重圧1
翌日。
日常から非日常へと移り変わってから一晩が明けた日。
実際にはそんな実感なんてわかずに、いつもと変わらないような朝が来た。
あれから、解析を進めても大した情報はわからなかった。
梟面の男が置いていったもう一つのティリス・アナザーも解析してみたが、六鹿から預かったものと中身がいくつか違うことを確認できただけで大きくは進展しなかった。
奴の言うことを信じるなら、純粋な情報の塊ということだが......それが何の役に立つというのだろうか?
願いが叶うというが、七つ集めると願いが叶う玉でもあるまいし...はたしてそれがどこまで真実なのかという疑問もある。
そして、問題はそれが真実かどうかというところじゃない。
それを信じている参加者がいるという事実だ。
やつは「こいつを配って話を直接してもそれを信じたのは今んとこ3人だけ...」とそう言っていた。ならば、三人はこれを狙って俺と六鹿に何らかのアクションを起こそうとしてくる可能性がある。
誰がいつ、どういった手段で接触してくるかわからないってのはかなり危険で恐怖が付きまとうことになる。
危険度を考えれば六鹿には何も教えず、アナザーも渡さないほうがいいのだろうが...あの梟面の男は積極的な参加者じゃなくても、こいつを持っている人間が増えるだけでいいみたいなニュアンスのことを言っていた。
そして、しっかり返せとも…
つまり、俺が一度渡してすぐに六鹿から譲ってもらっても奴に干渉される可能性が高い。
これは、仕方のないことだ。
どうあれ、巻き込まれる可能性があるならばしっかりと教えたほうが六鹿のためだろう。
『ティリスの件で話がある。今日の放課後、また屋上にいいか?』
簡潔に要件を六鹿へと送信する。
さほど時間を置かずに六鹿からOKと返信が返ってくる。
そのやり取りが、ようやく俺が非日常へ歩みだしたのだという実感を与えてくれて表情が緩んだ。
そして放課後―
いつも通り大したことはない授業を終えて、俺は六鹿が友達と何か二、三言、言葉を交わしてから教室を出たのを確認した。
それから、すぐ教室にやってきた羽衣に断ってから屋上へと上がる。
すでに鍵は開いており、外に誰かいるのは確実だ。
とは言え、こんなとこに来る鍵を持った人間なんて六鹿だけなんだろう。
鉄扉を開ける。
劣化で錆びたのか少し引っかかりを感じる扉を開けば、先ほどまでの窮屈な印象からは一変するように空が広く見えた。
「あ、三船くん」
俺が屋上へやってきたのに気が付いた六鹿が話しかけてくる。
「よう、待たせたな」
「ううん...教室だと話しかけずらいだろうし、そんなに待ってないから」
「そうか」
「それで、何か分かったの?」
「ああ、それなんだが―」
早速本題に入る。
六鹿もなんだかんだ興味があったのか食いついて話を聞いてくる。
それに俺はかいつまんで昨日あったことを話した。
解析しても中に何が入っているのかわからなかったこと、
謎の梟面の男が現れたこと、
そいつが話していたこと、
そして、新しくティリス・アナザーを貰ったこと。
全てを簡潔に伝えた。
話しているうちに、六鹿の表情は信じられない物を見るような表情になり、真剣な表情となり、俺がもう一つのアナザーを取り出したところで、驚愕の表情となった。
「―というわけだ」
「つまり、愉快犯のような男が信憑性もない情報を報酬に狂ったゲームを開催していて...私はそれに巻き込まれて、三船くんは自ら首を突っ込んだということ?」
「まぁ、事実だけ並べるとそうだなあ」
「三船くん...犯罪者になりたいの?」
六鹿は割とマジに怒ったトーンで話し始める。
まるで、聞き分けのない子供を叱るかのように。
「こんなもの持っているだけで重犯罪なのに...私はこれを起動してみただけだし、運が良ければ巻き込まれたで済むけど...あなたは自分から関わっているのだから、バレたら言い逃れはできないよ?」
その指摘はもっともだ。
バレたら一発アウト。
言い逃れはできない犯罪者。
親にも希空にも迷惑をかけることになるだろう。
だが、俺はどうしようもなく自分勝手な奴だ。
親のことを、希空のことを考えるならそもそもこの街のシステムに疑問なんて抱かずにつつましく暮らせばよいのだ。
それができないからこうなっているわけで。
開き直りだということはわかっている。
それでも初めて本気で面白そうだと思ったんだ。そんな俺はやはりこの街の異常なのだろう。
それに、迷惑をかけても希空は大丈夫だろう。
学校には兄がいることがバレていないようだし、俺がいなくても両親が溺愛しているんだ。あいつ自身も強かで仮面を被るのが上手い。
最後に情けない兄になるのは思うところがあるが、今後の心配はいらない。
だから俺はせっかくのチャンスを逃さないし、折角できた友人が巻き込まれたのなら一緒に巻き込まれてやるんだ。
「いいんだよ、それに案外ばれないと思うぜ」
「なぜ?こんな危ない物、誰かに見られたら...」
「いや、逆だよ。これを傍から見て違法だとわかるやつが何人いるんだ?持っているだけで重犯罪者?そんなもの持っていると思う方がおかしいだろ。そもそも違法のティリスがあるなんて事すら知らなかったんだぜ?」
「...」
俺の言葉に六鹿は考えうように視線を泳がせる。
そう、確かに持っているだけで危険だ。
誰がいつ見ているかもわからない、ヘタに持ち歩くことはできないのに家に置いておくのも何かと不安。
自分が持ってはいけないものを持っているというのはそういうプレッシャーがあるということ。
でも、本人はそう感じていても傍からはそうとはわからない。
ティリスだって機械である以上は、メンテナンス等に出すこともあるしデザインを変えたりも普通にできる。
なたば、そういうところを上手く誤魔化せばいい。
そう俺は思っていた。
「それは...まぁ、その通りですけど、言っていることはバレなきゃ犯罪じゃないという、犯罪者そのものの考え方ですよね」
「...ああ、開き直ってるだけだな」
一度、開き直ったなら最後まで。
「はぁ......三船くん、あなたがこんなに犯罪者予備軍だったとは...そりゃ、システムの判定に逆らうはずです」
「...え?今そんな納得の仕方される?」
「あなたの話は分かりました。正直、信じられないことも多いですが...いったんは納得しておきましょう。ともかく、私たちはこれからその馬鹿げたゲームを信じ切っている狂人から身を守らないといけないわけですね...」
「...平気か?」
「はい?」
心底、不思議そうに首を傾げる。
一応は心配していたんだけどな。
「いや...正直、俺の話した内容は『お前を狙っている狂人がいるから気をつけろよ!俺もそのうちの一人だぜ!』てことなんだけど、怖くないのか?」
「怖がってほしいんですか?...怖くないと言ったら嘘ですけど、六鹿という生まれは多かれ少なかれ怨まれる上流の家系です。直接、命を狙われたことはありませんが、悪意にさらされることは少なくなかったので慣れてますよ」
「そう...か、お嬢様ってのも楽じゃないね」
「そりゃそうですよ。何事もバランスはとれているものです」
その実感をこもった言葉は重く。
ただの研究者の家系の自分には推し量ることもできない苦労を感じさせるに十分だった。
「さて、考えなきゃいけないのは...推定襲撃者がどんな方法をとるかとその対策ですよね」
「え?」
「...え?まさか、何も考えてないんですか?」
再び向けられる信じられないようなものを見る目。
そうか、これからは俺らは狙われるんだから対策は必要なのか...
だけれど、襲撃者の方法なんて分かりっこないんじゃ?
「......あのですね、ここは確かに国から切り離された実験都市ですけど、法律がないわけじゃないんです。当然、武装なんてできませんし、殺人を侵したら警察が捜査して見つかれば逮捕、刑罰も与えられる法治国家なんですよ?いくら、日常から脱却したとはいえ襲撃の方法はせいぜいが刃物で武装するとかの一般的な強盗レベルでしょう」
一般的な強盗ってなんだ?
というか、随分と口が回る。
まるであらかじめ想定していたかのように。
「なんか、用意された回答みたいだな」
なので、思った所感をそのまま伝えてみる。
「...昨日、三船くんが梟面の男と話してアナザーを受け取っていなかったら、その男は私の家に来ていたでしょう」
「...そうだな」
「というより、その可能性のほうが高かった。だから、私は昨日、寝れない夜を過ごしました。いつ来るかわからない。愉快犯だと言ったけど、それこど毎回何もしないで帰る保証はない。曲がりなりにもいいとこの家です。警戒しないわけにはいかなかった...っ!!」
最初は、独白するように小さく静かに穏やかに話し始めた。
だが、だんだんとそれは実感と恐怖がこもっていき、言葉に感情が乗り始める。
「怖かった!!家のセキュリティも使用人もいるはずの私の部屋に簡単に入ってくる事が!一晩中考えましたよ、その方法と対策を。それでも何もわからないし思いつかない。三船くんの話の通りなら瞬間移動でもできるんですか!!そいつは!!そんな......そんな、理不尽にどうしたらいいの...?」
ようやくわかった。
六鹿は冷静を装っていただけで怖かったのだ。
それを俺が面白半分で首を突っ込むから、馬鹿にされいるように感じたのかもしれない。
そうだ、六鹿は普通の女の子だ。
そう思ったから、あえて全部を話すことにしたんじゃなかったのか...
その不安や恐怖に負けないように、必死にこの街で起こりうる犯罪の方法と対策を考えて、それを俺の話に否定されたのだろう。
そう、俺も楽観的に考えていた。
俺や六鹿は普通だ。だから参加者もみんな普通の人間なのだと。
だけど、このゲームに積極的に参加している奴が、梟面の男のように何かよくわからない方法を持っている可能性はあるのだ。
「悪い...甘く考えてた...」
「...いえ、私も当たってしまってごめんなさい。そんなことしても意味なんてないのに」
「...いや、意味はあるだろ?心が楽になる」
そこで、六鹿は俺の顔をまじまじと見る。
「...なんだよ?いいだろ、愚痴ぐらい言ったって。その、解決とかはしてやれないけど、聞くだけなら俺でもできるからな」
ちょっと気まずくて顔をそらしながら言う。
そのことが余計に気恥ずかしくて、「どこのツンデレだよ」と心の中でセルフツッコミしてしまう。
そんな俺の様子が、六鹿はおかしいのか小さく笑い声を漏らす。
「三船くんは優しいですね」
「そうじゃない。俺のせいで余計に不安にさせたんだ。俺が悪いだろ」
「そうですかね?そうかも、三船くんが悪いです」
そう先ほどまでの悲痛な顔を引きずらないようになのか、努めて笑顔で六鹿は言う。
なんだか居たたまれなくなった俺は、柏手一つして空気をリセットする。
「それじゃ、対策考えようか」
「そうですね!前向きにいきましょう!」
「まぁ、瞬間移動なんかされたらどうしようもないから...普通の人間が相手の場合でいいよな?」
「ええ、実際に可能性がないわけじゃないだけで、低いでしょうし」
「よし、それなら―」
まるで、子供がキャラクターの最強談義をするように
まるで、親友が明日の遊びの計画を立てるように
楽しく不安をかき消すように、俺と六鹿は話し続けた。
校舎が夕日に燃やされるまで。