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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
第2章-増える宝、天に輝く使いの翼-
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約束2

 十六夜からの問い。

 それに対し、俺たちはなんと答えればいいのか分からなかった。

 十六夜は俺たちの事情を知らない。

 俺たちが巻き込まれているあれやそれを知らない。

 今、親し気に店に招き入れようとした少女がどれほど危険な相手なのかを知らないのだ。


「十六夜…どこから説明すればいいのか分からないが、今はとりあえずここから離れてくれないか?」

「はぁ?何言ってんだお前?」

「事情はまた説明するから、頼むよ」

「あのなぁ…確かにお前はいい奴だけどよ、急にうちの客相手に外でなんだか言い合っていたみたいだし、特に事情を話すわけでもなく俺の大事な店から離れろなんて言われて、はいそうですかとはならねぇだろ」


 説明できない歯がゆさはもちろんあった。

 説明しても信じてもらえないという思いもあった。

 それでも、短い間に分かった十六夜の人柄に甘えた要求をした。

 しかし、それは当然のように通らなかった。


 十六夜の言っていることは正しくて、俺はそれを覆すだけの言葉を持ち合わせていなかった。


「よくわかんねぇこと言ってないで、お前らもうちに来たんならなんか注文していけよ...とりあえず席は離して座れよ」


 十六夜の言ってることは概ね正しい。

 何も知らない人間の対応としては正しい。

 だけど、何かを忘れているような気がした。

 何か致命的なことを忘れているような気がしたんだ。


「十六夜さん、聞きたいことがるのですがいいでしょうか?」

「なんだ?それは店の中に入る前にしなきゃいけないのか?」

「はい」


 十六夜の言葉に返す言葉を失って、それでも気になる違和感に困惑していると六鹿が一歩前に出て十六夜に問いかける。

 六鹿の表情は真剣そのもので、それはともすればあの天使と対峙していた時よりも深刻な表情をしていた。


「手短に頼むよ」

「わかりました」


 その真剣さは十六夜にも伝わっているのか、明らかに仕方がないといった風に店の壁に背を預けて質問を促す。


「まず、前提のお話です。十六夜さんがどうかは知りませんが、私たちの知識は全てがあの男から教えられたもので、それが正しい物なのか私たちには判断する方法がありません」

「?…何の話だ?」


 六鹿は淡々と話し始める。

 それはおおよそ今この状況に沿ったものとは思えない内容。


「その知識の中には私たちの懸念を払拭するものがありました。私たちがこれを手に入れて、今の状況に巻き込まれたとき、最初に思った懸念事項。つまりは()()()()()()()()()()()()()()。それが払拭されました」

「だから、何の話だ?」


 六鹿は意図的に主語や重要なキーワードを省いて話している。

 分かる人には分かる様に、分からない人には分からない様に話している。

 そして十六夜の反応は分からない人の反応だった。

 だが、俺は…俺には、その話が分かってしまう。

 六鹿が何が言いたいのかにも気が付いてしまった。


「あの男は言いました。「莫大なエネルギーに触れることで記録や記憶に障害が残る」と、それがどういった形で現れるかは私も知りませんが、後に影響が出るなら現在進行形で触れていて何も影響がないとも思えませんね?」

「……」

「十六夜…」


 六鹿の言葉はまるで罪人を糾弾しているように鋭く冷たい。

 それを受けた十六夜の表情も温度が削られていき、冷たさを帯びていく。


「さて、私たちは天使を警戒してアナザーを起動しています。莫大なエネルギーをまき散らすという装置を起動しているんです。その私たちに普段と変わらず接することができる人間って言うのは普通というのでしょうか?」

「…何のことか分からないけど、まるで俺が人間じゃないみたいな言い方だな?」

「そう聞こえたなら謝罪しましょう。でも、もう一つ。天使は前からこの店に居て私たちがこの店に来ているのを知っていると言っていた。私たちはこの店に内緒話をしに来ているんですよ?怪しい人がいたら気が付ける程度には周囲に気を配っていたのにいつ?とこで?」

「…知らねぇよ」

「客には知られない場所から一方的に客を見るなら…例えば店のカウンターの奥とかでしょうか?」


 それは六鹿の推測。

 ただの推測と流すことは簡単でも、あり得るかもしれないと思ってしまった思考は簡単には切り替えられない。

 俺は十六夜の事を何も知らない。

 偶然見つけた店で出会ったちょっと気の合う他人だ。


「十六夜、そうなのか?」

「何がだよ」

「お前は天使の仲間なのか!」

「それがどうしたっていうんだ?」


 十六夜は開き直った態度で飄々と答えた。


「おい、分かってるのか?天使は人を殺してんだぞ!!殺し合いの趣味の悪ぃゲームに参加して積極的に人を襲ってるんだぞ!?」

「だから、それがどうしたって言ってんだよ」


 事態の重さを、言葉の重さを感じさせないそのもの言いが俺の神経を逆なでる。


「十六夜さん、私はあなたの事を良く知りませんが…人殺しに加担するような人には見えません」

「見えないだけだろ?人を見かけで判断しちゃだめだぜ、六鹿」

「お前はなんでそんなこと言ってんだよ!言ってたよな、お前、店を守るって…あんなのに協力してたら店どころじゃないだ―!!!」


 瞬間、何が起きたか分からなかった。

 ただ、何かが飛んできた。()()()()()()()飛んできた。

 それが俺の顔面に飛んできて、俺を吹き飛ばした。

 遅れてやって来る痛みで、俺は何か攻撃を受けたのだとようやく認識する。


 なんだ、今のは?

 見えない何かが顔に飛んできた。

 俺はそれに似た現象を知っている。


「…魔弾?」


 誰に聞かせるわけでもなく、口の中で考えを呟く。

 だが、違和感もあった。

 魔弾とは違って衝撃が大きかった。

 魔弾がその名前の通りに弾。小さい衝撃が襲ってくる感じだったのに対して、今の衝撃はもっと大きかった。


 それに、魔弾のアナザーはあの時ボロボロになって壊れたはずだ。

 同じものが存在しないなんてことはなくて二つ目なのかもしれないが、それでも違うと直感がそう言っていた。


「三船よぅ…ちょっと黙れよ」


 それは先ほどまでの冷たい雰囲気とはまた違う、激情のような煮えたぎるほどの温度を持った言葉だった。


「晴くん!?」

「兄さん!」


 あまりにも急なことで硬直していた二人もようやく現実に認識が追い付いたのか、俺に声をかけてくれる。

 だが、俺はそれに返事することもできない。

 十六夜から注がれるその殺気すら感じるほどの視線に目を、意識を逸らすことを許されていなかった。


「三船、お前に何が分かる?何も知らない、何も分からない、俺のこともアイツのことも。そんなやつに言われる筋合いはねぇよ」

「言ってくれるな...確かに俺は何も知らないよ。だけど、人殺しはダメだろ?何を言ったってそれはお前も分かってるはずだ。何、物語の悪役ぶってんだ筋肉バカが」


 すでに、場は話し合いの空気は消えていた。

 先ほどまでの一触即発の空気ではない、すでに爆発してしまった闘いの空気に変わってしまっていた。

 気が付けば十六夜はいつの間にか胸元でアナザーを輝かしていた。

 俺はそれを見て、身構える。

 六鹿も希空も、すでに状況が変わったのを理解していていつでも動き出せるように構えていた。


「このままやり合うつもりか?こっちが数では勝ってるぞ?」

「ふっ、情けねぇな数に訴えなきゃ勝てねぇってか?」

「んだと?」

「ピキってんじゃねぇよ、事実だろ?」


 落ち着け、現状は俺たちが有利。

 十六夜がどこまでやる気かは分からないが、別に俺たちは殺し合いがしたいわけじゃない。

 無力化できればそれでいいのだから冷静になれ。

 だが、問題はあの店の中。そこには今の俺たちにはどうしようもないほどの絶望がいる。


「怖いんだろ?アイツが、アイツ一人でどうとでもこの盤面をひっくり返せるもんな」

「なんだよ、煽る割にはお前も女の子に頼りきりじゃねぇか」

「あ?」

「お?」


 さっきの意趣返しに揚げ足を取って煽る。

 どうやらこの筋肉バカは俺よりも煽り耐性が低いらしい、扱いやすいのは助かる。


 さて、煽ったはいいが十六夜の言っていることは正しい。

 というより、こいつが天使に肩入れしているならこの店に天使が居る可能性は今後も高いのだろう、こちらから準備万端で襲うという作戦のために居場所を特定するという当初の目的は達成している。

 先ほどは冷静になり切れていなったが、今なら安全に逃げられるのだから俺たちはこのまま離脱でも構わないのだ。


「いつまでイチャついてんの?」


 その言葉は頭上からした。

 それだけで、俺たちは体が固まる。…戻ってくんのかよ。


「なんだ、戻ったのか...パスタは?」

「食べた。美味しかったよ」

「そりゃよかった。...なぁ、おい。三船」


 頭上から大きな一対の翼を腰に携えた天使がゆっくりと降りてくる。

 それを全身を緊張させたまま見ていると、十六夜がこちらに提案をしてくる。


「このままじゃ埒が明かない。どうせ、俺たちはもう決別したんだ。交わることはない。戦うことになるんだろう?なら日を改めようぜ、お互いが納得できるように...悔いが残らねぇように」

「...つまり決闘の約束と?」

「まぁ、そんな感じだ。お前ら、こいつをどうにかする策を考えてたんだろ?乗ってやる。代わりに三船、お前は俺と一騎打ちしようぜ」

「...勝手に決めていいのか?」

「いいよな?」

「はぁ、いいよ」

「そういうわけだ!」


 何を考えている?

 策があるということは、それだけ危険であるということを理解できないほど馬鹿じゃないだろうにそれを受けるなんて。

 その上で天使が俺たちに負けることなんてないと思ってるのか?

 それとも...


 俺は、六鹿と希空の方を見る。

 二人とも俺に視線だけ向けて小さく頷く。どうやら任せてくれるみたいだ。


「分かった、日時は週末でいいか?」

「ああ、後店は壊したくないんでな...場所は倉庫街でいいか?」

「それでいい」


 そうしてなんともあっさりと簡単に、

 俺たちの命運を分けるような約束は交わされた。


 ―――


「ねぇ、オウガ」

「なんだ?」

「なんで、あんな約束を?どうせ戦うなら別に今でもよかったじゃん」

「んー?店を壊したくないからな」

「私がやれば店に被害は出さないよ?」

「そうだなぁ」


 今、俺は友達になれるかもしれなかったいい奴と決別した。

 俺には大事なものがあった。

 それを貫くために友達が減った。


 最後、アイツと煽り合うのが心地よくてそれが本当にやり合うための言葉だと思うと少しだけ寂しかった。


「お前、三船のこと苦手だろ?」

「...む」

「ああいうタイプが苦手なのは知ってる。自分を顧みず一撃入れようとするタイプだ」

「...まぁ、否定はしない」

「だから、三船を離せるならそっちの方がお前にとってやりやすいでしょ」

「でも、オウガ。あなたは彼より弱いよ」

「だろうな」


 分かっている。

 恐らく俺はあいつらの中でも一番弱い。

 単純な力比べって話じゃない。

 何でもありなら俺が一番弱い。そんな俺がコイツの苦手な相手を抑えられるならこれが一番いいだろう。


 打算とそして、


「でも、いい奴だから。俺はちゃんとアイツと向き合わなきゃ、俺は悪いことをしてるんだから」

「そう、別に付き合わなくていいのに」

「いいんだよ」


 正しい事をしようとしているアイツに悪いことをしている俺がちゃんと向き合わなきゃダメだろう。

 ただ、それだけだ。

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