重圧5
何が起きたのか理解できなった。
気が付けば俺の体は吹き飛び、体の正面から受けた衝撃はかなりおおきく、腹の中の物を全て押し出されるかのような不快感が襲った。
突然のことで反応は全くできなかった。地面に投げ出された俺の体は背中から落ちて、肺の空気と喉までせり上がっていた嫌な感触とともに口から漏れ出る。
「ッハッッ!!」
無防備に受けたそれはのたうち回りたくなるほどの痛みを俺に与えたが、正面と背中に受けたダメージが体を動かすことを許してはくれなかった。
「み、三船くん!!」
「ハハハ!!どうだ!これが私の力だ!主人公として覚醒した力なんだ!!」
六鹿は驚愕し、七種は意味の分からないことを高らかにのたまっていた。
俺は急に訪れた現実に頭が追い付かず、思考が空回りし続けていた。
銀色のティリス...
何をされた?
痛ぇ...
これが奴が言っていたゲームってことか...
気持ち悪い...
死ぬ...
死?
それは明確な死の恐怖。
喰らったことのない強大な衝撃は体に恐怖を植え付けた。
向けられた狂った敵意は体を恐怖で鈍らせた。
「三船くん!!」
六鹿はいつまでも起き上がれない俺に駆け寄って心配そうな顔をする。
だけど、それはつまり今対峙しなきゃいけない相手に背を向ける行為だ。
「おいおい、六鹿さんは優しいなモブにまで気を遣うのかい?でも、駄目だよ。そいつはいわゆるチュートリアルなんだ。ここで立場をわからせてやらないと」
「何を...言っているんですか」
「何って、これはそういう物語なんだろう?」
言葉が通じているのに話が通じない。
それは意思疎通の手段に会話を用いている人間にとっては恐怖でしかない。
七種のその言動は致命的なほどに意味不明だった。
「物語?何の話ですか」
「まだ気が付いていないのかい?私はこの間、運命の夜を経験したんだよ。今まで私が評価されていなかったのはこのためだったんだ!!私はここから今まで馬鹿にしてきた奴らを見返すんだ!」
「言っていることがわかりませんが...それならお一人でやったらどうです?」
「察しが悪いね?六鹿さんは冒険譚のような文学は嗜まないのかい?こういう物語には話に華を添えるヒロインが必要なんだよ」
「それは私ではないので帰ってください。そもそも友達を気付けるような人と一緒にいるほど私は非情じゃないですよ」
六鹿は怒りを滲ませるようにそう言った。
友達と言ってくれたことは嬉しいが状況はマズイままだった。
それを六鹿も認識している。明らかに焦っている。焦らせているのは俺の状態も含めてだろう。
恐らく六鹿は今必死に打開策を考えている。この状況から逃げる方法、やつがこの場を見逃す方法、多分俺が受けた攻撃に対しても警戒を怠っていない。
だからこそ、奴と話が通じなくても会話で時間を稼いでいる。
おかげ俺も混乱から回復して、ダメージが残っているものの冷静に判断できるようになってきた。
「ふむふむ、まだチュートリアルは終わってないってことかな?とりあえず、もう一発撃ちこんでおくか」
七種は再び人差し指を倒れている俺に向けてくる。
が、
「...なんのつもりだい?」
「よくわかりません。が、そうやって指を指す仕草をするということはそこから発射されるのかそれで攻撃する場所を決めているんでしょうか?」
「まぁ、それぐらいは察せられるよね...で、それがわかった上で射線上に立つのはどうしてだい?」
「言ったでしょう?友達を見捨てるほど非情じゃないので」
俺と七種の間に立ちふさがる様に立つ六鹿。
それは危険な行為だった。アレがどういう攻撃だったのか喰らってもわからない。見えない何かに吹き飛ばされたとしか言えない。だけど、明確なのは俺よりも体重が軽く、体も小さい六鹿は俺よりも深刻なダメージになりうるということだった。
「ま...ッゲホッ!!」
静止の声をあげたかった。
それなのに受けたダメージは声を出すことを許してくれない。
「...ああ、そうか!わかったよ。六鹿さん。キミはあれだろう?最初は敵側の人間だけど倒すと改心して味方になるタイプのそれなんだろう?うんうん、ならキミからだね」
「三船くんから聞いた話だとこれはゲームらしいけれど、こういう意味のゲームというわけではないですよね?」
いまだに訳の分からないことを言って自分で納得をしている七種を見て六鹿は心底困惑していた。
やつの意味不明な言動でこちらとしては少し気が緩んだが状況はかなり悪い。
奴は今、六鹿に標準を合わせている。
このままだと奴は六鹿に攻撃するのだろう。
俺の頭は回復しても体は依然としてダメージの影響から抜けられていない。
それでも、立て!
足が震える。直撃を貰ったのが腹だったからか、腹筋に力が入らなくてバランスが取れない。
「私としても不本意だけど、そういう物語なら仕方ない」
痛みは我慢しろ!歯ぁ食いしばれ!!
体が小刻みに震えてうまく息を吸えない。無理やり力を入れてるせいで変な筋が痛い。
「安心してください。そんなに強くはしないですから...多分ね」
精神力を...心を強くすんだろ!!根性出せよ!!
震える膝を掴み、ふらつく体を起こす。脳内では高速でアドレナリンを生成して体中にめぐらすために心臓が破裂しそうなほどに脈を叩く。
命が燃えている感覚。
「よぉ、その前にチュートリアルの雑魚がまだ倒れてないぜ」
俺はようやく立ち上がり、先ほどから奴が語っている設定に沿うように語り掛ける。
「うん?はぁ、モブが...チュートリアルはさっさと終わっとけよ」
明確にイラついた態度をとるが、ちゃんと会話になったことを確認した俺は方向性が間違っていなかったことを確信する。
「おいおい、昨今のゲームじゃ理不尽に強くて初見殺し満載のチュートリアルだってあるんだぜ?」
「ふん、そんなもの私の王道の物語には必要のない要素だ」
煽りながら俺は上がったテンションで打開策を考える。
このままもう一度アレを喰らったらこんどこそ再起不能になる。
だからどうにか攻撃させないようにするか、避けなきゃいけない。
だけど、現状は指を指す動作にあの引鉄になってそうな言葉が必要そうだということしかわからない。
不可視の何かを避けられるほど俺に戦闘のセンスも技術もない。
正直、手詰まりではある。
「なら試してみろ」
「言われなくても、魔弾」
売り言葉に買い言葉で答えたら、ノータイムで攻撃に移りやがった。
そういうのはもうちょっと間を置くんじゃないのか。
その行動に驚いた俺は全員に込めていた気合がふっと抜けるのを感じた。
結果、
「よ、避けたな私の魔弾を!!」
奴の攻撃は俺の頭上を抜けていった。
だけど、避けた、なんてカッコイイ物じゃない。ただ気が抜けたせいで膝が抜けて転んだだけだ。
運よくそれで攻撃が外れた。
何にしてもラッキーだった。
生きた心地がしなかったぜ。
そして、攻撃をもう一度見たことであることに気が付いた。
それは奴の胸元で輝きを放っている銀色のティリス。アナザーの存在。
あの言葉を発した瞬間あのアナザーも強く輝いていた。
よく考えなくてもわかることだけれど、不可視の何かを使って攻撃なんて人間にはできない。できないの出来ているならそこに何か仕掛けがある。
そして、この状況において何かしらの異常が他にあるとすればあのアナザーしかない。
俺は自分のポケットからアナザーを取り出してそれを起動させてみた。
「...おい、おいおい!なんでお前もそれを持ってんだよ!!」
「なんでだろうな、そういうチュートリアルなんだろ?」
奴はいまだにこれが特別なものだと思っている。
いや、特別には変わりないがあの梟面の男がそこそこバラまいていそうなことは知らないのだろう。
だから、選ばれたなんて言える。
俺なんて直談判して手に入れたぜ。そんなものが特別なわけない。
アナザーを起動すると、屋上で試した時とは違い輝きは控えめだったが確かに光を放ち七種のアナザーと同じように自立して宙に浮いた。
「たしか...こうだよな?」
もちろん起動しただけでどうやれば七種のような攻撃ができるのかは知らない。
だから、とりあえず見様見真似をすることにした。
「ふざ、ふざけるな!!それは私の力だぞ!!」
「それはやってみなきゃわかんないよな!!」
人差し指を伸ばして七種に向ける。親指は天を向き、そのほかは折り曲げる。銃を模した形。
「デュクソビット!!」
「クソぉ!」
七種は顔を両手でかばう仕草をする。
だが、何も起こらない。俺は奴の動きと言葉を真似たが何も起こらない。何かが間違っていたのか、俺のアナザーにはそういう機能がないのか、わからないが何も起きなかった。
「フ、ハハハ!何も起きない!やはり私の力は特別だ!!天使にだって勝てる力なんだから!!お前に使えるわけがない!私を驚かせた罰だ、全力で行くぞ!」
目論見が外れた。もちろんうまくいく確信があったわけじゃない。
だけど、高まったテンションと状況でできると理由もなく思ってしまった。
それで奴もあせっていたから可能性はあったのだろうが、結果としては無駄な隙をさらしただけだ。
今度は七種が構える。
俺とは違って七種のは本物。
どうするか、そんな考えの答えが出るよりも早く奴は行動に移す。
「魔弾!!」
「三船くん!!」
六鹿の声。それに反応してとっさに体が動く。
奇しくも先ほどとはちょうど逆。
俺はとっさに顔の前で腕をクロスして防御する。
何処に攻撃が飛んでくるかいまいちわかりずらいので勘ではあった。だが、その勘が大当たりした。
腕にかかる衝撃。
それは骨がきしみ上がるような衝撃で思わずうめき声が出る。
だが、
痛い。確かに激痛だが、先ほど体ごと吹き飛ばされたのに骨も折れていないし痛い程度で済んでいる。
「は?」
これには奴も困惑していた。
どうやら手加減をされたのではなく、七種は宣言通りに打ち込んでいたらしい。
だけど、それは
「さっきより痛くねぇぞ!!」
チャンスだと思った。
ここしかないと。
痛いで済むなら我慢すれば我慢できるってことだ。
そして、距離が離れていては一方的な攻撃を受ける今の状況を打破できるのは、七種も状況を飲み込めていない今のうちに近づくしかない。
「この、来るな!!魔弾!」
走り出した俺は奴の攻撃に反応できず肩に直撃を貰う。
だが、その場でたたらを踏みしかし踏みとどまる。
「やっぱり最初が一番効いたぞ!」
再び走り出す。
正直、ものすごく痛い。
普段であればすぐに走り出すなんてことはできない。でも、今は脳内麻薬が俺のテンションを保証してくれている。
おかげでまだ動けてる。
「魔弾!魔弾!魔弾!」
七種は攻撃を意に介さない俺に錯乱したように攻撃を重ねてくる。
流石の量に俺は走るのをやめて一歩ずつ前へ進むことにした。
太ももに直撃した。
元々ふらついていた足をテンションで無理やり動かしていたから、その一撃でバランスを崩して膝を着く。
だけど、それだけだ。
また腹に当たる。
激しい吐き気。それを飲み込んで鼻から息を吐く。
頭に当たる。
流石にまずかったか目の前が白黒に廻った。地面に倒れた衝撃で意識が戻ってすぐに立ち上がる。
頭を切ったのか額から何かが流れる感触がする。
そうしてようやく俺は七種の目の前まで到達した。
七種はまるで化け物か何かを見たような目で俺を見ていた。
「言いたいことは山ほどあるけどとりあえず...殴らせろ!!」
驚愕に歪んだままの横っ面に拳を叩きこんだ。




