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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
第2章-増える宝、天に輝く使いの翼-
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かくれんぼと隠れ家1

 暗い、暗いどこかで一つの船がただあてもなく彷徨っていた。

 ギコギコと軋み上げる音。

 今にも崩れそうな船。

 まだ誰も乗っていないのに、一人でに沈んでいきそうな不安定な船。


 どこへ向かうのか、どこから来たのかもわからず、ただ彷徨い続ける。

 そんな中、どこからか大きな手がやってきた。

 それは大きく、威圧的で、誰も乗っていない船はソレから逃れることを知らず、あっさりと捕まる。

 そしてその手は船に何かしらを施し、船は先ほどまでボロボロだったのが嘘のように綺麗になった。


 綺麗になった船は再びゆっくりと彷徨い始める。

 なぜ綺麗になったのかそのワケすらも知らずにただ、目的もなく彷徨う。

 いつしか船に何かが乗った。

 それは暖かく強い輝きを放っていた。

 ソレとは別にもう一つ、優しく穏やかに輝く何かも乗っていた。

 それは船の行く末を決める導となった。

 船はもう迷わない。


 船に乗った二つの輝きによって、暗かったこの場所をようやく見ることができた。

 そこはまるで船の墓場だった。

 一体何十、何百、何千の船がここで崩れて壊れて、沈んだのだろう。

 その残骸によって四方を封じられ、外に出ることすらできずにこの狭い世界で船は浮かんでいた。


 もう、沈むことはないのに。

 外でも進んでいけるのに。

 それでも外に出ることはできなかった。


 この閉じた世界で、二つの輝きと共にただ彷徨っていた船に二度目の転機が訪れる。

 眩い光が天から差し込んだ。

 それは船が乗せている二つの輝きとは違い、暴力的で、破滅的な光であった。

 その光はたちまち船の周りを取り囲む残骸を消しとばし、外へとつながる道をつくった。


 船は二つの輝きと共に外の世界へと飛び出した。もう一つの輝きが乗っているのに気がつくことはなく。




「っは!!」


 何か悪夢を見ていた…

 きっと強くうなされていたに違いない。思わず飛び起き、身体中に汗をかいていることに気が付いた。

 息も整わず、しばらく荒く呼吸したのちに思い出したかのように右腕に激痛が走った。

 見れば右腕には厳重に包帯が巻かれていた。

 その状態を見てようやく自分がどういう状況にいるのか考える余裕が出てきた。


 確か…俺はいつもの訓練が終わった後、帰り際にアナザーの力の波動を感じてその場に行った。

 そしてあの天使と対峙して…気絶か。


「…んで、この見覚えのある部屋と」


 改めて辺りを見渡すと、確かに見覚えのある部屋だった。

 数日前、俺が全身打撲に骨折した時にもお世話になった部屋だ。

 つまるところ、ここは六鹿の家の治療室というのか…そういった類の部屋なのだろう。


 大体の状況を飲み込めたところで、タイミングを見計らったように一人の女性が部屋に入ってくる。


「…おや?気がついたんだね、気分はどうだい?」


 ここ最近で六鹿並みにお世話になっている相手の敷浪さんだった。


「気分は…あまり良くないですね」

「…そうみたいだね?悪い夢でも見たのかい?顔が真っ青だよ。そうでなくても今回は比じゃないくらいにボロボロだったからね。無理は良くないから、眠くなくても寝てなさい」


 敷浪さんはあっけらかんと言う。

 どうやら、今の俺の顔色は一眼見ただけで悪夢を見たとわかるほどに悪いらしい。

 敷浪さんの諭すような言葉には素直に頷く。


「はい…あの、」

「なんだい?」

「六鹿はどうなりました?」

「無事だよ、君の妹ちゃんも含めて傷ひとつなかった。ただ、えらく動転していたからね…どうせ君が無茶したんだろうし、しっかりと話しして、怪我もさっさと治しちゃいな」


 どうやら無事のようだ。

 体を張った甲斐もあったと言うものだ。ただ、敷浪さんには俺の無茶だと決めつけられているのが納得いかない。

 確かにその通りなのだが、まだ出会ってそんなに経ってないのにそんなイメージを持たれているとは…


「はい。それで、えと、六鹿は?」

「オジョウサマなら学園だよ、もうすぐ帰ってくるんじゃないかな?」

「…え?」


 ん?聞き間違いか?今は、学園にいる?もうすぐ帰ってくる?

 今はアレから気を失って夜なんじゃないのか?


 そう思い、今更部屋の窓の外を見る。

 全く意識していなかったが外は明るかった。


「…俺ってどれくらい寝てたんですか…」

「そうだね…ここに運ばれて夜が明けて…また沈みかけているから、ほとんど一日じゃないか?」

「…そ、そんなに」

「まぁ、当然と言えば当然だよね。君の回復力が異常なのは知っているけどさ、昨日の状態は正直、生存を諦めそうになったよ。腕は焼け爛れて、普通の医療だったら切り落とす判断したんじゃないかな?それにそこが一番酷かったとはいえ、ソレ以外も軽度の火傷は追っていたし、なんていうか爆撃を喰らって奇跡的に生きてた兵士って感じだったよ。目を覚ますとこまで回復してる時点で十分化け物さ」


 呆れたように昨日の俺の惨状を教えてくれる。

 聞いてる限りなかなか危ない橋を渡っていたみたいだ。


 ピリリッと何かが鳴った。


「おっと、ごめんよ。オジョウサマからだ」


 そう言って敷浪さんは懐からティリスを取り出して、おそらく六鹿にメッセージを返した。

 そして、顔をニヤけさせていた。


「それじゃ、私はこれからオジョウサマを迎えに行ってくるから安静にしているんだよ。オジョウサマにはもう目覚めたことは伝えたから言い訳でも考えて過ごすといい」


 そう言い残して敷浪さんは部屋を出た。

 一人残された俺はただ昨日あったことを反芻していた。


 圧倒的な力の差。

 その差を埋めることのイメージすらできないほどの。

 それでも、どんなに絶望的な差だったとしてもそれを埋めなければ俺たちに平穏はやってこない。

 すでに天使とは出会ってしまった。

 一度は引かせられた。()()()()()()()

 だけど、同時に興味も引いてしまった。それはつまり、これからあの天使に狙われ続けるってことになる。

 現状、一回防いだだけで致命傷。二回目は運が良かっただけ。

 格下の俺たちを倒すのに全力を出していたとも思えないから、きっと次は六鹿でも防げるかはわからない。


 改めて考えると絶望しかないそれらに乾いた笑いの一つでも出るかもと思っていたら、部屋に扉をノックする音が聞こえる。

 その後、遠慮がちに入ってきたのは六鹿だった。

 いつも冷静で、たまに熱くなる彼女はいつになく心配していると表情が、全身の態度がつげていた。


「おはようございます。晴くん…」

「ああ、おはよう。心配かけたな六鹿」

「ホント…ですよ?いつもなら目を覚ますのに…再生力の高い晴くんなら大丈夫だと信じているのに…私たちはコレのせいで普通の病院には行けないのに…晴くんが目を覚さないから、ダメかもしれないって…捕まるかもしれないことを覚悟して病院に連れてくほうがいいんじゃって…本当に…心配したんですよ」


 声は少しだけ、本当に少しだけ震えていた。


「…すまん」

「私もそうですけど、希空ちゃんにちゃんと謝って元気な姿を見せてあげてください。あの子はあなたが大怪我するのを初めてみるし、血の繋がった兄妹なんですから」

「そうだな…多分、希空のことも六鹿が支えてくれたんだろう?ありがとうな」

「お礼なら言葉じゃなくて早く完治させることで返してくださいよ」

「ああ、」

「それから、すぐに希空ちゃん来ますからね」


 どうやら、敷浪さんは六鹿を拾ってここに送った後そのまま希空の迎えに行ってくれたそうだ。

 あの人にはいろんなことで世話になりっぱなしだ。


「それで、治りそうですか?敷浪さんのお話では現代医療では完治は無理だと聞きましたが」

「ああ、大丈夫だ。かなり重症だったらしいが、今は右腕の感覚もちゃんとあるし、痛むが動かせる。回復力が向上してて助かった」

「...それを当てにして無茶しないでくださいよ」

「分かったって」


 なんだかすぐに釘を刺されるようになった。それだけ心配をかけてしまったということなんだろう。


 さて、今は六鹿と二人きりだ。だから、出来れば希空に聞かせたくない話を今のうちにしておかなきゃな。


「六鹿...その...なんだ、」

「...七種さんの事ですか?」


 俺が歯切れ悪く、なんて聞いたらいいか悩んでいたら、六鹿の方から切り出して来た。

 そう、俺が聞きたいのはあの男の事。俺たちの目の前で内側から弾けた男の事。


「そうだ。あいつは...その死んだのか?」

「……」


 あの時。あの場所で、自らの命に指がかかっていたあの瞬間に、他の事を考えるだけの余裕はなかった。

 それでも、落ち着いた今は考えなきゃいけない。

 俺たちのせいじゃない。それは分かっていても、目の前で失われたかもしれない命について考えなきゃいけない気がしていた。


「結論から言いますと、死んだ。と思います。彼は私たちの目の前で下半身を残して弾けました。もちろん、私たちの知らない能力で生きていると仮定することはできますが…そんなことはないでしょう。今朝のニュースでも、身元不明遺体についてやっていましたから...おそらく彼の事かと」

「やっぱりか。正直、まだ実感は薄いから平静を保ててるが...本当に俺たちは命のやり取りに巻き込まれてんだな」

「ええ、考えが甘かったんだと思います。それだけに私はまだ怖い」


 六鹿は体の震えを抑えるように体を抱きながら絞り出すように言葉を紡ぐ。


「...私たちがこんなことに巻き込まれたという事実もそう、私たちの力そのものもそう、目のまで人が死ぬということもそう、だけど何より...それに動揺もしない、私たちを本気で殺そうとしてくる存在が怖い」

「それは、俺も怖いさ」


 あの天使の存在。

 あれは恐ろしい。そのあり方も。その力も。あれがもたらす情報も。

 アイツに関わる全てが俺たちにとって無関係じゃない。その事実が恐ろしい。


 六鹿はあの場で、天使のレーザーを防ぐために一番前にいた俺よりも鮮明に七種が死んだ瞬間を見てただろう。

 文字通りの目の前で。


 それはどれほどのショックだろう。恐怖だろう。

 ついこの間まで、普通の暮らしをしていた学生が、ただちょっと悪い男の策略で非日常に足を踏み入れたばかりの女の子が、目のまで人の死を体験してしまった恐怖とはどれほどなのだろう。


「私は、七種さんが死んだことを悲しむよりも...自分が殺される恐怖の方が強いことに戸惑ってます。確かに迷惑はかけられましたが、決して憎く思っていたわけではない相手が死んだことに涙すら流せないでいる」

「…それは違うだろ。誰かが死んだことを悲しむのは人として当たり前かもしれないが、それが一番じゃなきゃいけないなんてことはない。その人にもその人が死んで一番に悲しむ人はいるんだろうけどさ、六鹿にもそういう人がいるんだぜ?だから、六鹿が自分の命を優先したってそれが悪いなんてことはないだろう。俺はお前が生きていて安心したぜ?」


 俺はきっと薄情なのだろう。

 七種に対して、いい感情はほとんどない。

 確かに死んでしまえ、死んで当然なんてことは思わない。それでも、六鹿や希空と天秤にかけたらその差は圧倒的になるぐらいには俺の中で奴はどうでもよかった。

 俺は七種という男が死んだことに対してはショックをさほど受けていない。

 ただ、初めて経験する死にショックを受けているのだと思う。


 だけど、六鹿はそうじゃない。

 この目の前の女の子は、死に対するショックも、七種という個人に対しての思いもしっかりとあるんだろう。

 そしてそれらが、自分が生きて残れたことに対する安心よりも小さいことが許されないことだと感じてしまっているのだろう。


「自分が生きるために、他人の死を見て見ぬふりをするのは悪い事じゃないんですか?」

「それも違うよ。悲しみもすればいい、泣けるなら涙を流せばいい、でも自分をないがしろにしちゃだめだって話だ。優先順位を間違えちゃいけない。自分にとって何が一番大切なことなのかを忘れちゃいけない」

「優先順位…」

「六鹿はさ、元々こんなゲームに参加なんてしたくなくて、俺との訓練はあくまで防衛力を高めるためだったろ?」

「…うん」

「俺は六鹿の最も大切なことはソコだと思うんだよね」

「ソコ?」

「平和を、普通を、日常を求める心さ」


 いつになく弱弱しい六鹿に、慣れない慰めの言葉。

 思っていることがそのまま口から流れ出ているせいで、芝居がかった喋り方になってしまう。


「普通に戻りたいんじゃないか?誰かに襲われるかもしれない、なんて考えたくもないんでしょ?それでいいと思うよ。それは変な能力を与えられた俺たちにとって忘れちゃいけないことだと思うから」

「これで、いいんですか?」

「いいんだよ、それは六鹿の六鹿なりの優しさだと思うから」


 なんだか、とても恥ずかしい事を言った気がする。

 六鹿は何か考え込むように目を伏せてしまった。

 沈黙が辛い。

 じわじわと恥ずかしさがこみ上げてきた。正直、今すぐ逃げ出したい。


「えっと...六鹿?」

「ありがとうございます、晴くん」

「えと、どういたしまして?」


 どうやら、あのこっぱずかしいセリフで踏ん切りをつけられたようだ。

 良かったのだろうか、要するに開き直れって言ったような気がするが…まぁ、それで六鹿が納得して元気になれるならそれでいいか。


 ちょっとどんよりした空気が、ようやく息しやすくなったところに再びノックの音が響いた。

 それに反応した六鹿が扉を開け、そこから我が妹が飛び出して来た。


「兄さん!!大丈夫なんですか!!!」


 俺はもう一人の不安そうにしている女の子のために、また一から自分の状態について説明した。


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