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夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
第1章-星と魔弾-
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重圧6

 漫画とかならボロボロの主人公のパンチ一発で敵が気絶なんてことは良くあるが、現実はそうもいかない。

 体中は痛むし、肩や太もも、腹などの大きく体を動かすときにどうしても使うことになる部分に攻撃を喰らっていたのも影響している。

 素人の自分でもわかるほどに軽い拳だった。


 それでも、反撃を全く考えていなかったのか七種は二歩、三歩と後ろにたたらを踏んだ。


「ふぅううううう、全く足りないが一発返したぜ」


 額から流れる不快な感触を拭うように、髪をかき上げて息を強く吐く。

 アドレナリンではごまかせないほどに目の前が揺らいで、今にも倒れこみそうなのを見栄と虚勢でごまかしながら七種を煽る。


「どうした、まだでんきんだろ?」

「こ、のモブ野郎...()を殴ったな!!」

「なんだよ、パパにも殴られたことないってか?口調変わってるぜ?」

「そんなに一発入れたのが嬉しいかよ!!私は選ばれたんだ!なんでまだ思い通りにならないんだ!!」


 キレた七種。

 ハハッ!こいつ簡単に煽りに乗ってくれて助かるぜ。

 大きすぎるプライド、不安定な精神が冷静な判断力を奪っている。

 このまま問答無用で攻撃を続けられるのが一番まずかった。

 だけど、こいつは言葉で煽れば言葉で返さざるを得ない。無意識に俺よりも上に立ちたがる。

 おかげで、こうやって舌戦に持ち込んで体力の回復を図れる。


「その理屈なら俺も選ばれてんじゃん」

「ありえない!!お前は...そう!チュートリアル!私の壁ってだけだろう?勘違いするなよ!!」

「へぇ、なら早くクリアしてくれよ。お前の王道には難しいチュートリアルはないんだろ?」

「うるさい!!魔弾(デュクソビット)


 俺自身のテンションが高いことも相まって、七種を煽る口が止まらない。

 煽って煽って爆発した奴は指を俺に向けてあの言葉を放とうとしたが、すでに俺との距離はないに等しい。

 流石にこの距離。口よりも手の方が早い。


 奴の手を反射的に上へ跳ね上げる。


 その結果奴の攻撃は俺の頭上を通り過ぎて、額を掠めて数本の髪の毛が舞い、先ほどの額の傷から再び出血しただけだった。


「この!放せ!!」


 俺がつかんでいた手を体ごと引いて抜け出す。

 放したくはなかったが、その力に対抗できるだけの力が俺に残っていない。


「なんで!なんでなんだ!!私は主人公になれるんじゃないのかよ!!」

「ハッ...」

「三船くん」


 なおも錯乱したように意味不明なことを叫ぶ七種に鼻で笑って煽ろうとすると六鹿に呼び止められる。

 振り返ると六鹿もすぐ後ろに来ていて、俺をじっと見ていた。

 その目は心配と少しの怒りが混ざっていて「やりすぎ」と咎める思いが込められているのを感じた。

 それが「無茶しすぎ」なのか、「煽りすぎ」なのかはわからない。

 まぁ、きっと半々なんだろうな。


 俺はその目に肩をすくめてこれ以上奴を煽るのをやめる。

 その意思を確認した六鹿は俺の前に歩み出て、七種と対峙する。

 七種はそれを見てなぜか表情を明るくさせていた。


「六鹿さん!止めてくれたんだね!やっぱり君はヒロインなんだ!!」

「はぁ」


 飛び出るのはまさかの答え。

 さっき六鹿も敵のような発言をしていたのにこれだ。

 分かっていたことだが、よほど都合のいい事しか記憶に残らない脳みそらしい。


「私が止めたのはこれ以上友人が傷つく姿を見たくないからです。決してそのヒロインとやらになったからではないです」

「だから、私が傷つかないように心配してくれたんだろう?」

「...自分が何を言っているのかわかって発言してるんですか?」

「?当然だろう?君も理解できているから返事をしているんじゃないか」


 致命的なところで食い違っているのになぜか噛み合ってしまった歯車のような会話。

 さっきまではテンションによるノリと勢いで言葉を出していたから気が付かなかったけれど、落ち着いて会話すると激しく気持ち悪くなる会話だ。

 こんなのに絡まれる六鹿に再び同情する。


「何を言っても無駄ですね...ハッキリと言いますが、金輪際、私たちに関わらないでください。あなたとは顔を合わせたくない」


 六鹿とはまだ浅い関係だが、その関係で築かれた印象とはかけ離れたきっぱりとした拒絶の言葉を吐く姿。

 しかし、その言葉は別の意味でも意外なものではあった。


「おい、こんなの野放しにするのか?多分こいつをこのまま逃すと悪いことになるぞ」

「怪我人は黙っていてください」


 確かに俺の今の状況や、六鹿が前に出ている現状では奴を捕まえるのは難しい。だが、こいつはその意味不明な理由で平気で人を傷つける。

 今回はなぜか上手くいったが、他の人間だったら死んでいたかもしれない。


「だが...」

「いいから」


 取り付く島もない。

 なんでこんなに頑固なんだ。


「七種さん、分かりましたか?」

「...何がだ...いったい何を分かれっていうんだ」

「何もわからなくいていいので関わらないでください。...動けますか?三船くん」


 これで話は終わりだとでもいうように七種から目を外して、俺に肩を貸そうとしてくる。

 俺はその有無を言わさぬ雰囲気に呑まれて曖昧な返事だけが漏れていた。


「おかしいよ...なんで、私は選ばれたはずなのに...」

「...あなたはどこの誰ともわからない人に選ばれた事だけが自慢なんですか?そんなもの何の価値もないじゃないですか」

「違う!私は優秀だ!!勉強も!運動も!家柄も!すべてがそろっている!!そこに運命すらも他と違う!!私は!!」

「...自分でわかってるじゃないですか...そういうスペックだけ良くて中身がないって分かっているからそこを自慢に出来ないんでしょう?」


 それは確信をついた言葉。

 きっと七種がここまで狂ってでも目をそらしたかった事実を突きつけた。

 もしかしたら、六鹿は俺が思っているよりも怒っているのかもしれない。ここまで攻撃的な六鹿はちょっと違うと感じる。


「もう、いいよ...そうだったね...キミはまだ敵なんだった」


 そういう七種の目は濁って澄んでいた。

 先ほどまでの激しく燃えるような怒りや嫉妬ではない。

 何もかもを失ったかのような虚無で空虚な瞳をしていた。

 何もかもを混ぜ合わせたようなドロドロの気味の悪い瞳をしていた。


 そして、ゆっくりと人差し指を六鹿に向ける。


「六鹿ッ!」


 かばおうと体を動かしたいのにいうことを利かない。

 どうしても攻撃をくらった足が地を擦る。

 ふらつく頭が体重移動すらさせてくれない。


 俺は焦るが、六鹿はまだ俺の方を向いたまま懐から銀のティリス...アナザーを取り出す。

 それは輝きを放っていた。


「なんとなく...そう、初めてこれを起動してからなんとなく何ができるかが分かっていたんですよね」


 その言葉は俺に聞かせるための物か、奴に聞かせるための物か、自分に言い聞かせるための物か、それは分からない。

 ただ、六鹿は余裕を見せるように笑みを浮かべていた。


「デュクソ...」

「やめて!!」


 七種が例の言葉を紡ごうとした瞬間、六鹿の純粋な願いともいえる叫びがアナザーの輝きを一層強くして奴と同じように、奴とは違う超常を引き起こした。


 ズンッ!!!


 何か見えない力によって押さえつけられるように七種の体は地に沈んだ。


 当然、手も地に叩きつけられ俺たちに照準を合わせることなんてできていない。

 傍から見ればそれは間抜けにすら見えるように倒れている。


「...グッ...!!ッガ!、何...重ッ!!」

「あなたが見えない何かで攻撃するように私も見えない何かで押さえつけることができると、根拠のない自信が溢れてくるんですよ...あなたも初めは()()だったんですか?」


 六鹿はゆっくりと振り返り、手のひらを七種に向ける。

 それはさらにそこに力を込めるかのようで、事実その力は増大しているようだった。

 見えない力で地面に縫い付けられている七種はその力に耐えられないのか、上手く言葉も発せずにいる。

 そして六鹿の目の前の空間、七種が倒れている周囲にもその力は及んでいるのかアスファルトの地面に亀裂が入る。


「私はこれでも怒っているんですよ。わかりますか?いいえ、あなたには分らないのでしょうね」


 その力は、六鹿の言葉に込められている思いを反映しているように強まっているように見える。

 そう、それは実際に()()()()()()()()()となって七種を一方的に追い詰めていた。


 このままいけばきっと七種は耐えられないだろう...だけど、その結果は...


 俺はまだ動かない体を無理に動かして、六鹿の手を掴む。


「やめろ、やめておけ」

「あ、」


 それで六鹿の集中力が切れたのか、直接喰らっていない俺でも感じていたあの重圧が消えたと分かった。


「クソッ!クソクソクソ!!!」

「おい!」


 俺は満身創痍。六鹿も何やら放心した状態。

 その一瞬の隙で七種は一目散に逃げ去っていく。

 結果的に最初に六鹿が言ったように見逃す形になった。


「...ご、ごめんなさい。三船くん」

「いや、いいんだ。あのままだとケガじゃすまなさそうだったんでな」

「...助かりました」


 掴んでいた手を離すと、六鹿はそのまま怯えるように俯く。


「六鹿...今のは」

「...初めてアナザーを起動したときに頭の中に流れてきたんです。私にはこういうことができるっていう確信が...それが人を傷つけることができる力っていうことも...」

「そう...か、でも助かった」

「いえ、私も助かりました。初めて使いましたけど...アレは七種さんじゃなくてもああなるのかもしれません...万能感というか全能感というか、気分がよくなるんです...」


 それがアナザーの副作用とも呼べるものなのかもしれない。

 実際がどうかは分からない。六鹿はこう言っているが俺が起動したときはそういう超常現象を起こせる革新なんてわいてこなかった。

 俺か六鹿、どっちが違うのか...個人差があってみんな違うのかはわからない。

 だがそれで言うと奴の狂った言動も、先ほどの六鹿の攻撃的な言葉もアナザーの副作用のせいかもしれない。

 それを制御する術があるのか、ないのか...

 奴や六鹿にだけ発言した超常の能力がなぜ俺には使えないのか。

 わからないことだらけで混乱する。


 いかん、血が足りないな


 目の前がふらつく


「六鹿、とりあえず...」

「そうでした!三船くん...えっと病院は...ダメですよね」


 確かにこの怪我をなんと説明すればいいのかわからない。

 理由をでっちあげるにしたって明らかに日常でつきそうもない怪我だ。

 場所も場所だから経緯は何も話せない。警察に厄介になれば俺たちのアナザーが見つかるかもしれない。

 公共の施設は使えないと思ったほうがいいかもしれない。

 そうなると、家に帰って応急処置するしかないが...俺、死ぬかも


「三船くん、私の家に来てください。病院ほどではないですけど、無駄に大きな家ですから医療設備は一般の家庭よりは揃っています」


 そういってどこかへ連絡を取り始める六鹿。

 その姿が俺が最後に見た光景だった。

今年最後の更新。今後はどうしたものか...

とりあえず、よいお年を

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