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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
第4章‐不安は日常の中にこそ-
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梟は街で

 ティクティリスー


 そう名付けられた創られた街。

 人が人のために発展し、成長を遂げた街ではない。

 一人がその望みのために捻じ曲げ、歪な成長を遂げた街。

 そんな街でも、そこには偽りの秩序がなす美しさがあった。

 少なくとも僕の目にはそう映った。


 街の中心に聳え立つのは傷一つなく、美しい白亜を思わせる色をしたビル。


 ただ一つ天を衝くそれは、この街の象徴にして多くの人間は知らないこの街の秘密の集まる場所。


 そこの秘密を知る人間は、それを様々な言葉で飾る。

 それを「中央会議(セントラル)」と呼んだ権力者がいた。それを「集積研究所(ラボ)」と呼んだ科学者がいた。

 だけど、僕はそれをこう呼ぶ。

 僕と博士の二人だけはこう呼んだ、「天秤神殿(サンクチュアリ)」と。


 そこは人のために、人ならざるものを創る場所。

 神と呼ばれるものを生み出すそこを我々は神聖であると定義していたからだ。

 例え、そこの底にあるのがどれほどの醜悪であったとしても。


 日は傾き、空気は冷えていき、しかし景色だけは燃えるようになっていく中。

 僕はそんな天秤神殿(サンクチュアリ)の天に近い屋上にいた。

 強風が吹き荒れてしかるべき高さの場所でありながら、不思議とこの場は凪いでいた。


「相も変わらず、なんとも無粋というか...自然という言葉は反発するためにあるとでも言いそうなほどに不自然な建物だなぁ」


 そこまで大きな声を出していたわけじゃない。

 特段、誰かに聞かせたいわけじゃなかった。

 それでも、確かに僕のその声はその無駄に広く静寂を保った屋上という場所に響いたのだった。


 そして僕はそれに驚きはしない。

 というより、僕の言葉を集めるためにわざと反響させているのだろうというのが分かっていたのだ。


 つまり、この何気ない呟きすら誰かが聞こうとしているという事。


「そう思わないかい?博士?」


 誰もいない。誰が聞いているかは分からない。

 それでも確信があった。

 こうして僕がすでに天秤神殿(サンクチュアリ)に侵入していると言ってもいい状況で、ただやっていることが盗聴ならばそれはきっと博士の仕業なのだろう。


 彼の性格から考えれば、きっと彼自身は来なくてもこの場に使いを出す。


「梟様。博士がお呼びですが、お会いになりますか?」


 音もなく気配なく現れたのは、およそ生き物としてのあらゆるものが欠如しているような存在だった。

 機械的な機構を隠すこともなくさらけ出した、その異形の姿は流暢な女性の音声で僕に話しかけてきた。


「...きみは「生命」の子かな?前にあった時よりも人間を辞めたね?」


 魂の形やその声から以前にもあったことがある第三天使であることは間違いないとは思うけれど、その姿はまるで違っていた。

 まだ、前にあった時は脳といくつかの臓器は生のものだったと記憶しているが、今はそれすらも搭載していない様に見える。


「以前、お会いした時からさらに私の権能による入れ替えを行っております。姿の変化についてはそれによるものだと考えられます」


 しかし、記憶と変わらないものもあった。

 その魂の形や声もそうだが、まるで生命を感じないその話し方も以前のままだ。

 これで「生命」を司る天使なのだから皮肉が効いている。


「まったく、君らは本当に会話のし甲斐がないよね?分かり切っている事をただ告げるだけなのは報告というんだよ?その機微が分からないから君らは失敗なんだよ」

「申し訳ありません。しかし、私たちはそういう風に創られていません」


 明らかに馬鹿にする意図を込めて話しているのにそれでも感情は浮かばない。

 話すだけ気力が削られるような気がして不快だった。

 元々、人と話すなんてことは詰まらなくてやりたくもないが...その中でも輪をかけて彼女たちとは話したくない。


「それで?博士が会いたいだって?嘘をいうなよ、全く...あの勘違い爺さんが今更僕に用なんて...たくさんあるだろうけど、僕がそれに付き合う意味はないだろう?」


 僕の言葉を受けて、第三天使は何かを考えるようにその映像情報を取得するためのカメラを僕からほんの少しだけ上に向けて固まる。

 見た目はただの機械の塊だって言うのに、その話し方も決められたプログラムを返しているようにしか聞こえないのに、そういった細かい仕草だけは人間に思えてしまうのが逆に気持ち悪さを作っていた。


 ロボット三原則と言ったか?

 人に近づけた機械は不気味に感じるというあれに近いのかもしれない。

 この場合は人から遠ざけた元人間なのだけど。


 まぁ、その仕草も人間で言うなら何か物を考えているように見えたからそう思うだけで、これを機械的に言うなら通信中とか、ローディング中のようなものだろう。

 僕の言葉に対する返答が想定されていなかったから、それを博士に通信でもして伝えて回答を貰っているに違いない。


「博士からの通信をお繋ぎします」


 そう第三天使は言った後、彼女の声ではないしわがれた老人の声が彼女に組み込まれたスピーカーから流れてくる。


「―久しいな、オウル」


 それは確かにかつて、僕が面白半分に滅茶苦茶にした男の声だったが、記憶にあるものよりも幾分か声に覇気が無いように感じられた。

 知ってはいたが、年による脅威はしっかりと博士の身を蝕んでいるらしい。


「ああ、久しぶりだね博士?」

「ああ、本当に久しぶりだ。もうお前がここを出て行って何年になる?いや、そんなことはどうでもいいな...どうせお前にはこの会話に意味を見出すことなどできないのだろう?」

「そうだね、特にキミとの会話なんて退屈で分かり切ったことを報告し合うなんとも時間の無駄な応酬でしかないんだから」


 昔馴染みではある、そんな相手との会話のようなものは比較的ストレスフリーで進むが、それは別に不快にならないと言うだけで楽しいというわけではなかった。

 僕がずっと待っていた。

 三船くんや六鹿ちゃんとの会話に比べてしまえば天と地ほどの差がある、比べようもないほどの物だった。


「それで?天秤神殿(サンクチュアリ)を出たお前が、今更ここに戻って来て何をしようと言うのだ?」

「あはは、そんな事が聞きたいのかい?キミの事だから予想ぐらいは立てているんじゃないのかい?きっとそれは概ねあっているはずだよ?それとも老いのせいで、そんなことも想像できないほどに耄碌したのかな?」

「……」


 声が博士の物に変わったところで、それを発している体は機械の第三天使だ。

 そこに表情というものは存在しない。

 だからこそ、僕の煽りを受けて黙ってしまった博士が一体どんな表情をしているかは、分かるけれど見ることはできなかった。

 それは少しだけ残念だと思う。


「ま、別に隠すこともないけれどさ…キミも知っての通り僕は今お気に入りの子達がいるからさ、それに手を出そうとしているキミとは敵対関係にあるつもりだけど?」

「それは、分かっている。熱の天使を使えない状態にしただろう?まったく、アレの修復にどれだけのリソースを取られるか知っているだろうに...もったいない事をする」

「もちろん知っているけど、キミの使い方が悪いんじゃないかな?あんな、性能に物を言わせた運用していたら寿命が早まるのは当然だろう?」

「ふむ、それについては耳が痛いな...もう少し運用については慎重に考えようか」


 博士の事だからそんなことを言っていても、全く改善しないかったりするんだよな。

 彼は確かに研究者としては優秀なんだが、政治や戦争についてまで詳しいわけじゃない。

 こういう実験と言う名の戦いの場では、博士は対策を立てるのは上手いが、先手を取る戦略や引き際を考えるのが下手だ。

 おかげで三船くんたちが付け入る隙が出来て助かっている。


「それで?結局ここに来た理由は?」

「ただの偵察だよ。ほら、もうここを出てから数年経っているし...最後に来たのは天使(あまつか)ちゃんにちょっかいかけた時だし?」

天使(あまつか)...ああ、零号か。というか、お前が偵察?そんな行為が必要なわけないだろう?”全知”のお前には」


 少しだけとぼけるように言ってみたが、全く通じないのはさすがに舐め過ぎていたか。

 余り好きじゃない呼び名で呼ばれるなんて、僕にとっては結構効くやり返しをされてしまう。


「そうかな?もしかしたら必要な事情があったのかもよ?」

「ふむ、そういえばコンテナ街の方で目標のティリス反応があったな...大方、何かしらのたくらみがあるのだろうが、それを私に知られたくない、邪魔されたくないと言ったところか…確かに、お前が此処にいる。それだけで私は警戒をせざるを得ない。特に天使たちは防衛にしか使えなくなる。それが狙いか」


 なんだ、やっぱりヒントをあげれば答えにたどり着く能力は高いな。

 それこそが、最初に彼に目を付けた理由だったな。


「ま、そうだね。後は僕としてはネタバレが嫌いだからかな?」

「...ほう?それは興味深いな」


 僕の特性を知っている博士は、きっと三船くんたちの特殊性が今の一言だけで伝わったのだろう。

 そして、その脅威度も。


「それは、どの程度の物なのか聞いてもいいかな?」

「え、嫌だけど?さっきも言ったけど、キミにとはもう敵対しているつもりだからさ…身内の情報を簡単に漏らすなんて思われるのは心外だな?」

「…お前がティリス・アナザーをバラまき始めたのは、まだ私と協力関係にあった時だったと思うが?」

「だって、キミの実験は確かに進歩していたけれど、僕にとっては停滞とそう変わらないつまらない物だったからね…片手間にゲームでもしようって思っただけさ。今は、メインコンテンツが熱いからさ、他にかまっている余裕もないし、何より楽しい事は全力でやらなきゃ失礼でしょ?」


 僕の言葉に博士は呆れを滲ませたような吐息を漏らす。


「はぁ、もう好きにしたまえ...こちらとしてはお前の狙い通り、お前がいる限り無駄に戦力を散らすことも出来ない。気が済むまでそこで知り尽くした世界でも眺めているといい」


 それだけを言い残して博士によって操られていた第三天使はその雰囲気を霧散させて無機質なものになる。

 博士も大概に人としては感情の起伏が平坦な方ではあるが、丸っきりの0である第三天使に比べてしまえば感情豊かだったと言わざるを得ない。


「さて、これからはどうなるかな?んふふ、やっぱり分からないって事は面白いな」

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