透明な巨人3
命の使い方を考える。
きっと俺はここに居る資格がなかったのだろう。
ただ一人、自身で能力を覚醒させることもなく。
ただ一人、自身から溢れた思いを持たず。
ただ一人で、ここで戦っている。
皆がそれぞれの想いを持ってここで戦っている。
俺には友達と大切な人のためっていう理由しかない。
俺自身には思いがない。
それはきっとここに居る資格足りえない。
だけど、それでも戦いたかった。
一人置いていかれたくなかった。
だから、ここに居る。
なら、そんな俺の命をどう使うか。
ここでしり込みするのは違う。それだけは絶対に。
だとしても無駄に使いたいわけじゃない。
ちゃんと皆の役に立つ。そんな使い方を。
それに、ちゃんと晴に返さなきゃいけないからな……
機械兵どもはまだまだ出てくる。
ここで妬けになって使い果たしても事態は好転しない。
まだ、節約した戦いかと、そう思った時だった。
ようやく気が付く。
先ほどまで絶えず集まっていた機械兵がパタリと止まっていた。
無限湧きのように出ていたのに、一向に姿を見せない。
「ネタ切れか、何か準備してんのか............できれば前者であって欲しいんだが」
遠くから響く地響きがそんな甘い考えを即座に否定する。
どうやら、絶え間なく戦力を追加するのではなく、デカいの一つを投入する方にシフトしたらしい。
ここの防衛システムがどういう判断をしているのかは分からんが、正直ありがたいな。
通路に顔を出すのは今までの機械兵が数機積み重なったような巨大な機械兵。
通路はそれなりに広い。
絶え間なく機械兵が襲える程度にはスペースがあるが、そんな通路が狭く見えるような巨大な機械兵。
今までは、いくつもある銃口を気にして動き回らなきゃいけなかったのが、デカい一つになるのは本当に助かる。
俺自身の体力的には何も状況が好転するわけじゃないが、精神的な部分ではだいぶ楽になる。
ただ、これが俺対策として駆り出された戦力だというならば、恐らくは一筋縄ではいかないだろう。
そしてその予想は正しく、こっちの方が対処しやすくて楽だなんて考えを一瞬で塗り替えられた。
「虚剣..................抜刀!!」
とりあえず、目に見えている機械の可動域にあるであろうもっとも脆いと思われる場所に向かって、一閃を放つ。
それは、確かにアナザーから出力される力を制限しつつも、今まで戦っていた機械兵たちを吹き飛ばすのに十分すぎる威力の一撃だった。
しかし、
「無傷......は、予想の範疇だが、よろめきすらしないか!!」
機械兵は確かに俺の対策をしてきたのだろう。
固く、重く。
たったそれだけで俺には打つ手が無くなった。
俺の能力の利点はただ、瞬間火力が高いだけだ。
その火力が通じなかった時点で、俺には勝ちの目が無くなった。
それに、機械兵はその大きな体に見合うように全身に様々な兵器を着けていた。
機械兵の巨大な体の全身に取り付けられた銃座がすべて俺を狙っている。
次の瞬間にはそれが全て火を噴いた。
咄嗟に近くに落ちている機械兵の残骸を能力で掴み引き寄せる。
それを盾にすることで凌ぐ。
「.........ッ!!」
だが、そもそも搭載されている銃の口径が全然違うのだろう。
そしてその数も。
発射される一発一発が確実に機械兵の装甲を削り、衝撃を俺に伝えている。
このままではただ削り殺されるだけだ。
何か、何か一瞬でもいいからこの銃撃を止める方法を。
必死に考えを巡らせる。
こんな状況だ。
出し惜しみして死ぬなんて、一番許されない。
だったら、能力を全開にすることでせめて相打つ。
そんな覚悟を、急速に決めていく。
だが、銃弾の雨はそんな覚悟すらも飲み込んで、俺が能力を全力で使うよりも早くこの脆い均衡を撃ち崩した。
最初に打ち抜かれたのは足だった。
「ッ!!」
かき集めた機械兵の残骸は、別に溶接したわけじゃないからわずかな隙間が出来ており、そこに吸い込まれた銃弾が足を貫く。
肉が削り取られ、焼かれるような激痛。
明らかに銃弾の銃口よりも広い範囲をえぐり取られているような錯覚。
次に打ち抜かれたのは腹だった。
「ッカァ!!」
足を撃たれて、崩れたバランス。
それにより支えていた残骸の一部が吹き飛んだ。
そこをそのまま打ち抜かれた。
ちゃんと貫通したのに、打撃のような重さも同時に襲い、肺の中の空気を吐き出してしまう。
ああ、そこからは何がどうなっているかなんて自分でも分からない。
一度崩れてしまった均衡は元に戻らず、雨のように降り注ぐ銃弾は容赦なく全身を襲う。
両の腕は骨を貫通されたのか、もう持ち上がらない。
両の足はかろうじてこれが足だと分かる程度にしか、原型がない。
体から血は流れない。
流れるはずの血ごと銃弾に消し飛ばされた。
頭にも何発か貰ったのだろう。
思考が出来ない。
能力が俺を生かしてくれている。
無事だった目がその映像を見せてくれている。
だけど、俺はもう死体だった。
もう、動けない。
なるほどハチの巣.........いや、ボロ雑巾という奴かな?
俺はもう死ぬ。
そんな状況を正しく認識したのだろう。
銃撃は止み。巨大機械兵はその動きを止めて、何かを観察するかのようにカメラを駆動させていた。
その時、今まで守っていた扉の先。
零が戦っているはずのその先で、あまりにも強い意思の波動と、轟音が響いてきた。
きっと決着がついたのだ。
俺はそう信じる。
ああ、よかった。
俺は守り切れたのだ。
零の戦いを邪魔させない。
晴たちの戦いの助けに少しでもなる。
そんな他人に依存した俺の想いから始めた戦いは、ちゃんとその目的を達成したのだ。
それは本当によかった。
ただの無駄死ににならなくて本当に良かった。
心の奥底で何か大きな力が燃えていた。
巨大機械兵が動き始めた。
俺に向けられていた銃口が、扉に向けられる。
恐らく、天使との死闘を終えて、先に進もうとする零を狙い撃つつもりなのだろう。
やめろ、邪魔すんな。
今、乗り越えたばっかだろうから、やめてくれ。
心の奥底で炎が燃えていた。力の足りない自分を責める炎が。
状況は立て続けに変わっていく。
通路を照らしていた光が落ちて、通路に暗闇が生まれる。
かろうじて見えるのは機械兵の体についてランプが少しだけ見える程度。
きっと九重が上手くやったのだ。
俺はそう信じる。
なんだよ、どいつもこいつもちゃんとやってんじゃん。
やり切れずに倒れてんの俺だけじゃん。
心の奥底で、声が響く。力が炎が、俺に使えとささやく。
悔しいなぁ、なんで俺には能力を生み出す才能がなかったんだろうか。
なんでこうやって倒れてるんだろうか。
「.........ッァ!!」
声を出そうとして、空気が漏れる。
声帯が潰されているのか、肺を壊されてそんな空気が残っていないのか、腹が壊れて力が入らないのか、見えていないだけで実はもう首と胴体が離れてんのか、分からないけれど声は出なかった。
このままじゃ死ぬ。
なら、満足してないで、出し尽くしたい。
こんな街で産まれて。
最初から決められた運命を歩かされて、死ぬときまで決められるなんてまっぴらだ。
自分の命の使い方は自分で決めたい。
その時間がないなら、もっと短くてもいいから俺のやりたいことをやって死にたい。
そんな思いが、先ほど決めていた覚悟よりもなお強く、俺に能力を使う意思を固めさせる。
正直、この能力を俺が使えばきっと俺はそう長くないうちに能力に飲まれるんだろう。
だけど、晴はあの時、俺を信じて託してくれたんだ。
なら、それには答えなきゃいけなかったんだ。
体に空いた穴から、炎が噴き出す。
形にならないエネルギーが出口を求めて吹き出す様に。
ティリス・アナザーが輝く。
能力が俺に流れ込んでくる。
無限のエネルギーが。
俺の生きる力を、無限に増幅させていく。
「だから、借りるぞ晴」
いつの間にか喉が震えていた。
その喉も炎に包まれていた。
体から溢れる無限のエネルギーに燃やされていた。
「増幅!!」
友から預かった力を解放する。
俺という情報が、次々とこの能力に上書きされていく。
上書きされた端から、エネルギーを生み出す速度が上がっていく。
全身から炎を吹き出し。俺は立つ。
「さっさとてめぇを倒して、晴のとこ行かせてもらうぜ!!」
【増幅】
博士が行おうとしていたエネルギーの増幅能力。
十六夜相賀が行ったそれは、死の淵で鮮明に感じていた『命』という曖昧な、しかし強力なエネルギーの増幅。
三船晴の自身の肉体の運動エネルギーや、治癒力などと言った細かい能力運用ではなくもっと大雑把なそれは、逆に相賀の命を繋ぐこととなった。
体から噴き出した炎は、命を繋ぎ、体を動かすのに必要なエネルギーを超過した分が相賀のイメージによって形を持ったもの。
相賀にとってエネルギーとは炎。命とは炎だった。




