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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
第2章-増える宝、天に輝く使いの翼-
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開戦-ヒートアップ-

 あれから週末が訪れるまでの数日。

 それはいたって平和な日常だった。

 元々、十六夜とは学園での関わりはなくない。俺たちの関係はあの喫茶店で完結していたため、敵対が決まった時点で俺たちは毎朝顔を合わせるだけでそれ以外の関係は無くなってい


 ただ、緊張感と敵対心のようなひりついた空気は日を追うごとに積み重なっていった。

 それは六鹿や希空も同じの様で、学園での六鹿はどこか上の空でクラスメイトに心配されているところをよく見るようになった。

 希空も、普段ならたまにあるだけの中身のない会話が増えたように感じる。まるで、何か別の事を考えたいとでもいうかのように増えたメッセージに、気持ちを察しつつもどうしようもないことに少し歯噛みする。


 そうして時間はあっという間に流れていった。

 何かを待つときほど時間は遅くなり、何かに追われているときほど時間は短い。

 決闘の時間を待ち、十六夜といざ戦うのだという覚悟に追われていたこの数日は短くとも長い不思議な数日だった。


 覚悟と不安と少しばかりの高揚を胸に約束の場所へ向かう。

 特に正確な時間は決めていなかったが、アイツは策があるならそれに乗ると言っていた。

 ならばその言葉に甘えて、しっかりと準備は整えておこうと思い俺たちは昼過ぎのまだ太陽が昇っている時間に来ていた。


「悪いな...」

「何がですか?」


 とは言え、物理的なトラップの類を仕掛けるような知識も技術も俺たちは持ち合わせていない。

 だからできる事と言えば、現場の下見とそこからどうやって自分たちに有利な動きに誘導するかだ。


 俺たちは未だに立ち入り禁止となっている倉庫街にアナザーを起動した状態ー誰の記憶にも記録にも残らないようにした状態で下見を行っていた。

 そんな中で、俺は今更ながら天使という脅威を二人に押し付ける形になってしまったことを後悔していた。


「結局、俺は危ないことを押し付けて望みを優先にした...」


 それは傍から見れば紛れもない逃げなのではないだろうかとこの数日で思ってしまったのだ。

 実際、俺は自分の気分のいい方へと逃げたのだろう。

 友達になれると思っていた、いい奴だと思っていた奴が向こう側だったことに対する憤り。

 それがアイツとはちゃんと決着をつけなくちゃいけないと思わせてしまった。

 気持ち一つで仲間を危険にさらすなんて馬鹿のすることだ。


「...いいえ、違いますよ」

「違わないだろ」


 六鹿はそんな俺の弱気を悟ってか、優しく反論する。


「違います。いいですか、私たちの策は最初っから最後まで天使が私たちを下に見ていること。慢心して油断していることが前提です。でも、十六夜くんは油断なんてしないでしょう...なら、多少のリスクは承知でも彼と天使は分断するべきです。そうでしょう?」


 六鹿の言っていることは正しい事のように聞こえた。

 一理あるどころではない、それ以外に選択肢なんてないような福音のように聞こえてしまった。

 それでも、心のどこかで信じ切れていなかった。


 もっといい方法があったのではないか?

 もっと安全な方法が、もっと確実な方法がどこかにあったのに気が付けなかっただけじゃないのか?

 六鹿は俺が立ち直れるように言ってくれているだけじゃないのか?


 そういう思いが断ち切れなかった。


「兄さん!兄さんはさ、私たちが負けると思ってるって事?」

「そうじゃない、俺はただ...必要のない危険に巻き込んでしまったと思って…」

「だからさ、それがどうして危険だなんて思うの?大丈夫!私たちはきっと勝つよ。作戦も上手くいく。だから、兄さん一人がどうこうしたって関係ないんだよ」

「いや、でも...」

「そうですよ、晴くんは私たちを信じてくれないんですか?一緒にアナザーについて悩んで、巻き込まれた私と、あなたの妹の希空ちゃんの事を」

「...」


 六鹿も希空も、俺の事をまっすぐに見つめてくる。

 それは力強く、輝きに満ちたまなざしで、目が眩みそうだった。

 そして―


「信じ...れないなんて言えないな、そんな風に言われたら」

「なら、任せてよね!」

「私たちも信じてますからね」


 言葉を交わして、決意を新たに下見を終える。

 最後に作戦の流れを確認して、準備は万端だった。

 したことはたったそれだけだったのにまだ上にあった日が傾きを見せて、空に赤みが点したころに奴らはやってきた。


「約束通り来たぜ、三船」

「おう、準備万端だよ...十六夜」


 十六夜と天使は実に無防備にやってきた。

 ただ、すぐ近くのコンビニに行くかのように気楽に、気負うことなくアナザーも起動していない様子だった。


「ついて来い、俺たちはこっちだ...一騎打ちでいいんだろ?」

「ああ、もちろんだ」


 俺は十六夜に首で道を示して歩く。

 数歩歩いたところで振り返り、六鹿と希空に伝える。


「気張れよ?」

「はい!」「うん!」


 その短いやり取りだけを残して俺は十六夜と共にこの場から離れた場所に向かう。

 話したい事、話さなきゃいけない事はすでに済ませた。

 信じるといった傍からその想いを裏切れない。

 だから、もう振り返らないで進む。


「随分、自信満々だな?アイツの強さは知ってるんだろ?」


 別に急ぐような場面でもないのでゆっくりと歩いていたから、なんだか不思議な時間ができて、十六夜から話を振られる。


「そこを心配しても仕方ないからな...それに」

「それに?」


 俺はこのやり取りがなんだか無性に笑えるものに思えて口元が歪んだ。

 まるで何かのドラマか映画のようにお互いがかっこつけていて…そしてそれを大真面目に交わして、これから漫画のようにコイツと殴り合うのだという事実が面白かった。

 だから俺はわざとらしく、大袈裟に、滅茶苦茶うざく感じるように言ってやるのだ。


「それに、お前をさっさと倒してから助けに行けば何も問題ないだろう?」

「……っは!言ってくれるなぁ」


 十六夜も俺のそのわざとらし過ぎる言動に俺の意図するところを理解したのだろう。

 大袈裟に肩を揺らしながら軽口を返してくる。


 心地よい言葉のラリー。

 それが一層、こいつとは友達になれたんだろうと考えさせる。


 ある程度離れたところで少しだけ開けた道のようになっている一画に出た。

 恐らくは規則正しく積み上げられたコンテナを積み下ろしするためのフォークリフトとかが通るための道なのだろう。

 横幅は十分あり、少し距離を取って戦うのに適しているともいえる。


 何も言わずとも、間合いを開けるように離れていく十六夜に「心得てんなぁ」と思ったが、それは心にとどめておいた。

 これ以上は気が抜けすぎそうだと思ったからだ。


「さて、始めるか?」

「その前に聞いておきたい事がある」

「何?」


 十六夜はいつでもかかってこいと言わんばかりに拳を合わせて、戦意を露わにしていた。

 だが、俺にはどうしても聞いておきたいことがあった。


「話なんて意味ないだろ?あの時、言ったはずだ。俺たちの話し合いに決着はない。戦う以外ないんだって」

「それでも、聞いておかなきゃいけないんだ…」

「…なんだよ」

「…天使は人を殺してる」

「知ってる」

「お前はそれを承知で天使の味方してるってことだよな?」

「前にそう言ったつもりだが?」

「なら、お前は人を殺したのか?」

「ッ…!!」


 俺が聞きたいのはその一点だけだった。

 俺は十六夜が人殺しができるとは思ってはいない。

 確かに、見た目は厳つい。控えめに言ってゴリラだ。

 だけど、いい奴だ。


 天使の味方をしている時点で、人殺しに対してはしたことがあるかどうかはともかく容認…少なくとも黙認っていうスタンスなのだろうことは伺える。

 だから確認したいのは、これまでとこれから人を殺す可能性についてだった。


「どうなんだ?十六夜…お前は人を殺したのか?これから殺すのか?」

「三船…お前に大事なものはあるか?」

「あ?」

「俺にはあるよ、大事なもんがある。店もそのうちの一つだ…いつか、お前に言ったよな?自営業の子供ほどシステムを信用できなくなるって、あの時、お前は特に疑問に思わなかっただろうけどな、普通はそれでもシステムを信用するんだ」

「何の話だ...?俺の質問に関係あんのか?」

「ああ、あるね。普通はさ、それも含めてシステムの言う通りにするのがこの街の人間なんだよ...反吐が出るな?俺は店が大事だからそんな風に割り切れないんだけどな?」

「それのどこに関係が...」

「だから、」


 十六夜の話はきっととても大事なもんなんだろう。

 でも、それが俺の質問にどう関係しているのかが分からなかった。

 俺には十六夜の気持ちが分かる。

 だけど、関係が分からない。


「俺は、大事な物()のためならこの街の絶対の意思(システム)に逆らえるって言ってんだよ!!」


 十六夜の激昂。

 その叫びは、俺には理解できてしまった。この街のシステムの気持ちの悪いほどに統制された、正義が間違っていると叫ぶ十六夜に共感してしまった。


「簡潔に言うならな!俺は大事な物のためなら人殺しぐらい平気でやる人間だって事だ!!」

「...そうか」

「そんなこと聞くお前はどうなんだ?システムに疑問を持って、こんなことに関わって、お前はこの先で人を殺さないって言えんのか?」


 その十六夜の問いかけは随分と核心を得ていた。

 なるほど、俺に足りないのは信じる事の他に覚悟もそうだったようだ。

 十六夜の示した覚悟に俺は届いていない。俺はそこまで考えていなかった。生き残る事で精一杯になったつもりだった。

 そういえば、俺は天使と戦う上で…天使との決着をどうつけるつもりだったのだろう?

 その大事なことを考えずに六鹿と希空に託してしまったことを後悔した。


 後悔ばかりだ...


「そうだな...きっと、同じことを言うよ。俺とお前は似ているからな...きっと遅いか早いかだ」

「それでも、邪魔すんだろ?」

「ああ、ここでお前を天使を野放しに出来ない。俺たちが無事に過ごすためにお前らは邪魔だから」


 問答は終わり。

 合図があったわけでもなくお互いが口を閉じて構える。

 すでにアナザーを起動していた俺は、胸元で輝くそれに体を強化するように念じる。

 力が湧く。体が頑強になっていくのを感じる。思考がクリアになって、時間がゆっくりになったように錯覚する。


 十六夜はポケットからアナザーを取り出して起動する。

 そしてそのまま拳を引き絞り、この戦いの開始の号砲を放つ。


拡張(エクファシオン)!!!!」


 随分と遠回りな友達になるための一歩を踏み出した。

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