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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
第3章-夢は無力に泣く雨の如く-
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天使誕生秘話2

 私からいろいろなものが無くなってからしばらくして、何もなく閉め切られているはずの白い部屋の中にひとつ。羽が舞い落ちた。


「フフフ、久しぶりに様子を見に来てみれば…随分とまぁ、面白い存在を創ったものだなぁ」


 そんな私に聞かせているというよりは、私に聞こえるように独り言を言っているような口調とともに現れた男。

 顔の半分が梟の面で見えないが、隠れていない口元が隠そうともしないほどに、にやけきっていて初対面で警戒心を抱かせる男だった。


「おや?おやおや、随分と色々なものを切り捨てているからこちらの話―現実なんて完全に遮断しているのかと思ったら…警戒を抱く心はまだ残っているんだ。それだけたくさんの物を切り捨てても残っているというのはなかなかどうして面白いね」


 こちらの思うところを簡単に看破して、それを得意げに話す姿もなんだか感に触る人物だ。

 あまり、周りの事を気にしなくなった私でもすでにコイツの事が苦手だと思うぐらいには癖のある男だった。


「さてさて、僕は人の心を読むのは得意だけど一人でずっと喋るのはキライだよ。虚しいからね…それに僕と会話できる()()は珍しいから大切にしたいんだけど?」


 その言葉と共にジッとこちらを見つめる。

 その目は何もかもを見透かす猛禽類(ふくろう)の瞳で、私が話すのを促し待っていることを理解させるのに十分だった。


 だが、何を話せばいいのかが分からない。

 何を言っても、その言葉すら予測されて見透かされている気分になる。

 だから、話す意味を感じないというべきか。最初からこちらが話す内容を知っているような振る舞いをする相手に何を話せばいいというのだろう。


「…だれ?」

「…?フフ、ハハハ!!」


 私は意を決して最初に思ったことを口に出す。

 その言葉があまりにも陳腐だったのか、男は含みのある様に笑いその口元をさらに歪める。


「いいねぇ!キミの心を予測していたよ、混乱しつつも最終的にはどうでもいいと思っているキミの心を!なのに最初に出た言葉がそれか!」


 ただ、その笑みは私を嘲る物ではなく…どうやら何かの琴線に触れたらしい。


「いいね、いいよ。キミほどになっても知ろうとする心が失われていないのは僕としても大変好ましい。キミのおかげで楽しいゲームも始められそうだし、良いよ。キミにはどんなことだって答えてあげよう。この世の全てを教えてあげよう」


 そして男は大仰で芝居のかかったような所作で一礼をすると名乗る。


()は梟の眷属。全てを知る者。そして、()はオウルという偽名で世界を面白おかしく弄り回す人間の敵だ」

「てき?」

「そう。もちろん悪戯に人間を貶めたり、殺したり、争ったりするような意味ではないよ。ただ、僕と関わればそのうち普通ではなくなるだろうね。普通を愛し、普通を願い、普通を嫌うキミたち人間にとってはまさしく天敵になるんじゃないかな?」

「よくわからないけど……敵なら()()()()


 敵というものを正しく理解していたわけじゃない。

 ただ、その概念は知っていた。つまり、私にとって排除すべき不要なもので、あるだけで不利益な物であるということだけを知っていた。


 その私の無意識の思いに応えて銀色のカードが輝く。

 瞬間、文字通り瞬きの間に私の腰から三対の翼と頭上の光の輪が現れる。

 そして私の中の機能が正常に働いて天秤が傾く。これは要らない。


 それだけでこの男は世界に否定される。

 私の世界から排除される。


「やめときなよ」


 世界が砕けた。

 私の世界が、私が干渉していた世界が無くなった。

 そして新しく組み上がる法則に私は翻弄される。私の天秤が元に戻らずに傾き続ける。


「それは、まだ早いよ。僕を世界から追放したいならもっと人間をやめてからにしないと、反射でキミをなかったことにしちゃいそうだ」


 薄れていく私。透明とかそういうことではない。

 ()()()()()()が徐々に無くなっていくような。

 最初から私はいなかったとされていくような

 過去、未来、現在という世界の全てから否定されているような。

 薄れていく。


「おっと、このままじゃマズイ」


 その時オウルが何かをした。

 何をしたのかは分からなかった。ただ、それだけで私が戻ったのを理解した。

 壊れた世界が元に戻って、私も元の濃さに戻った。


 無力感。

 少し前まで苦痛の中で感じていた、その感情が溢れてくる。

 苦痛と一緒に無くしたはずのそれ。


「恐怖を、感じたんだね。可哀そうに」


 相も変わらずその口元は気色悪く歪んでいた。


 無くしたと思っていたそれは、それを想起させるものを無くしていたから忘れていただけだった。

 私は未だに囚われていた。逃げる事なんてやっぱり出来なかったのだ。


「さて、まだまだキミが知るべき、思い出すべきものはたくさんあるよ。授業を始めよう」


 ―――


「それで、私はオウルにこの世界の事を色々と教えられた。正直逃げたかったし、怖かったけれど。逃げられなかったし、今となっては助かっているからなんとも言えない」


 天使(あまつか)の話を聞いて思ったことは壮絶。その一言だった。

 俺はオウルが演技をしていると思っていた。キャラを演じているのだろうと…俺の目からそう一目で思うぐらいには露骨に怪しい男だったからだ。

 だが、話の中でうかがえるオウルの本性。そのほんの一部分が、苛烈すぎてイメージできなかった。


 そして話を聞く中で少しだけ疑問に思ったことを聞いてみる。


「そういや、天使(あまつか)って何歳なんだ?」

「うわっ」(希空)

「あの三船君」(六鹿)

「おいおい」(相賀)


 あれ、なんだかめちゃくちゃ見られてる。

 いやいや、気になるでしょ。記憶がなくなったとはいえある程度の常識を持って居たっぽいし、言葉も話せてる。

 なら、そういったことが身についてから攫われたのかとか思うじゃん。


「全く、三船くんはデリカシーがないなぁ」

「!?」


 俺を非難するような冷えた視線が一転。全員が驚愕と共に、この場にいないはずの人物の声が下方向に視線を向けた。

 そこにはいつの間にか、椅子に座って口元を気色悪く歪めたオウル。


「や、久しぶり。それと初めましての子もいるね?僕が今話に出てきて散々に言われたオウルさ」


 「元気にしてたかい?」とこちらを茶化すように、嘲るように偽りの友好を張り付けて話しかけてくる。

 なんだか今日は胡散臭い奴ばかりだ。


「こいつが…」


 オウルとは直接会ったことのない相賀がその存在を見て、驚愕している。

 それはコイツという存在の全てが怪しいからなのか、話に出ていた登場人物が目の前に急に出たからなのかは俺には分からない。


「…何しに来た?」

「おいおい、そんなに睨まないでよ。キミもさっき言っただろう?僕はちゃあんとキミに必要そうな知識を与えてあげた先生だよ?」

「そうだな。そして、こんなくだらないゲームを開催している黒幕だ」

「黒幕~?そんな、僕は何も企んでなんかいないからそういうんじゃないよ?キミには言った事があるだろう?僕は正しく人間の敵だよ」


 まるで心外だと言うように大袈裟に肩をすくめてそんなことを宣う。


「おい、話を逸らすなよ。何が目的だ」

「フフフ、強くなったね三船くん。この僕にも届きそうなほどに...嬉しくなっちゃうな。だから、答えてあげる。というより、今回は親切心100%でここに来たんだよ?」

「親切心...ですか?あなたが?」

「酷いなぁ、六鹿ちゃんってそういうこと言うタイプだっけ?ま、いいや。さっきの、九重くんも言っていたけどさ、今回の闘いは事情を知っているいろんな人の目に留まっちゃってね...このままだと何も知らないままで巻き込まれたりするかもしれないなあって思って教えに来たんだ」


 あくまでも飄々とした態度は変えずに、つい先ほどここにいた九重の事も知っていると言い放つ。

 こいつ、一体いつからここにいたんだ?


「とはいえだよ。キミらが知らない事。天使(あまつか)ちゃんですら知らない事も知っている僕からすると何を説明したものか悩ましい...だから、いつかそうしたように、何でも質問に答えるという形をとるよ?好きに聞いてよ、飽きるまでは付き合ってあげるから」


 見下したような発言。

 モノを知らない子供に道理を教え説くような態度が鼻につく。

 だが、あの時のように何でも質問を受け付けるというならそれを利用しない手はない。


「なら、聞きたいんだが」

「おや、トップバッターが十六夜くんかぁ...いいね、この空気に呑まれつつも前に出ようとする気質は嫌いじゃない。直接、僕がアナザーを上げられなかったのが惜しいくらいだ」

「それは、誉め言葉なのか?いや、それはどうでもいいか」

「そうだね、それで何が聞きたいのかな」

()()()()()


 その言葉を聞いた瞬間オウルの口は大き歪んで、演技ではない本当に心からの笑いが漏れていた。


「フフフ、フハハハハハ!いや、いいね!この流れで、この空気で、僕の印象なんて最底辺がいいとこだろうにこの確信を聞いてくるのか!きっとこの場の誰もが思っていたであろう疑問。だけど、流石にこれははぐらかされると思って口にしないような質問を先陣を切ってできるなんて、面白過ぎる!!」

「なんだ、はぐらかすのか?」

「いいや、答えるとも!大した理由なんてないしね...さぁ、この僕!オウルの!多くの人間を巻き込んだ壮大で愉快なゲームの目的は!」


 もったいぶって貯めてから、一呼吸おいてから言葉にする。


「僕ってば友達が欲しいんだ」

「「「は?」」」


 その一瞬だけはオウルじゃなくたってこの場にいる人間の思考が手に取るように分かった。

 それは偏にこの場のオウルを除いた全員の心が一致しているからだ。すなわち、「何言ってんだコイツ」だ。


「何言ってんのこの人」


 というか、希空は声に出ていた。

・純粋情報還元装置「ティリス・アナザー」

違法ティリスとして極少数出回っている代物。

中身は何も記入されてない膨大なエネルギーとしての情報。

この情報にどんな内容を記入されるかは使用者次第。無意識の願望や心のあり方が反映されるからだ。

最初の成功事例から、同じアプローチではこれ以上にはならないと判断され生み出された副産物。


情報化技術理論提唱記録 No.7 ラクリス

■■■博士が提唱した7番目の記録。

人に許される範囲を超えた試み。

情報置換によって物体を情報に情報を物体にすることが可能となるならば、最初から存在しないものを情報として記述し、それにふさわしいだけのエネルギーを供給することで、物質を0から作る。

神の行いを疑似的に再現する。

結果から言うならばこの理論は失敗であった。

簡単に人は神に近づくことはできなかった。しかし、手がかりを得た。

仮の起動の時点で、人とは隔絶した耐久、膂力をもたらし。

完全に起動した時は、限定的な法則の操作まで確認できた。

副産物として得たそれを使い、我々は新たな世界を見ることができるだろう。

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