激闘-インファイト-
「ふん!」
十六夜が無造作に拳を振るう。
数メートルは離れているはずの俺の顔面に衝撃が走る。
遠距離攻撃手段のない俺はそれを受けながら、無理やりに近づこうとする。
「おらっ!」
気合の一言共に拳を振るう十六夜。
その姿に反射的に顔をかばうと鳩尾に衝撃をくらう。
いくら体が硬くなっているとはいえ、そこに喰らうと吐きそうになる。
もう何度目か分からないやり取り。
俺と十六夜の闘いが始まってすぐにこの状態になった。
それは十六夜が俺を警戒して近づけさせないように徹底しているのと、俺に近づく手段が攻撃を我慢して強行突破しかない事で産まれた状態だ。
それでも、いくつかわかったことがある。
一つはこの攻撃は十六夜の拳に連動しているということ。
もう一つは確かに効いてはいるが、普通の喧嘩程度の威力しかないということ。
天使の理不尽攻撃に比べれば何段も格が下がった攻撃。
それでも近づけない、対処できないのは、十六夜のバトルセンスが高いからなのか。
「アイツから聞いてはいたが…ホントにタフだな。こんだけ殴ってんだからもうちょっとフラつくとかないわけ?」
「あいにくと、体の頑丈さだけが取り柄の能力なもんでな」
「面倒だな、その硬さ。硬いだけだが、俺も芸がないんでそれを突破できないんだよな」
十六夜は愚痴をこぼすが、そうでなかったら一瞬で闘いは終わっていた。
決して十六夜の攻撃の威力が低いわけじゃない。
俺の能力で体を硬くしても重さは増えないから、耐えられる攻撃でも踏ん張れないことはあるのに不思議はない。
だけれど別に体が軽くなったわけじゃないのに押し戻される。それは、その程度には威力のある攻撃をされているということ。
決して舐めていい相手ではなかった。
「厄介だな、その遠くを殴る能力」
「...だろ?お前相手には滅茶苦茶効くと思ったんだよ」
十六夜の言葉は概ね正しい。
正直、今の状態じゃなかなか壊れないサンドバックだ。
それを変えなきゃいけない。
俺は今、硬いおかげでどうにかなっているが...俺の能力は別に硬くなることじゃない。
六鹿と希空の二人と一緒に色々試して、何ができて何ができないかを確認した。
その果てに俺は少しだけ最初よりも強い身体強化ができるようになった。
だが、それでも通用しない。
さらに上に、何か工夫がいる。
ふと、六鹿が練習していた能力の使い方を思い出す。
範囲を絞って力を増す方法。
練習の時は、放出するような能力じゃないからと聞き流していたけれど...
よくよく考えれば集中するときに目を閉じるように、どこかに力を入れたければどこかの力を抜くのは当然だ。
「?何してんだお前」
俺はそっと目を閉じる。
それを不審に思ったのか十六夜に問われるが、それに答えるような余裕はない。
全身。
今、アナザーから流れてくる溢れるような力は全身にゆったりと流れている。
まるで俺を包むかのように。
ここから必要な物だけを選んで残す。
最初に速さ。俺は近づくために全身を動かさなきゃいけないのに、十六夜は迎撃するのに拳だけを使っている。この差は致命的な速さの差を作っていた。それを埋める。
次に眼。先ほどから何回かはガードに成功しているのは、十六夜の動きから攻撃の飛んで来かたがなんとなく予想できたからだ。それの精度を上げる。視力、特に動体視力を強化する。
最後に残ったものを体の強度、硬さへ。腕力はいらない。硬いもので殴ればそれだけでダメージになるのだから硬さの方が確実だ。
そうしてイメージを構築する。
体を包んでいた力がイメージに沿って動く。眼と足に集中して集まる力。
目を開く。
集中している間に十六夜も俺の変化に気が付いたのか腕を引き絞っていた。
もう、それを放つだけの状態だ。
だけど、その動きは酷くゆっくりに見えた。
「よそ見すんな!!」
その言葉と共に放たれる拳。
普通のストレートパンチ。きっとまっすぐ見えない拳は飛んでくる。
俺はじっと十六夜の目を見ていた。
その目は俺の顔をしっかりと見据えていた。
反射的に体が動いた。
「っな!」
俺は初めて十六夜の拳を躱した。
「...これで、硬さだけじゃなくなったな、こっからだぜ十六夜」
「...この土壇場で隠し技は主人公のやる事だな...かっこいいぜ」
「これで、やっとお前を殴れる」
「やってみろ」
こっからは俺と十六夜での近距離戦も生まれる。
十六夜は意地でも俺を離そうとするだろうが食らいつく。食らいついて見せる。
俺は最初にそうしたように、両足に力を入れて一機に近づくために走り出す。
十六夜はそれを撃退するために両腕でやたらめったらに拳を放ち始めた。
「気が付くの早すぎだろッ!!」
思わず悪態が付いて出る。
何とか躱せている。掠ったり、躱しきれなくて当たりそうなのは防いでいるがヒットは極端に減った。
それでも、たった一回躱しただけで、俺がアイツの視線から着弾点を予想して避けたことがバレた。
だからこその乱打。
「俺の能力!その弱点は俺がよく知っている!!お前も気が付いてるだろう!」
十六夜の能力についてはある程度分かってきていた。もう結構殴られているから。
効果としては単純に拳を飛ばすとかなのだろう。
ただ、条件がある。
今までの攻防で一度も正面以外からの攻撃が飛んでこなかった。
正確には背中からの攻撃はなかった。下からだったり、フックみたいなのが脇腹に来たことはあっても真後ろはなかった。なら恐らく。
「俺の拡張は拳を拡張してお前に中てている。中てられるのは俺の見えている範囲。見えている場所にだけ...だから、お前が俺の目を見て躱すのは、一番簡単な攻略法なんだぜ」
「...あれだけくらってれば、さすがに気が付くさ」
「まぁ、逆にそんだけ簡単な弱点ならちゃんと対策もあるってことだ。この乱打もそう。見えていようが躱せない物量で押し潰す」
少しでも当たらないよう、的を絞らせないようにジグザグに走り回りながら躱し、近づく。
先ほどよりも確実に早くなたとは言え、自分に近づくと分かっている物の軌道は読みやすいのだろう...数発、いや十数発は俺の体に攻撃が届いており、それを捌くのに足を一瞬止め、そのすきに一発貰う。
2歩進んで1歩下がるような地味な攻防が始まった。
―――
恵麻さんと天使の撃ち合いが始まってすぐにこの場の地形は変わりつつあった。
天使は翼のアドバンテージを最大限生かすかのように、空に舞う。
恵麻さんはそれを冷静に一度に二、三発同時に弾丸を撃ちだすことで天使の逃げ道が少しでも減る様にしている。
天使はそれを翼でガードしたり躱したりしながらレーザーを撃つけれど、それは恵麻さんのバリアに弾かれて防がれる。
一進一退。
膠着状態ともいえるこの状況に、流れ弾によって周囲のコンテナは穴だらけ、溶けて歪んだりしているのもあって、まさに戦場と化していた。
だが、やはりというべきか...少しづつ、確実に天使の方が優勢になっていた。
天使のあのレーザーにどれだけの集中力と気力が必要かは分からないけれど、傍から見ている分にはかなり気楽にぶっ放しているように見える。
それに比べて恵麻さんは、一撃でも喰らえばゲームオーバー。攻撃よりも防御に精神力を使いすぎて、体はほとんど動かしていないのにうかがえる表情は険しく、額には汗が滲んでいた。
私はそれをコンテナの影で見ていることしかできない。
私の能力は戦闘向きじゃないから。
役目の瞬間まで信じて隠れることしかできない。
最初に作戦を立てていた時、今こうして天使と対峙するのは兄さんと恵麻さんの二人だった。
いざ、その時が来た時も私が失敗した時のために兄さんがフォローに入る予定だった。
でも、今はその兄さんがいない。
恵麻さんだけで、天使に隙を作らなきゃいけない。
私も、その隙を突かなきゃいけない。失敗したら、私たちは死ぬ。
それが酷くプレッシャーとしてのしかかる。
どうしてこうなったんだろう。
どうしてこんなことをしなくちゃいけないんだろう。
でも、私たちの平穏のために
天使や他の脅威から身を守るために
戦うって兄さんと恵麻さんは覚悟を決めていた。
聞けば、兄さんは自らこのアナザーを巡る騒動に首を突っ込んだという。
兄さんは考えなしだったというけれど、それでも今はちゃんと向き合って前を見据えているのは凄いと思う。
一人では恐怖と困惑に押しつぶされそうになっていた私とは違う。
その違いが、安心感と尊敬に繋がっていたと自覚している。
私にはできない覚悟が、私にはできない考え方が、私にはできない命を張る行動が、兄さんへの信頼に繋がっていた。
今、兄さんは一人で戦っている。
私たちにこの役目を押し付けたことを悔やみながら、それでも信じると言ってくれた。そして、任せてくれた。
私はまだ怖い。私はまだ後悔している。
覚悟も決意も足りていないけれど...
兄さんに置いていかれたくないから。
その想い一つで、私は息を潜める。
天使がきっと、最も隙だらけになる瞬間。
その一瞬が来るのを待つ。
恵麻さんと天使の攻防はまだまだ続く。
決着は未だ遠い。




