あの夜
その夜。私は一人だった。
もちろん、一人じゃ寝られないなんて子供の様なことを言うつもりはないけれど…それでも、普段忙しくて家には滅多に帰ってこない両親の代わりに家にいたのは敷浪さんだったから。
彼女が具体的にいつから家にいて、働いているかはもう思い出せないぐらい前の事。
小さいころはそれこそいつも一緒にいてもらっていたように思える。
そんな人が実はあのオウルの仲間で私たちと敵対したという事実は、私にとってすぐに飲み込むには大きすぎる事実だった。
あの時、私は「ああ、やっぱり」という思いだけが心の中に渦巻いていた。
混乱しているうちに私は敷浪さんの力で夢を見せられていたし、起きたころにはすでに氷漬けになっていた。
私は何一つ、敷浪さんの事を知ることのないままにその関係が終わってしまった。
「あなたは......何がしたかったんでしょう」
普段は、たとえ一人だとしても独り言なんて言わない。
それはその行いが無駄だと思うのと同時に、誰に聞かせるつもりのない言葉を万が一誰かに聞かれたら気恥ずかしいから。
だけど、今はもうこの家のなかで私の独り言を聞ける人はいない。
その事実を確かめるように言葉が出る。
「敷浪さん……あなたの本心はどこにあったのでしょう」
聞いても届かない、返ってくることはない言葉。
虚しさばかりが増していくその行動に私は年甲斐もなく寂しさというものを感じていのかもしれない。
その寂しさが敷浪さんの夢で見た光景をフラッシュバックさせる。
あの動揺していた状態では上手く受け止められなかった、恐らく敷浪さんの甘い言葉。
それも一緒に思い出す。
昔から私は普通の人より恵まれた不幸の中で過ごしてきた。
お金に困ったことは当然のようになく。
進路に迷ったことも当然のようになかった。
ただ一つ。親の愛情を信じることができずに過ごしてきた。
きっと私は良い子ではなかったのでしょう。
私の両親が忙し身で、時間が取れなくっても、その中で最大限愛してくれていたのだろうと、今の私が幼少期を振り返って客観的に思えば分かるのだ。
それでも、その当時に感じられなかったのであれば、私の心にその蓄積がないのであれば愛がそこに無かったのと同じだと思ってしまう。
そんな心の隙間に蓋をしてくれたのが敷浪さんだった。
敷浪さんは私の事をよく理解してくれていた。
代わりの物で埋めるのではなくて、別の物を溢れるほどに注いで忘れさせてくれていた。
『可哀そうに、可哀そうだねぇ...慰めてあげるよオジョウサマ。悲しかったんだね、悔しかったんだね...致命的に意味が解からなかったんだよね?分かるよ。分かってあげられるよ。私だけはその苦しみを分かってあげられる。その傷痕を埋めてあげられる』
あの夢でそう言っていた。
実際、分かってくれたのは敷浪さんだけだった。
今まで生きてきて、親しくなった友人もそれなりに出来たのに、分からなかった、分かってもらえなかった。
どうして「絆」なんてものが必要なのか私はには終ぞ理解できなかった。
それをさも当然と育む人たちが理解できなかった。
でも、それが大事と育てられたから...だから大事にしようとしたのに理解してもらえなった。
人は一人では生きていけないというのは理解できる。
だけど、そこに「絆」が絶対に必要かと言われればそうではないじゃないか。
だけど、この年まで生きれば分かってしまう。
私や敷浪さんのような人こそが異端だと。
普通というのは良くも悪くも晴くんのような人の事を言うんだって。
だから私は真似をする。
真似できなくても合わせる努力をする。
私は寂しいのが嫌だから。
「絆」を理解できないのに、一人は嫌だと思えるから。
そういえば、もう一人。
きっと分かり合えると思える人がいたな……
『僕ってば友達が欲しいんだ』
オウルはそう言った。
私はその気持ちが理解できる。
あの時、私が行ったことはそのまま私に当てはまる事だったのだ。
理解できない人なら、同じぐらい理解できない価値観を持った人としか分かり合えないのだ。
だとしたら、私に友達と呼べる人なんてできないのかもしれない。
必死に今までいい子に過ごしてきた意味はなかったのかもしれない。
そう思った時に一つの連絡がティリスに入った。
『明日、六鹿の家のトレーニングルームに集合』
それは、最近よく一緒にいる男の子からの連絡。
そして、間を置かずに流れてくるのはその男の子との出会いをきっかけに知り合うことになった皆。
ああ、そうだ。
私には絆が何なのか分からない。
だけど、大切が何なのかは分かる。
少なくとも、こうして一緒に同じ秘密を抱えて、悩んで、守ってくれて、同じ敵に立ち向かった三船 晴というクラスメイトの事だけは、大切に思える。
今はそれだけでいいかもしれない。
絆の意味を知らなくても、彼なら一緒にいてくれるとなぜか思えるから。
私はその想いを伝えることはしない。
それはきっと普通じゃないから。
だから、その想いを込めてただ一言を送る。
『待ってます』
―――
とある大きなビルの屋上。
おおよそ人がいるような場所でないここには高い場所特有の強い風が吹き、日が沈み街に眠りがもたらされた今でもなお静寂はなかった。
そんな人が作り上げながら、人を拒むようにそり立つ建物の上に僕は降り立つ。
ばさりと、僕の腰から伸びる体よりも大きな茶色の翼をはためかせて地上に降り立つ鳥のように。
それにしても今日はいい事が多かった。
目を付けていた子達の輝きの片りんを確認できた。
この目で直接見れたことはとても嬉しい事だ。
僕にとってはとてもとても大事なことだ。
だから、優先順位がとてつもなく低かったとはいえ彼女が犠牲になったのには僕の責任が少しだけあるかな?とも思うんだ。
いつもなら、こんな後始末みたいな真似はしないのだからこの気まぐれに感謝してほしいね。
そう僕はとっても気分がいいのだ。
鼻歌が止まらない程度には気分がいいのだ。
だから、今ティリスから取り出した氷の塊だって彼らの前では丁寧に手で持って外に出たんだよ。
もちろん、彼らの目が無くなってからティリスにしまったけど。
この物をしまう機能は街に普及している一般的なティリスにしかない機能だから僕もそれを使っている。
しかし、これには欠点ももちろんある。
それは生き物は入れられないという事。
僕の機嫌がよくて彼らに対してした配慮は意外と多い。
こんなもう生物とはおおよそ言えない氷の塊をティリスにしまわずにわざわざ手で運ぶなんて無駄なことをしたんだ。
ほんと僕って優しいな。
ま、約束は守るとしよう。
彼女の処理はしっかりとやってあげないとね。
氷の像の胸元。凍り付いてなお、その輝きを主張する程度には光り輝く一つの石。
敷浪撫子という人物が、僕の知る彼女になった時からただの一度も外したことはないネックレスについている石。
それを避けるように、それを丁寧に取り出す様に一つのお気に入りの能力を使う。
「爆発」
すでに命は尽きていて、能力に対してなんら防御能力もないただの氷の像にはその小規模な爆発すら過剰で簡単に砕け散る。
その宝石を残して。
残った桃色の宝石はその輝きに怪しいものを宿していた。
「さ、とりあえずこれは六鹿ちゃんに渡しておこうかな?今度はどんな彼女になるんだろうね」
この後の事を考える。
本来僕にとって未来を考えるなんて必要のない事だけれど...
今は面白い子が多いから。
彼らの思う僕をやってあげよう。
僕が他人の考えで行動するなんて滅多にないんだから、これはサービスだね。




