真実は唐突に2
夕暮れの公園。
不自然なほどに静寂が支配しているこの空間で、異様な空気が流れていた。
そして、先ほど六鹿に突き飛ばされて助けられた七種がその静寂を破った。
「助けにくてくれたんだね!やっぱり、君がいないと僕の物語は始まらないみたいだ!!」
本当に変わらない、意味の分からないことを宣っていた。
だが、今はそいつにかまけている場合ではなかった。
「質問には答えてくれないのかな?あなたは…誰?」
「私は…ただの通りすがりです」
「ふぅん?ま、どうでもいいか」
天使は自分で聞きながらも、本当にどうでもいいことかのように興味を失い静かに手のひらを六鹿たちに向ける。
「通りすがりには悪いと思うけど…私の目的はそこの彼、というより彼の持っているアナザーだけだから…引いてくれるかな?今はあなたのに手を出すつもりないし、それが壊れる前に早く回収したいから」
「!!?…わかるんですね私がアナザーを持っていること」
「当然でしょ?だってあなた、冷静だもん」
「…褒めていただきありがとうございます」
そう話しているうちにも天使のヘイローは輝きを増していき、その手のひらに再び光が収束していっていた。
「褒めているつもりはないけれど…それもま、いっか。じゃあね、通りすがりの人…光」
そして、特に警告もなく唐突に放たれたレーザーは一直線に六鹿へと迫り、それを俺は腕で受け止めていた。
何となく、撃ちそうだと思った瞬間に俺も飛び出して六鹿の盾となるために防御姿勢のまま射線上に割り込んでいた。
「…!!」
「晴くん!」
今までに俺は超常の力による攻撃を体で受けたのは二回だ。
七種の攻撃と六鹿との特訓。
それ以外にも普通のトレーニングの際におった怪我や、今までの人生で受けてきた多少の痛みの記憶。
それら全てを思い返してもどれも比にならないほどに強力な殺意の暴力。
本来。光には物理的な破壊能力はないはず。
あるのは光による結果的な熱による殺傷能力だけ。
もちろん、物体を切断できるほどの出力・収束した光は一瞬で木を燃やし、鋼鉄すらも焼き切れるのだからとんでもない高熱になるのはわかる。
だけど、想像できていなかった。それを生身で受けることの重大さを。
「…ぐっ!!」
すでにアナザーは起動済み。全身は強化されている。
俺の体はその辺の鋼鉄よりも頑丈になっているはずなのに…
焼かれる。貫かれ切られるなんてことはないが、レーザーとの接触点から肌の焦げるような感覚がする。
血が沸騰している。肌が爛れる。肉が溶ける。
そんな激痛が走る。
一体いつまで、どれだけこれに耐えなければならないのか。
いや、先ほどのレーザーは一瞬で通り過ぎて消えていたから、これも一瞬のはず。
けれど、あまりにも激しい苦痛と生命の危機に時間が酷くゆっくりと流れているように感じる。
そして永遠に感じる一瞬はすぎてレーザーに耐えた後に残ったのは接触点が黒く炭化し、その周りも余熱で爛れている見るも無惨な自信の右腕だった。
ダメだな、感覚がない。
「また、乱入者。しかも受け止められた。何なんだあなたたちは…」
「っ…!誰でもいいだろ天使さん」
「それはそう。でも、私の目的はその男のアナザーだから退いてくれない?」
「正直どいてもいいんだが…さっき問答無用だったじゃねぇか」
「だって話すの面倒でしょう?殺した方が早いし…それに、その男は早いか遅いかでしょ?」
「言ってくれるぜ…」
どうやら言葉は通じても話は通じないタイプらしい。
どうする、彼我の戦力差は圧倒的。俺はもう右手を使えない、希空は戦闘向きの能力じゃない。六鹿もアレ相手にどこまでできるか未知数。何より七種という不確定すぎる爆弾を抱えている。
このままやっても勝てないのは明白。どうにかして逃げたいが。
「でも、あなたは殺すのに時間がかかるみたいだからもう一度聞いてあげるその男を置いて行ってくれない?私の邪魔をしないで」
「…ふふ、ははは!!そんな事!出来るわけないだろ!!私は主人公なんだ!こうしてピンチに一度は戦った相手が助けに来るところがその証明。主人公のピンチに、主人公をおいて逃げる味方なんていないんだから!そうだろ?」
「…黙っててくれねぇかな」
必死に逃げる算段を考えて、いっそ七種を差し出して逃げようかとも考えていた矢先に勝手に味方判定して、敵を煽る七種に怒りを覚える。
「…晴くん腕は…」
「問題ない…動かねぇし使えないが、邪魔にもならない」
「ごめんなさい…私が飛び出したから」
「いや、謝る事じゃない。だけど、びっくりするからいきなりはやめてくれ」
俺と六鹿は未だテンション高めに変なことを言っている七種を放って状態を手早く伝え合う。
六鹿もここからどうにか逃げる方向でいいらしい、目線を先ほどまで俺たちが隠れていた草むらにやると心配そうにこちらの様子を伺っている希空の姿が見えた。
目線と小さなジェスチャーで「出てくるな」と「ここから逃げる」を伝える。
伝わるか不安だったが何とか伝わったみたいで、小さく頷いてゆっくりと希空は隠れたまま移動し始めていた。
「喰らえ!魔弾!」
俺たちの短い作戦会議の合間に七種は天使に攻撃していた。
天使はその攻撃を先ほどと同じように風を払う程度の動作で防いでしまう。
「鬱陶しいな、魔弾の覚醒者ぐらい強ければまだやる気も出たというのに…彼も報われないな、こんなのに拾われるなんて」
「さっきから何を訳のわからない事を!私のこの力は運命によって決まっていたのだ!天使を倒して私の物語は次に進む!魔弾!魔弾!魔弾!魔弾ォ!!」
「芸がないね、偶然拾っただけの力なんてこんなもんか…一応忠告してあげるよ、そんな考えなしに使えばあなた…ただじゃすまないよ」
「クソクソッ!こんなの勝つ流れだろう!?かつての敵が味方になって、私の力も覚醒してって流れのはず!さっさとやられろよ空気読めないな!魔弾」
どうするか、天使は今は七種の相手をしていてこちらに注意を向けていない。
もしかしたら、今なら逃げられるかもしれない。だけど、それはたぶん六鹿の本位ではない。
どうにかいけ好かないし、意味の分からない状態の七種を連れて逃げる算段を…
クソッ!壊れた腕からやってくる激痛が、思考を鈍らせる。
関係のないはずの耳の奥でドクンドクンと心臓の音が聞こえる。
焦りが焦りを呼び、全く冷静になれない。
そして、
その時、それは起きてしまった。先ほど天使の言った言葉。引っかかってはいても気にしないように無意識に無視していた言葉のそれ。
「クソォ!!魔だ…??!」
パンッ
と乾いた音をが響いた。
「…え?」
その声は誰の物だったのだろう。
きっと天使以外の、俺たちのうちの誰かの声。もしかしたら俺のものだったかもしれない。
それだけ目の前で起きたことが理解できていなかったから。
二の腕から先の部分が消えて、残った部分から絶え間なく血が溢れる七種の姿はそれだけインパクトのある姿だった。
「な、なにが…」
「…た、たすけっ」
何が起きているのか理解できず思わず口をついてしまう。
その直後に、理解できずとも恐怖によって支配された心が本心からの救いを求めるように言葉を出す七種はそれ以上の言葉を紡ぐことはなかった。
ドパァンッッ!!
先ほどとは比べ物にならない大きな破裂音。
まるで火薬でも爆発したかのような…
そんな音を立てて、七種は体の内側から爆ぜた。
肉片は飛び散り、命を運んでいた血液は地煙となり空気を汚した。
残ったのはわずかな下半身だけ。
「あーあ、だから言ったのに…」
「…な、何をしたんだ」
「何も?」
俺は現実から目を背けるように、見たくないものから目を逸らすために、飛び散った肉片を務めて意識しないまま天使に問いかける。
俺の後ろで六鹿のえずくような唸り声とうずくまるような音が聞こえる。
だが、それを心配する余裕はなかった。
今にも沈んで、同じ状態になりそうなのを必死に我慢して、誤魔化して、偽って天使と対話する。
「何も?ならこれは何なんだよ!!」
「まぁ、知らないよね…そんなことをあのオウルが話すはずないもんね」
「なに?」
「代償だよ。ただの、人に過ぎた力を使った」
「なん…だと?」
天使はふわりと重力から解き放たれ、地面から数センチ浮いた状態で滑る様に俺たちの方へ向かってきた。
「六鹿!」
俺は呆然としてしまっている六鹿を抱えて離れる。
天使はそれを横目に見ながら興味もなさそうに七種の爆心地に移動すると、残ってる肉片をあさりあるものを取り出した。
「見なよコレ」
そして俺たちに見せてきたのは皹の入ったティリス・アナザー。
しかし、すぐに砕けてボロボロになっていく。
「これが代償。使いすぎた能力は暴走して肉体を滅ぼして、アナザーも一緒に壊れる」
「能力の暴走…」
「そう、といっても私たちには関係ないよ。これは適性のない人間が使いすぎた結果だから…私たちみたいに自力で覚醒させた人間や適性がなくても一度に使いすぎなければ暴走っていうのはそう起きることじゃない…人間のままでいられるかは別だけど」
ボロボロになったアナザーを捨て、天使は翼を広げる。
再びヘイローは輝きを増し、レーザーの発射体制をとる。
「じゃあ、特にあなたたちに思うところはないのだけれどいずれ戦うなら今でも変わらないよね」
「…だめ」
クソ、もう一度アレを防げる自身はない。
勘で躱すか?いや、それで無防備のところを打ち抜かれる方がマズイ。
右腕はすでにダメになっている。能力で治癒力が上がっていてもここまで壊れてしまったらしばらくはまともに使えないだろう。
なら、いっそこの壊れた右腕を捨てる覚悟で…
「ばいばい」
「…ッ!来い!!」
放たれる命を散らす輝き。
それは一直線に俺に向かってくる。
俺は感覚を失った右腕を左腕で支えながら待ち受ける。
しかし、途中で気が付いてしまう。俺は馬鹿だ。
そして天使は馬鹿じゃない。
さっき結果だけ見れば右腕一本で防げてた攻撃。
それを正直にもう一度撃つだろうか…答えは否。
それはただの直感。これはさっきの打ち抜く攻撃じゃなくて、打ち貫く攻撃だと。
そりゃそうだよ、俺の後ろには六鹿もいる。
まとめて殺すならそうするに決まっている。
俺はうぬぼれたのかもしれない。一度防げたから、覚悟をもてば六鹿だけは助けられると。
そんな幻想を抱いてしまったのかもしれない。
ああ、死が近づく。
「だめぇ!!!」
俺が覚悟の無意味を知ってしまった時、背後にいた六鹿から放たれたのは拒絶の波動。
その波動は目に見えないが効果は確かに顕著に表れた。
襲い来るレーザーと六鹿の力がぶつかった瞬間。
高密度に収束していた光の束が拡散した。
「何ッ?!」
それでも意思をもって放たれた光を完全にはじくことはできずに俺の体に届いたが、その威力は先ほどのレーザーよりも明らかに落ちていた。
六鹿は訓練で複数の応用技を習得していた。
これは上から下にかかる重圧を横方向に放つ俺たちが斥力と名付けた力。
そして俺には影響が出ていない。
六鹿の今までの訓練で会得した、力を掛ける相手を選別するという小技だ。
それにより、相手の攻撃を弾いていた。
「私の光を弾いた?能力の出力がおかしいな…防いだあなたも今の不可解な力を使ったあなたも」
威力の弱いレーザーは気合を入れなおした俺の体を貫くことなどできず、すでに焼けている腕をさらに焼いた程度で済んだ。
「…っグ」
それでも普通なら再生不可能なほどに壊れ切った腕をさらに酷使した痛みが襲ってくる。
まともに立っているのがやっとなほどに。
「正直、興味が出てきたよ。あそこの草むらに隠れている彼女も含めて…」
「!!」
コイツ、希空がいることに気が付いていやがる。
希空は俺や六鹿みたいに直接戦闘ができるタイプの能力じゃない。襲われたら抵抗は難しい。
内心で焦っているのを見透かされるように天使は言葉を続ける。
「今回は引こう。でも、すごく興味が出た。だからまた会いに来るね」
そう言い残して天使は翼を羽ばたかせて空へと消えていく。
脅威が去ったことによる安堵で意識が遠のく。
「…晴くん?晴くん!!」
「兄さんッ!」
完全に意識がなくなる前に二人の声が聞こえた気がした。




