全ての後に
「おら、次出来たぞ運べ運べ」
「なんで、俺ばっかりだよ!!だれが怪我を治したと思ってんだ!」
「そもそも俺の体をぶっ壊したのがお前だろうが!!いいから、働け晴!」
俺たちはあの後、喫茶Lunaにやってきてとりあえず飯を食うことになった。
怪我自体は俺のアナザーの本来の能力によって治癒力を上昇させることで完治させており、現在は闘いの緊張によってすり減った精神や、そもそも治癒によって持っていかれた肉体のエネルギー不足もあって俺と相賀以外は店のテーブルに突っ伏していた。
「よーし、料理もそろったしコップ持てコップ」
「乾杯だな」
そして、ならんだ料理はちょっとしたパーティーのようになっていた。
それは張り切って作った相賀のせいだ。
ここに来るまでに、あんまりにも必死で心を砕いている相賀の姿を六鹿も希空も見ているためもうなんで戦っていたのかとかどうでもよくなっていた。
その結果が、みんなで飲み食いして騒ごうっていう流れに繋がった。
俺たちは天使と相賀の事情を知らない。
それで、危険だと聞いていて実際に目の前で一人死んで、混乱のうちに襲われたから戦っていた。
一度も話し合いをしていない。
それに、死んだのもよく考えれば天使が直接何かしたとかじゃない。
俺たちは天使が何かしているところを見たことがない。
それを隅に置いて、一方的に悪だ、敵だと排斥するのは間違っていたと今では思っている。
「天使さん...」
「ああ、六番目の...」
「六鹿です。六鹿 恵麻」
「そうか、ではエマ。私もちゃんと名乗ろう。天使 零だ。好きに呼んでくれ」
「はい、零さん。えと、怪我は大丈夫ですか?」
「ん?ああ、大丈夫だ。凄いな三番目の少年は、あの隕石の雨で受けた傷が一瞬で治ったのはさすがに乾いた笑いが出た」
俺と相賀は闘いの最中で、すでに和解が済んでいるようなものだったのであとくされもないが、最後まで殺し合っていた女子組は今この場が和解の場なのだろう。
六鹿が珍しく、話しづらそうにしている。
「おい、天使。その番号で呼ぶのなんなんだ。なんだか気分良くないぞ」
「……そうは言っても私はキミら名前を知らないわけで」
「はぁ、三船 晴だ。こっちは、」
「希空です。よろしくね?」
「ああ、よろしく頼む」
天使の独特な呼び方に違和感を感じていたので、今更というべきかようやくというべきか自己紹介を済ませて俺たちはようやく名前を知ることになった。
「ともかく!これで、ようやく俺たちがいがみ合う必要は無くなったんだからいいじゃないか」
「そうだな……正直、こう落ち着いた状態で見れば天使は思っていた感じとは違うな」
「うん?どう思っていたんだ?」
「そりゃ、冷酷非道な問答無用で殺してアナザーを奪ってくるような奴かと」
「おいおい、そもそも天使についてなんで知ってたんだ?零は確かに外でもアナザーを使っていたんだろうが普通に暮らしている分には噂すら聞かなかったぞ」
「ん?ああ、そういやなんでだっけか」
「オウルが教えてくれたんですよ」
「ああ、そうだ!」
そうだ、能力覚醒のご褒美とかなんとか言って教えてくれたんだ。
今思えば、アイツは脅威になるならって話をしていただけで別に天使と敵対しろなんて言ってなかったな。
いや、でも紛らわしい言い方ではあったはずだ。覚えていないけど。
「オウルか...まぁ、アイツの言うことも全部が全部間違いなわけじゃないけど……キミらアイツの言うことを信じたのかい?あんなに胡散臭いのに」
「いや、まぁそうなんだが」
「私もアイツに乗せられて今があるから、人の事は言えないんだけどね」
天使は自嘲するのを隠すようにグラスを傾ける。
かっこよくいっているが中身がオレンジジュースなのを俺は知っている。
「となると、オウルが言っていたことは話半分に聞いた方がいいんですかね?ゲームの報酬についても」
「...どうだろうね。アイツは愉快犯ではぐらかしたり、わざと間違いを産むような言い方をするけど嘘は滅多につかないと思うよ。なんというかそういう嫌な信頼はできるんだよね」
「確かに、それだとそこは本当なのか」
「本当じゃなきゃ困るよ」
その声音はこれまでの愚痴を吐くような、日常で使うような声音とは違って真剣味があった。
きっと、そこには天使のどうしても譲れない何かがあるのだ。
それを大して事情も知らない俺でも分かった。
「ああ、それでアナザーの収集は積極的なんですか」
「そうだね。その点でいえばオウルは間違いじゃないし、君たちも間違ったことは言っていない。私は最悪の場合、どれだけの犠牲が出たって願いを叶えてもらいたい。そう思ってる」
「理由は……聞いても大丈夫ですか?」
「いいけど...やめといたほうがいいよ?」
それは拒絶とは違う、明らかにこちらを気遣うようなそんな本当にやめたほうがいいと思っていると分かる声音。
だけど、俺たちはまだ天使の事も相賀の事も何も知らない。
こいつらがただの悪者っていうわけじゃない事はいいにしても、それならこいつらがそうするだけの理由が俺たちにとっても無視できない、助けたいと思えるものなら協力したいとも思うから。
「聞かせてください」
「まぁ、いいか...でも日は改めようよ聞いていて気持ちのいい話じゃないからさ」
「分かりました。今は私たちの中を深めるための食事会ですしね」
話の内容は気になるが、今は離したくないというならそれでいいだろう。
ちゃんと後で聞かせてもらうとして、今はこの場を楽しむことにする。
「ね!十六夜さん!!」
「ん?」
「筋肉!すっごいですよね!!もっと見せてください!」
「おう!!任せろ!!!!」
真面目な話が終わったと感じたのか、希空が相賀に絡みに行っていた。
どうやら、あの筋肉の塊に興味が出たらしい。
相賀がエプロンを外してシャツ一枚になると、色々とポーズを取り始めた。
「ダブルバイセッッップス」
「でっか!!」
「モスト……マスキュラ―!!」
「うはー!!肩やばーい!!」
「ふふ、そうだろうそうだろう?これでも零一人ぐらいなら片手で担げるんだ。自慢の体さ」
なんか変なこと始まったなと思ってそれを見ていたらポーズを取ったまま相賀がこちらを見る。
「フッ」
イラッ
「やはり男ならば体を鍛えてなんぼだろう?ん?」
「まぁ、そうですねぇ...私の周りって細身の人が多いですし、体つきが良くて兄さんぐらいだったのここまでの体は初めて見ます」
「だろうな!!はっはっはっ」
よし
「おら相賀ぁ!!なにで勝負だぁ?」
「お?どうしたどうした?やる気満々だなぁ!!?」
「煽ってんじゃねぇぞ!!」
「はいはい、キミらが殴り合ったら戯れでも店がぐちゃぐちゃだからね、店の隅で腕相撲でもしててくれ」
「よぉし、オラ行くぞ!!」
「かかってこい!!」
気合を入れて俺も着ていた上着を脱いでシャツ一枚になる。
くッ、さすがに脱いだだけで分かる筋肉の持ち主とは比べものにならないか...
「男どもはほっておいてこっちはこっちで穏やかにやろうか」
「そうですね」
「私!零さんに聞きたいことあるんですよ!!」
テーブルを一つ使って、俺と相賀は腕を組む。
確か、何かで読んで気がする。腕相撲は力よりも瞬発力だって。
とはいえ、この腕の筋肉。瞬発力だって半端ないモノを持っているだろう。
「なんだ?答えられるものなら答えるけど」
「相賀さんとはどういう関係なんですか!!」
「んん?その話はまた後日って...」
「いえいえ、そういう真面目な奴じゃなくて男女としてのやつですよ」
「ああ、そういう...」
レディーゴッ!!
くそ、やはりこいつ合わせてきやがった。
出だしは完全に俺の方が早かったのに、ちょっと斜めに持って行けたとこで止まった。
そこから少しばかりの拮抗が生まれるが徐々に押されていく。
「別に大した関係じゃないよ。ただ、そうだね強いていうなら保護者かな」
「ええ...なんかもっとこうないんですか!」
「いや、そうは言われてもね。なかなかに特殊な間柄だし、なんとも言えないよ」
「零さんはそういう気持ちはないっていうんですか!!」
「ええ...」
仕方ないこの手は使いたくなかったが...
増幅!!
はっズルい?違うな!持てる力の全てを出し切ってるだけだ!!
「全くないと言えば嘘になるんだろうが、それでも恩人であったり、保護者であるという認識の方が強いかな」
「そうなんですね」
「希空ちゃんって結構、女の子らしいことに興味あるんですね」
「そりゃ年頃ですから!」
ぬおおおおおお!!
馬鹿な!!増幅で俺の力を二倍にしたのになぜ拮抗して...はっ!!
お前!!相賀!!貴様、拡張でこっそり左腕を伸ばして両腕でやってるな!
く、確かにアナザーを使っているのはお互い様だ。ならばここからはフェアに行こうか!!
「なんだか、あんなことがあったのにこうやってお話ししているのは不思議な気分ですね」
「確かに、あんな天変地異みたいな攻撃を受けた後に何事もなく話せるなんて思わなかったな」
「うっ...いや、アレは私の力だけではできないですし」
「そうか?いや、確かに、エマの力も凄いがもっとも反則だったのはノアのほうか」
「ええ!?そうかな?」
おおおおおおお!!
おっしゃああああああああ!!勝ったぞおおお!!
「あ、終わったみたい」
「十六夜さんが膝から崩れ落ちてる」
「仕方ない慰めてやるか…」
俺と相賀の闘いはまさに延長戦というべき白熱したものだった。
かろうじて勝利をもぎ取った俺は満足だ。
「ほら、立てオウガ」
「零…」
「何を馬鹿な事を…増幅を相手にまともに勝てるわけないだろう?」
「え、」
え?
コイツ、それが解かってて腕相撲提案したのかよ。
「それよりも、のどが渇いたおかわり」
「…あ、ああ」
「嫉妬かな?」
「嫉妬かもね」
「悪いことしちゃったかな?」
「いや、いい仕事だったと思うよ希空ちゃんは」
なんか、女性陣がひそひそしてて俺も寂しさで悲しかった。




