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私は悪役平民である

作者:

 私はもう開き直った。私はクズでビッチな平民だ。そう自分で開き直った。

 だって仕方ないじゃないか。私の家は貧乏。元々はそれなりの家だったようだが、父が一代で食い潰した。酒と女とギャンブルで。さらに私が年頃になってくると、いやらしい目で私を見ながら「高級娼婦ってのは稼げるらしいな」なんて言ってくる。

 実際、父が遊びで連れてきた娼婦のお姉さん達は綺麗で教養があって素敵な人だな、とは思った。だけど父親が娘に言う言葉か。

 ただ、私は諦めていた。母亡き今、この家でまともに稼げるのは自分だけだし、高級ではなくともいずれは娼婦になるのだろうと。


 だが、私に魔法の才能があり、貴族の魔法学校に入学できると知ったら父が私に命じてきた。

 金と力のある貴族をたらし込んで、俺に恩を返せと。

 あんたに恩なんてねぇわとは思ったが、さらに続けてこう言った。

「アンリやスイルも、そろそろ体を売れる年になるかねぇ」と。

 アンリとスイルは私の大切な宝。私の可愛い妹と弟だ。私は父親の胸ぐらを掴んで言った。

「もし2人を売ってみろ。本気で貴族たらしこんで、あんたを罪人として馬で引きずってズタボロの死体にしてやるからな」

「おう、貴族をたらしこめ。そうしたら2人は売らないでやる」

 こいつの口約束など信用できないので、知り合いの娼婦のお姉さんに頼んで立会人になってもらい、契約書を交わした。ついでに2人のこともいざと言うときは助けてくださいと頼み込んだ。

 お姉さんは「任せなさい」と言ってくれた後にでも大丈夫?と心配してくれた「貴族様なんて、もう学校に入る頃には婚約者いるわよ?」と。


 ……なにそれ、たらし込んだら略奪愛じゃねーか!



 まぁ、正妻にならなければいいのだ。金のある貴族の家なら、愛人でも娼婦になるより稼げる筈。

 罪悪感はあるが、頑張ろう。

 そう思っていた時期が、私にもありました。





 いや、大丈夫なの?この国の貴族。

 令息達ちょろすぎる。令嬢達も、こちらに嫌味を言ってくるだけで自分の婚約者には何も働きかけしないし。いや、私としては助かるよ?出来るだけ愛人に金注ぎ込んでくれそうな令息をゲットできるのを望んでいるしね?

 でもさ、確かに私、お姉さまに娼婦の手管を教えてもらったけどさ(エロいのではない。視線とか言葉とか立ち振る舞いだ)それにしたって…婚約者いるくせにちょろ過ぎない?自分でやっといてだけど、浮気する男は最低ですよ?。

 あと、ご令嬢達が、なんだか平民社会における嫌な上司のようなのだ。他の貴族の令嬢達が挨拶してたから、私も頑張ってご挨拶したら「平民が私に声をかけるなんて不快!」と責められた。不快なら仕方ないと挨拶しなかったら今度は「平民の分際で挨拶しないなんて!」と責められる。いや、どうすりゃいいの?嫌味言われて責められながらも挨拶し続ければいいの?

 貴族のルールやマナーを知らないと責められるけど、そんなの載ってる本もなかったし(図書館で調べたよ!)、尋ねようにもヒソヒソ話してから馬鹿にして嗤われるし、それは先生も同じだし(先生方も貴族出身だもんなぁ)。

 もう、遠慮する気も失せた!私は私と妹弟の幸せの為に、金がある男をゲットする!



 一年が経ち二年が経ち、私は数人の男性とそれなりの関係になっていた。絶対にこちらから告白はせず、相手からも決定的な言葉が出ないように躱しまくった。愛人になるのであれば1人に絞らなければならない。より良い金蔓、もといご主人様をゲットする為私は立ち回っていたのだ。

 そんなある日、なんとこの国の皇太子エルフィード様が私に興味を抱いて寄ってきた。彼のご友人が私に想いを寄せている為、どんな女か興味を持ったらしい。

 いや、まって、王族はダメだ。ダメだよと私は慌てた。だってさ、貴族様なら事業やってたり国に支えて働いて給料もらってる感じでしょ?でも王族の金は国庫じゃん。それって私達の血税じゃん。

 うちのダメ父親のギャンブルでこさえた借金なんぞに、そんな大事な金使わせられるか!

 それにエルフィード様の婚約者は、才女と名高いリーフェルト様だ。とても私に厳しく接するけれど、他の貴族令嬢にも同じく厳しく接するという平等の人。反発を感じる貴族令嬢もそれなりにいるけれど、私は彼女が嫌いではない。むしろ学校内の令嬢の中でダントツに好感度高い。あと………頭良い人、敵に回したくない。

 なのにエルフィード様は珍獣でも見たかのように私に興味を示し付き纏うようになった。誓っていうが私は彼には娼婦の手管は使ってない。なのに面白がって近づいて、逃げようとすると喜ばれ、「俺相手にここまで飾らない令嬢は初めてだ」とかなんとか。

 皇太子が私を気に入ったせいで、他の金蔓が離れていく。当然だ。皇太子に対抗しようとする馬鹿もおるまい。

 困ります困ります言っても離れないし、周りからはコソコソどころか直接的攻撃も受け始めるし。まぁ物理攻撃には大袈裟に痛がって病院駆け込んで診断書もらったりしたけれど。

 ヤダヤダ言っているのに付き纏うとか、あれ、エルフィード様ドSか空気読めないかただの馬鹿ではなかろうか。

 心の中で思わずバカ王子と呼び始めてしまった私は悪くない。


 そんな中、事件が起きた。二年生の最後を締めくくるダンスパーティーの席だ。

 私はパーティーに着て行くドレスがないからと一年の時は出なかったのだけれど、この年はバカ王子からドレスからアクセサリーまで一式贈られた。結構ですと言っても聞き入れられず「貴様我々の血税で女に貢いでんじゃねぇ!」と「これ売ったらいくらになるかしら?」がせめぎ合う私は冗談めかして言われた「皇太子命令☆」に、逆らう事は出来なかった。

 学校内は身分を問わないなんて、上っ面だけなのは良くわかっているし、そもそも皇太子に逆らえる平民がいるものか。

 エスコートは泣き落としで辞退したが、引き換えにこのドレスでのパーティー出席を約束させられた。

 当然私はその時は、その会場で何が起きるかなんて想像だにしていなかった。


「リーフェルト・A・アントヘイル伯爵令嬢!僕は君に婚約破棄を言い渡す」

 会場の、ど真ん中、高らかなバカ王子の宣言。

 こんな場所で何言ってんのこの人と、会場で壁の花になってた私は、続く言葉でさらに呆然とした。

「僕はこの学校で真実の愛を教えられた!君の人形のような鉄面皮ではなく、コロコロ変わる愛らしさを教えられた!僕は、シーラを正妃にすることをここに宣言する!」

 ざわりと悪意に満ちたざわめきが広がり、私へと視線が集まる。

 いや、まって!まって!聞いてない!というかお付き合いもしていなければ、好きだとも思わせぶりな言葉や態度も、バカ王子には向けた事はない!

 そもそも私は、愛人枠狙いだ。私に貴族の正妻が務まるはずもないし、正妃なんてもっての外だ。

 一気に血の気がひく私に気づきもせず、バカ王子がこちらへと手を差し出す。

「シーラ!控えめで恥ずかしがり屋で、心優しい君。私やリーフェルトに気遣って、私への愛をひた隠す君が…君こそが、我が正妃にふさわしい。もう君の愛を隠さなくて良いんだ。おいで?」

 黙れこのバカー!!!!!と、叫べたら楽だったろう。だが私はそんな事言える立場じゃない。ここでその手を弾いて許されるような後ろ盾も助けも何もない。

 促され、逆らえす足を踏み出す。進むも地獄、戻るも地獄だ。

「わ、私は、お、お妃様になれるような器では、」

「ああ、そんな奥ゆかしさこそが、他の貴族の令嬢にはない素晴らしさだ」

 どうしよう、どうしたら、どうすれば。頭の中をぐるぐる回る。もう一歩足を踏み出したところで思わずよろけると、すっと私を支えてくれる者が居た。魔術師のローブと仮面をつけた、正直少し怪しい二人組だ。

 しかし2人は私を連れて行ったのは、バカ王子のところではなくリーフェルト様のそばだった。リーフェルト様の手の者だったらしい。正直バカ王子の側にも行きたくはないので、これはこれで構わないのだが。

「リ、リーフェルト、様」

「シーラさん、あなたはどうお考えなの?」

「わ、私は、そんな、大それた事は」

「そうよね。あなたは分を弁えた方だもの」

「リーフェルト様…」

 あああ、リーフェルト様、本当に天使!むしろ女神!思わず嬉しくて涙目で見上げてしまう。

 そうなんです!私大それた事は望んでいません!いや、愛人になりたいなんて正妻にしてみれば大迷惑でしょうけれど。でも妹と弟が独り立ちするまででいいんです!2人が無事クソ親父から逃げられたら、私なんて娼館でも道端でもそこかにポイしてくれて全然構わないんです!

 そう必死で目で訴えていたら、バカ王子が「やめろ!」とがなり立てた。

「そうやってシーラを威嚇するな!お前がそんなふうに彼女に接するから、シーラは私に想いを伝えられなくなってしまったんだ!」

 やめろはこっちのセリフだ!バカ王子!不敬罪になるから言えないけど!

 リーフェルト様はバカ王子にチラリと視線を流し、ハッと息だけで笑うと必死に首を横に振ってバカ王子の言葉を否定する私に目を細める。

「大丈夫よ。私は、あなたがなぜ、殿方と親しくなっていたのか、知っているから」

「へ……」

「大丈夫だよ、姉さん」

「姉さん、リーフェルト様は私たちの味方よ」

 リーフェルト様の言葉に呆然としていたら、両脇の仮面の黒づくめにそう声をかけられた。懐かしい、だけど少し大人びた声。

「あ、アンリ?スイル?」

 思わず目を丸くした私に、仮面を外した二人は微笑んだ。

「どうして、二人とも、どうしてここに…」

「助けてもらったんだ、リーフェルト様に」

「父さんは一年と経たずに、私たちを売ろうとしたの。その時に人身売買の実態を掴もうとしていたリーフェルト様が、私たちを救い出してくださって」

「今はリーフェルト様の口利きで、俺は騎士団で鍛えてもらっているんだ」

「私も、侍女として雇っていただいたの」

 確かに弟は記憶より逞しくなった気がするし、妹は私よりすっかり口調も丁寧になっている。

 私は二人に抱きついて泣き崩れた。

「ありがとうございます、ありがとうございますリーフェルト様!」

 二人は大丈夫だ。あのクソ親父から逃げて、もう理不尽に売られる事もないだろう。

 これでもう、思い残す事もない。王子を唆した(つもりはないが)悪女として、罰せられ処刑されても悔いはない。

 だが、リーフェルト様は微笑んで首をふる。

「大丈夫、あなたにはやってもらいたい事があるの」

「なんでも!私にできる事でしたら何でもやります!出来ない事でも頑張ってやります!」


 ちなみに、会話の間バカ王子が何か喚いていたが、大事な妹弟とリーフェルト様に集中していた私には、街の喧騒程度の雑音でしかなかった。






 この後、リーフェルト様と婚約を解消(破棄にはならなかった)バカ王子は、弟に皇太子の座を譲り隣国の女王へ婿入りして行った。裏で何があったのか、しがない平民ではわからないけれど、リーフェルト様は幼い頃から好きだった相手と結婚が叶い幸せそうにしているから良しとしよう。

 ちなみにリーフェルト様のところには、バカ王子からたまに手紙が届くらしい。

 最初の頃は男勝りでガサツな女王への愚痴が大半を占めていたが、一年も経つ頃には「壁ドンなんかに屈したりしない!でも俺の奥さんかっこいい!」と言うツンデレな惚気になっているらしいので、幸せにやっているようだ。


 妹も弟も元気に頑張って働いている。最近妹に、恋人を紹介された。弟はまだまだ仕事一筋らしい。

 私は、リーフェルト様からの依頼を受けて、いまは令嬢相手の講義を行っている。

 私が愛人になりたくて次々男を籠絡している間、令嬢たちが私に文句を言うばかりで手を拱いていることに危機感を抱いたらしい。

 確かにリーフェルト様は王子を引き留めなかったが、あれはむしろ婚約破棄を狙っていたからだ。だが他の御令嬢たちは違う。婚約者の心を引き留める、手段すら持たなかったのだ。

 なので私は、「タイプ別、男を籠絡する方法」の講義を行なっている。ちなみに個別相談も受付ており、その時にはちょっぴりアダルトな手管も教えていたり。まぁ、私本人は経験はないのだが。

 今現状が幸せだし、学園で私の手管に次々落ちる令息たちを見ていたために男性の誠実さに不信感のある私は、結婚をする気はない。

 なので私を本当の家族に迎えたいからとリーフェルト様が、伯爵家を継ぐ予定のない己の弟と私を二人きりにしようとしてくるのが、目下の悩みである。


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