堕落-エンジェルフォール-
軽い。
最初に思ったのはそんなこと。
輝くそれは今まで、私が使っていた使い勝手の悪い重圧ではなかった。
それは確かに私の求めていたすべてがそこにあった。
私の求めて、渇望して、あさましいほどの欲を焦がしたものだった。
それは孤高。
それは自由。
それは、ただそこにある。しかして、意味を持つために集う。
それが私の望み。
だからこうして星は答えた。
押さえつけるだけだったそれは私に自由を与えるための羽であると理解できてしまった。
「こんな土壇場で、こんなかっこよく覚醒するなんて……ズルくない?」
「どうなんでしょうね?私としてはこんなに待たされたことが不服でしかないです。もっと早く名前を教えてくれていればもっと簡単だったのに」
「それはそうかもね」
天使は輝く光の羽を撒きながらも、自身の頭上でも光を収束させていく。
私はさっきの宣言通り、比べ合いのためにアナザーを強く強く、輝かせる。
力を引き出すために。
八つのアナザーはオリジナルを中心に円運動を指せて力が効率よく循環するように廻し続ける。
それは小さい星の動きのように。
今まで指向性を持たせることで出力を無理やり上げていた私の何かに働きかける力。
それが今では星の持つ重力と磁場の特性から生まれたものだったと自覚して、それを自身の周りに強く発揮する。
私は意識して重力に干渉する。
一人だけ空で見下ろす天使に私は意趣返しがしたかった。
重力の楔から解き放たれ少しずつ、宙へと運ばれる私の体。
地上を離れて私は空に立つ。
「浮けるんだ……やっかいだね」
「そう思ってくれるならよかったです。これでようやくあなたと対等に戦えそうで」
「対等...だといいけどね」
天使は収束させたその光を、今までのように放つ。
しかし、収束されたエネルギーが段違いであると直感で分かる。
今までと比べると明らかに長い間、チャージされていた光が私を殺す矢となって襲い掛かってくる。
私は、私の周りを支配している重力圏を意識する。
今までは弾いていた。
それは私の力がそういうものだと思っていたから。
だけど、天使は言っていた。能力はイメージだと。
能力の本質から外れすぎないのならイメージ次第でなんでもできると。
実際、重力を操れるから浮けるというのはよくわからないだろう。
それでもできると思ったからできている。
なら、重力でも斥力でもなくて星とは何かを考えて、出来そうなことができる能力と言事ならば。
星は光を曲げる。
超質量の崩壊した黒い星は光すら逃げられないという。
ならば、星は光に干渉できる。
まっすぐに向かってくるレーザーを私は弾かない。
ただ、イメージのままにそのレーザーに干渉してその軌道を曲げる。
「何!?」
結果、レーザーは私を避けて通った。
強すぎる重力によって空間が歪むように、私の干渉によってレーザーの軌道が歪んだ。
もう私はあの攻撃を怖いとは思わない。
「それは、もう私の脅威じゃない。何千発撃とうと、そのことごとくを逸らして落としてあげる」
「...だが!光が通じなくとも私にはまだ翼がある!!」
「その前に...今度は私の番です」
次は攻撃。
相も変わらず、出力は上がっても直接的な攻撃ができる能力じゃない。
押さえつける重圧の出力も上がっているから、強いて言うのならそれが直接的な攻撃になる。
でも、それはきっと一瞬縛り付けることはできても決定打にはならない。
だから、結局、私の必殺技はコレだけだ。
「...っふう!!!!」
「...嘘でしょ?」
私は重力の干渉の範囲を広げる。
私だけじゃない、この場にある頑丈で大きなものへと。
それを浮かして力を貯める。できるだけ強い力を。
「...コンテナを!!」
「斥力加速砲!!!!」
そうして放たれたコンテナという名前が付いた鉄の塊は、自分でやっておいてなんだが凶悪なほどの物理エネルギーを持って天使に襲い掛かった。
「光ォ!!!!」
その迫るコンテナに対して、天使はとっさに迎撃をした。
それは私に撃っていた貫くような細い物ではなく、飛んでくるコンテナを包むような飲み込むような大きくなレーザーだった。
もし、それが貫くように放っていたのなら簡単にコンテナを貫き直線状にいる私にも襲い掛かっていただろう。
だけれど、身の安全を優先した天使の一撃はコンテナと拮抗し数秒ののちにコンテナがその形状を変化させていった。
やがて、そのレーザーに溶かし崩されたコンテナはその勢いを失って落下した。
「なんて、暴力を……」
「まだ、私のターンですよ」
「冗談……」
最初に撃ちだしたコンテナを目隠しにさらに複数のコンテナを天使のさらに上空に浮かせる。
浮遊するコンテナは私の重圧で加速していく。
単純な質量兵器。
それは流星。
それは疑似的な天災となって。
「堕ちて!!」
天使を堕とす。
後に残るのは轟音と全てを破壊した証たる粉塵だけだった。
―――
最初の記憶はもう覚えていない。
ただ、私の他に私のような子供がたくさんいた。
そこから何も変わり映えのしない毎日。
いや、日付が変わるほどそこにいたのかも分からない。
あの時の私にはあまりにも何もなかったから。
そして気が付けば私は一人になっていて、そこからは思い出したくない。
ただ、苦しくて。
ただ、痛くて
ただ、ただ、ただ
そうして私は梟にであった。
知らなければよかった。
知らなければ欲しがることもなかった。
そんな外の世界を教えられた。
私は籠の鳥であることを自由に飛び回る梟に教えてもらった。
だから、私は外に逃げ出した。
仮初の自由を欲して外に飛び出した。
梟は笑いながら、本当の自由が欲しいなら力を集めろって言ってた。
私にはそれが何なのか、梟が何をしたいのか分からないけれど、なんだか嗤われているようで嫌な気分だった。
それから私はしばらく、この街で追われて過ごすようになった。
逃げた籠の鳥を取り戻すために、どこからともなく私を捕まえようと機械仕掛けの人間が襲ってきた。
戦って、戦って、逃げて。
そうして、疲れて、倒れた時にはなけなしの冷静な自分が誰にも見つからないように小さな路地裏へと体を押し込んで意識を失った。
気が付いたときには知らない部屋にいた。
知らない柔らかなベッドに寝かされていた。
目がちかちかするほどに物で溢れた不思議な部屋だった。
実験室以外でこんな部屋は見たことがなかった。
その初めて見る光景に驚いていると部屋に近づく足音が聞こえた。
誰だろうか、私をここに連れてきた人間なのだろう。
敵か、それとも梟のように何か目的があるのか...
私は逃げつかれた体を隠すように原初の翼で自信を多い、部屋の入口を警戒した。
そして、その扉から姿を現したのは見たことがない筋肉で覆われた、およそ人間とは思えない体躯の男だった。
怖かった。
それは男がではない。
その男が何を考えているのか分からないのが怖かった。
私には分からない。私にはない。私には必要のないモノがそこにはあった。
初めて美味しいものを食べた。
初めて暖かい布団で眠った。
初めて困るという感情を知った。
初めての……名前。
そんな毎日で梟が教えてくれた。
それが心という名前の欲望だと。
何かを欲する。だからこそ、心が生まれるのだと。
知らなきゃ欲しがれない。だから、ようやく芽生えた心だと。
そして、機械仕掛けの人間とまた出会った。
それは運よく、オウガが学校に行っている時間で、私一人の時だった。
十分に休息した私には大した敵じゃなかったけど、新しい欲望を知った。
傷つけたくない、迷惑をかけたくない。そう欲するようになった。
だけど、私の力は特殊で使うだけで補足される。
使わなくてもこうして探し出される。
何かで隠さないと、手放さないとダメなんだ。
そして、また梟がやって来る。
楽しそうに、いやらしく嗤いながら。
「なら、別の力を手に入れればいい。それで今ある力を隠して、代わりの力で戦いなよ。ぴったりの力を知っているよ」
その怪しい言葉を私は信じるしかなかった。
私に許された選択は少ない。
そして、光を翼を手に入れた。
「おめでとう!これで君はもう怯えることなく暮らせるね?でも、代わりに僕のゲームに参加することになっちゃったね。安心してよ、ゲームに勝てば願いを叶えてあげるからさ」
私は取り返しのつかない事をしていたらしい。
だけど、私は最初から取り返しがつかないのだからしょうがない。
それでも、オウガにだけは迷惑を掛けたくなかった。
でも、こうなってしまってはそうもいっていられない。
だから私はオウガに拡張のアナザーを渡した。
オウガは笑いながらそれを受け取って任せろと言っていた。
ああ、このお人好しな男だけは守ろう。
そう思ったんだ
―――
「零ッ!!」
鉄くずと瓦礫の荒野の中で天使をその腕に抱いて、今にも壊れそうな声を上げる相賀を横目に俺は近くでコンテナの残骸に身を預けている六鹿と希空の元に行く。
「派手にやったな」
「……少しやりすぎちゃいました」
「でも、勝ったよ」
「ああ、生きててよかった」
「疲れちゃいましたけどね」
「そりゃそうだ」
まさに満身創痍。
まぁ、港の一画をこれだけの規模で破壊するような闘いだ。そうなってもおかしくはない。
俺はアナザーを起動して、六鹿の手を取る。
「?」
「ちょっとしたおまじないだ。増幅」
それだけ言って、六鹿の治癒力と気力を増幅する。
その効果を感じ取ったのか六鹿は目を見開いて驚いていたが、さすがに気力を一緒に増幅しても疲労をごまかしきれなかったようで、回復するにつれて瞼が落ちていった。
やがて、穏やかな寝息を立てたところで俺は治療をやめて相賀と天使の元に向かう。
思ったよりも天使の状態はボロボロだった。
すでに気を失って能力が解除されているため、羽も光の輪もないが逆にそれによってただの少女の痛ましい姿に罪悪感が湧く。
天使は体中のいたるところに切り傷や打撲跡があり、どれだけ激しい闘いだったかというのがこの周囲の光景よりも生々しく感じられた。
「零ッ、零ッ大丈夫か!!」
「相賀。大丈夫だ、生きているなら」
「晴ッ助けてくれ...」
「ああ」
正直、天使は俺らにとって危険人物だ。
相賀の思いも分かるし、現状を見ると心が痛む。
だけど、そもそもの理由を思い出すと少しだけ逡巡する。それでも、相賀の悲痛な願いは無下にできない。
俺は六鹿に行ったのと同じ治療を施す。
見た目でわかりやすい傷が多かった分、天使の方が劇的な変化が訪れていた。
巻き戻しのように消えていく傷に相賀が安堵のため息を吐く。
そのままみんなが復活するまで休みたいが、派手な戦闘を行った後でずっとここにいるわけにもいかない。
「とりあえずさ、Lunaに行かないか?腹減ったし」
「...ああ、そうしよう」
俺の言いたい事を分かっているのか相賀はそれを了承して天使を抱いて立ち上がる。
俺も六鹿を運ばないとだな。
「希空は自分で歩けるか?」
「う、うん。私はまだ大丈夫」
「無理はするなよ?」
俺は六鹿を背負い、みんなでこの場を離れた。
長い一日が終わった。




