(三)沈鬱
翌日の朝、会社に電話で事情を説明してお茶の水に向かった。
大学病院に着いて、初診窓口で手続きをしたあと一般外科外来に案内された。案内されるまで一時間も待たされたので新田は苛ついていた。外科外来の窓口に書類を提出すると、一般外科外来とは別の控室に通された。おそらく、癌専門の診察室なのだろうと新田は思った。
新田の名前が呼ばれ診察室のなかに入った。なかで待っていたのは研修医ではないかと思えるほどの若い医師であった。新田は、一瞬ためらうような仕草をした。この若い医師の技量に疑念を抱いたのである。
若い医師はレントゲンの写真を見るやいなや「確かに癌の疑いがありますね」と言った。だいたいの病巣の状態がレントゲンを見ただけでわかるようで、大腸がんの浸潤状態を四つ絵に描いて説明してくれた。
「大腸は表面から、粘膜、粘膜下層、筋層、漿膜にわかれています。新田さんの場合は、粘膜下層まで浸潤している可能性があるようです。それで、粘膜下層までの浸潤が初期の大腸癌ということになります」
癌が恐れられるのは転移するからで、例え初期の癌をしめすステージ一であっても、他の臓器に転移した時点で最も重いステージ四になるのである。他の臓器に転移しているかどうか、まず今日出来る検査をするように医師から指示を受けた。
検査室に行って、血液、CT、レントゲンの検査を受けた。検査を受けている間、「俺の体のなかで、癌が他の臓器に転移しているのではないか。俺は死んでしまうのではないか」などと想像して、新田はやるせない思いであった。
全ての検査がおわり、診察室に戻ってまた医師から説明を受けた。
「今の段階では転移の兆候はないようですね。あとは内視鏡検査を行って、陰性か陽性かを確認します。うまくいけば、内視鏡でポリープを切り取るだけで手術を終えることが出来ますが、新田さんのポリープは四センチほどあると思われるので、内視鏡での切除は難しいと思います」
内視鏡検査の日を予約してその日は家に帰った。
―内視鏡検査を受けなければならないのか、面倒なことになったな。あとは内視鏡で切り取った肉片が陽性でないことを祈るばかりだ―
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