かくれんぼと隠れ家3
翌日、俺は普通に学園に出席していた。
とは言うものの、体の全部が完治した訳じゃなかった。
ほとんどの傷、火傷は完治して痕も残っていないが、一番重症だった右腕だけは流石に完治とはいかなかった。
そのため、今日は右腕を包帯でぐるぐるにした上で首に吊っての登校だった。
その姿は、誰が見ても怪我をしたと言うのが分かりやすく、クラスメイトどころかすれ違う人全てに一瞬ギョッとした顔で驚かれる。
元々クラスメイトとは距離があったが、今では文字通り腫れ物を扱うように遠巻きにヒソヒソされる。
普段とあまり変わらないと言えば変わらないのになぜかソレらが気になってしょうがない。
六鹿と十六夜もいつも通り俺と関わっていないが、心なしか嫌な注目を浴びる俺に対して同情するかのような目線を送っていた。
そして、この学園で唯一俺に普通に話しかけてくる親友といえば…
「えー!晴!どうしちゃったの?ついにそこまでグレちゃった?今までは態度と言葉だけの内弁慶みたいな感じだったのについに手も出しちゃったの?コレじゃただの弁慶じゃん!うわー、いよいよ僕も付き合い方考えた方がいいかな?とりあえず泣き所を蹴る練習しとくね!!」
と、なんだかとても早口に捲し立てたあと下段蹴りの真似を繰り返していた。
普通に腹が立ったので一発頭に入れておいた。
「で、何があったのさ?そんな大怪我して妹ちゃんに怒られるよ?」
「ちょっとドジしただけだ。なんでもねぇよ。あと、希空はもう知ってる」
「ふーん?怒られた?」
「そりゃもう、かなりな」
「んふふ、これを機会にまじな生徒になったら?」
「そりゃ無理な相談だ。俺がこの程度で変わるはずがねぇ」
「言うねぇ〜」
羽衣とはそう軽口を言うが、実際には希空にも六鹿にもアレだけ絞られたんだ。
流石に思うところがあるし、今のまま無謀していていいとも思っていない。
羽衣の言う、真面目にはならないがもうちょっと考え方を改めるつもりではあった。
「ま、ドジの内容は聞かないけどさ…あんまり妹ちゃん心配させるなよ」
「お前に言われなくてもわかってるよ」
事情は聞かなくても心配してくれる友人をありがたく思いつつも、全てが解決するまではこの平穏な」日常を謳歌することもできない事に悲しみを覚える。
そして放課後。
もはやおなじみになった屋上で六鹿と俺はどうやって天使を探すかを話し合っていた。
「どうするかな〜」
「どうしましょうね…手がかりゼロですもんね」
「そうなんだよなぁ、しかもアナザーが一般人の記憶に残らない以上は聞き込みとかも意味ないだろうし」
「ああ、そういえばそうでしたね」
オウルから聞いた話だとアナザーはその多すぎる情報の影響で人の記憶には残らないと言う。
ならば天使みたいなものを見たという証言は集まらないだろう。
あの天使を天使の見た目たらしめてるのはアナザーの能力のせいなのだから。
「困ったなぁ…」
「天使はどうしてるのでしょうね」
「…どうって?」
「ああ、いや…天使は積極的にゲームに参加しているとオウルは言っていましたけど、どうやってアナザーを持ったゲーム参加者を見つけているのだろうと思って…」
「それは…」
偶然と言いたいが、果たして本当にそうなのか?
積極的と言うからには自分から動いていても不思議じゃない。
だが、明確に誰が持っているとかを調べる方法がなければ偶然に頼るしかない。
それを積極的と言うのか?
出会ったら奪う事に躊躇いがないと言う意味ならば違和感は少ないが…
そもそも、この間の七草の時はどうしてあの状況だったのか…
いや、そこは考えてもわからない。
わからないことは考えても無駄だ。そこじゃなくて…
「あの時、俺たちはどうして公園に行ったんだ?」
「え?」
「天使と初めて会った時はどうして、あそこに行ったんだ?」
「それは…何か大きな力のようなものを感じて、それがアナザーを起動した時の気配だと思って…」
そう、そうだ。俺たちはあの時アナザーが起動された気配を感じてあの場所に行ったんだ。
それはつまりその逆。天使も同じことができるはず。
なら、可能性ではあるけれど、
「天使はアナザーの気配を辿ってる?」
「…その可能性は高いかもしれませんね」
「なら、俺たちにもできるよな?」
可能性は低くないはずだ。
天使は強い。見た目も神々しく、俺たちとは違うのだと思い知らされる。
だけど、その正体は俺たちと同じアナザーによって能力に覚醒した人間だ。
それならば、条件は同じなはず。
できる可能性は十分にある。
「そうですね、やる価値は高そうです」
「そうと決まればやりに行こうか」
「あ、希空ちゃんは今日来れますか?」
「来るんじゃないか?改まってどうした」
「いえ、私たちはほら...ことアナザーに関する才能が...」
「あー...」
俺たちって才能無ないんだったな…
んで、俺たちの中だと一番才能がある希空を呼びたいって事か。
「とりあえず、集まって話でもするか...六鹿の家でいいのか?」
「構わないですけど、もし気配をたどって街に出るなら私の家からだと結構歩くのでは?」
「それもそうか…なんとなくあの公園周辺だと思い込んでたけどそこにいるとは限らないしな」
どこに行くかはともかくとりあえず希空に連絡して時間を作ってもらうことにする。
最近は、俺たちとばかり放課後を過ごしていたから学園の友達とかとの付き合いがあるならそっちを優先したいこともあるだろう。
が、返信はすぐに来た。
「大丈夫みたいだ。今学園を出たらしいから俺たちもとりあえず合流しよう」
「分かりました」
カランッ
小気味よくなるドアについた小さい鐘。
それと同時にカウンターの向こうから聞こえる最近よく聞くようになったクラスメイトの声。
「いらっしゃい...ってお前かよ」
「なんだこの店員」
俺たちはゆっくり秘密の会話ができる場所を探して結局「Luna」に来ていた。
他の店だと他の客や店員とかに怯えて内緒の話はしづらい。
その点この店は、客は皆無と言っていいほど少なく店員もクラスメイトで短い間とは言え気心が知れているので事情を話せば聞かないでいてくれるだろう。
そんな割と都合のいい理由から俺たちはここに来たのだ。
「つーわけで、内緒話をしに来たから店の奥の席貸してくれ」
「あのなぁ、内は貸会議室とかじゃねぇんだ。喫茶店だぞ」
「なるほど...ならマスター、エスプレッソ1つ」
「私はアイスティーをお願いします」
「私はカフェラテで!」
「分かったよ...好きにしてくれ」
ちゃんと注文したのに呆れたような態度なのはどうなんだろう?
ま、こんなやり取りができるぐらいには気安い関係になれたと思うことにしよう。
前に希空の相談を乗った時にも利用した奥の席に座り、十六夜が飲み物を運ぶのを待ってから本題について話す。
「―てことで、もしかしたらアナザーの気配をたどれないかと思ったんだ」
「できそうですか?」
俺と六鹿でどうしてこうした場を作ったのか一から説明した。
俺たちでは才能がなくてできない可能性を考えると希空の力を頼りたいということも。
「試すのはいいけど...正直期待しないでほしいな」
「厳しいか?」
「だってさ...考えても見てよ?二人ともに言えるけどさ、このアナザーを手にしてからでも、能力に覚醒してからでもいいけど...一度でも、あの時を除いて一回でもアナザーの気配なんて感じたの?」
「それは、」
「ない、ですね」
「なんかこう集中しないと分からないとか、あの時感じたのは天使の力が強すぎたからとか、理由があるのかもしれないけど...今までうんともすんとも感じていなかったものを、いきなりやってみようって言われても困るかな~って」
確かに、希空の言ってることは一理ある。
俺たちは無意識に感じるようなことは今までなかった。
人間の感知っていうのは五感で感じ取るものだけど、それを意識的に行っているわけじゃない。
もちろんその感覚に集中することはできるけれど、それは元々ある能力に集中しているだけでないものを感じているわけじゃないから、かっては違うだろう。
「そうか…そうだよな、急にこんな頼られてもプレッシャーを与えるだけだったな」
「いや、いんだけどね?兄さんはデリカシーに欠けるから」
「うっ、すまん」
「いいよ、とりあえずやってみればいいんだよね」
「ごめんなさい希空ちゃんに負担をかける形になってしまって」
「ま、頑張ってみるよ」
そして希空はアナザーを取り出してそれを額に当てながら集中するために目を閉じた。
その姿を俺と六鹿は見守る。
これが正しいのかこの場の誰もわからない。これで何か分かるようになるのか、これが正しいやり方なのかはわからない。
だから、感覚のままにそういう姿勢で集中を始めた希空に俺たちは見守ることしかできない。
その状態のまま、どれくらいの時間が過ぎたのか...時間の感覚がよくわからない事になるほどには希空の集中している気に中てられていたみたいだ。
少なくともカップラーメンは作って食べてかたずけられる程度には時間が経過していたと思う。
それぐらいの時間が経過した時、希空はゆっくりと目を開けた。
「ど、どうだ?」
「なんとなく、分かる気がする?」
「本当ですか!凄いです!希空ちゃん!」
「う、うん。でも、本当になんとなく...私の能力の副産物なのかな?物のもつ情報の量がなんとなくわかるや...それで、二人からすごく大きな反応がある気がするの...多分これが」
「アナザーの気配か?」
「うん」
希空は集中しているのに疲れたのか息を短く吐くとカフェラテを飲み干した。
甘みとカフェインが脳に栄養を運んでいるみたいだ。
「ありがとう希空。これで一歩前に前進だな」
「後は地道に探すだけですね」
「うん、この感覚を忘れないうちに行きたいな」
「よし分かった、天使見つけに行くぞー!!」
「「おー」」
ようやく掴んだ可能性にテンションが上がる。
もちろんこれは、遊びなんかじゃない。命のやり取りになる真剣な作戦だ。
それでも、なんとか見つけた光明は最近何かと陰っていた俺たちの心に強く跡を残していた。
俺たちは少しでも手がかり得られればと、早速店を出る。
「十六夜、会計頼む」
「はいよ、お前らなぁ内緒話は良いが声を落とせ…俺のとこまで聞こえたぞ?内緒の意味ないだろが」
「マジ?気を付けるよ」
「そうしてくれ…つうか人の店で騒がないでくれ」
「悪かったよ、また飯食いに来るからさ」
ついテンションが上がりすぎて声が響いていたみたいだ。
十六夜は話の中身には触れていなかったので、そこまでは聞こえなかったのか、聞こえていたけどあえてスルーしてくれたのか...どちらにしろ迷惑をかけてしまったので、これからも贔屓にするとしよう。
―――
最近知り合ってから定期的に利用してくれるようになったクラスメイトが先ほど帰った。
内緒話がしたいから店を貸せと言われたときは真剣そうだったから深くは聞かずに貸した。
それで味を占められたのか、今日はアポもとらずに貸せと言ってきやがった。
ここをなんだと思っていやがる。
しかも、そこそこ大きい声で話すせいで聞こえそうで聞こえない感じがもどかしい。
店員として聞かないようにするべきなんだろうが、普通にしていたらたまに聞こえてしまってかなわない。
「よし分かった、天使見つけに行くぞー!!」
「「おー」」
どうやらようやく話は終わって店を出ていくらしい。
しかし、話が終わるのはいいが声が大きすぎる。
今は他に客がいないからいいけれど、いたら普通に迷惑だ。流石に一言注意するべきだな。
「十六夜、会計頼む」
「はいよ、お前らなぁ内緒話は良いが声を落とせ…俺のとこまで聞こえたぞ?内緒の意味ないだろが」
「マジ?気を付けるよ」
「そうしてくれ…つうか人の店で騒がないでくれ」
「悪かったよ、また飯食いに来るからさ」
そう言って店を後にする。
三船は普通にいい奴だ。学園ではみんなから嫌煙されているが、話せば普通のやつだと分かる。
普通にノリが良くて、普通に気遣いができて、普通に馬鹿だ。
正直、いい友達になれると思っている。
「天使を見つけるか…」
その言葉を聞くまでは―
カランッ
俺の思考を遮る様にドアの鐘が鳴る。
すでに染みついた条件反射のように言葉が出かけるが、店に来たのが知り合いと分かって言葉を止めた。
「いらっしゃ―なんだ、お前か…おかえり」
それは少し前から家で居候している女の子。
金の髪に紅い瞳をした、まるで作り物のように整った顔した少女。
「ただいま」
彼女と初めて会った時、俺は彼女の事を天使だと勘違いしていた。




