かくれんぼと隠れ家4
「こっちこっち!」
俺と六鹿と希空の三人は今、街の中心に近い賑わいを見せる大きな道に出ていた。
ここはメインストリート。娯楽施設などもそこそこある、この街に住む若者が全てここに集まって遊んでいると言っても過言ではない場所。
俺たちはここに天使の痕跡を辿るためにやってきていた。
希空いわく、天使が何を考えていたとしてもこの街にいるのならここに一度は来ているはず。との事だ。
確かにそれは一理ある。
天使のような、普通とはかけ離れた人物はイメージとして行く場所やる事の全てが普通から逸脱しているように感じるが、そんなことはないだろう。
むしろ、天使もアナザーを持った人間を探すのに最も効率的にするならこういった人通りの多い場所に来ている可能性は高い。
だからここに来たことはいいのだが、
「ねぇねぇ、恵麻さん!あそこの洋服一緒に見てみようよ!」
「いいですね!行きましょう」
と言って、二人で洋服屋に入って服を見て着て、はしゃいで。
「あ、メガネー!」
「ホントだ、今時はレンズも高性能ですからね…メガネはファッションぐらいでしか見かけないのですけど」
「でもメガネファッションも私は好きだよ!…どう?」
「わぁ!とっても可愛いですよ!」
「本当!?…恵麻さんはね…これ!」
「わ、わ…どうですか?」
「うん!可愛い!!ね、兄さん!」
「ああ、よく似合ってる」
目についたメガネショップではしゃいで。
まぁ、赤縁メガネは希空によく似合っていたし、銀フレームのメガネは六鹿の雰囲気にピッタリだったのでセンスはいい。
しかし、ちょっとはしゃぎすぎではないか?
本来の目的を忘れてそうだが…そう思って口に出そうとした瞬間、六鹿に手を引かれる。
そちらを見ると真剣な表情で手を招いて顔を近づけるようにジェスチャーしていた。
そして、耳元で囁く。
「このまま楽しませてあげてください」
「だが、あいつ完全に目的忘れているだろ」
「いいじゃないですか、最近はこういった純粋な遊びはしてなかったみたいですし…ちょっと重い事ばかりありましたから、忘れる時間は必要ですよ」
そう言われて、俺はハッと思い直す。
確かに希空は一人で不安に過ごして、俺たちと秘密を共有できてからすぐに死を体験して…俺たちと特訓していた頃は明るかったが、それも決して全てを忘れてはしゃげるものというわけじゃなかった。
それに、希空は学園生活でも気を抜けていない。お金持ちの集まる七曜の中で一般的な研究職の親を持つアイツは、周りとの価値観の違いをストレスに感じているし、それを隠すために被った仮面もストレスだと言っていた。
最近は本当の自分をしっかりと解放できる機会がなかったのだろう。
「そうだな、たまには遊んだっていいよな」
「はい!」
「兄さん!恵麻さん!ゲーセン!ゲーセン行こう!!」
「いいだろう、この兄が鍛えたゲームの腕を見せてやる」
「お?やるか〜?」
「私は希空ちゃんの応援してますね」
「おいおい、俺はしてくれないのかよ」
「だって鍛えたのでしょう?一人で頑張ってください」
「恵麻さん!好き!」
六鹿が希空を守るようにそっと寄り添い、ここぞとばかりに希空が抱きついていた。
どうやら強き者は孤独らしい。
目の前の微笑ましい光景に寂しさを覚えながらも、とりあえず希空を手加減抜きでボコボコにすることを心に決めた。
「兄さん...キライ」
「ちょっと大人げないですよ晴くん」
「いや...すまん」
ちょっとボコボコにしすぎたみたいだ。
そもそも、本物のお嬢様な六鹿とお嬢様の皮を被っていた希空が相手だ。普段から羽衣と二人で来たりしている俺の方があらゆるゲームが上手いのは必然だったということだ。
その結果が、こうして拗ねた希空とそれを慰める六鹿という図だった。
「うぅ...兄さんがあんなにも容赦ないなんて」
「いや、ほんとすまんな…つい熱が入って」
実際、やりすぎた自覚はある。
レースゲームはまだ運の要素があるやつだったりしたからマシだったが、格闘ゲームなどのプレイヤースキルが物を言うタイプでは完全に初心者狩りとなってしまった。
分からん殺しのハメループでパーフェクト勝ちした時は気持ちよかっ、じゃなくて申し訳なかった。
「もう対戦はいいや~」
「うん、俺も気まずいからもう対戦はやりたくないな」
「晴くんのは自業自得でしょ」
「ごもっともで」
「...あっ!あれやろ!」
落ち込んだ希空は次の遊びを見つけたようだ。
希空が指を指しながら通ったそれはアームを操作して景品を落としてゲットする、クレーンゲームだった。
「お前ってこういうのできるタイプだっけ?」
「ううん、全然?」
「程々にしとけよ?」
「大丈夫!兄さんがとってくれるでしょ?私よりうまいんだから」
少しだけ唇を尖らせながら挑発するようにそう言う。
なるほど、ボコボコにした詫びにとって見せろってか?
「なめるなよ、この俺を誰だと思っていやがる。景品を取りすぎてかつて出禁をくらうかもしれないと恐れていた過去がある男だぞ」
「あ、そこは出禁をくらった男ではないんですか」
「くらってたら、今この店にいないだろ」
とりあえず、何がいいだろうか。
大きいものはかなり難しいし、取れても荷物になるからな...
小さいストラップやバッジがとれる奴にしておこう。
「アレでいいか?」
「う~んせっかくならでっかいぬいぐるみとかがいいんだけど」
「お前それ抱えて持って帰る気か?」
「あ~う、寮にそれはちょっと恥ずかしいね」
「だろ?兄の心遣いだ」
「とか言って、簡単なの選んだだけじゃないの?」
「それは気づいても気づかないふりしてくれ」
さて、早速やっていこう。
と言っても、何度かやってるから経験則で大体この辺に落とせばイケそうというのが分かるだけで、どれが効率良いとかアームの力だとか、確率だとか、そういうのはよくわからない。
六鹿と希空の二人よりはやっているだけで、このゲームを極めているわけではないからな。
そのため一回目、二回目と空振りを繰り返すが...
どうやらかなり甘めの設定だったらしく、三回目には複数個をごっそりと取れてしまった。
「結構取れたな…どれだけ欲しい?」
「いや、一個でいいよ~…てか、これ何?なんか…独特なマークのバッジだけど?」
「さぁ?何のマークだろうな?」
クレーンゲームで景品を取ることが主体になりすぎてそれが何かなんて気にしていなかった。
三角形と一部に半円というか、何かがある抽象的なマークだ。強いていうなら天秤のマークだろうか?
「なんでもいいじゃないですか?私は二人とお揃いのコレがとっても嬉しいです!」
希空と二人でいったいこれが何なのかと考えていたら六鹿の純粋な言葉が胸に刺さった。
よく考えれば俺も友達なんて羽衣しかいないし、あいつとはお揃いなんて柄じゃない。
だから、友達と一緒みたいな感じは初めてでちょっとむず痒い。
「恵麻さん!お揃い!!」
早速、制服の穴が目立ちにくそうな腰辺りにつけて六鹿に見せる希空。
それを見て六鹿も制服の襟元につける。
「お揃い、ですね!」
そして、二人は何かを期待するかのようにこちらを見てくる。
俺はその視線の意味が解からないほど鈍くはないので仕方なく自分の制服につける。
「ほら、お揃いだ」
「兄さんって、なんだかんだ甘いよね」
「晴くんは優しいですよ?」
「うるせぇ」
二人の反応がなんか納得できない。
気恥ずかしくて素気なくなってしまう。
「これでいいだろ!もう違うとこ行こうぜ!」
そんな俺の態度すらもからかわれる原因になってそうで、俺は強引にゲームセンターを後にした。
外に出ても、別に先ほどの事が無くなるわけじゃない。
結局、味を占めた希空に散々からかわれながらメインストリートを歩く。
何か目に入るたびに希空がはしゃいで。
俺と六鹿がそれに付き合うという形で遊びながら歩いていた。
「私お腹空いたなぁ~お兄ちゃん?」
そんな中でクレープ屋の前を通りがかった時、希空がわざとらしく、あざとくそんなことを言い始めた。
普段はお兄ちゃんなんて媚びた呼び方しないのに、こういうときだけするのだからこの妹様は上手く人生を歩んでいると思う。
「六鹿は何がいい?」
「え?いいよ、私は。こういうの食べたことないですし」
その言葉に俺と希空は目を合わせる。
「兄さん、私はイチゴ系なら何でもいいからね!」
「おう、任せろ」
「さ、恵麻さんはこっちこっち。ベンチがあるから座って待ってよ?」
「え?え?」
希空によって強引に店の脇にあるベンチへと連行されていく六鹿。
さて、希空のは適当にストロベリーなんたらとかいうのでいいな。
六鹿に買っていくのはどんなのがいいだろうか...
屋台とかじゃなくて、ちゃんと店を構えているためかメニューの種類が多すぎる。
とりあえず、六鹿が苦手そうなものは避けないとな…
それとせっかくのクレープだ、サラダ系のはやめておこう。
そうなると無難なのしか残らないな。
バナナ系か...抹茶系か…
そう考えていたら目の端にとあるメニューが引っかかる。
「スペシャルBIG?スイーツ系の全部乗せってヤバそうなやつあるな…」
さて、どれがいいか…
俺は少しの逡巡の後、面白そうだと思いスペシャルBIGを頼むことにした。
代わりに自分のは頼まずに、六鹿が食べきれなさそうだったらそれを貰うことにしよう。
どうやら、作るのに少しだけ時間がかかるみたいで待ってるように言われた。
俺は店員さんにベンチにいると伝えてから二人の元へと行く。
そこでは二人で並んでベンチに座って一匹の猫と戯れている姿があった。
にゃー
「ふふ、可愛いねぇ...野良くんかな?そうかもね...」
「恵麻さん、恵麻さん!私も触りたいです!」
「大丈夫だと思いますよ。随分と人慣れした子ですねぇ...可愛いねぇ」
「恵麻さんがデレデレだ...」
なーにゃーにゃー
「仕方ありませんよねぇ。猫さんは可愛いですからねぇ」
「恵麻さんってそんなに猫が好きだったんだね」
「はい!この世で一番かわいい生き物だと思います!!」
そんな微笑ましい光景を眺めていたら、店員さんが呼ぶ声が聞こえる。
どうやらクレープができたみたいだ。
「お待たせしました!ストロベリーチョコアイスとスペシャルBIGクレープです!!崩れやすいので気をつけて召し上がってくださいね」
「あ、すいませんウェットティッシュとかってあります?」
「はい、どうぞお付けしときますね」
「ごめんなさい、ちょっと多めにください」
「はい、かしこまりました」
これからクレープを食べるというのに、野良の猫を触っていたので多めにウェットティッシュを貰っておく。
早速これをもって二人のとこに戻る。
「お待たせ」
「おそーおお?」
「えっと、これは?」
「とりあえず手拭け」
二人にティッシュを渡して手を吹かせてから希空にストロベリーのやつを六鹿にスペシャルBIGを渡す。
凄いな、客観的に持っているのを見るとその大きさが異常なのが解かる。
希空は片手で持っているのに、六鹿はどう考えても両手で持たないと無理なサイズ感だ。
「兄さん、ネタに走ったね?」
「正直ネタに走ったけど、ヘタを打つよりいいかと思って」
「どうかな?」
「と、とりあえずいただきますね」
意を決したように六鹿はそのドデカクレープにかじりついた。
クレープに対して口が小さすぎて口の周りにクリームが付いてしまっているが、それを気にする余裕もなさそうにはぐはぐと小動物のように食べている。
「お、美味しい...」
やっと口を話したと思ったら小さくボソッとそう言う。
俺と希空はその言葉を聞き、やはり強引に食べさせて良かったのだと思った。
だが、やはり大きい。
きっと途中でギブアップするだろうと思って、いつでも受け取れるように心構えをしながら六鹿を見ている。
はぐはぐ
しかし、なかなかギブアップは訪れない。
その見た目やイメージと違って結構食べられるみたいだ。
はぐはぐ
しかし、ペースも変わらない。
最初から一定のペースで食べ続けている。
口が小さくてゆっくりに見えているのに時間はそんなに立っていない。
はぐはぐ
もう、半分もなくなった。
クレープの作り方の性質上。丸めた状態のクレープは具が上の方に固まっていて、下の方は生地とクリームだけって事によくなる。
六鹿はもうそのあたりまで食べ進めている。
はぐはぐ、ぷはー
「ごちそうさまでした」
「マジかよ!?」
「すっご!?」
何と完食しやがった!
恐らく俺でも途中で嫌気がさすであろうドデカクレープを一人で食い切った。
意外と健啖家だったんだな...
「?どうしました?」
「いや、何でもない」
「う、うん。恵麻さん、美味しかった?」
「はい!とっても!!こうして友人と外で食べるスイーツもいいですね!」
六鹿のその表情はとても晴れやかだった。
まぁ、ちゃんと楽しめたならいいか。
それからも天使探しという名の遊びは続き、さすがに学生が制服のまま遊べるような時間ではなくなってきたころに解散することになった。
「ごめんね、今日は状況が状況なのに遊んじゃって」
「いいんですよ。希空ちゃん、私も友達とこうして遊ぶことってあんまりないんです。だからとっても楽しかったし嬉しかったです。お揃い、大事にしますね?」
「こっちこそ、急に巻き込まれたお前に色々頼み事してごめんな。これからも頼る事にはなると思うけど、息抜きしたいときは言ってくれ。俺は兄ちゃんだからな」
「うん、ありがと。お揃い、大事にするよ」
「じゃ、今日はここまでだな」
「ですね」
「じゃ、また明日」
「気をつけて帰れよ」
「うん」
なんだか、久しぶりにアナザーとか将来とか余計なことを考えずに純粋に遊んだ気がする。
早く、問題解決してこれが当たり前になる様にしたい。
だけど、天使は強い。下手には動けない。
やっぱり希空の力を借りて先手を打つ以外に可能性がない。
情けない自分に歯噛みをするが、どうしようもないということも分かっている。
これから、どうなるのだろうか...




