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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
第3章-夢は無力に泣く雨の如く-
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もう一人の天使

 一般家庭とは比べるまでもなく広く豪華なリビングだった部屋。

 今は一面の銀世界へと姿を変えて、その恐ろしいまでの冷気の力を示した証となっていた。

 一瞬の出来事過ぎて混乱していた頭がゆっくりと現状把握に努めていく。

 夢から覚めていきなりこれだと状況が変わりすぎて笑えてくる。


 落ち着いて見てみれば、俺の今の現状は冷気よりも顕著に変わっていることに気が付いた。

 俺たちはこの部屋に入った時、敷浪さんと敵対するようにこの部屋に入ってきた。

 部屋に入る前に倒れた相賀や、部屋の入口で倒れた希空と天使(あまつか)と比べると俺たちは部屋の中にしっかりと入っていた。

 だが、気が付けば俺も未だ目覚めない六鹿も部屋の入口まで戻っている。

 さっきの冷気の爆発で吹き飛ばされたか?

 いや違う。

 そういった衝撃はまるでなかった。

 本当に気が付けばここに移動していたのだ。


 だから、これは何か物理的な現象によって移動したのではない。

 それは今、俺たちを庇う様に背を向けているこの男の仕業なのだろう。


「不意打ちとはやってくれるなぁ……」


 それは明らかに不機嫌を滲ませた声。

 今までのへらへらと嘲笑を感じさせる、イラつく声ではない。

 そんな、誰が見てもキレているオウルの言葉。

 俺とは違って、あの前兆のような氷の結晶が現れた時、唯一反応して声を上げていたこの男なら俺たちを助けるために動けただろう。

 その理由は分からない。


 不機嫌そうにオウルが睨みつける先。

 先ほどまで俺たちがいた部屋の中心。

 氷の結晶が現れた場所でもあり、冷気の爆発の爆心地でもあるためか銀世界の中でも荒ぶるような印象を受ける形に凍結していた。

 その中心から、少しだけそれる場所には腕で自分を庇っている九重。

 見た目からは判断が付きにくいが、どうやら凍ってはいないようであの俺たちを簡単に無力化した能力で冷気を防いだようだった。

 しかし、その冷気のすぐ近くにあってそれを防ぐ手段を持たなかったらどうなるのか。

 それを考えると冷汗が止まらない。


 オウルが何を思って俺たちを助けたのか分からない。

 九重もオウルが声を上げなければもしかしたら間に合わなかったかもしれない。

 その末路を考えてしまうと体が竦むようだ。

 何せ、それを想像するよりも明確にイメージできてしまうから。


「……キミらが出しゃばるようなタイミングじゃないでしょ」


 オウルはある一点を睨みながらも言葉を紡ぐ。

 それは確かに、明確な相手に向かって放っている言葉なのだろうが、俺にはその相手の姿が見えない。

 誰もいない。

 オウルが睨む先に九重以外の()()()()()を見つけることができなかった。


 そこにあるのは氷像。

 先ほどまでは敵対者なのか、ひねくれた愉快犯なのかもわからず、ただ困惑とショックに塗れた相手だた。

 そんな人だった氷の塊がそこにあるだけだった。


 まさしく生きて今にも動き出しそうな氷の像だった。


「……僕はさ、お喋りは好きだけど返事を貰えないのは嫌いなんだよね。いい加減に姿を現してくれないかな?」


 その言葉に空間が揺らめく。

 それは陽炎のように。

 ゆらゆらとはためくカーテンの様な空間の向こうから現れるのは一人の少女。

 ソレはどこか見覚えのある金の髪をなびかせてその姿に輝きを与えていた。

 ソレの赤い瞳は最近よく見るようになった双眸とは違って熱量を持った冷たさを宿していた。

 ソレの容姿は最近友達になった少女を思わせるほどに似ており、血筋を感じさせるに十分すぎるものだった。

 しかし、それらの見た目を考慮しなかったとしても天使(あまつか)との関係を考えずにはいられなかっただろう。


 頭上に輝くのは氷の冠。冷たく輝く光の輪。まさに天使の証(エンジェル・ヘイロー)

 腰から伸びる()()()()の大きな翼は、明らかに通常の生物のものではなく、それもまた陽炎のように揺らめきながらも氷のようにキラキラと光を反射していた。


「……て、天使?」

「やっぱり、「熱」の子か...」


 その天使はこの銀の世界に降り立ち、その言葉に全くの感情を乗せずに言い放つ。


「第一()()目標の沈黙を確認。第一、第二()()目標は障害により回収失敗」


 淡々としたその言葉はまるでログを読み上げているようで。


「…これだから君たちは好きになれないんだよねぇ。そういう風に作られたのは仕方ないにしても味気がなさすぎる。君らみたいなのと話すだけで、ガリガリと何か見えないけど確かにあるキャパを削っているような気がしてくるよ」

「失敗要因推測。上位存在による干渉」


 先ほどまで滲ませていた怒りが霧散していて、強い諦めと呆れを滲ませた言葉を吐くオウル。

 それに対して、変わらず何かのログの様な口調のまま会話ではなくただの確認作業のような事を呟く天使。


「おい、オウル。こいつはなんだ?天使(あまつか)の親戚かなんかか?明らかにヤバいけど、どうすりゃいいんだ?」

「お、いいセンいくね。親戚って表現はかなり近くて、でもほとんど違うな。でも、うんいい表現だと思うよ」

「いや、そうじゃなくて!」

「……上位存在の行動原理不明。目標の直接的な障害ではないと判断」


 明らかに、たった今から戦闘モード突入です。と言いたげなほどにその翼を広げながら情報の暴風が吹き荒れる。


「あー、なるほど。普段の僕を知っているからまだ作戦続行できると判断されたか……まぁ、間違っちゃないからな。よし!三船くん、とにかく君は皆を庇いながら闘うといいよ」

「え?お、おう」

「九重くん!動けるかい?」

「なんとかなぁ!でも、この規模やと消せる分かっとってもひやひややで!」

「それは重畳。とりあえず、君も皆を守る盾ね。僕は彼女が好き勝手出来ないようにちょっかいかけてあげるから...今回は特別だよ?」

「了解した!」


 手短に指示を飛ばすオウル。

 まだ、正確にこの状況を飲み込めたわけじゃない。

 ただ今、ちょっとヤバい状況だという事だけが分かってる。

 それを今回は特別に手伝ってくれるという。

 この馬鹿げたゲームの主催者で、いまだに力の底を一切見せないオウルが。

 ならば、それを今だけでも信じて対処するしかない。


 オウルの言っていることは概ね正しかったからだ。

 俺や九重はきっとこの天使と正面から戦っても、少なくとも死ぬことはないと思える。

 勝つとか負けるとかじゃなく生き抜くだけなら出来ると思うのだ。

 だけど、それはまだ目を覚まさない皆を見捨てたらの話だ。

 それはできない。選択肢にない。

 ならば、オウルの言う通りにするのが一番安全というものだ。


「―行動開始」


 動き出す天使。

 いや、とっくに動き終わっていた天使は最小限のモーションで攻撃に移る。

 銀世界において、氷の結晶というものがどれほど存在感を主張するのか。

 少なくとも、まだまだ暑いとまでは言わないまでも冬には程遠い室内で見かけるよりも存在感は薄いだろう。

 つまり、先ほどの冷気爆発の準備はすでに終わっていた。


熱ノ天使(アシエル)

移動(フォルト)


 言葉はほぼ同時に紡がれて、人間には不可能であるはずの超常の結果をもたらす。

 目の前の景色が一瞬で切り替わる。

 氷が爆ぜて冷気が溢れ舞う。

 なんの前兆もなく、気が付けば自分が移動している。

 それはオウルの力。

 一度経験したおかげで、混乱は少なくすぐに行動に移すことができる。

 冷気の爆風はその一瞬が冷たいだけで、それさえどうにかすれば寒いだけの技だった。


 視界の端に、先ほどまでいたリビングの入り口が見える。

 どうやら、俺とは入れ替わりの様な形で九重が移動させられたようだ。

 ガチで盾として使うつもりじゃん。


 とりあえず、これ以上好き勝手やられると九重のガードの向こうから攻撃してきそうだ。

 注意をこちらに向けさせる。


増幅(アンファクション)


 とにかく速さ。

 攻撃するのも躱すのも脚がなければ話にならない。

 体全体の漠然とした速さを増幅させる。


「とりあえず……殴る!」


 加速、爆速、爆走、攻撃!

 ただ、まっすぐ走って天使の体に渾身の拳を叩きこむ。

 拳が触れるその瞬間に、そのダメージが、衝撃が、天使に与える影響を増幅させる。

 シンプルだが、分かりやすく強い方法だ。


 人間に出せる速度を超えたスピードでの急接近からの、身体機能的には大して威力の出ない速度重視の拳。

 これによる先制パンチで、自分に注意を向けさせる。

 あわよくば、このまま倒しきりたい。


「……」

「…マジかよ」


 そう思っていたんだ。

 しかし、天使は顔色一つ変えない。

 そりゃそうだ。俺の拳は天使に届かなかった。

 俺が近寄るよりも速く。

 俺が殴るよりも速く。

 俺がそれに気が付くよりもなお速い速度で氷の壁が地面から生えてきた。

 それは俺の拳を包み込むように生えてきて、俺の攻撃の威力を完全に殺しきっていた。


 結果的に俺は天使を目の前にして、完全に脚を止める事になった。

 氷に覆われた拳をすぐに抜き取ることができずにもたついた一瞬に、天使の手が俺に伸びる。

 マズイ。

 何をしようとしているのかは分からないけれど、どうなってしまうのかは想像ができる。

 アレに触られたら、氷像がもう一つ増える事になる。


爆発(デイナクション)


 俺と天使の間に小規模の爆発が起きた。

 それは俺の拳を捉えていた氷を砕くのに十分で、しかし油断していた俺の体にはしっかりとダメージを残す程度には過剰だった。


「…っグ!!」


 しかし、その爆発のおかげで天使と距離を取れた俺は、爆風によって吹き飛ばされながら能力で治癒力の増幅を行う。

 何とか、体勢を整えて治癒の痛みから目を逸らしつつ今の現象の原因に目を向ける。


「言ったでしょ?ちょっかいかけてあげるから、安心して戦うといいよ」


 にやけた面のまま、輝くアナザーをその手にそう宣う。

 結果は助かっているが、過程がムカつくというか、顔がムカつくというか。

 まぁ、助かったのは事実で少しばかり考えなしだったことを反省する。


 とは言え、俺のできる攻撃手段はそのすべてが直接攻撃だ。

 遠距離攻撃なんてもっていない。


 しかし、注意を引く。

 その目的は達成出来たようで、天使の視線が初めて俺に向いた。


「改変率の高い能力を確認。性質、自己強化?「慈悲」の系統に類似。”権能”の使用を開始」


 そのほとんどを俺は理解できなかったけど、雰囲気がそうと告げていた。

「ここからがマジだ」と。


「『こごえるほのお』」


 白銀の炎が溢れた。

 直感が、眠っていた生存本能が、そのすべてが、警鐘を鳴らす。

 アレに触れたらヤバい。

 先ほどまでのただの冷気とはものが違うと。


 炎は白銀の世界でなお、輝かしく光り部屋を舐めとる。


「ちょっとまずいか?九重くん!ちょっと頑張ってね!!」

「雑やなぁ!!」

爆発(デイナクション)!!」


 オウルが白銀の炎に向けて爆発を放つ。

 しかし、それは先ほどのように衝撃を発生させなかった。

 爆発した先から凍り付くように爆発ごと炎にかき消されてしまう。


「ええ!なにそれ、ズルくない?」

「え?ていうか何が起きたんだ?」


 爆発反応そのものを凍結させたかのような、そんな不可思議な現象がそこにあった。

 凍り付いた爆風は想定とは違って単純に空気に溶けて消える。

 白銀の炎は依然として燃え盛ったままだった。


 炎は意思を持った蛇のようにのたうち回り、周囲全てを薙ぎ払おうとしてくる。

 オウルは例の移動能力で躱し続け、九重もあの無力化の能力で炎をかき消している。

 ただ、俺だけがこの炎に有効な対抗手段がなかった。


 逃げ続けるも、範囲が広すぎて速さでどうにかなる攻撃じゃなかった。

 無意識に目を強化していなかったら、今頃とっくに炎に捉えられて氷漬けだったかもしれない。

 しかしそれも時間の問題。

 炎の範囲が拡大している。


 確実に逃げ場を無くすように炎が回り込むように燃え盛る。

 何か、何か一手ないといずれこの状況は瓦解する。

 そう考えた時、


(リブラ)


 星の力を操る重力の女王の重圧(ことば)がもたらされた。

 炎はその言葉に逆らうことも出来ずに地に叩きつけられて霧散する。

 大いなる女王は、言葉を持って氷の天使に対抗する。


「遅くなりました」

「六鹿!」

「助かるわぁ!」


 ここにきて六鹿の目が覚めた。

 炎は重力によって霧散した。

 それはまるであの天使と六鹿の力関係を表しているように見えた。

 そして、一人目覚めたのなら必然的に―


(リグフト)


 他の人間の目も覚めるわけで。

 放たれた光のレーザーは天使に襲い掛かる。

 しかし、それは俺の時のように氷の壁にさえぎられてしまう。

 それでもそのレーザーの熱によって壁を少しばかり溶かしてその強度を下げてしまえば、本来の防壁としての機能は薄くなる。


拡張(エクファシオン)、虚剣…抜刀!!」


 薄くなったのならそこに純粋な暴力を当ててしまえば破れるのが道理で。

 神速の手刀が氷の壁を砕き割った。

 相賀と天使(あまつか)も起きた。

 見れば希空も起きている。

 これで全員だ。

 正直、詰んでいるかと思ったが、これなら状況が動く。


「フハハ、いいよいいよ。物語はこうでなくちゃ」

爆発(デイナクション)

梟面の男オウルが再現した、どこかで誰かが抱いた願いの形。

視線の先に爆発を起こす。それだけの能力。

威力はオウルによって完璧に制御されており、やろうと思えば町一つ吹き飛ばすほどの威力にもできる。

オウルにとって攻撃系の能力は大して興味の対象ではない。

爆発という工作に役立つ能力であったがために収集したに過ぎない。

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