第5話
カーコは相変わらず、朝、夕の二回やってきた。
カーコは庭に降りると、まず縁側までスキップするかのように距離を詰める。それから一度だけ羽ばたいて縁側に降り立ち、掃き出し窓から家の中を覗き込んで、ミーコを探す。
カーコがやってきたことに気づくと、ミーコは窓際に寄る。一匹と一羽はガラス越しに挨拶をし、それぞれの持ち場で食事を始める。それが一連の流れとして、完全に定着してしまった。
ミーコは賢い子だった。カーコが挨拶を始めてから一週間もしないうちに、カーコの来る時間を覚えてしまったのだ。ミーコはカーコが来る前に、ガラス前にスタンバイするようになったのだった。
ガラス越しに見つめ合う、一匹と一羽。それがまるで許されぬ恋に身を投じる恋人同士の様で、私は自然に口を開いていた。
「ねえ、お母さん」
「なに?」
「やっぱり、直接会わせてあげたいなって思うんだけど」
「そうねぇ」
母も、ミーコとカーコの逢瀬を眺めてきた。これがまだ数日しか経っていないというのなら、『しつこいわよ』と言わんばかりに禁止しただろう。だが、時が経つにつれ、母のカーコに対するツンデレは次第に『デレ』の要素を強く含むようになっていた。
「一度、やってみましょうか」
ついにお許しが出た。私はすぐに掃き出し窓に寄り、鍵を開けた。
取っ手に手をかける。ところが、私の手はすぐに開けられなかった。
もしカーコが、ミーコの首根っこを摘まんで飛び去ってしまったら?
いや、そんなことカーコはしない、と自身の疑惑を否定する。
でももし、窓を開けるなりカーコが家の中に飛び込んできて、家の中をぐちゃぐちゃにしてしまったら? ミーコを利用しただけで、真の目的は家の中に入ることだったのだとしたら?
いや。もしかしたら、ミーコの逃亡を手助けしようとしているのでは?
いざその時を迎えると、私の脳は様々な疑惑に侵されてしまい、なかなか窓を開けられなかった。
「怖いならやめときなさいよ」
背に、母の声がぶつかった。
「ううん、怖くない」
意外にも、母の忠告が私の背中を押してくれた。私は一呼吸置くと、窓をゆっくり開いた。
二人の世界が繋がった瞬間だった。ミーコの世界が広がる。ミーコは覚えているだろうか、外の空気を。ミーコの髭が細かく揺れた。
カーコはじっと、ミーコを見ていた。自分から近づこうとはしない。まるで母親の様に、ミーコが自ら外に出てくるまで、待っていた。
ミーコの小さな一歩が、縁側に置かれた。まずは前足だけ、それから、後ろ足をぎこちない仕草で縁側に置いた。
ミーコの顔が、カーコに向く。カーコは相変わらず動かない。
ちょんと、ミーコの鼻がカーコの嘴に触れた。それでもカーコは微動だにしない。ミーコが興味津々で、ちょいちょいと前足でカーコの嘴や羽を撫でるが、やはりカーコは微動だにしなかった。全てを受け入れるような慈愛をもって、ミーコの好きにさせたのだ。
「なんか、良さげじゃない?」
「そうね」
母の声も柔らかさを纏う。
カーコの顔が私に向いた。刺すような視線。
『ご飯を持ってきな』
――と、いうことだろう。ほのぼのしている暇はなさそうだ。私はすぐにカーコ用の食器に餌を入れてカーコの前に運んだ。今日は特別、縁側であげよう。
やんちゃなミーコは、カーコの餌に悪戯をしようとはしなかった。ガラス越しに眺めていたのが、ちゃんと教育になっていたのだろう。『あのご飯はカーコの』と、きちんと覚えているのだと判断し、私はリビングの床にミーコのご飯を用意した。
ミーコはリビングに戻ってこなかった。ミーコは既に食事を楽しむカーコの横で、「ミャー」と強い声を放ったのだ。『隣で食べたい』ということなのだろう。
「そこだったら、カーコに取られちゃうかもよ」
一応忠告してみるが、ミーコは戻ってこない。
「取られても知らないからね」
私は一言断っておき、食事を続けるカーコの傍にミーコのご飯を置いた。
ミーコがウェットフードを食べはじめる。カーコはミーコのご飯に興味を示さなかった。
「カーコも、それが自分の餌じゃないって分かってるのねぇ」
半信半疑だった母も、カーコの態度に感心する。
「それに、カーコいつもよりお上品じゃない?」
カッカッと、ぞんざいな音を立てて食べる素振りがない。
「本当ね。ミーコが真似をしないようにかしら」
母の冗談に、私は笑い声を立てた。