詰まるところ速く威力が高いというだけ。

 それは先ほどオウルと九重さんのコンビネーションによって破られたばかりだ。


 何より上から下という、先ほどよりも読みやすい軌道で飛ぶボールにオウルが合わせられない訳もなく。

 先んじて着弾点に九重さんを移動させていた。


 そして、そうなることを予見しているのはオウルだけではなく九重さんもまた、過分なく自分の役目を理解しており、しっかりとボールを受け止める準備をしていた。


 それはまた先の二の舞になると誰もが思ったその瞬間。

 ボールが鋭角過ぎて着弾のその直前まで、晴くん・十六夜さんチームのコートから出ていない。そんなボールに迫る影。

 砲弾とすら表現できるボールに追いつくほどの速度で動ける人間の姿がそこにあった。


「オウル!お前の能力は瞬間移動だけど、別に判断とか反応が瞬間的に出来るわけじゃないよな!!」


 その掛け声とともに今まさに九重さんの腕に向かおうとしていたボールの側面を叩いた。

 そのボールはまっすぐに素直な直線を描いていた。それを横から叩けばどうなるか。

 そんなの小学生でもわかる。


 それによって変わった軌道に、能力は強力でも砲弾なみの速度を自身の体で出すわけではないオウルと九重さんには反応することすらできない。

 ボールは九重さんの横をすり抜けて地面に着弾した。


 と同時にその威力を物語る様に砂浜はけたたましい爆発音とともに砂を煙のようにまき散らしたのだった。


「よっしゃ!!上手くいったぜ!」

「やったな晴!」

「おうよ!ナイスパスだったぜ」


 ハイタッチしながら今の結果に満足したのか笑顔で笑い合う晴くんと十六夜さん。

 それとは対照的に砂埃の中から、きっと全身に砂を浴びてしまったのだろうなんとも言えない表情の九重さんとなぜか笑顔のオウルが出てくる。


「いやいや、気持ちよく決められちゃったね。まさか、あんな風に力技で僕の予想を超えてくるとは思わなかった」

「いや、それより本気で打ちすぎやろ。威力は殺してんのに砂で精神ダメージえぐいわ」

「ふふ、まぁ僕は爆風で散らしてるからあんまり砂かかってないけどね」

「なんやて!おい、なんで俺を助けないんや!!」

「助けたって、キミは僕の爆風も無効化して砂を避けれないでしょ」

「っく!自分の能力が恨めしいわ」


 そんな感じになんだか普通にオウルも空気に馴染んで楽しんでいた。

 そのまま自然な流れで先取を交代して、また始める両チーム。


 私はそれをしっかりとやりすぎないように見張りながらも、なんだか普通に楽しんでいる感じにちょっと安心を覚えていた。

 なんだかんだ、作戦のためと計画していたこの海遊びも、純粋に楽しみたいという気持ちもあったことに安心していた。

 そういう普通の事がなんだか嬉しかった。


「はわー、すっごいですね。今までも似たような動きをしていたんでしょうけど…こうスポーツになると普通との違いがはっきり分かって余計に異次元感が増しますね」


 目の前で起きている人間を辞めたモノ同士のバレーに希空ちゃんがそんなことを言う。

 確かに、そう言われれば私は単純に平和な時の全力ってどんな感じなんだろうという程度にしか考えていなかったけれど、普通とのギャップというならばこういうスポーツの方が顕著に表れるのだろう。

 だからこその、なんか凄いっていう漠然とした思いも強く感じるのだろうと思った。


「実際にあれは可笑しな技の応酬をしているしな。私でもあの中に混じってバレーとかいうのをやるのは難しい。能力的にも相性的にもな」

「そうなんですか?」

「私なら...まぁ、取り繕うことはできるだろうがまず晴のスピードにはついて行けない。アレはもう反応出来る方がおかしい領域にあるだろう?単純な速さそのものは慣れれば対処できるだろうが、0からトップスピードまでの加速が早すぎて慣れるのに時間がかかる。アレで勝負が成り立ってるのはオウルの先読みが上手すぎるからだ」


 そう言われて少し考えれば、それは正しい。

 私ならきっと重力を反転。斥力によってはじき返すことでボールを受けることは出来るとは思うけど、それは結果だけ見ればバレーになっているというだけで、晴くんのスピードについて行けているわけじゃない。


 そして、私はついて行けないそのスピードに対して予測してピンポイントで返すことも出来ないだろう。

 あらかじめ、対策として自分たちのコート全体に斥力バリアを張って対処するしかない。

 それが出来るだけオウルもまた、異次元なのだろう。


「つまり、それって一番異次元名乗ってオウルなんじゃないんですか?」

「そりゃそうだろう?最初からそうだったじゃないか」


 私のふとした疑問に何を今更と返す零さん。

 確かに今更だ。

 オウルが異次元。化け物じゃなくてなんだと言うのだろうか。


「危ね!」


 そうして、意識が会話と思考に引っ張られた瞬間。

 もはや、砲弾の応酬のようになっていたバレーから流れ弾が飛んで来た。


 私はそれに反射で能力を起動させて、迎撃をする。


(リブラ)


 もっとも使い慣れたその能力の使い方。

 超重力がボールを捉えて地面に縫い付ける。


 しかし、砲弾並の威力を秘めたボールを地面にたたきつけるほどの重力による瞬間的な圧力の増加は、爆発と何ら変わりなく。

 私たちに飛んできたボールを問題なく叩き落すことに成功しつつも、私たちのすぐ近くで地面が爆ぜる結果となった。


「けほ、けほ」

「...ぺっペっ!口に砂入った~」


 気を抜いていたせいで二次被害にまで気が回らず、全力で迎撃した結果私たちは砂の被害を受けることになってしまった。


 これでは審判をやっている意味がないな。


「悪い!熱くなり過ぎた...」

「いやいや、今のは油断してた六鹿ちゃんたちが悪いんやない?こんな近くで軍事演習か思うほどのやり取りしてんやから構えとくべきやろ」


 その結果に流石に謝る晴くんと自分は悪くないと主張する九重さん。

 正直、審判をやっていたのに油断していた私が悪いのはその通りだとは思うけれど、なんだか言い方に棘があってイラっとしてしまう。


「ふむふむふむ、なるほどなるほど。つまりは油断している方が悪いと?」

「そうやろ?そもそも俺らは敵にいつ狙われてるかもわからんのやで。遊んでいる最中も気を着けなあかんな」

「そうか...(フェアヘア)


 底冷えするような零さんのセリフと共に起動した能力。

 それは零さんの背後にその身体よりも大きな翼を生み出して、いまだ地面に半ば埋まっているボールを軽く叩く。

 それは本当に軽く叩いたかのように見えたが、そこはそれ。

 天使の操る翼が見た目通りの威力しかないなんてことはなかった。

 それはそんな軽い動作だというのに、先ほどまで何度も見た砲弾の様な威力に達して九重さんに向かって飛ぶ。


 それは言いながらも自分自身が油断していた九重さんの腹部に吸い込まれて、吹き飛ばす。

 ぶつかった反動でボールは跳ね返ってきたが、しっかりと衝撃を受けた九重さんはちゃんと吹き飛ばされる。


「グへぇ!?」


 短い断末魔と共に海に投げ出された九重さんは渋きを上げて、海の藻屑となった。


「九重ー!!」

「おい、アレ死んだんじゃねぇか?」


 もちろん、零さんはそんな仕返しで全力を出す人ではないので生きてはいると思うが、痛そうな一撃だったことには変わりはなかった。

 そんな惨劇を生み出した零さんはどこか楽しそうに、跳ね返ったボールを拾って宣言する。


「ちょうど、バレーなんて緊張感が足りないと私も思っていたんだ。ここからは競技を変えよう...」

「えっ……と、ちなみに何に変えるんだ?」

「ほら、あるだろう?ボールを敵にぶつけて倒すゲームが...」

「それってまさか、ドッジボールか!?おいおい相賀!天使(あまつか)になに教えてんだよ!」

「いや、俺じゃねぇ!そんな物騒なゲームを教えるわけないだろう!」

「いいのか?構えなくて...死にはしないだろうが、痛いと思うぞ?」


 そして始まったのはボールを持った鬼が放つ砲撃から逃げ回る変則鬼ごっこのような、もはやドッジボールですらない謎の競技。

 それは先ほどの限られたスペースでやっていたスポーツとは違い、逃げ回る晴くんと十六夜さんに追いかける零さんという激しさも一段と増した何かになっていた。


 だんだんと逃げる距離が増えていき、私たちから離れていく三人を見つめていると海から帰還した九重さんが傍にやって来る。


「酷い目にあったわ...」


 そういう彼の腹部は真っ赤になっており、やはり想像通りの痛みを受けたようだった。


「大丈夫ですかー?」

「ああ、優しいな希空ちゃんは...こんな妹を持って三船くんも幸せやろな...」

「急にどうしたんですか?頭打ちました?」


 一応は心配をする希空ちゃんに九重さんがボケを合わせるから、希空ちゃんがなんだか辛辣な物言いになっていた。

 それでも、実際には痛みがちゃんと残っているみたいで腹部をさすりながら仰向けに倒れる九重さん。

 そして、希空ちゃんは希空ちゃんで手持無沙汰になったからかそんな九重さんに砂をかけて埋めていく。


「の、希空ちゃん?何してるん?」

「暇だから...」

「そ、そっかぁ」


 弱っているせいかツッコミも弱弱しく、希空ちゃんの成すがままになっていた。

 なんだかそれが楽しそうで、ちょうど三人にも置いて行かれたし審判とかももう必要なくなって暇になった私はそれに混ぜてもらおうかと思ったところでオウルに話しかけられる。


「いやはや、皆元気だね」

「そうですね。...なんだかんだ、皆遊びたい気持ちはあったんじゃないですか?」

「そうだろうね、それこそが学生のあるべき姿なのだろうし?僕としてはそういうのも理解してあげられるよ」

()()ですか...」


 その言い回しは最近よく感じるようになったオウルに対する違和感が詰まっている言葉のように感じた。


「さて、いい機会だからさ…二人で話さないかい?」


 脈絡も雰囲気も、ちゃんとあるそんな提案をオウルは私にした。

 その表情は全く持って私が断るとは思っていない、むしろ「君も僕に聞きたい事があるんだろう?」と見透かしたような表情をしていた。

 そして、まさにその通りの私は断らない。


「ええ、そうですね」


 私たちは今まで、チャンスはあったし実際にそうしたこともあったのに、空気というか流れと言うか、そういった物を遮ってまで気になっていることを聞くような場面がなかった。

 だからこそ、きっとそれを見透かしていたオウルはこうして私と一対一で話す機会を作ったのだろう。

 秘密主義の様に見えるこの男がそうするということは、それはもう隠す必要がなくなったという事。

 私はこの提案が、もうすぐ私たちにとって避けられない大きな運命の流れがやってきている合図のように感じていた。

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