プロローグ3
ほんっとに日常パート何も思いつかん
家へ帰る。
ただそれだけなのに久しぶりに感じるのは、珍しく濃密な1日を過ごした証拠なのだろう。
鍵を開け、暗い一軒家に明かりを灯す。
「ただいまっと」
返事はない。ただ1人には広すぎる家に飲み込まれて消えていくだけだ。
一人暮らしという訳じゃない。
両親共に働きに出ていて家を空けることが多いだけだ。
数年前は妹の希空と2人で過ごしていたが、今は寮に入ってしまい俺一人になっている。
両親の職業柄、大量の機械が置いてあるリビングで息を深く吐く。
色々あって疲れていたが、家には食べるものは何も無い。
1人で暮らすようになってからは自炊とは程遠い生活のため常備された食べ物は家になかった。
「外に食いに行くか…」
コンビニという手もあるが、なんとなく今日は外食をしたい気分になったので街に再度出ることにする。
一度、制服を脱ぎ捨てて私服になってから家を出る。
外はすでに日が落ちて街は街灯によってその明るさを保っていた。
人工の光によって照らされた街を呆けるように眺めながら、何を食べるか考える。
何も決まってはないがたいていの店が集まる駅に向かって歩を進める。
その途中で一つのカフェを見つける。
喫茶「Luna」と書かれた看板が煌々と明かりをともしていた。
いや看板はカフェのようだが扉の佇まいがバーのようで、果たして入っていいのか躊躇われる。
そんな、いい意味で大人の雰囲気を漂わせる不思議なカフェ。
この道は普段もよく通るが昼間は看板も表に出てないため特に気にしたことがなかった。
「カフェか…」
この時間までやってるカフェ。
見るからに個人経営といった趣だ。
今日、ここで目に入ったのも何かの縁。そう思い、意を決して中に入ってみる。
カランッ
と、店のドアを引くと小気味いい音が響く。
「いらっしゃい」
出迎えるのは思ったよりもずっと若い男だった。
同年代ぐらいじゃないか?
「好きな席、どうぞ」
よく響く低い声。
それに似合う、大きなガタイをした体。
第一印象は若いだったが、それをカバーするような威圧感が備わっていた。
カウンター席に座り、メニューを見る。
一般的なカフェのメニューから、しっかりとした食事も揃っておりなかなかに良いカフェとようだ。
とりあえずパスタとコーヒーを頼んでみる。
たいして待つこともなく出された料理。
頼んだのは普通のミートソース。
程よいトマト特有の香りが鼻を通り、食欲を刺激する。
完璧な時間で茹でられた麺は、綺麗な小麦色で光をよく反射している。
見ただけでわかる。これはうまいやつだ。
「いただきます」
手を合わせて、パスタをソースにからめながら巻き取る。
ゆっくりとそれを口へと運ぶ。
「……!?うまい...」
うまい。
シンプルに。
「それは良かった。あんた、意外とうまそうに食うんだな」
その様子をカウンター越しに見ていた先ほどの店員がそう言う。
「意外?」
「ああ。学校じゃ...あんなに無愛想で、一ノ瀬ぐらいとしか会話しないのに」
「...うん?学校?」
「知らねぇのかよ、同じクラスだぞ。一応」
「ええ!?マジかよ!え、うちのクラスにこんな筋肉ゴリラみたいなのいたか!?」
「…失礼だな、普通に」
同年代とは思っていたが、同じクラスとは思わなかった。というより、同じ学校とすら思わなかった。
見た目から溢れる出る威圧を感じるほどに出来上がった体。
確かに学校では基本的に他人に興味を抱かずに過ごしているが、インパクトの強い相手は覚えている。
六鹿とかはその例だ。
だから、この店員も一度見たら忘れそうにないが...
「俺も学校じゃ、人とかかわりが薄からな…そのせいか?」
「そうなのか?その存在感で薄くなれるものなのか…」
「あー…それは逆だと思うぜ。俺の見た目は周りを威圧するらしくてな…要するに怖がられやすいんだよ」
「…なるほど、確かにそれは本人がコミュ強じゃないと友達は少なくなるか」
言われて納得だ。
俺も、店員と客という間じゃなければ積極的に関わろうとは思わない。
それぐらいにはこの男はデカい。
だが、
「でも、お前は俺のこと知ってんだよな」
「お前は俺と違って孤立してる理由が別にあるじゃねぇか」
「…?」
「おい、マジか。素であれだったのか…」
「いや、無愛想なのは自覚あるが…」
「そこじゃねぇよ…それもあるがな。お前はシステムに疑問を持ってる。だから遠巻きにされてんだ」
「そんなことで?小学生じゃないんだから、それでハブはないだろ」
「い~や、そんなことだね」
確かにこの街でシステムは絶対に近い。
間違いなぞ、誤差の範囲でしか起こさない。
失敗は確率で言えば1%かそこらだろう。
だから、みんなそれを盲目的に信じる。
でも1%はミスがあるのだ。
人は理性的に行動できるが、感情を無くしたわけじゃない。
0%じゃないなら信用できないという人だっているだろうに。
「そこに疑問を持たせないのがこの街での小等教育だろう?結局のところ、教育ってのは洗脳と紙一重だ。1%に恐怖しないように教育された俺たちがシステムを信じないわけないだろ」
なるほど。
それはそうなのだろう。
俺たちは子供のころからシステムの偉大さを教えられている。
教師から教わったのは自分の未来へ繋げる選択しを増やす方法で、自分で選択する方法ではなかった。
「…というか、お前はどうなんだ?そんなことを堂々と言ってるが、俺に思うとこがあるんじゃないのか?」
「ないな」
「お前もこの街の教育受けてんだろ」
「受けたが、俺のような自営業の子供ほどシステムを信用できなくなるぞ」
「そうなのか?」
「ああ、システムは人生設計を正しく出してくれるが、一日の行動すべてを教えてくれるわけじゃないからな。それはつまり客が理想通り来るかはわからないということ。だからシステムの通りに営業しても破綻することも多いのだ」
他の業種に比べればな。と笑いながら言う。
その表情からは苦労と葛藤がにじみ出ていて、とてもじゃないがその笑み通りの印象は受けなかった。
「でも、お前はそういう理由では遠巻きにされてないんだろ?」
「そりゃそうだ。システムに違和感を覚えても、それを表に出せばこの街の社会からははじかれるだけだからな。この店を守るという意味でも、逆らう意味はないな」
「ああ、そういう」
つまりはそういう処世術というわけだ。
そして、それはとても正しい。
この街で生きていく上でとても正しすぎる。
それができない俺は間違えていて、だからはじかれているのは当然というわけだ。
あまり気にしてなかったが、羽衣もそういう立場なんだろうな。
そんな話をしていたら、気づけばパスタもコーヒーもなくなっていた。
意外な出会いと、結構ためになる話を聞けて、うまい飯も食えた。
今日はこの店に来てよかった。
「ごっそさん。今日はこれで帰るよ」
「はいはい、まいど」
「なんか、カフェってよりラーメン屋みたいだな」
「それは良く言われる。ガタイが良すぎてカフェの雰囲気と合わねぇってよ」
「確かに」
言われる違和感をはっきりと感じる。
どう見てもラーメン屋か中華料理屋をやってる見た目だ。
着用しているエプロンだけが可愛らしくカフェっぽさを失っていない。
「また、え~と…名前何だったか?」
「そういやクラスメイトってことも知らないんだもんな…俺は十六夜 相賀。まぁ、よろしく」
「あ~、たぶん学校じゃ今まで通りだと思うが、よろしく。俺は三船 晴だ」
「知ってるよ」
そりゃそうか、と二人して笑う。
割と気が合うみたいだ。これからもこの店に来ようと思える程には十六夜に好印象を持っている。
「また来るよ」
「またのご利用をお待ちしております」
最後だけ真面目な店員のような受け答えをして俺は満足感と共に家へ帰る。
再び家に帰る。
今度はリビングは通らず、自分の部屋に直接行く。
今日だけで二人。普段話さない人と会話したことで、かなりの疲労を感じる。
普段は使わない、会話のための回路を使ってボロボロになったような感覚。
実際、精神的には疲労困憊だった。
面倒な関係も、いい出会いも、あったがそれとこれとは話が別。
このまま眠ってしまいたい欲求を抑えて、ゆっくりと寝間着に着替える。
そしてようやくベッドに横になれるというところで、ティリスにメッセージが来る。
差出人は六鹿だった。
『三船くん、早速で申し訳ないですが相談したいことができました。明日の放課後、時間を貰えないでしょうか?』
そう完結にまとめられたメッセージ。
昨日の今日というほども時間はたっていないのに相談したいことができたとのことだ。
あの後、警察から連絡でも入ったのだろうか。
『放課後はいつも暇しているから構わない』
そうメッセージを返すと時間を置かずに猫の可愛らしいスタンプが返ってきた。
普段の印象でもそうだが、あまりお嬢様らしくないやり取りになんとなく笑みが出る。
「猫…好きなのか」
そんな小さなことが彼女が同じただの若者であると証明しているようで微笑ましい。
同時に彼女が普通であるほどに、自分が普通じゃないということを強く感じる。
今日の喫茶「Luna」でのことを思い出す。
自分はうまく擬態できないから孤立していた。
それを今日初めて自覚した。
それでも、全く擬態しようと思えないのはこの環境に慣れ切ってしまったからなのか、俺がそれほどにズレているからなのか。
それは決してわからない。
わからないが、それでいいと思うのだ。
そうして眠りについた。