対梟作戦2
特に変わり映えのしない学園生活を過ごし、多くの学生にとっては待望ともいえる時間がやって来る。
それはやらなくてはいけないと理解しつつも、勉強というものそのものがなかなか好きになれない標準一般的な思春期の人間ならば、その瞬間こそが至高ともいえるかもしれない。
本日の学業の終わりを告げる鐘が鳴る。
束縛からの解放。
別に大したことをしていたわけではないのに空気が一気に弛緩するこの瞬間は何なのだろう。
しかし、その空気の緩みこそが俺たちの意識を本当の意味で自由にしているのかもしれない。
さて、今日はもうこれと言ってやることがない。
ここ最近、ほとんど毎日のように何かしらやらなきゃいけない事があった。
元々、友達と言える人間も少ない俺には放課後が忙しいなんてことはなかった。
いつも惰性でだらだらと過ごして、たまに友人と遊んで、気分転換に街を散策して。
そうやって無為に時間を使うことが俺の日常だった。
だが、そんな日常は容易く崩れて何かに追われる毎日を過ごした。
謎のティリスについて考えて、襲撃者に怯えて、何か大きな陰謀の様なものに巻き込まれて、修行して...
そんな忙しい毎日を送ることになるなんて考えてもいなかったが、まぁ、そう言う事もあるのだろうと納得している。
そんなこんなで、以前はもっと一緒にいて学園でも「あの二人」というくくりにされていた相手との交流がめっきり減っているのを今更ながら感じていた。
だからこそ、久しぶりの何もしないという時間をそいつと過ごそうと思うのだ。
本来ならこの放課後にそいつの元へ行くか、待ち合わせ場所に行くかするべきなのだろうが、俺はそんなことをしない。
そんなことしなくたってアイツは自分からくるだろうし、そっちの方が早いのだ。
いつも、鐘が鳴ってすぐに現れる。
神出鬼没で瞬間移動でもしているんじゃないかと疑いたくなるほどに、俺の行く先々に現れていた。
「や、待ったかな?」
だから、こうして直前まで全く気配を感じていなかったのに平然と目の前に現れてそんな風に言葉をかけてくるコイツにいちいち驚いていられないのだ。
「いや、今チャイムが鳴ったばっかりだろうが...待つ時間がねぇよ」
「あはは、そりゃそうだ。せっかく珍しく晴からお誘いを受けたからさ、急いできちゃった」
「きめぇ、俺の彼女かよ」
「いやいや、いくら僕がどちらかと言えば中性的な見た目だからってそんな趣味はないよ」
「知ってるわ」
なんかこんなやり取りも久しぶりな気がする。
よくよく考えれば、修行と称して放課後に六鹿の家へ行きだしてからは、学園でもこうして羽衣と話す機会が減っていた気だする。
全く話さないわけではないが、それよりも考えなきゃいけない事が多すぎて脳みそに蓄積されていなかった感じだ。
なんとなく、その態度はこいつにとっても面白くなかったんじゃないかと思って心の中で反省する。
謝罪はする気はない。
「しっかし、本当にどうしたのさ晴。最近は忙しそうにしていたし、噂の件もあって六鹿さんと何かやっているんだと思っていたけど……こうして誘ってくれるし、心境の変化でもあったのかい?」
「ああ、いや……単純に最近遊んでないなってさ」
「ふ~ん?」
その質問に、俺はとっさに答えることが出来なかった。
それは別に、何も考えていなかったわけじゃない。
元々、最近遊んでないし久しぶりにって思ってはいたんだ。なのに、改めてそう聞かれて少しだけ、その言葉に突っかかりを覚えた。
そのわずかな違和感が俺に答えを躊躇わせたんだ。
「ま、いいか。僕としても晴とは最近遊んでいないなって思っていたから嬉しいしね」
ただ、羽衣はそれを飲み込むように覆い隠す様に受け入れて笑う。
最近はすっかり別のグループとなってしまっていたが、やっぱり最も長く一緒にいる羽衣が一番俺の事を理解してくれている気がする。
俺の言いたくない、聞きたくないを敏感に察知するその能力はとてもありがたい。
「それで?誘われたからこうしてやってきたわけだけど……何するの?」
「…とりあえず誘うだけ誘っただけだし、何も考えてないな」
「ええ?そんなのあり?やりたいことないの?別に僕は何でも付き合うよ?」
そうやって意地悪く笑う羽衣に何処か既視感を覚えつつも、何かないか考える。
そういえば、俺たちってどうやって遊んでいたっけか?
「そういや、俺たちっていつもその場のノリで遊んでいて、改めて遊ぼうとすることってほとんどなかったな」
「あ、確かに!だからか、特になにも予定を立てていないのに何も思わなかったのは」
「そうだなぁ…俺たちってこれをやろうって遊ぶことしたことないんじゃないか?」
「そうだね。出会った頃からそういうノリだったもんね」
羽衣とはこの六鹿学園に入ってからの付き合いだが、最初から少し浮いていた俺たちは余り者同士でつるんで、その場その場でやりたいことをやってきた。
だからこそ、改まってしまうと羽衣と一緒にやりたいことなんてなかなか出てこない。
「じゃ、もういつも通りでいいか...」
「せっかくだけど...ま、そっちの方が俺ららしいよな」
そんな悩む時間がそもそも面倒くさくて、もったいない。
俺たちはそんな悩んでまで楽しい事を無理やり作らなくてはならないほど浅い仲じゃない。
別に特別なことをしなくても楽しいし、楽しくなくてもそれはそれでいいと思えるから友達をやっているのだ。
だから、こうしてわざわざ集まってもやる事なんていつも通りでいいのだ。
このゲームセンターに来るのも随分と久しぶりに感じる。
目には入っている。この街の中ではそれなりに大きな建物の方だ。
何気ない日常でもこの店自体は視界に入ってくる。
それでも、久しぶりに感じるのは店の中まで入るのが実際に久しぶりというのもあるが、最近はてんでそう言ったことに意識を向けることが無くなっていたからだ。
だからこそ、少し前までは毎日のように過ごした場所だと言うのに新鮮に感じてしまう。
「どうする?適当に遊ぶとして一発目は何からにしようか?いつも通り格闘ゲーム?」
「そうだなぁ、お前に比べたらブランクがあるし優しい物からがいいな」
「ふふん?それで感を取り戻そうとしたって無駄だよ?僕は皹成長しているのさ、前に来た時みたいにボコボコにしてやるとも」
ああ、そういえば前回こうして羽衣と二人でゲームセンターへ来た日だったな。
六鹿と共にあのティリスを拾ったのは。
あの時は面倒なことに巻き込まれたと思っていたものだ。
しかし、結果的にあの時のような惰性で日常を過ごし、ただ漠然とした将来への不満を燻らせる毎日から脱却出来たことは幸運だったのかもしれない。
もちろん、それがいい事ばかりではない。
心配する必要のない心配事を増やしたという結果もついて回る。
しかし、俺が首を突っ込まなくても俺以外の全員はこの一連の騒動に巻き込まれているのだ。
だとすれば、俺はあの時の選択を正しいと考えることが出来る。
あの時、好奇心に従って、非日常への渇望に従って首を突っ込んだおかげて希空と六鹿を見殺しにしなくて済んだ。
俺のおかげで助けられたとうぬぼれるつもりはない。
ただ、少なくとも希空と六鹿の間に縁は出来なかった。俺たちと相賀の関係もなかった。
ならば、天使も何も遠慮せずに襲っていたかもしれない。
少なくとも俺たち出会う前の天使はそうしていたのだから可能性はあった。
だから、この結果は偶然によるものだとしても、後悔はしなくて済む結果へと向かっていると俺は信じられた。
そんな前の事を思い返しながらも、だらだらと羽衣とゲームで遊んだ。
俺たちは結構、雑食だ。
やるゲームにジャンルを問わない。
音ゲー、格ゲー、クレーンゲームなんかの定番から、反射神経を試すゲームだったりパンチングマシンなどの身体能力のチャレンジ系のゲームもよくやる。
それらを気のすむままに、とっかえひっかえ遊んでいく。
俺らは二人とも特別ゲームが上手いわけじゃなくて、ただ好きでやっている。
だからこそ実力が拮抗していて楽しいのだ。
だが、もちろん得意不得意は存在している。
羽衣は自分でも言っているが、男にしては細身で華奢だ。中性的というのも言葉通りだ。
全力でオシャレして化粧して、言動を気をつけて、化けてしまえば女に見えない事もないという塩梅だった。
変わって俺は男として平均的で、筋量も特別筋トレをしている訳ではないから相賀のようなマッチョではないが太らない程度に行う運動のおかげもあって引き締まってはいると思う。
だからこそ、パンチングマシンという腕力にものを言わせたゲームでは元々結構な差が出るのだが...
「……え?なにコレ?」
「……」
二人そろって絶句してしまう。
俺はその記録に唖然としてしまう。
俺としては確かに全力で打ち込んではいる。だが、それは遊びの範疇での全力だ。
腰も落とした、腕も振り切った。
でも、本当に死に物狂いだった戦いの中で振るったようなものじゃない。あんな筋繊維が千切れてしまうかのように錯覚するほどの全力じゃない。
だからこそ、分かる。
俺の肉体で出せる程度の記録なんてたかが知れている。
その筐体に表示されている俺の記録は747点。
店のランキングも一緒に表示されているけれど、その点数は平均で150程度。
俺を除いた最高点数でも280点だ。
軽く2倍。
もちろん、ゲームセンターにおいてある筐体の記録なんて一般平均の人間から、むしろ肉体的には平均以下の人たちの方が多いに決まっている。
だが、それにしたっておかしいだろう。
平均から見たら俺の記録は5倍に届きそうなほどだ。
「晴っていつからゴリラになったの?前回ってこんな記録じゃなかったよね?」
「...ああ、ちょっと最近筋トレにハマっていてな……」
羽衣の言葉に動揺が隠せない。
それはそうだろう。1年もたたずに人間の腕力がここまで変わってたまるか。
しかし、俺にはこれの原因に心当たりがあった。
俺はこっそりとしまっているティリス・アナザーを取り出す。
それは特に起動したような様子を見せず、冷たい銀色に店内の少し強い照明を反射していた。
何か、こいつが悪さをしているんじゃないか……そんな考えが付いて離れない。
「なんか、思ったよりもいい結果が出てビックリしたから喉が渇いたな…」
「そっか、そうだよね。そんだけ全力で殴ったら疲れるか」
自分でも分かるほどに酷い話題転換。
それでも羽衣はそれに黙って同意してくれる。
二人してその異次元の記録が表示された筐体から離れるように、自動販売機が置いてあるスペースへと移動する。
飲み物を購入してそれを一口飲むことでようやく、一息つける。
「そういえばさ、結局のところ六鹿ちゃんとはなんともないわけ?」
確かに、話題の転換はとてもありがたく、どうでもいい雑談なら大喜びなんだが…話題のチョイスがあまりにも最悪だった。
「…あるわけないだろ?俺と六鹿だぞ?」
「ふぅん?」
何か言いたげな表情のまま俺の言葉を受け流す。
羽衣は俺が嫌がってはいるが、本心じゃどうでもいいと思っていることを理解している。
こういう話題は面倒だから嫌いだが、拒絶するほどの嫌悪があるわけじゃないからな。
「でもさ、やっぱり少し噂になっているんだよね」
「何が?前みたいなやつか?」
「や、それとはまたちょっと違うけど…ほら六鹿ちゃんって最近可愛いじゃない?それに学園にもなにやら桃色のネックレスを着けてきているみたいでさ、彼氏でも出来たんじゃないかって噂になっているよ?」
「ネックレス...ああ、あれか」
そういえば、いつからか訓練の時にも必ずつけているネックレスを思い出す。
それがどういう品かは分からないが、そのネックレスについている桃色の石からはなんだが怪しい甘さを感じるのだ。
まるで、あの人がそのまま石になってしまったのかの様な。
「だからさ、もしそんな関係の人がいるなら晴かなって」
「んなわけないだろう?俺も知らない間に着けていたから、もしそんな存在がいるなら俺も知らない人だよ」
「そうなんだぁ」
羽衣は納得は出来ているみたいだが、何やら含みを持たせたような返事をした。
「それにしても、随分と六鹿ちゃんと仲良くなったよね?少し前は知っているけど知らない人みたいな感じだったのに」
「そうか?」
「そうだよ?見ていて面白かったもん」
そういうものか?見ていて面白い物じゃないと思うが。
それよりも六鹿との仲は確かに良くなったと思う。
それについては羽衣の言う通りだ。少し前まで一緒に海に行くような仲になるとは思わなかったしな。
あ、そうだ。
「そういえば、羽衣って週末空いてるか?」
「?なんで?」
ちょうどいいからコイツも誘ってしまおう。
せっかくなら知り合いみんなと遊びたいし、なんとなく俺らだけでいるとそういう非日常の事ばかりを考えてしまいがちだ。
オウルという不安要素もあるが、羽衣ならだれとでも上手く付き合えるし、一般人がいるなかでならオウルも面を外すかもしれない。
俺たちは慣れてしまったけど、普通に考えれば変だからな。
「いや、ちょっと希空とかそれ以外の知り合いも集まって六鹿のプライベートビーチに遊びに行く予定なんだけど来るか?」
「え、何それ面白そう!」
思った通り、食いついた。
こいつが知らない人も来るとかその程度では断らないだろうとは思っていたものの、予想以上の食いつきだ。
「でも…ごめん。週末は僕も知り合いに呼ばれていてね...僕としては参加できないや」
「そうか、いや。残念だ、お前ならアイツらとも仲良くやれそうだと思ったんだが...なに、別の機会があればその時でいいか」
「そうだね。そうしてくれよ」
用事があるならば仕方ない。
それに、万が一俺たちが集まっているところに襲撃とかかけられたら危ないからな。
よく考えてしまえば、ありえない選択肢ではあったか。
「さ、休憩も終わったしもうちょっと遊ぼうよ」
「ああ、次はどうする?」
週末一緒に遊べないのなら、今遊べばいい。
そんな言葉が聞こえてきそうな雰囲気で羽衣は次に行こうと誘ってくる。
俺はそれに答えるべく、いつの間にか空になっていた飲み物の容器をゴミ箱へ捨てて羽衣の元へと行く。




