天使誕生秘話1
今回からあとがきに解説を入れます。興味なければ読み飛ばしていただいて
それから、俺たちは少しだけ荒れた店を綺麗にしてからようやく一息を着いた。
しかし、その空気は未だに重いものだった。
むしろ冷静になる時間があった分余計に沈んだ心になったような気もする。
「えっと……今日は零さんのお話を聞くんでしたよね?」
この空気の中では唯一、直接アレと対峙していない希空が努めて明るい声色で話を切り出してくれる。
しかし、それでもなかなかに割り切ることができない衝撃がアレにはあった。
「ああ、そうだな。話そうか」
「いえ、無理に話さなくてもいいんですよ?私たちとしてもどうしても聞きたいものではないですし」
そうだ。アレの言うことを中途半端に聞いた今、俺たちは少しだけこの目の前の女の子に対する考えが揺らいでいた。
明らかに普通ではない人生を歩んでいることは断片的に聞いている。
明らかに普通をうらやむような人生を歩んできたことは察して余りある。
それで出てきた単語が計画。ああ、そうだ。
創作で使い古されたありがちなそれだ。
計画。成功体。怪しい男に、規模の大きそうな嫌な予感。
天使が楽しい話じゃないって言ったのもうなずける。
使い古されるぐらい、分かりやすい絶望がそこにあるのだろう。
ならば、無理に話す必要はないのだろう。
「いや、話させてくれ。計画を知っている人間がここに来た。なら中途半端に知っているより、全部知っていたほうが覚悟も判断も鈍らないと思うから……」
それでも話すという天使の表情は覚悟に染まっていた。
俺たちを、友人を、相賀を、大切な恩人を巻き込む覚悟に。
「...話させてくれ。巻き込ませてくれ。すまない」
その言葉はちゃんと俺たちと向き合おうと、迷惑をかけることをすまないと思うのとは別の一緒に居たいと願ってくれているようなそんな言葉に聞こえた。
だからこそ、
「聞かせてくれ」
俺たちの答えはそれだけだった。
そこから語られるのは語ることを憚るような、最悪の神話の一説だった。
ーーー
私はいつからかここにいた。
真っ白な部屋で、ベッドと外に繋がる扉。それ以外に何もない閉鎖された場所。
扉についた食事を配給するための小さな小窓から見える、少しばかりの外の世界。それが私の世界の全てだった。
最初の記憶はとっくにない。
私がこの部屋じゃない、もっとたくさんの機械に囲まれた部屋で目覚める前の事はほとんど覚えてない。
唯一覚えているのは、同じ顔をした沢山の子供と一緒に何か黄金に輝く液体を注射された事。
その瞬間から自分とそれ以外の違いが分からなくなって、倒れた事。
そして、意識を失っている間に感じたアレ。
あの私の中で蠢き、私を食べて、私を増やすあの感触だけ。
『世界が足りない、私は足りた、あなたは足りない、世界は足りた、それは持ってる、それはいらない、私はあなたで、あなたは世界』
自分ではない何かに、私を作ってもらっているような気色悪さと心地よさを感じていた。
それからようやく目が覚めた時には、その感覚は無くなって、今までの私も無くなっていた。
「おめでとう0号。キミは生き残った」
「?……0?」
「ああ、気にしなくていい。それより今後の予定がいろいろと詰まっているんだ。すぐに移動するよ」
そうしてべっどから起き上がることもできない私はそのままベッドごと別の場所に連れていかれて、体中全て、さまざまなデータを取られた。
最初に私に話しかけてきた男は基礎データと言っていた。
そうして、一体どれだけの時間が経っていたのか定かではないけれど、全てのデータ採取が終了すると私は今いるこの何もない部屋に連れてこられた。
一枚の銀色のカードと一緒に。
この部屋に来てからしばらくは何もなかったと思う。
正確な時間は分からないけれど、多分一定の時間で支給される食事が何度かあったからそれだけの時間は立っていたはずだ。
そしてその時が来た。
いつもなら小窓から人の気配があってもそれは食事を置いてさっさとどこかへ行ってしまうのに、その時は食事もなしに扉が開いた。
「来い」
ただそれだけ言って私はまた別の部屋に連れてこられた。
そこは真っ白なところは相変わらずだったけれど私がいつもいる部屋よりも幾分か広く、そして一部がガラス状になっていて向こう側が見えていた。
そこにはあの男とそれ以外にも何人か人間が見えた。
そして、壁とガラスにさえぎられた向こう側で男が何かを言った。
『まずは電気ショックから試そうか』
その瞬間だ。
体中が硬直した。
体中が一気に収縮しようとして引っ張り合って、引き裂き合った。
「―――――――――!!!!」
何も聞こえないのに私の耳に届く振動の音。
それが私の喉から伝わっていると気づくことも出来ないままに、体中を走る痛みと熱から逃げようと悶えるだけだった。
永遠の様な苦痛の中で、ようやく終わったそれ。
私の中ではそれでもその余韻によって体が痙攣を繰り返し、体を上手く動かすことも出来ない。
全身が熱い。見れば皮膚は焼け爛れて、破れた表面から滲みだす血は湯気を上げていた。
そのタイミングで私は自らの懐で輝く銀色のカードに気が付く。
その輝きによって私の体は癒されていく。
激しい痛み。先ほど受けた苦痛を逆再生するかのような苦痛と共に癒していく。
『ふむ、仮覚醒はしているな。なら次は物理的なダメージにしてみよう』
多大な苦痛で頭が割れそうだった。
そんな中に、壁の一部が開く。その向こうに見えたのは鉄の筒。
それに気が付いたのと同時に目の前が真っ暗になった。
何か強い衝撃を頭に受けた気がした。しかし、その瞬間にはもう意識がなかった。
それでも私はすぐに目を覚ます。
酷い頭痛と一緒に。
左胸に衝撃を受ける。今度は聞こえた、耳に劈くような乾いた音。
何か壊れちゃいけないものが壊れたという確信と共に痛みがジワリと広がる。
それも逆再生のように癒される。
『ふむ、電気ショックも平気。重要器官の破損も許容か…概ね成功だな』
そんな言葉が響くと、未だに立つことがかなわない私をベッドに乗せてまた別の部屋に連れていかれる。
その部屋は一番最初に私が目覚めた部屋と同じだった。
沢山の機械に囲まれた私は、複数の男たちに見下ろされていた。
「さて、まずは内臓器官から見ようか」
「なんだ、中身は人と変わらんな」
「食事に毒を混ぜた割に消化器官が綺麗だ。これは治癒力のおかげか、毒がそもそも効かなかったのか分からないな」
「普通なら死んでる出血だが、生成速度が異常なのか、血が足りなくても生きていけるのかは分かりづらいな」
「ふむ、生殖器も見た目は変わらないか、機能としては残っているのだろうか?」
私は切り刻まれた。
体中を隅々まで観察されて、取り出されて、また戻されて。
私がかき混ぜられている感覚が気持ち悪い。
私が少しずつ切り取られていくのが痛い。熱い。
ようやく終わる私の日常。
そう、これがこれから私の日常だった。
壊される。癒す。
刻まれる。癒す。
そんな毎日を永遠と過ごしていた。
そんな苦痛から逃げたくて、そんな場所から逃げたくて、そんな世界から逃げたくて。
あの声が聞こえた。
『世界はあなた』
ああ、逃げられないんだ。私は世界だから、私は私から逃げられないのだから。こんな世界から逃げることも出来ない。
『世界が足りない、私は足りた、あなたは足りない、世界は足りた、それは持ってる、それはいらない、私はあなたで、あなたは世界』
そうだ、ここは私。
この場所が私。
私が決める。何が足りているのか、足りていないのかを。
そう自覚した時に、私は目覚めていた。
私の腰から伸びる3対6枚の翼。
私を守ってくれる盾であり矛が。
「ははは!成功だ!!やっぱり君は成功体だったよ0号。ああ、諦めなくてよかった。ほとんど数値の変わらないデータには嫌気がさしていたが...やはり強い欲求が必要なのかな?ふむ、彼の案に乗るのもありかもしれないな」
それから、私は痛いことも熱いことも苦しいことも無くなった。
私の日常は変わらない。だけど、痛いことも熱いことも苦しいことも私にはいらないから無くなった。
やってることは変わらないのにそれだけがなくなるなんて素晴らしい事だと思った。
ーーー
「そうして私は最初の能力に覚醒したんだ」
天使の話すことは概ね予想通りだった。
予想通りに反吐が出る話だった。
本当に。
なんとなくは話を聞いていたはずの相賀ですら両手を強く握りしめて聞いている。
六鹿はさすがというのか表情を変えていないが顔色が悪くなっている。
希空にいたっては今にも吐きそうにしている。
俺も胸糞の悪くなる話を経験談として聞くのがここまで気分が悪くなるとは思わなかった。
「続きに行ってもいいかい?」
「...ああ、頼む」
それでも聞き始めたのなら最後まで聞かなければいけない。
天使の覚悟に応えるために俺たちもまた覚悟をもって聞かなければいけない。
「それで、ええと次は何を話すべきかな...ああ、そうだそのぐらいでアイツと出会ったんだ。あの梟の面をした男と」
収納情報端末「ティリス 」
物体を純粋な情報として保存し携帯するためのカード型の端末。
これ一つで荷物を持つ必要がなく、もちろん従来の情報端末同様にネットワークへの接続、通信も行える。また、この端末が住人一人一人を観測するデータ収集機でもあるため住人はこれを携帯することを義務付けられている。
情報化技術理論提唱記録 No.3 ティリス
■■■博士が提唱した3番目の記録。
世界を記述した彼らを解析した結果、判明した基礎的な根幹技術。
彼らの全て。すなわち世界に対する干渉と情報へと変換する機能。
または、その逆。
物体の持つ、情報。例えるならば、質量、構成材質、形状、用途、意味、歴史、記憶、記録、その他世界に対する影響。それらを全て解析してデータとして保存する。そして、そこに確かに物質として存在するためにその物体が持っていたエネルギーをも保存することで、完全なる情報への変換を可能とする技術。
その逆も然り。
この理論の完成をもって■■■博士の謳う人類の進化への一歩とする。




