レイルナティムシル6
静寂と静止が支配する戦場で、博士の歯を嚙合わせる音が嫌に耳に突く。
しかし、不快ではない。
むしろ喜ばしいほどだ。
他人の不幸は蜜の味というが、普通の生活をしていたら俺だってそこまで非道には成れない。
だが、博士という俺の人生の中で類を見ない、比較にもならないほどの大悪相手となれば、その蜜の味を甘受するのに一分の躊躇いもなく、口角が上がる。
「なるほど.........」
そんな中、博士がその内に感情を抑え込めるように声を絞り出す。
それは、認めがたい現実を認めるかのような、そんな苦痛に満ちた声色だった。
「なるほどな.........確かに私は侮っていた、そして驕っていたのだろう。私は紛れもなく神だ。不完全だとしても、その事実に変わりはない。だからこそ、その出来損ないや、出来損ない未満がどれほど集まろうとも脅威ではないと.........」
その言葉と共に、博士の内側で何かが変化していく。
その何かは分からない。
分からないが、その確実に変化していくそれに全員が警戒をしていた。
「だが、塵とて集まれば目立つ。アリとて自身の何倍も大きい生物を仕留める。それを認識せずに、力の差だけで計っては研究者の名折れだったな」
「爆発」
誰もが動けない中、オウルが変化によって無防備だった博士に攻撃を加えた。
爆炎が博士のいた空中で爆ぜて、博士を飲み込んだ。
その爆風は熱を伴って、俺たちの頬を撫でた。
「無防備過ぎだ。とりあえず先制。実力が拮抗しているのだから当然だろう?」
オウルの言っていることは正しい。
正しいが、あまりに迂闊過ぎないだろうか。
博士が見せた変化は、紛れもなく俺たちにとって良くない変化だった。
だが、それを止めるための行動として何が正しいのかも分からない状況で飛び出せなかった。
「それに、この程度で終わるなら苦労しない」
爆炎の向こうを注視したままのオウル。
分かっている。
それには完全に同意見だ。
だって、その爆炎の奥に感じる異質な気配はそのままなのだから。
「故に」
爆炎が晴れる。
博士の姿は先ほどとさして変わらない。
強いて言うのならば、その瞳。
まるで、小さな何かが無数に蠢くような、
絶えず滞留する泥のような、
混ぜ合わせた欲望のような濁った色をしていた。
「私は偉大なる神の御業をここに示そう」
その言葉に感情はなかった。
正確には先ほどまでの悔しさと苛立ちが。
代わりに、伝わってい来るのは義務感。
やらなければならないと必死になるような、そんな感情。
「チッ!」
それを見てオウルが一つ舌を打つ。
不快感を隠そうともしないで。
「『小さく蠢くもの』」
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世界にノイズが駆け巡った。
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「は?」
巨大な剣に貫かれた。
地面から伸びる巨大な剣の刃。
前触れもなく、音もなく、ただ貫かれた。
「意味............わかんね!!」
すぐに、刃の側面を全力で叩いて折る。
そして抜いた刃を投げ捨てて治癒する。
貫かれたことで食道を登っていた血を吐きながら、周囲を確認する。
すると全員が剣の他に槍などの様々な武器で貫かれていた。
しかし、それで行動が止まるのは一瞬だけ。
全員がそれぞれの手段で自身を貫いた武器を破壊する。
天使は翼で叩き壊し、何か新しい能力か俺は見たことない力で治癒していた。
相賀はおそらく虚剣抜刀で叩き折ったあと、そのまま傷を放置していた。傷からは地の代わりに炎が零れていた。
オウルは............オウルはどこだ?
「切断」
オウルは、いつの間にか博士の背後を取っており、そこからまた何かの能力を使った。
それによって、博士は胴で真っ二つに切断された。
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世界にノイズが駆け巡った。
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オウルは、いつの間にか博士の背後を取っており、そこからまた何かの能力を使った。
だが博士は何も気にしていないような表情で、傷一つなくそこにいた。
?なんだ今の。
何かが、おかしい気が。
「なんだこれ?」
「.........気持ち悪い」
相賀と天使も感じているようだ。
何かが起きているのに認識が追い付かない。
「みんな!ノイズが走ったら何でもいい!!アクションを起こせ!」
オウルから飛ぶなんとも容量の得ない指示。
ノイズが出たら何でもいいからアクションを起こせ?
何でもいいって何なんだ?アクションって何をすればいいんだ?
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世界にノイズが駆け巡った。
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半ば無意識にその場でジャンプをする。
能力で強化したジャンプだ。
広い研究室でその天井付近まで飛ぶ。
下を見ると、俺が先ほどまでいた場所に幾本もの剣が突き刺さっていた。
まただ、気が付けなかった。
何処から出てきたんだあの剣。
俺の強化された五感で全く認識できないってどうなってやがる。
だが、分からないなりに状況に慣れてきた。
オウルの言葉、さっきから起こる違和感と謎の攻撃。
つまり、博士が何かしているのだろう。
だったら博士を叩けば。
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世界にノイズが駆け巡った。
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体中が炎に包まれた。
空中で何もできなかった。
そのまま炎に焼かれる痛みに耐えながら、炎が消えるように体の耐熱性能を強化して治癒も同時に行う。
「ぐぅう!」
余りの激痛に苦悶が漏れるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
速く、立て直さないと次が来る。
「光+『権能付与ー私は神を殺す』」
二段目の炎も躱していたらしい天使が神殺しの意思を込めたレーザーを大量に放つ。
博士はそれに目を向けることもなく、そして防ぐこともなかった。
レーザーに貫かれて体に無数の穴が空く、空いた穴は即座に焼かれて血は出ない。
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世界にノイズが駆け巡った。
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博士は無傷の体で、ただ何かを見ていた。
今、ノイズが走ったのに攻撃が来なかった。
先ほどのオウルの攻撃の時もそうだ。
「「攻撃続けろ!」」
オウルと俺の声が被る。
あの理不尽攻撃をいつまでも躱し続けるのは無理だ。
実際、俺も炎をくらっている。
アイツが攻撃を避けているのか、消しているのかは分からないが、それでワンアクション潰れるのなら、攻撃を休みなく続けることでどうにか隙を作るしかない。
「虚剣抜刀!!」
博士に超質量の攻撃がヒットする。
博士は空中にいるため、それを受けて踏ん張ることも出来ずに吹き飛ばされる。
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世界■ノイズが駆け巡った。
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博士は変わらず空中にいるが、やはりノイズが走ったのに何も起きなかった。
予測が正しかったことを確認した俺は意識を攻撃に切り替えて、能力による強化をさらに高めていく。
「切断+爆発+伝達『連なり爆ぜり』」
オウルの放った攻撃。
目に見えない何か波動のようなものが博士を中心に発生する。
博士の体に二つに分かたれ、その傷が爆ぜる。
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世界■ノイズが■■巡った。
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爆風でよく見えないが、ノイズが走った。
だから、きっとあの爆風の中心に博士が無傷でいるのだろう。
だから、全力であそこまで駆ける。
空中に躍り出る事も今なら大丈夫だと信じて。
爆風が少しだけ晴れたその瞬間に、俺は飛び込み博士の懐にいた。
そして、考えられるだけの強化を施した拳をそのまま博士の体に叩きこむ。
確かにこれは、博士の体だ。
肉体だ。
その感触を確かに拳から感じていた。
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世界■ノ■■が■■巡った。
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俺は虚空を殴っていた。
ノイズが走った。
確かに博士の体を捉えたはずの攻撃が外れた。
軌道をずらされたのか、博士を通り抜けたのか、それすらも分からない。
しかし、今。何か違ったな。
ノイズが走る時間が長くなかったか?
空中で体を捻って、博士のいるだろう場所を見ると博士は空中にはいなかった。
落下していたのだ。
俺はそのまま着地したが、博士は地面に叩きつけられるように落ちた。
何が起きたのか分からない。
今の一撃は確かに躱されたはずだ。
どういう方法かは分からないが、他の皆の攻撃と同じように無力化されたはずなのだ。
だと言うのに、なぜ博士が落ちている?
「強すぎる力の代償だね。キミの体は器じゃない。それは君が一番分かっていたはずなんだけどね」
オウルの言葉の意味は分からない。
だけど、代償。
その意味だけは分かった。
落ちた博士の体にノイズが走り、消えたり現れたりを繰り返していた。




