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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
第4章‐不安は日常の中にこそ-
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その夜

 その夜。

 全てが怒涛のように過ぎていき、色々なことを咀嚼して飲み込むのに必死になっているうちに気が付けば家に一人。夜になっていた。

 それは皆が多かれ少なかれ感じていたようで、あの後に解散した時は皆口数が極端に少なくなっていた。

 皆に思うところがあり、皆に思うような事があるのだろう。


 もちろん俺にもそれはあった。

 あの時、夢から覚めた後の氷と炎の天使との闘い。

 あの闘いに勝てたのはオウルというチートがいたからだ。

 俺たちだけでは勝てなかった。

 まず、最初の一撃だってオウルが逃がしてくれた。その後も、あのよくわからない伝達の能力で作戦を伝えて俺たちをサポートしてくれていた。

 オウルの担っていた役割が大きすぎる。


 それに、皆の能力を上手く使って道を開けたとは言え、あの天使は近距離が比較的弱い代わりに近距離に近づけさせないほどに遠距離、中距離が強かった。

 そういう手合いが俺たちを狙っている。

 オウルの協力はもう得られないかもしれない。

 アイツは俺たちを手助けしようとしつつも、あえて見捨てるような行動もする。

 俺たちが苦難を超えている姿が楽しくて仕方がないような態度だ。


 そんな上から目線が癪に障る。

 なにより、そんな奴に頼らなければ勝てない自分に腹が立つ。

 勝てない。

 そう、勝てていなかった。

 あの時、俺は一瞬だけどもう一歩先に行けた気がした。

 我が身可愛さに抑えられていた力が、命可愛さに解放された。

 ああ、そうだ。そうなんだ。

 俺にはまだ上があった。

 それを引き出せなきゃ勝てる闘いも勝てなくなる。


 オウルの言う「しばらく来ない」のしばらくというのがどれほどの時間なのかを俺は知らない。

 数日なのか、数週間なのか、1ヶ月以上先の事なのか。

 その分からない中で、俺はアレに勝てるようになれるのだろうか?


 夜の淵、ベッドの中で俺は考える。

 だがその答えは出ない。

 その答えは、行動の果てに出るものだから。


 思い立ち、すぐに行動。

 今のこの熱を、胸に灯った火を...(悔しさ)を忘れないうちに連絡をする。


『明日、六鹿の家のトレーニングルームに集合』


 ただ、それだけを送った。

 たとえ俺以外の誰も特訓なんて古臭い事をしようなんて思っていなくても、たとえ俺以外の誰もが闘いという痛みから逃げ出したいと考えていたとしても。

 俺たちには情報が必要で、傷の舐めあいが必要で、一人よりも皆でいることの方がきっと良くなると思うから。


 街が鎮まってしばらくたつのに皆まだ起きていたのか返事が速攻来る。


『おっけぃ』

『分かった』

『は~い!』

『俺もええんか?』

『待ってます』


 それぞれが考えている事が一致しているわけじゃないんだろう。

 それでも、こうして急な集合に二つ返事で返してくれる仲間と言えるこいつらに出会えてよかったと本当に思える。




 翌日、学園での長く短い時間を過ごした後にまっすぐ六鹿の家に向かう。

 相賀は天使(あまつか)を迎えに一度帰宅。

 希空と九重はそもそも学園が違う、というわけで俺は六鹿と二人で六鹿の家に向かうことになった。


 正直、その状態になることに気が付いたのは放課後が訪れて六鹿が俺の席まで迎えに来た時だった。

 一回名前で呼ばれただけで、そこそこな噂が流れて周りから好奇の目で見られた俺たちだ。

 今回のそれもまた、この後すごい勢いで噂が出回りそうな予感がしてならない。


「さ、行きましょう」

「あ、ああ。いや、なんとなく俺らも別々で行かないか?」

「?そんなことする必要はないでしょう?」

「いや、必要はないけど。需要はあるというか……」

「?」


 前回の騒動の時から思っていたことだが、六鹿は一見優等生で友達も多く見えるが、そういう一般的な感性というか、考え方の様なものに疎い気がする。

 六鹿の言っていた、「本音を言い合えるような友達がいない」というのもそういった感覚のずれからくるものなのだろうか?

 だとするならば、俺たちという秘密を共有している相手に対してだけはそういう本性の様なものをさらけ出してくれると良いなと思う。


 そんなことを思ってしまえば、この一緒に行くことを微塵も譲る気のなさそうな表情をしている少女が途端に少しだけ哀れに感じれてしまって、その誘いを断ることが信じがたい大罪のように思えてしまった。


「……まぁ、いっか。行こう」

「はい、行きましょう」


 そして、俺は周りの有象無象の視線よりも目の前の仲の良い友達と言えるような相手を優先することにしたのだ。


 それでも、いやだからこそと言うべきか、周りの好奇の視線は増すばかりで、優先事項は決まっても全く気にしないなんてことも出来ずに少しだけ居心地が悪く感じる。

 ...元々、そんなに居心地の良い扱いをされていたわけではないが。


 そうして視線の暴力の中、廊下を歩いていると他とは違う、嘲笑うような視線を感じてそちらを見る。


「…っぷ、ぷぷ」


 明らかにワザと笑いをこらえるようなジェスチャーで、俺に聞こえるように笑いを漏らしている親友(うい)の姿がそこにあった。


「…あいつ、」


 絶対にこっちの事情を100%完璧に理解した上で、俺を煽るためだけに実際に見に来ただけだ。

 そういう察しの良さと、悪ノリの良さは付き合いの長い俺にはよくわかる。

 アレは、意気揚々と噂を広めて、後日俺の困った顔を見て楽しんだ後に自分で噂を鎮静化させるつもりだろう。

 前回、六鹿に名前を呼ばれる事件の時も妙に噂の拡散が早かったし、それをアイツが押さえてくれたけど......下手したら噂広げてたのアイツじゃねぇかなとも思うしな。

 あの時、周りの視線が気色悪いとか言いつつも、今こうして煽りに来ているのだからアイツの性根の悪さは筋金入りかもしれない。


「?...どうしました?」

「いや、何でもない。ちょっとウザイ視線があっただけだ」

「......ああ、すいません。私のせいですよね」

「いやいやいや、そうじゃない」


 おっと、六鹿も一応自分の影響力と現状の周りの視線には気が付いていたのか。

 いや、気が付いた上で俺を巻き込むことに何の躊躇いもなかったのは喜んでいいのか困ったほうがいいのか分からないな。


「でも、前回も私のところに意味の分からないことを聞いてくる人が沢山いましたし…きっと今回もそう言うのがあるんでしょうか?」


 そう言いながら、目を伏せがちにする六鹿。

 やはり、致命的なところはまだまだ理解していないようだけれど、それが不快で自分が原因であることは理解しているようだった。

 正直、俺としては六鹿気にしないというならそれでもいいと思うのだ。

 確かに巻き込まれるのは困るし、反応も悩む。だとしても、元々腫れ物のような扱いだった男が今更多少の注目を浴びたところで何も変わりはしない。

 俺自身は何も変わり様がない。


「......気にすんな。六鹿としても普通に過ごしているんだから、邪推して変な反応している周りがおかしいんだよ。大丈夫、俺の友達にこういうのに強い奴がいるから...そいつに頼めば、明日にはいつも通りさ」

「......そうでしょうか?」

「ああ!」


 羽衣には悪いが俺たちを笑った罰だと思って噂の鎮静化をしてもらうとしよう。

 六鹿がうつむいたまま、何やら自分の中で思考を繰り返しているうちに羽衣に連絡して噂を何とかしてくれるよう頼む。


「そう...ですよね。友達の名前を呼んで、友達と一緒に帰る。普通ですよね!」

「そうだとも!」


 そして、何か気持ちの区切りがついたのか前を向いて歩きだす。

 俺はその姿をみて少しほっとする。

 色々と成り行きで一緒にいるようになったけれど、ここ最近は六鹿とずっと一緒にいる。

 一緒にいる相手には笑顔でいてほしい物だから。

 だから、少しほっとした。


 そして、羽衣からの返事が返ってきた。


『しょうがないなぁ。晴と六鹿ちゃんの頼みだから頑張ってあげるけど、ちゃんと感謝してよね?』


 憎たらしい表情のスタンプと一緒にそんなメッセージが返ってきた。

 周りをそれとなく見回すけれど、すでに羽衣の姿は見つけられなかった。

 アイツの事だからやると言ったら即座に行動に移しているのだろう。

 あれ?そういえば、羽衣のやつって六鹿の事をちゃん付けで呼んでたっけ?

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