対梟作戦1
あけましておめでとうございます。
実験都市「ティクティリス」この街は、埋め立て地が半分を占める半人口半島に存在していた。
この街からの外へ向かう移動手段は、陸続きになっている方向へ伸びた鉄道一つで、それ以外の三方は海に囲われて、一般人がそれこからの脱出が出来ないような街だった。
その作りについて、特に不便も感じず、不思議に思うこともなかった。
だが、この街で行われる実験の秘密を知ってしまえばこれが、被験体である住人を閉じ込めて管理するためのシステムとして都合がよかったのだろうという事が分かる。
そりゃあ都合がいいだろう。
この街は情報という物に対して、この世界の何よりも発展した技術を獲得している。
ティリスやティリス・アナザーの事を思えば、電車に乗っている人間の情報をスキャンして抜き出すなんてことは簡単にできてしまうことも想像に難くない。
ならば、きっと外に出る人間も、中に入る人間も、そのすべてが記録されて情報収集されているのだろう。
だからこその一本道での街の出入りなのだ。
もちろん、車の通れる道もあるのだがそれもまた複数に分かれることなく一本道なのだ。
そうすることで、この街の秘密が漏れる事の無いようにしているのだろう。
打って変わって、海路はどうだろうか。
街の三方を海で囲われているが、そこからの出入りはあるのだろうか?
それは、不可能ではないのだろう。
海というものは、そのすべてを監視するのは非常に難しい場所だからだ。
この街を除いた世界中の国でも、十分に発達した技術を持っていても、密入国者や亡命者などが使うルートはその多くが海路による物であることからもやはり監視や封鎖と言うものが難しいというのが分かる。
それにこの街は、ほとんどの物資を海路による運搬に頼っている。
運輸というジャンルにおいて、チートもいいところな技術を持つこの街ではあるが実験中の非公開技術なせいで、街以外とのやり取りは今でも原始的な運搬方法に頼っている。
コンテナ街が、この街の一方の海に面した場所に創られた理由だ。
そして残りだが、この街は半分は埋め立て地。
完璧に整備された、自然のしの字すら見れないほどに整えられた海岸はそれはそれでよい景色なのだろうが、海で遊ぶという目的を前提にしてしまえば、少しだけ違うと言わざるを得ない。
ただの、海が見えるだけの商業施設の集まる地域というだけだ。
残る最後の海は、ここだけが唯一自然の残る浜辺だった。
しかし、人の手が入っていないわけではない。
と言うより、人の手が本当の意味で入っていない浜辺など美しさの欠片もない。
波に運ばれ、打ち上げられた海の藻屑たちが散乱し、また波の力に勝てなかった海の生き物もそこへたどり着くことになる。
定期的な清掃や、潮の満ち引きなどで浜辺は綺麗に保たれるのだ。
そして、この浜辺はそれはそれは美しい姿をしていた。
それは誰かが整備をしているという証であり、この浜辺を整備したい誰かがいるという事。
つまりは、私有地であった。
希空の提案という形で、俺たちが向かうことになるのはそんな浜辺だった。
春も過ぎて、夏に差し掛かる前というシーズンとしてはすこしズレた時期になぜ海かといえば。
オウルの仮面を引きはがすのに自然な形で水辺に誘導したかった、というのとプールよりはシーズン外れが気にならないと思ったからだった。
しかし、この提案には大きな落とし穴が存在した。
簡単な話で、その浜辺は誰かの持ち物。
つまりは許可が無ければ入れない場所ということだ。
そんな致命的で初歩的な落とし穴を解決したのは我らが六鹿。
彼女はなんちゃってお嬢様な希空と違って、正真正銘のお嬢様。
金持ち。この世界において絶対不変の最強なステータス。
その浜辺の管理者はなんと六鹿の家であった。
そんなこんなで、最も大変なハードルがものすごく簡単に超えられてしまった俺たちは満場一致でオウルを嵌めるための場所をその海へと決めて実行に移したのだった。
もちろん理由としては違うものを用意している。
俺たちが用意した理由は「最近は能力の修行ばかりで遊んでないから遊びに行きたい」と言うものだ。
希空には悪いが、言い出しっぺだという事と、そんな理由を言いそうなのが希空しかいなかったのでオウルへの提案は希空に行ってもらうことにした。
「ど、どうですか?息抜きに海、行きませんか?」
希空のその言葉にオウルは顎を撫でながら何かを値踏みするかのように思案する。
言葉には出さずに、ふむふむと頷きながら考え込む。
正直、ここで断られたり皆で行ってきなとか言われたその時点でこの作戦はパァになる。
ま、思い付きの作戦だしな。気になるは気になるが、そこまで滅茶苦茶作戦を練ってまでオウルの仮面の下を見たいかと言われれば...うーん、悩みどころだ。
「ま、いいか。行こうか」
そして、十分に溜めに溜めた言葉をようやく吐いたオウルはなんてことなさそうにあっけらかんとしていた。
「……え?」
「…………マジ?」
俺たちはその言葉に驚きを隠せなかった。
正直、絶対に断られると思っていた。
なにせオウルに何もメリットがない。というより、そんなことに興味があるとは思えない。
奴は興味のある事しかしないと思っていたんだが、意外とこういう無意味だけど楽しいみたいなこともやるのか?
というより、あの長考を思えば俺たちがただ遊びたいだけじゃないって事にも勘づいていそうなものだが...あえてなのか?
「おいおい、その反応は少しばかりショックだよ?僕だってそう言う遊びをやりたいなって思うことぐらいあるんだよ?確かに、普段はそんなことをしたって楽しいと思う事なんてないけどさ、キミ等と行くのは楽しそうだから、ね?」
いや、ね?とか言われても知らないが。
ともかく、意外と普通の完成を持っていたオウルからの了承が出た。
これで、俺たちは作戦を次の段階へ進めることができる。
ズバリ、遊びに乗じてオウルに水をぶっかける!!
「それで、いつ行くんだい?」
「え?」
「ん?あれ?日程も決めていたんじゃないのかい?」
「ああ、そうか。それについては何も気にしてなかったな」
言われてみれば、どうやってオウルの仮面の下を見るかしか話し合っていないし、オウルが誘いに乗ると思っていなかったから日程については何も考えていなかった。
「まぁ、普通に週末でいいんじゃねぇの?一日中とかじゃなければ俺的には問題ないし」
相賀がそう言う。
ここにいるメンバーで恐らく一番忙しいのは相賀だろう。
六鹿が家の関係で何か用事とかが無ければ、後は居候とただの学生しかいないのだから週末であれば時間をいくらでも作れる。
店を切り盛りしている相賀にとっては、かき入れ時なのだろうが、そこは問題ないと本人が言っているからそれを信じることにする。
それが皆分かっているから、残りの不安要素になりそうな六鹿へ視線が集まる。
「...私も問題ないですよ?」
ただ、その一言だけで空気がちょっとだけ沸く。
これで、皆が問題ない事が分かったので週末に海へ行くことが決まった。
「うん、それじゃ僕は直接海へ行くよ。キミ等の誰かが海に近づいたら飛んで来るからさ」
オウルは楽しみにしているよとだけ残して飛び立っていった。
急に現れて、去る時も一瞬だ。
というか、本当に今回は特に用もないのにここへ来たんだな。
そのことに少しだけ違和感を感じつつもオウルについてはその心内を考えても仕方ないと無視する。
「それじゃ、今日はもう解散して週末まではそれぞれで過ごすか?」
「そう、ですね。週末の事を考えるとなんだか意識が散漫になりそうですし、いっそのこと休みにしちゃいますか」
「うんうん、実は私とか最近勉強の方が止まってたから、ちょっとそっちに力を入れたいんですよね」
なんとなく、本当になんとなく提案したが、意外と女子二人から同意が飛んできて週末まではいったん修行はお休みという事になった。
特にやりたい事もなかったのに、思い付きでした提案が通ってしまい不意に暇な時間が出来る。
どうやって過ごそうかと考えながら、帰路に着く。
その途中で、ふと最近はあいつと遊んでいなかったなと思い出す。
俺は早速アナザーではない、普通のティリスを取り出して目的の人物にメッセージを送る。
『久しぶりに遊ばないか?』
ただ、それだけを送る。
前置きも脈絡もないが、俺たちの間にそういったものは不要だった。
その証拠に向こうからの返事も、待つことなくすぐさま送られてくる。
『いいね』
これで、週末までの放課後の過ごし方は確保できたな。




