表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見た世界宛ての梟便  作者: 時ノ宮怜
最終章-新たな世界への旅路-
103/110

想いを込めて原点へ

 段々と抜けていく力。

 痛みは消しているはずなのに、それでも体がそこを庇う様に不自然な動かし方になる。

 溢れる血は止めどなく。

 痛みは無くても、体から失われていく何かを知覚してしまう。

 それが命と呼ばれるものなのだろう。

 そう、理解した。


「.........んッゥ...!!」


 痛みがないはずなのに、痛いと思ってしまう。

 その恐怖が、体を硬直させる。

 さっきからそれの繰り返し。


 腹を抑えた手は真っ赤になり、少しでも抜け落ちる命を留めようと必死になっている。

 壁につく手は、それ自体に穴が開き壁を染めながら歩く。


 不可思議な明かりが灯る通路に、紅い道を作りながら俺は進む。

 膝が抜けそうになる。

 体重を感じられない。

 随分と体が軽くなったように感じる。

 だけど、それ以上に力が入らなくて立っていられなくなる。


 命が零れるたびに、自分の体を構成していたものが失われるたびに、体は軽くなるのに、骨が重く煩わしく感じる。


「............もう、............ちょッ......!!」


 言葉も紡ぐのが難かしい。

 あの生命の天使との戦いから、ただこうして歩いているだけなのに、一向に呼吸が安定しない。

 常に荒々しくあり、言葉として吐き出すよりもおおくの酸素を取り込もうとして、肉体の危機に過剰に働く心臓が生み出す二酸化炭素を吐き出そうとして、呼吸は常に短く絶え間なく。


 恐らく、この先にあるだろうこの塔の『動力室』を目指して。


 それでも現実は甘くない。

 意思の力だけで、その強さだけで超えられる場所をとっくに超えていた。

 その自覚もあった。

 それでも認められない認めたくない、そんな意地がここまで運んでくれた。

 それももう尽きそうだった。


「あっ?」


 一瞬。ほんの一瞬前が見えなくなった。

 たったそれだけ、そして気が付けば俺の視界は床しか映っていなかった。


 ああ、そうかここまでか。

 痛みはない。衝撃もない。

 ただ、一瞬暗転した視界。そのわずかな間は俺が倒れるに足る時間だったらしい。


 クソッ

 あと少しなのに、もうちょっとでたどり着けるのに。

 アイツらの助けになれるのに。

 両親の仇を、この塔に、この意味の分からねぇ思想に成り立つ街に一矢報いることが出来るのに。


 体は動かない。


 きっと意識が一瞬途切れたからだろう。

 能力はいつの間にか途切れていて、じくじくと脳みそに痛みが届き始めた。

 今までは能力で誤魔化していた激痛が、蘇る。


 相も変わらず通路は明るく、その灯りがとても憎らしく思えてくる。

 次第に視界に影が差し、目は開いているのに何も見えなくなってくる。


 ―ンフフフ


 何処からか聞こえてくる笑い声。

 ああついに、聞こえない嘲笑も聞こえるようになったかと。


 ―いや、凄いね。正直君は天使を倒すことはできないと思っていたんだ。


 そうかよ、なら俺を嗤いに来た死神様にも一矢報いることはできてたんやな。

 後は、たった一手だったのに悔しいばかりや。


 ―まだまだ、諦めるには早いんじゃない?


 アホか。

 見てみぃ、俺はもう死ぬ。それは変わらない。


 ―そうだね、そのままじゃ死ぬ。だけど、僕はね。愉快なものを見せてくれた人間に報いるぐらいはしてあげる、心優しい人外だぜ?


 はっ!

 惨めに足掻いて、生きようとした人間みて笑うとか真正の死神様やな。

 褒美に安らかな死をってか?


 ―そう穿った見方はやめてよね。ちゃんと優しくしてあげるさ。というか、むしろ逆だね。


 逆?


 ―そう、逆。キミの死後。その安息を売り渡す覚悟があるなら、キミを助けてあげるよ九重隼。代わりにキミには永遠を彷徨う覚悟が必要だ。


 どういうことやねん。

 意味わからん。


 でも、もしそれで俺の果たせなかった目的を果たせるのなら。

 あと一歩届かなかった矢を、届かせることが出来るのなら。

 それ以上を望むことが、許されるのなら。


 手を伸ばしたい。


 ―ンフフフ、いいね。それでこそだ。それなら約束だよ?キミは今から僕と同じだ。だから、もっと面白い世界を見つけて、僕に教えてね。


 その時。

 カチンと何かが外れた。

 外れてはいけない、何かが。




「.........っは!!」


 目が覚める。

 痛みがない。

 能力は発動していない。

 ティリスは力なく、俺のポケットの中にあるだけだ。


 あの声も聞こえない。

 声の主もいない。


 体の異常はない。

 でも、何かが違う。

 致命的に何かが。


 状況をうまく飲み込めず、とりあえず立ち上がる時にようやく俺の体に訪れた、変化に気が付く。

 手にあいた穴がふさがっている。

 血はもう止まっていた。


「なんや、これ............」


 穴はふさがっていた。

 何か機械のようなもので。


 慌てて、自分の腹を見る。

 天使に貫かれて、先ほどまで命を沢山溢れさせていた腹の傷を見る。

 そこにも何か機械が埋め込まれており、それが俺の命を維持していた。


「まるで、あの天使と同じやな」


 機械の体。一部とはいえ、先ほどまで戦っていたあの天使と似た体になったことに複雑な思いを感じつつも、今やるべきことを頭に思い描く。


「.........俺の体に何が起きたのかは分からん。だけど、先にやるべきことをせな」


 先ほどまでとは違う、しっかりとした足取りで歩を進める。

 唐突に機械に置き換わった体に、違和感を感じない事に違和感を感じつつも、俺は前に進むのを止めない。




 やがてたどり着いたのは『動力室』そう書かれた部屋の入口。

 躊躇う事は何もない。


 扉を開けてそのまま部屋に入る。


 部屋の中はやはり廊下と同じで、真っ白な部屋に光源が不明の照明で照らされた部屋だった。

 ただ、特徴的なのは部屋の中央に鎮座した巨大な水槽。

 そしてその水槽に連結された巨大な発電機と思われる機械。


 慎重に近づき、水槽を見る。

 発電機の方が目的だが、あまりにもその水槽が特徴的で目が吸い寄せられるのだ。


 水槽には人間のそれと比べるのも馬鹿らしいほど、巨大な脳が浮かんでいた。


 水槽の近くのコンソールパネルのような機械に、何やら表示されているのは恐らくこの水槽の脳の事だろう。


Artificial(人工) Angel(天使) Project(計画):Angel(生命) of() Life(天使)


 ああ、コレが。あの天使の本体っていうわけか。

 そうかそうか、コレが。


 はは、


「どこまでも、おちょくってくれるな」


 親父をあんな姿にした。

 そんな恨みだってあったのに、敵もこんな姿とは笑えない。


「もう、終わらせよう」


 もう見たくない。

 もう見ていたくない。


 こんなことはさっさと終わらせて、晴くんと合流して、希空ちゃんを助けて、それで、全部が全部上手くいって、普通の日常に戻るんや。


 俺はそっとその水槽に手を触れる。

 体が機械になったからか、能力が少しだけ強くなったからか、エネルギーの流れを前よりもよく理解できる。

 この水槽。この脳。この天使が、このバカでかい発電機を制御している。

 だから、これを止めてしまえば発電機も止まる。

 天使も終われる。

 だから一息に。


無力(ゼロ)


 その瞬間。

 部屋の照明が落ちた。


 天使の水槽を維持していた何かしらの装置が止まったのだろう。

 脳みそが水槽の中で崩壊を始めた。

 発電機が動かしていた、何かのファンが止まった。


 それで、この塔のエネルギーが止まったのだと理解した。


「任務...............完了や」


 一度はあきらめたその目的を果たすことが出来た。

 それが実感できて胸の中に達成感が湧きだす。


「いや、まだやな。さっさと晴くんとこ行かな」


 まだ終わっていない。

 これで、一手進んだだけ。

 全部終わらせるために、来た道を戻る。

 戻って晴くんと合流するのだ。


 ―――


 九重くんが部屋を出て行ったのを確認してから、僕は姿を表す。

 もう照明もない暗い部屋で、崩壊してしまった脳みそ。


 それを見て僕は笑みを浮かべる。


「本当にきみは愚かだったね。でも話しがいが無くても、話し相手に離れていたのだから、そんな君を失って僕も少しだけ残念だよ」


 もう返事をする機能は存在していないし、もう生命としても終わってしまった彼女に僕は語り掛ける。

 もう会う事は無い、友人になれるかもしれなかった彼女との別れを楽しむ。


「僕は優しいから、君との約束は果たしたよ」


 思い浮かべるのは、この街、この塔に居て、全ての真実を知って絶望しつつも、それを覆すために非道な実験を繰り返していた夫婦の姿。


 あの二人が最後に行った実験。

 その前にした約束を。


『オウル。あなたはきっと私たちの子に興味を持ったのでしょう。実験の果てに産まれたあの子達に。それを止めることは私たちには出来ない。あなたはそういう生き物だから。だから、それはもういい。一つだけ約束して、もし私たちの子が期待に沿ったなら、あなたの玩具にしてあげて』

『?なに言っているか分かっているのかい?親として最低じゃない?』

『ええ、でもあなたは玩具を大切にするでしょ?』


 ああ、本当に。

 あの約束は面白かった。

 僕に守らせるために子供おもちゃとして僕に差し出すとはね。


 だから、ちゃんと僕のおもちゃにしてあげたよ。

 約束通りにね。


 きっと彼は、面白い事をしてくれる。

 だから大切にしてあげるよ。


「だからお休み、九重研究員」

生命ノ天使(マキナエル)

天使の後継として生み出された零号計画の成功体

無限のエネルギーの作成に失敗したことでアプローチの仕方をガラリと変えた天使。

それはエネルギーではなく、先に器を用意するというコンセプトによって生まれた。

ただの人間に無限のエネルギーなど扱えない、機械で制御するにも限界がある、

ならばそのハイブリットはどうだろうか、そして神にとって生命とはどういった定義なのか

それに答えを出した、天使。


自らの魂、意思、情報を分かち新たな生命として定義して、無機物に付与する権能。

天使自身はすでに肉体のほとんどを失っており、この権能によって自らの全てを機械の体に転写することで生きながらえている。


そして、この天使だけは他の天使とは違い、天使として創られた器ではない。

天使を純粋な生命と言えるかを不安視した博士が、あえて普通の人間を実験に使用した産物だからであった。


実験に使われたのは、立候補により選ばれた「天秤神殿(サンクチュアリ)」所属の研究員。

天使のとしてのデータを人間にインストールする際にノイズになりそうな人格、記憶は消去されており、パーソナルなデータも残っていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ