かくれんぼと隠れ家2
希空は部屋に入ってからは愚図り続けた。
それを俺と六鹿の二人でひたすらにあやし続けた。
途中から口元がニヤついていたからただ甘えているだけだと分かったが、それでいいと思い好きにさせていた。
そうしてようやく落ち着いたころに俺たちが向き合わなきゃいけないことについて話し合うことになった。
「さて、そろそろ真面目な話だが…天使、どうする?」
「どうするって、もう見かけたら逃げるしかないじゃん?」
俺の話題の切り出しに、希空が考えたくない話したくないとでも言うかの様に投げやりに答える。
確かに、俺たちじゃアレは勝てない。
だから逃げるという判断自体には賛成だ。しかし...
「...問題は逃げさせてくれるかだよなぁ」
「そう...ですね。あの時は何を思ったのか引いてくれましたけど、狙われているのもまた事実ですから安心はしていられません」
「そっかぁ...もうあんな怖い思いはしたくないのになぁ」
「させたくねぇよ...」
それでも、絶対にそんな思いさせないなんてカッコイイことを言える力がない。遭遇したらうまく逃げられるかも時の運に委ねなきゃいけない。
それが悔しくて、情けなくて、
「...戦うという選択肢はないですか?」
...ん?
「はい?」
現実的なことなんか何も言えなくて沈黙に支配されそうになったこの場を仕切りなおしたのは六鹿のその言葉。
だけど、何を言っているのだコイツは。
「正気か?」
「心外です」
「大丈夫?恵麻さん?」
「兄妹そろって似た反応しないでください」
「いや...」「...だってね?」
はぁ、と俺たちの反応を断ち切る様にため息を吐いた後、六鹿はその考えを話し始める。
「私たちは天使と比べたら弱いです。それはもう比べるまでもなく。だから正面から戦うなんてことはできない」
「そりゃ、当然だな。正面からって事は」
「うん、奇襲。もしくは不意打ち。策を練って、油断したところを。今思いつく最も可能性が高いと思うのは、天使が私たち以外の誰かを襲っているとこに横やりを入れる漁夫の利かな?」
「まぁ、可能性がなくもないのはそれぐらいだろうけど...」
確かに、俺たちがアレに勝とうと思えば卑怯上等。使えるものは何でも使わなきゃ勝算なんて虚空のかなただろう。
それでも、そういった小細工をしてなおまだ可能性は低い。
何より。
「六鹿、その案は確かに現状では一番可能性が高いだろうけど...俺たちは天使が今どこにいるかもわかってないから罠を仕掛けることもできないし、天使が俺たち以外の誰かを襲うなんて事があるかもわからないぞ...それに」
「…」
俺の言葉に反論も相槌すら打たずに黙って聞く六鹿。
その態度でわかる。こいつは俺が言っているリスクなんて分かって言っていたんだ。だから、これから言う俺の言葉も分かっているのだろう。
「それに、お前は目の前で見ず知らずの人が襲われているのを自分たちの策のために見殺しに出来るのか?」
「それは…」
そう、仮に策がすべてうまくいったとする。可能性の話なんてやってみないと分からないのだから、論ずるだけ無駄だ。だけど、覚悟の話は今しておかなければならない。
俺たちに突っかかって来て、危害すら加えたあの男すら咄嗟に庇ってしまった六鹿は、果たして他人を見捨てられるのかという問題。
これだけは俺にもハッキリと分かる。六鹿には無理だ。
コイツは優しい。もちろん病的な自己犠牲の様な優しさではない。
でも、それができて力があるならば迷わず体が動くタイプだ。それも理屈や性格というより、魂に刻まれているかのように絶対に。
「俺は、無理だと思う。誰かを犠牲にするようなことはお前には無理だ。そして、妹にもそんなことをして欲しくないし、俺もきっと後味悪い思いをするだろう…もう一度聞くが、見殺しに出来るのか?」
「…無理…だと思います」
俺の少しばかりきつくなった問いかけに六鹿は絞り出すように答える。
それは、押し殺したはずの泣いている自分が表に出てきてしまったかのような痛々しさがあった。
希空がそれに見ていられなくなったのか六鹿に抱き着いて、背中をポンポンと叩いて慰めていた。
「じゃあ、策を考えるか!」
「「え?」」
「ん?」
「に、兄さん?今の流れって恵麻さんの考えを否定して、でも仕方ないことだし…さぁどうしようって流れなんじゃないんですか?」
「え?何それ」
「晴くん?急に手のひら返して悪いんだけど、私はたぶん本当に覚悟を決められませんよ?」
「うん、だから誰かを犠牲にしなくても済むような策を考えるって事でしょ。六鹿が言ったんじゃん、今思いつく可能性の高い策だって」
今じゃなくて、これから一緒に新しく考えればいいんでしょ?と聞けばなんだか力の抜けたような顔をする二人。
なにこれ?
「そうですね、たかが思いつきの案が一つダメになっただけです」
「うんうん、なら何か考えよう!」
「?まぁ、考えることに前向きになってくれたならいいか」
兎にも角にも、何とか対天使戦の作戦会議が始まったのだ。
「さて、天使と戦う方向で作戦を考えたいわけだけど...何か案はあるか?」
「難しいですね...私の力じゃ少しばかり威力を下げる程度、晴くんの場合だと防げるけど致命傷。元々肉弾戦ですから、近づかない事には…」
「そうだなぁ...奇襲を仕掛けるって言ってもあの光線は脅威だし、至近距離で打たれたら回避も防御もできないぞ」
「ですよね…下手に仕掛けることも危険っと」
「それに天使の羽…あいつ空中を滑る様に移動してたろ?多分飛べるんじゃないか?」
「それは…あり得る話ですね。天使ですもんね...見た目だけで十分天使でしたけど、自由に飛べるなら距離もすぐに離されそうですね」
敵のスペックをほとんど知らない俺たちは、ほとんどを想像で補完しながら話を進めているがそうするとどんどんと天使が何をどうやっても勝てないような化け物に見えてくる。
「やっぱり、あのレーザーだけでも攻略しないと天使と戦うなんて夢のまた夢ですね」
「逆に、レーザーさえどうにかできる策があるならその後は真向勝負でもなんとかなるんじゃないか?」
「それは可能性は高そうですけど、どうにかできないから困ってるんですよ」
「ねぇ」
ここで、ほとんど口を出してなかった希空が小さく手を挙げながら話す。
「ちょっと思いついたことがあるんだけど、いい?」
「ん?」
「もし、上手くいったら天使に勝てるかもしれない」
そう、自信なさげに宣言してから希空は話し始めた。
それは俺たちが今まで話してきて一番現実的で、被害も少なくまさに理想の策。
ただし、希望的観測やかなりのハイリスクを背負っての物だった。
兄として、友として、一人の人間としてなかなかにハイリスクなそれを二つ返事でやろうとは言えなかったが。
「やりましょう、希空ちゃんもそれしかないと思ったのでしょう?」
「うん、恵麻さんならそういうと思った。後は兄さんだけど...」
「......分かった、それで行こう」
女二人だけ覚悟を決めて取り残されるのは嫌だからな。
「なら、色々と調整と実験しないとですね」
「はい!訓練室お借りしても大丈夫ですか?」
「もちろん、晴くんはまだ駄目ですよ怪我を治すの優先です」
「分かってるけどよ、お前らまだ話すことは残ってるぞ」
「?」
「...あ!」
六鹿はうっかりといった風だが、いまだに頭を傾げている希空はちょっと考えが足りないかもしれない。本当に希空の考えた策でいいんだろうか?
「天使の居場所!それがわからなきゃ策の意味がないだろ、折角策を練っても真正面からよーいドンじゃ結局負けるぞ」
「そうですよね、やっといい感じの策ができてうっかりしてました」
「そっか、そうだよね。別に天使がどこにいるとかいつ仕掛けてくるとかわかんないんだった」
「そう、その二つのどちらかがわからなきゃ奇襲をかけられるのは俺たちの方だぞ」
俺たちはこれから、天使から逃げ隠れしながら天使を見つける。かくれんぼの逃げる方と鬼を同時にやらなきゃいけないのだ。




