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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
第3章-夢は無力に泣く雨の如く-
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女たちの追跡

「はぁ」


 自然と漏れるため息。

 周りに人がいないとはいえ、無駄に膨れ上がっている私の影響を考えると誰かに見られたらそれだけで深読みされてしまうような行動。

 いつも学園にいる間は気を引き締めているためこんな風に態度に出るようなことはしない。

 だけれど、今日ばかりは取り繕うための元気が残っている気がしなくて漏れ出てしまう。


 昨日、みんなで聞かされたこれまでとこれからの濃い話。

 いろいろと考える事が膨らみ過ぎていると感じるし、ついこの間本当の意味で命のやり取りをしたばかりで体はともかく、心が疲弊していた。


 問題はそれだけではなく。


「皆さん…優等生の私を好いてくれるのは嬉しいですが…」


 私の周りにお友達は、この学園で私が努力で培った優等生というレッテルを好んで関わってくれている人たちだ。

 それ自体は嬉しい事だった。

 私にとってはそれはここまで真面目に努力した事を認めてもらえているということなのだから。

 だが、その結果私は周りの信頼や信用という物を良い意味でも悪い意味でも集めすぎてしまったようだった。

 それは、私に何か少しでも攻撃できるような隙があった際に過剰に先制防衛してしまうようになってしまっていた。


「友達を名前で呼んだだけなんですけどねぇ」


 確かに晴くんはお世辞にも優等生とは言えません。

 話を聞けば、未だに進路調査票を提出していないようですし…でも、今はその未来を考える余裕がないことは分かっていますから私からは何も言えない。


 晴くんは周囲から浮いています。

 洗脳とも言えるもっと幼いころの基礎教育の時点で街のシステムに従うように教育されるこの街では、それに疑問を抱くなんてやろうとも思わないほどに異端な存在です。


 だからなのでしょうか?

 私の周りの人たちは晴くんとのことで酷く動揺したようで、少し鬱陶しいと感じるほどに関係をしつこく聞かれた。

 それ自体は、まぁ今まで関りの無いように見えていたでしょうからある程度は分かっていた事だったけれど、想定外だったのは皆が善意で晴くんの悪口を言っているという事。


 私としては、いくら周りと違う価値観を持っていて浮いているからと言って単純に排除するという流れは好まないし、この学園の理事の娘という一種の権力のような、影響力を持っている身としてもうかつなことなんてできるハズもなかった。

 そんな二つの考えからしても、たとえそれが私を想っての事だとしても…いや、むしろ私を出汁にしているからこそ、友達の悪口というのは気分がとても悪くなるものだった。

 それが、善意で言っているというのが猶更醜く見えてしまってダメだった。


 もういっそ、周りなんて何も気にしないでいれば心も軽くなるんじゃないかとも考える。

 だけど、今までの努力によって培われたイメージは全て六鹿としてのイメージにも関わるものだ。

 それを今更、軽視したような行動をとることが正しい事なのかは私には分からなかった。

 分からないなりにも、少し意地になった私は晴くんと今日も帰宅を共にしようと思っていたのだが、何やら隠れるようにそそくさと帰ってしまって今は私一人だ。


「はぁ」


 やはり、自然とため息が出る。

 このままこうしていても仕方がない。流石に帰ろうと思ったところ珍しい人から連絡が来る。


『恵麻。時間あるか?』


 それは、自分からは初めて送ってくれる零さんからの連絡。

 いつもなら十六夜くん経由で連絡をくれるので零さんからの連絡というのは本当に珍しい物だった。


『ありますよ。どうかしましたか?』

『ならちょっと来てほしいところがあるんだ』


 そう言って送られてきたのはとある公園の位置情報。


『ちょっとオウガが昨日から怪しくってな…あの様子じゃ何か企んでそうだから付けてみようかと思うんだ』


 零さんの言いたいことはよくわかった。

 この文章のどこにもそんなことは書いていないけれど、きっと零さんは確信している。

 今日、学園から出るときの晴くんの様子からも伺える。

 私は十六夜くんとはそこまで深い仲になったわけじゃないけれど、晴くんと話している十六夜くんを見て思うのだ。

 彼も晴くんと同じ無茶をするタイプの人間で、もし頼るなら信頼のおける自分と同じタイプの人間だけを頼りにするんじゃないかって。


 零さんのこの連絡は、要するに『多分、晴も関係あると思うけど恵麻は気にならないのか?』という、遠回しのお誘い。

 いや、ちゃんと来てほしいとは言っているのだから直接的なお誘いなのかもしれないけれど...本当の意図は絶対に書かれていないこっちなのだと察する。


 なら私の返答は決まっていた。


『今すぐ行きます』

『よかった。希空も誘っておいたから皆で行こう』


 ああ、私に送っていて希空ちゃんだけ仲間外れというのもないですよね。

 失念してましたが、いつものメンバーがちゃんと集まるようで少しだけ安心した。




 公園の近くまでやって来る。

 零さんからは公園の位置情報を貰いましたが、ここに晴くんと十六夜くんがいるならば馬鹿正直にここに行くのは今回の目的を考えたら少しだけ悪手のような気がしますね...

 とは言え、零さんがどこにいるか分からない事には合流できない。

 どうしようかと考えていたら、急に後ろから背中を叩かれる。


 ビックリして後ろを振り向くとそこには誰もいなかった。


「?」


 気のせいだったのだろうか?

 私がその現象に首を傾げていると何もないはずの空間から声が響いた。


「ごめん。透明化をしていたのを忘れてた」


 そう言いながら虚空からレイヤーの透明度をいじったかのように浮かび上がる零さん。

 その手には控えめに光を放つアナザーがあった。


「え、零さんそんなことも出来たんですか?」

「うん。別にこの場からいなくなるわけでもないから、直接戦っている時なんかは使えないけど...こういう時には使える。こういう時にしか使えないけど」


 透明化の能力。

 確かに、ちゃんと聞いたことはなかったけど零さんの能力は「光」。ならば、光のを操って透明になるぐらいは結構簡単にできるのかもしれない。


「希空はもうすぐ来るっていうから迎えに行こう」

「分かりました」


 その言葉を聞いて分かった。

 最初に透明のまま私の背中を叩いたのはわざとだ。

 零さんが意外とすぐ熱くなる人だって事はあの戦いでよくわかっている。零さんの表情がいつも通りだったから気が付かなかったけれど、これはそんな零さんのちょっとした悪戯なんだろう。

 悪戯に能力まで使うところがちょっとスケールの違いを感じるがそれでも、これは彼女にとってのほんのコミュニケーションの一つだっただろう。


 だから私も、私よりもいいリアクションを取ってくれると信じられる可愛い後輩を驚かせに行くのに大賛成だった。




「本当にビックリしたんですからね!!」

「ごめんごめん」

「でも可愛かったですよ?ひゃあ!って、フフフ」

「恵麻さんもなんでノリノリなんですか!」


 零さんの能力はどうやら自分の近くにいる人間ならまとめて透明にできるらしく、今度は私と零さんの二人で希空ちゃんに悪戯をした。

 その時の希空ちゃんはあたふたと不安そうな顔をしながら、それはそれはいい反応をしてくれて可愛いものだった。


「ほら、機嫌を直してくれ。そろそろ行かないといつまでも公園にいるとも思えないからな」

「そういえば、零さんってどうやって兄さんたちが公園にいるって知ったんですか?」

「そういえばそうですね?」

「ああ、単純だよ。昨日あの後、オウガがコソコソと何かを店のとこで拾ってたから透明化してそれを探して見たんだ」

「意外とポンポン使ってますね...」


 思っていたよりも結構気軽に能力を使っていることにちょっと引きつつも、話を聞く。

 どうやら、何物かからの呼び出しを十六夜くんは受けていたらしい。

 何者か、まあ昨日のアレから呼び出しそうな人物なら九重さんでしょうか?

 昨日の今日でどんな用があるのかは分かりませんが、あの雰囲気から今日いきなり仕切りなおして打ち解けるのはなかなか難しいように思える。

 いや、晴くんと十六夜くんなら納得のできる何かさえあれば一時的な協力ぐらいはできそうですね。


「とりあえず行こうか、(リグフト)


 小さく、アナザーの起動させて再び私たちは透明になった。

 もちろん、本当に透明になったかどうかは私たち自身は全く分からない。

 それでも一度その効果を実感すると、途端に無敵になったように感じてしまうのは人間の性だろう。


 そして、三人そろって公園に行くとやはりというか、予想通りというのか...目的の人物二人に加えてもう一人いた。九重さんだ。

 ただその三人の雰囲気は決して和やかというわけじゃないけれど、険悪というほどではない。どちらかと言えば、これから仲良くなろうとしている初対面の相手、ぐらいの空気感だ。


「なんか、普通だね」


 姿が透明になっているだけで、声などはそのままなので小さく抑えた囁きで希空ちゃんが私と同じことを言葉にしていた。


「そうだね。でも、あの二人なら不思議じゃないかな」

「うん、私もそう思います」

「だね!」


 やはり、二人ともそう思っていたというのが分かって少しだけ嬉しくなる。

 きっとこれは、学園で晴くんがいい人であると全く考えていない人たちによって、少しだけ冷えた心が温められているように感じたから。

 同じ事を想える友人に安心したからだ。


 しばらくすると、彼らは連れ立って公園を出ていく。


「動いた。行こう」

「「はい」」


 私たちはそれを少しだけ距離を開けたまま追いかける。

 よくある創作の追跡のように遮蔽物に隠れる必要がなく歩けるのは非常に助かります。


「どこに行くんでしょう?」

「どこだろうね、それは流石に分からないな」

「そのために追いかけてますからね!」


 彼らはどこか、ちゃんと明確な目的地があるようで道を迷うこともなく進んでいく。

 零さんも目的地を知らないとなると、今向かっている場所が彼らの行動の理由なのでしょう。


 そして、彼らはどんどんと見覚えのある道を進んでいく。

 周囲の光景も、だんだんと大きな塀や生垣で覆われている大きな家屋が目立つようになってくる。


「......この先って...」


 希空ちゃんが私の顔を覗き込むように伺ってくる。

 私はそれに答えられない。

 なんだか嫌な予感がする。


 先ほどまでは拍子抜けするような緩い雰囲気だったのが、いつの間にかこんなにも居心地の悪いじっとりとした空気に変わっている。


 彼らは目的地にたどり着いたのか足を止めた。


 ああ、どうしてそこで歩を止めるのだろう。

 そこに用事があるのなら私に一言言ってほしい。

 なんで、今日の朝。学園に向かうまで普通だったではないか。


 こんなに濃厚なアナザーの気配を、どうして私の家から感じてしまうのだろう。

(リグフト)

光を操作する能力。シンプルゆえに強力である。それを体現した能力。

この能力でできる事は多岐にわたる。光の屈折率を変えて透明になったり、光がもつ熱量を収束してレーザーにしたりできる。また、本来の能力者である少女は自信の体を光に変換するという離れ業により、文字通りの光速移動すら実現していた。

しかし、これは途中で能力の制御を誤れば自分の体を光から物体に戻せずに拡散して死ぬことになる。

いかに天使とは言え、その莫大なリスクを払ってまで行うことはできなかった奥義である。


天使はこの能力の元となる「ティリス・アナザー」を頭上の天使の輪の中に隠している。

また、あたかもこの能力こそが天使の所以であると思われるように派手にこの能力を使っているがこの能力は奪ったものであるため本来の性能に達していない。

天使が、この能力を一撃必殺の強力な攻撃手段と出来たのは天使本人の情報量が桁外れに多いためである。


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