レイルナティムシル2
「私の.........私が、これで終わるとでも思っているのか」
分裂、初めて使ったが...使い勝手はいい物の決定打に欠けるな。
希空もそれで少し悩んでいたしな。
こうして使えばその気持ちはよく分かる。
分身を生み出すというその性能があまりにも高いせいか、本来アナザーによる能力はそういう後付けの情報が体に流れ込むからか、肉体がある程度強化される。
俺の増幅は別として、六鹿も相賀もただの学生としては破格の身体能力を手にすることが出来ていた。
天使はよくわからんし、九重は例外だろう。
しかし、この分裂は能力を起動しているのに全くといっていいほど肉体が強化されている感じがしない。
これが今動かしているのが分身の方だからなのか、本体も弱いままなのかは分からない。
だけど、分身が弱いのではそれを切り札としては使えない。
伏せ札か、見せ札か、奇策のための札となるのは一度使えば分かる。
「いくら、イレギュラーが起ころうと、それに対処し、記録し、次に行かせなければ研究とは言わんのだ」
だけど博士も切り札を失い、逆転札もここにはない。
後は備えてあるアナザーを切っていくしかないだろうが、普通の能力の範疇なら何とか出来る。
一度出来たのだから出来るに決まっている。
イメージだ。
このまま博士を打倒すイメージを。
「とは言え、予備は予備、使わないに越したことはなかったのだが.........致し方ない」
「なんだよ、使っても負けた時のための予防線か?それともここまで上手くいかなかった言い訳か?」
最優先は博士をここから動かさないこと。
この塔を自由に動き回れたら何をされるか分からない。
この部屋は拡張の暴走で荒れた。
それは必ず俺にプラスに働くはずだ。ここにとどめなければ。
次に冷静にさせちゃいけない。
博士は自分を殴り飛ばした俺の分身に向かって話している。
その状況を変えちゃいけない。
本体の俺が死に体でボロ雑巾みたいに転がっていることを思いだしたら、狙いがこっちに来る。
それをされると防ぐ手段はほとんどない俺には辛い状況へと一気に変わる。
それはダメだ。
だから、煽る。
最初からやっていることだ、煽って冷静さを奪って、ヘイトを向けさせる。
「そんなに勿体ねぇなら、抱えたままくたばれや!!」
「............ああ、勿体ない。だが、そうも言ってられない。ここは使うべきだと判断した」
博士はどこからか注射器を取り出した。
それは黄金に輝く謎の液体が入っていた。
「次善の策だ。足りない物だらけだが、それは後から足そう。今は君に一足早く.........神を見せてやろう」
そして、その注射針を自分の首へと打ち込んだ。
躊躇いもなく、勢いよく。
中に入っていた黄金が、博士の体内へと注入されていく。
「.........っ!!」
博士は何かを抑えるかのように、何かを堪えるかのように自分の体を抱いて苦悶の声をあげる。
この局面で、博士が使用を躊躇っていた何か。
それが普通の何かであるはずがない。
言っていた言葉をそのまま鵜呑みにするわけじゃないが、神......とやらを見せるというセリフ。
その直後の注射針。
嫌な予感がする。
そして、その予感はすぐさま確信へと変わる。
尋常じゃない気配が、博士から感じるようになった。
まるで巨大な何かがそこにいるような、まるで抗い難いどうしようもない自然がそこにあるような、人とは決定的に違う、そんな空気を博士から感じていた。
天使たちにも似た、しかし全く違うような、
それでいて天使たちとは比べることも出来ないほどに巨大な気配。
天使よりも強い気配に博士の言葉がリピートする。
「.........神、か?」
博士を中心に渦巻く力紛れもなく本物だ。
流石にこれを相手に倒せるなんて、思えない。
イメージ出来ない事は出来ない。
それが能力の欠点。
例え同じ能力と使ったとしてもそれが出来るという強いイメージが、性能を底上げする。
逆に言えばイメージできなければ本来の性能すら発揮できない。
「そうだ、今は私が神だ」
あふれ出るような力が収まり、体が淡く輝く博士が答える。
見た目に変化はそう多くない。
だと言うのにそこに含まれる圧が明らかに違っていた。
「全能......というのも案外心地いい物ではないな、否、まだ足りていないからか?不完全な顕現だったから......やはりエネルギーが足りないな、それさえ補えれば何もかもが出来る確信がある」
変わった自分を確かめるように手足を確認し、手を閉じたり開いたりする博士。
そして、ある程度の確認が終わったのか分身に目を向ける。
「まずは性能テストだな、再現から入るとしよう.........」
ゆっくりと指を俺へと向ける。
それが攻撃の予兆だと思った俺は、いつでも回避できるように身構える。
「........光」
閃光が走る。
目が光に灼かれたその瞬間には、腹を貫かれた。
強化されていないただの人としてのスペックしかない分身にはただ光ったことしかわからなかった。
だけど、腹に感じる熱は、ダメージは紛れもなく分身
「.........ゴフッ!?そ、れは......天使の?」
「ふむ、なるほど。殺傷能力と発生速度が素晴らしいな。便利な能力だ......次は特殊系だな、麻痺」
「......ガッ!!」
全身が痺れる。
これは先ほど喰らいまくった麻痺する電撃。
こいつ、なんでもありか?
これは分身が一人で戦っても意味がない。ただ蹴散らされるだけだ。
「くそ!分裂!!」
さらに分身を生み出して、数で戦うことにする。
奇しくも先ほど博士にやられた戦法をやり返す形だ。
「ほう、10体!というか、そうだったな失念していた。これは分身か、本体はその辺に転がっているはずだな」
バレた!
マズイ!
「光」
「分裂!!」
光が襲い来る。
「......例え、何人盾として分身を生み出そうとも、人体くらいなら容易く貫くそれを防げるはず無いだろう?」
分身を数人分、俺と博士の間に生み出して盾にしたが、そのすべてが貫通されて本体にも新しく穴が空いた。
すでに致命傷を負っていた体は限界を迎える。
ダメだ、意識を保てなくなってきた。
「分身が消えた.........限界か、では最後にこの再現の天井に挑戦しようか、熱ノ天使」
博士が新しい力の名を呼ぶと、生み出されたのは散々苦しめられた銀色の炎。
あらゆるものを凍てつかせる、絶対零度の炎。
「............くそっ」
流石にだめだ。
体が動かん、意識が保てない、炎が迫っているのをぼんやりとしか認識できない。
死ぬ。
「移動」
聞きなれた声と共に視界が切り替わった。




