プロローグ2
勢いで書きすぎて難産
道を歩きながら改めて七曜学園の敷地を眺めるとその大きさを嫌でも実感する。
同じ街。同じシステムにあてはめられた同じ学園。なのにうちの学園と比べてしまえば倍ほども違うその敷地にため息すら出る。
そんなどうしようもない差に今更、嫉妬も起きないがこれからその差を感じるだろう子供たちを思えば同情の一つもする。
「ーー!ーーーー!」
「ーー!」
格差に打ちひしがれているとどこからか聞こえてくるのは人の争う声のような。
聞こえてくる方向に意識を向けてみれば、その方向には正直嫌なイメージしかない建物があった。
七曜学園男子寮。
そこはこの街で2番目に忌諱される場所。
三葉ほどのエリート意識もなくただ金があるだけの坊ちゃんが集まった結果、プライドばかりが肥大化した男たちの巣窟なのだ。
「……めんどくせぇ」
最悪なのは聞こえてくる声から片方が女であること。
ならば、勘違いした坊ちゃんに無理矢理ってことも考えられる。
それは非常に面倒で関わりたくもないが、ここは七曜。今は良くてもその男が妹に手を出すかもしれないとなれば、今の内に通報の1つでもしておきたい。
ともかく現場を見なければなんの判断も出来ないので、気持ち早くなった歩みを言い争いが今だに聞こえる方へ向けた。
現場にたどり着くとおそらくこの言い争いを遠巻きに見ている野次馬とその中心で向かい合った男女がいた。
その片方。
先ほどから聞き覚えのある声だとは思っていたが、案の定。
「どうしてだ!!」
「そう言われても興味がありませんし……」
「キミのためだぞ!!いつまでも、家のためにと学園で無駄な時間を過ごして!卒業後はそのまま大学だと!?キミは自分の価値をまるで分ってない!!」
「あなたよりは自覚しているつもりですけど…」
「っ!!大体何だ!その態度は!!私はお前のために行っているんだぞ!」
「ですから余計なお世話だと言ってるんです」
激昂した七曜学園の男子生徒に詰め寄られそれでも毅然とした態度を崩さない、我らが六鹿のお嬢様がそこにいた。
相手が困っているようなら介入しようと思ったが、六鹿が完璧な態度であしらい続けているためこのまま放置でも大丈夫そうに見えた。
「クソ!!」
やがてついに諦めたのか男は苛立ちを全身で表現しながら寮へ帰っていった。
お節介をしに来たら巻き込まれてた子本人の力で切り抜けてしまったのでただの野次馬になってしまった…
急に恥ずかしくなったので足早にこの場を去って忘れることにしよう。
「…あっ」
この恥ずかしさをごまかすために下を向いたまま歩いていく。
そんな姿すらも負け犬の様で恥ずかしさが加速した。
「…あの!」
しかし、学園では同じクラスだという以外でかかわりがほとんどなかったが…
六鹿って以外とはっきりものを言うタイプなんだと思った。
教室ではもうちょっとオドオドしていたように感じる。
「三船くん!!」
「おわッ!!」
急に大きな声で呼び止められ、びっくりして足を止める。
振り返ると少し息を切らした六鹿がいた。
「む、六鹿?どうしたんだ…?」
「どうしたじゃないです!何度も話しかけてるのに!」
「え、うそ」
「本当です!なのに無視して行くなんて!!」
「す、すまん」
どうやら話しかけられていたらしい…急いで離れた過ぎて気付かなかった。
というより、なんで俺に話しかけるんだ?
「無視したのはわざとじゃないんだが、何か用があったのか?」
「これ、落としましたよ」
そう言って差し出されたのは銀一色のティリスだった。
「ティリス?これ、俺のじゃないぞ」
「え?」
そう。俺が持つティリスは青色の物だし、銀色っていうのはカタログにもなかったように思う。
証拠を見せるように俺は自分のティリスをポケットから取り出して見せる。
「じゃあ、これって」
「さぁ?ただあの場所は多くはないとは言っても人だかりになっていたからなぁ」
「大変…だよね」
「そりゃね。そもそもこの街では身分証としての役割もあるからティリスの携帯は義務付けられていただろ」
「うん、意図的に置いていったりしたら罰金とか出るんだよね」
「だから、落とした人は必至に探してるだろうから渡しに戻ったほうがいいだろ」
「そっか…私ちょっと戻るね」
「おう……て、ちょっと待って」
「?」
色々あったけどこれで終わりかと安心した時、ふと疑問がよぎった。
このまま六鹿がさっきの場所に戻ったとして、落とした人がいなかったら?
ヘタしたらその人が落としたと気が付くのは家に帰った後とかで、真夜中かもしれない。
そうなったら六鹿はそれまで待つのか?待ちそうだ。
なんとなく、この短いやり取りでそうしそうな雰囲気を感じてしまう。
「はぁ……俺も行くよ」
「え!わ、悪いですよ。急いでたんじゃ」
「いや、特に用事があったわけじゃないから気にするな」
ていうか気にしないでほしい。
お節介かけようとして失敗して恥ずかしくて逃げました、なんて言えない。
「ともかく、ついてくよ。さっきみたいなことになるかもだしな」
「あぁ、ありがとうございます」
そうして二人して元の場所に戻る。
先ほどまで遠巻きに見ていた野次馬たちはすでに散っていて、七曜学園男子寮の入口の目の前というのもあるだろうが通行人一人としていなかった。
「誰もいないな」
「そう、だね。まだ落としたことに気が付いてないのかも」
「待つつもりか?」
「うん、ないと困る物でしょ?」
「そうだけど、さっさと警察に届けてもいいんじゃないか?」
そう、落とし物を拾ったときは交番に届けるのが普通だ。
というより、落とした時に気がついて現場に戻ったら見ず知らずの人に落とし物を直接渡されたら少し怖い。
「それでも早く気が付いたならそのまま渡してあげたいから」
「変な感性だな」
「そうかな?」
「ああ、それは面倒事を増やすことになりかねない行動だろ?俺はそういうのは嫌だな」
「でも付き合ってくれるんだ?」
「まぁ、乗りかかった船だし」
目立たないように男子寮の入口からは少し離れた建物の影に二人並ぶ。
「……」
「…」
お互いに普段からよく接しているわけではないため、話題なんてものは自然と生まれることもなく沈黙の時間が流れていく。
改めて考えてみると不思議な感じだ。
割と気さくで学園にも友達が多いとはいえ、六鹿はお嬢様だ。
クラスメイトの男達はそれはそれは高根の花とかアイドルのように扱っていた。……と羽衣に聞いたことがある。
そんな六鹿とこうして肩を並べていることに少なからず違和感を感じている。
「あの……」
沈黙に耐えきれなかったのか、六鹿の方から遠慮がちに話しかけてきた。
ここはありがたく乗っておこう。気まずく感じていたのは俺も一緒だったから。
「なんだ」
「聞きたいことがあるんですけど...」
「聞きたいこと?」
「はい、先ほど教室でも聞いたことです」
「教室……ああ、進路についてか?」
「そうです、そうです」
どうやらちょうどいいからと教室でされた話の続きらしい。
面倒な気持ちが急激に出てきたが、沈黙の気まずさとすでに返事をしてしまったことによって話さざるをえない空気になってしまった。
「進路……決まってるからと言ってましたけど、それは本当の理由じゃないですよね」
「まぁ、バレるよなぁ」
「はい、そう思ってる人はそのまま当日に出してますよ」
「だよね」
「進路、悩んでるんですか?」
「悩んでるっていうか…なんていうかだな」
「……」
俺の煮え切らない返事に、じっと待つ六鹿。
それは答えが出るまで待つという優しさではなく、答えるまで逃がさないという厳しさのように感じた。
「六鹿はさ、この街をどう思う?」
「…街ですか?」
俺はそんな六鹿に昔からくすぶっていた疑問を投げかける。
その質問はこの街に住む人間にしたことなんてない。
それはこの街の根本を否定するようなもので、この街に暮らしている限り抱いてはいけない疑問だと無意識に感じている。
「この街のことは...好きです。でもこの街の人間はあまり好きではないかもしれません」
六鹿からもたらされた答えは意外なものだった。
その回答は確かに意外ではあったが、俺にとっては望んでいた答えだったかもしれない。
「そうか…俺はこの街が気持ち悪い。ここで暮らす人間も、俺も」
「...それは、どうして?」
「誰も自分を持っていないように感じるから...だろうな。この街じゃ、正解は用意されていて間違えることも、リスクを背負うこともない。それがなんだか機械的で気持ち悪いんだ」
そう、この街ではあらゆる物の正解は用意されている。
リスクやコストがどこに割り振られて、誰が背負うかも決められているから誰も理不尽にさらされることはない。
万が一、事故や故障などが起こった時は変わりがすぐに補充される。
まさに機械。
実験都市とは聞こえはいいが、そのためにパターン化されたデータ収集のためのパーツでしかないのだろう。
それが酷く気持ち悪い。
人として生まれて機械として生きることも、それを良しとしている人間も。
「その意見には完全に同意はできません。したら、この街で得た恩恵にたいして失礼ですから。私の立場でそれは言えません。けれど、三船くんのような人は意外とこの街に多くいるんですよ」
「そうなのか?」
思春期をこじらせてぐれた子供のような事を言う俺に、六鹿は俺は異端ではないのだと教えてくれる。
「はい、その多くはリスクを背負うことになった人で実際に被害が出た人やその身内の方ですね。彼らはそれが正解だと言われたからそうしたのに、被害が出てしまったと。この街のシステムに疑問を持つようになるのです」
「...それは当然じゃないのか?誰だって、それが正解だと言われたからって被害を受けたいわけじゃない」
「ええ、ですが彼らのほとんどはシステムに逆らった結果苦しい暮らしになっています。理由は...酷いものですよ」
「それは知っている...ニュースになるしな」
それはこの街では有名な話だ。
ニュース番組でも取り上げられた問題、この街の就職活動に関するものだ。
この街の就職活動とは名ばかりのものは、志望動機の欄にシステムによって導かれたからと大真面目に書く。しかも、企業側もその志望動機なら100%採用なのだ。
それはもちろん、本人の能力や資質がその企業で働くのが一番いいとシステムに言われているのだから迷う理由も拒む理由もない。
だが逆にそれ以外の志望動機の場合、採用率は10%を下回る。
それほどまでにシステム第一の街なのだ。
「ですから、私もこの街のそう言った考え方はあまり好みじゃありません。好きな街の闇の部分を見て見ぬふりはできませんから」
「……それでもこの街が好きだと言えるんだな」
「もちろんです。私は六鹿ですから」
輝くほどに強い信念が言葉を話しているようだった。
それは、逃げた俺にとっては眩しいものだ。
どうしようもないわけでもないのに逃げた俺にとっては。
「三船くんが進路を悩んでいる理由はシステムに従うことを是としないからなんですね」
「……まぁ、そういうことだ。なんてことはない遅れてやってきた反抗期だよ」
「そんなかわいらしい理由で将来を決めるのはちょっと...」
「かわいらしいか?」
笑いを嚙み潰したような表情でまた少しずれたことを六鹿は言う。
そんなことを話しているうちにだいぶ日は傾いていた。
こうなってくると流石に落とし主はここには表れないかもしれない。
「六鹿、今日はここまでにしよう。落とし主には悪いが警察に届けて帰ろう」
「...そうですね、付き合わせてしまって申し訳ないです」
「気にすんな」
結局、拾ったティリスは近くの交番に届けた。
警察にはいろいろと面倒な手続きを要求されたが、そのほとんどは六鹿がこなした。
流石にお嬢様。警察の扱いも丁寧だったし、よくわからない書類もさらさらと書き込んでいく姿は同級生とは思えなかった。
「これで落とし主が見つかればいいですけど」
「最悪の場合でも、ティリスの中身見れば誰のかわかるし...警察もそうするんじゃないか」
「それもそうですね」
未だ心配そうにつぶやく六鹿。
これは優しいとかじゃなくて心配性って感じだな。
「ともかく、今日はお疲れさん」
「いえ、これぐらいなら。三船くんもお疲れ様です」
「滅多にない事だろうし、貴重な経験だったと思うことにするよ」
「ええ、私もそう思うことにします。あ、そうだ」
今思いつきました。と表情で訴えてくるような顔をしながら六鹿はピンク色のティリスを取り出す。
「連絡先、交換しときましょう」
「はい?」
「今回の件で、何かあったらお話しを聞いてほしいので…」
そういいながら連絡先を一方的に送り付けてくる。
これで、俺が教えなかったら相手の連絡先を何故か知っているストーカーみたいになりそうだ。
「わかったわかった」
「はい、交換です。ふふ、いいものですね。いくつになっても友人が増えるというものは」
「友人?」
「ええ。連絡先の交換までしたんですから、私と三船くんは友達でしょう?」
「そう…か」
「はい!…では、今日は本当にありがとうございました」
そう言って六鹿とは交番の前で別れる。
なんだか今日はいろいろとイベントが多い日だった。