目覚め
長い、本当に永い夢を見ていた気がする。
短い、ほんの一瞬に沢山の事を見た気がする。
まるで人生をもう一度最初からやり直したかのようで。
それだけ自分を見つめなおすことが出来た。
見たくない自分の汚いところを見せ続けられて目を逸らした。
この夢がどうしたかったのか、なんとなくなら分かる気がする。
要するにこの夢は人を見たかっただけなのだ。
人がどう生きているのか。それを知りたかったから、この夢は人の人生を、願望を、後悔を見せて醒めない夢にしたんだ。
それに気が付いてしまえば、何も迷うことはなかった。
自分をそのままにしていれば自然と目が覚める。
まあ、俺が見た夢はもう思い出すことはできないが。
なんとも不可思議な夢だった。
そのことだけを覚えている。
さ、おはようの時間だ。
「ーーー」
誰かが話す声が聞こえる。
寝起き特有の、脳みそに酸素と血が足りなくて世界の全てがまだ遠くの手の届かない場所にあるような感覚が乗り物酔いのような不快感を与える。
「ーーー、ーーーーーーー」
その声に何処か覚えがある。
何処かで確かに聞いた声だ。どこで聞いたんだろう?
何かに似ている気がするんだよな。
「あれ?もしかして、もう起きてるのかい?」
次第に鮮明になっていく、現実の世界。
声もハッキリと認識できるようになってくる。
どうして、俺は寝ていたんだっけ?
「流石、この僕が見込んだ三船くんだ!手助けしていないのに一番乗りとはね!」
「マジで起きたんか?これって、自力であの幻覚を打ち破ってるのと大差ないやろ?どない精神しとるんや三船くん...」
「ほんと、最悪だよ。これでも人心掌握は得意だったつもりだけど...私の思惑を逆手にとってこんなに簡単に目覚められるとなかなかショックを受けるなぁ」
意識がはっきりしたことで、次は記憶もしっかりとしてくる。
ここで何が起きたのか、何をしようとして、どうなったのかを思い出す。
「はは、三船くんをただの人間と同じ様に考える方が悪いよ?」
「そもそも私の夢に抗う力も突出していたし、なんともやりずらいな。」
なんだか雰囲気からして人外を思わせるような二人に人外認定をくらっているような気がする。
そんなこと言ったって、夢は夢。
その前提が変わらないのなら俺にとっては徹夜明けの朝の眠気程度にしか思えない能力ではあった。
最終的に寝てしまっていたが、あらかじめそれが来るとわかっていて、俺も眠気に対する耐性というか、我慢強さというか…を能力で底上げすれば耐えられそうだなというのが正直なところだった。
「ほら、見なよ。あの顔、きっとこんなの普通だろ?って思ってるよ。九重くんはあんなに苦労したのにね」
「いや、味方なんやからありがたい話やけど…なんか納得いかんわ」
この場で唯一味方と言える人間にもなんだか失礼な雰囲気を感じた。
というより、なんでこの状況でこいつらは仲良く談笑してんだ。
てか、オウルはいつ来た?
寝てる間か、いやなんで来た?
「あ、ようやく思考が現実に追いついたかな?おはよう三船くん」
「…どういう状況だ?」
意味不明な空間ではあった。
だが、こうして俺たちが倒れていたのに体は無事で、起きていたこいつらがなにやら談笑に耽っていた事を考えれば、即座に何か危険という事でもないんだろう…
というより、オウルがこの場にいることであまり戦うという流れが想像できていないだけでもある。
オウル曰く、俺は奴に届くかもしれないほどに力をつけたらしいが...
それでも全くそうとは思えなかった。
九重も、敷浪さんも、底が見えず、一瞬で俺たちを制圧して見せる力を持っている。
それでも全く勝てないとは今もなお思っていなかった。
だが、オウルは別だ。
奴の底の見えなさは尋常じゃない。
九重と敷浪さんの底が見えないほど深い深海だとするなら、オウルのそれはそもそも底が存在していない深淵のように感じるのだ。
だから、これはある意味でただの諦め。
勝てない、勝とうとも思えない相手と戦う流れを想像したくない逃避なのだ。
「そうだね、簡単に言えば僕の友達が暴走してキミらを眠らせたから、ちょっとお手伝いに来たよって感じかな?」
「友達?」
その言葉に自然と疑問が浮かび、その疑問に対して回答を持ってそうな人物に顔を向ける。
「.........スっ?(指さし)」
「......フルフル(首振り)」
「......コクコク(頷き)......スっ!?(指さし)」
「......そうらしい」
「マジかよ」
「いやいや、キミたちね......意味は何となく分かるけど言葉でやり取りしようよ」
ジェスチャーで情報を交換した結果、敷浪さんがオウルの友達というやつであることが確定してしまった。
一体どこで知り合ったのか、六鹿の専属になれる程度には経歴に怪しいところはなかっただろうに。
よくわからないが、こういう金持ちの家に住み込みで雇われるほどになるなら色々な調査とかを受けていそうなもんだ。
と、思ったが逆か...オウルの知り合いならいくらでも経歴なんて誤魔化していても不思議じゃないな。
「は、はっくしょん!!......なんか、寒くね?」
「あ~あ、こんな窓もない部屋で寝ちゃうから、風邪ひいたんじゃないの?」
「いや、自分が入ってきたときに派手に壊してたやん」
「おいおい、九重くん。アレは仕方がなかったんだよ?もうちょっと様子見をしてからゆっくり間に入ろうと思っていたのに、君が無茶なことをしようとするから...僕としてもあんまり派手なことは好んでないからさぁ」
なんかちょっと寒いなって思っただけなのになぜか、オウルが言い訳を始めていた。
ていうか、このリビングの惨状はオウルのせいかよ。
「そもそも、俺が寝たのは敷浪さんのせいだろ」
「確かに、じゃ、この部屋の惨状は全部敷浪さんのせいって事だね」
「やめてくれ、これでもそこそこ長い間ここに雇われていたんだ。この豪華な部屋を滅茶苦茶にするような奴とは思われたくないよ」
「えー、じゃあ誰のせい?」
「私が知るわけないだろう?そもそも、私の能力だったらこんなに荒れることなんてなかったんだから、やっぱりあんたが悪いよ」
この部屋の惨状に対する責任の押し付け合いがなぜか始まった。
よく考えなくても変な話だ。
俺たちって結構、シリアスな理由でここに乗り込んだはずだよな?
いつの間にか...というか、寝ている間に変な空気になっている。
「なんか......変な空気だな」
「あ、三船くんもそう思う?よかったわ、俺一人だけこの不思議空間に取り残されてるんかと思っとった」
「いや、お前も不思議側だと思うが」
少なくとも傍から見ただけだと九重も仲良く話しているように見える。
しかし、九重の言う事もまだ正しいのだろう。
オウルと敷浪さんの二人は、別に剣呑というわけではないが纏う空気が異質すぎて論外だ。
そして、それと対峙していた九重は二人とは距離を保ったままアナザーから手を放さずにいた。
警戒を解いて談笑していたわけじゃないってことだ。
「で、俺は何をすればいい?」
「それがな?オウル曰く自然に目覚めるのを待つしかないんやと」
「なんだそれ?」
「それが成長につながるからって事らしいで?」
いいかげん、この弛んだ空気を引き締める意味も込めて俺のするべきことを確認する。
しかし、現状は何もすることがないらしい。
オウルの言う事はそのほとんどは正しい事だったから、おとなしく言う事を聞いた方がいいのはそうなんだろうが、アイツはあえて話さない事も多いからな。
そのまま鵜吞みにしていいものか。
「おい、オウル。その話はマジの事か?」
「うん?成長の話?それなら君ら次第だよ......これで何も感じ取れないなら成長もクソもあるわけないじゃないか」
「そもそも、私の夢で成長しようってのが気に入らないよね...ま、それはそれ私も見ていて楽しいからいいんだけどさ」
「そう言わないでよ...今回は確かに色々事情があって邪魔しちゃったけど、次は好きにさせてあげるから」
「はいはい、期待せずに待ってるよ」
はぐらかされた。
とはいえ、成長に繋がる行いであることというのはマジらしい。
言い方からもそこまで危険がある様にも感じられないから、きっと大丈夫なのだろう。
それにしても冷える。
まだ、夏に届かない季節の夕方とはいえこんに冷えるものだっただろうか?
窓が壊れて外気が入り放題のこの状況。
ああ、壁のある家というのは人間には必要不可欠な住居の条件なんだな。
このまま冷えていくとまだ眠ったままの皆も風邪をひくことになりそうだ。
「ああ、そうだ。それでね、彼女たちはもうすぐ目が覚めると思うよ。僕のアドバイスも届いているからね…これで目を覚まさないなら、残念ながら見込み違いだったって感じだね」
「…そうなったら、無理やり起こせばいいんだろ?」
「うん、僕はそれでいいけど...」
「私としてはオウルの思惑からも外れた要らない子を、わざわざダメだったからと返す理由はないね」
「だろうね」
つまりは、全員無事目を覚ませば何もしないが、目を覚まさなかった奴そうとは限らないと。
今のうちに敷浪さんを倒してしまえばいいのでは?
いや、それだとオウルの思惑通りにいかないからオウルとも戦わなくちゃいけないのか?
面倒だな。
自然と出るため息が白くなって漏れ出た。
あん?
「なぁ、寒くね?」
「?また、それかい。そんな寒くないやろ?」
「……敷浪さんは寒いかい?」
「?私はそういうの鈍いから分からないな...ちょっと気温が下がったか?」
「これは...」
オウルが何かを考えうように呟く。
その瞬間。
俺たちの中心に、何の前触れもなく現れるのは氷の結晶。
「!!九重くん!能力全開!!」
「!?」
結晶は爆ぜ、冷気の霧が嵐となって吹き荒れる。
小さな氷の礫を含んだそれは、大きなダメージにならずとも目をくらませるのには十分すぎるもので、俺の視界は白く染まった。
爆ぜた氷の暴威。
その勢いはすぐに弱まっていく。
ようやくまともに目を開けられるようになった時、部屋の様子はまるで変っていた。
全てが凍り付いた別世界。
先ほどまで和やかとは言えずとも普通に会話をしていた豪華なリビングが一変して、どこぞの冷凍室か何かと見まがうほどに凍り付き銀色の世界に変わっていた。
たった一瞬だったはずだ。
それなのにこれほどに景観を変えてしまえる規模の冷気。
もちろん、こんな事ができるのは普通じゃない現象による物。
明らかにアナザーによる攻撃の結果だった。
移動
梟面の男オウルが再現した、どこかで誰かが抱いた願いの形。
どこに何であろうと好きなように移動させる能力。
便利すぎる能力でオウル自身もこの能力に頼りきりになっていることをちょっとズルいかなと考えている。




